12-2.困った時は
「……そんなことしてたんですか、あなたは……」
「覚えてるよ。初めてクロエの相談を受けて、嬉しかったなぁ……あの後、クロエは離れてしまって、寂しかったけど、その分、マリアンヌ様がいろいろ教えてくれて」
「何の話?」
クロエが我に返ると、いつの間にか、ルーカスとベンジャミン、マリアンヌがテーブルに座ってお茶を飲んでいた。
「あら。いつの間にみんな来ていたの?」
「あ、クロエが正気に戻った。ルーカスのキス・シャワーはどうだった? 気持ちよかった?」
「……? キス?」
からかうようにベンジャミンが言ったが、クロエには覚えがない。思わずルーカスを見ると、ものすごい笑顔でクロエを見返してきた。キラッキラで目がくらみそう。
「何? クロエ?」
まるで悪いことなどしていないかのように。
「……まぁ、別にキスしたからといって、悪いことなわけじゃないし……」
クロエはしぶしぶつぶやいた。
婚約してるわけだし。一つや二つ……
すると、ルーカスは笑顔を緩ませ甘く微笑み、クロエの頬をくすぐった。
「それで、何を考え込んでいたのかな、僕の愛しいクロエは?」
またそういう戯言を……クロエは反発しそうになったが、ぐっとこらえた。きっとこれは慣れなければならないんだろう。
それより大事なことは山ほどある。
「ちょうどよかったわ。相談したいことがあって」
「何?」
「私たち、どうも一度、首都に行かないとならなそう」
クロエが言うと、ルーカスは先ほどまでクロエが睨んでいた手元の手紙をそっと取り、クロエが拒否しないのを確認すると、目を通し始めた。
「どうして? このまま次の視察に向かう予定では?」
「多分、招待状が届くわ」
「何の?」
「”我が国の王太子殿下が訪れるから、挨拶に来い”って」
「へぇー……王太子殿下……」
穏やかに言いかけて、ベンジャミンが顔を上げた。
「リチャード王太子殿下が?」
「そうみたい。多分、ルーカスは周遊で得た成果を殿下に伝えなければならないでしょうし、ベンは国を挙げての研究者、マリアンヌ様はいつもの通り国賓のレディだもの、いるからには呼ばれないわけはないでしょう。参加させてこそ、王太子の価値も上がるってものでしょうから」
「……嘘だろう」
「私もルーカスの婚約者として、顔を合わせないとならないのでしょうね……」
そうなると、クロエは多少困った立場に置かれるような気がする。王太子殿下と知り合ってしまえば無下にはできないし、クロエが急にルーカスとベタベタするのも変な話だ。陛下に、クロエがあの約束を知ってしまったと悟られそうな危険は犯したくない。
手紙を読み終えたルーカスが、その手紙をテーブルに叩き置いた。
「いやだ」
「おい、ルーカス」
拗ねたようなルーカスに、ベンジャミンが嗜めるように名を呼んだ。ルーカスはそれを無視し、クロエの手を取った。
「僕は行ってもいいけど、クロエは家にいて」
「ルーカス、パートナーのいない舞踏会なんて、聞いたことがないぞ」
「別の誰かに」
「クロエの顔をつぶす気か? 冷静になれ」
ベンジャミンは冷たい声でルーカスに告げた。
保守的なベンジャミンは体面を気にするタイプだ。人嫌いなルーカスがうまくやってこれたのは、ベンジャミンの助言のおかげが大きい。どんな状況でも、名誉の被害を最小限に食い止める方法を知っている。
それを知っているルーカスは、言葉を濁した。
「でも」
「クロエを手放したくないのはわかってる。そのために俺たちが何ができるかだろう。クロエだって王太子殿下と結婚するつもりはないんだろう?」
クロエは頷いた。
「ないわ」
「何か策は?」
「とりあえず……先に結婚式しちゃいましょう?」
クロエが言うと、後の三人はぽかんと口を開けた。