12-1.朗報か悪報か
その朝、ティーテーブルで、クロエは自国の友人からきた手紙を前に、腕を組んで悩んでいた。
朗報と解釈すべき? それとも、最悪の事態なの?
手紙は、友人のサラ・リース伯爵令嬢だった。
サラはクロエが初めて公に冤罪を晴らした事件の当事者で、クロエをマリアンヌ以外で最初に信じてくれた令嬢だ。恋人の騎士が、あわや彼女の家の財産を横領しようとした容疑にかけられたが、それは冤罪だった。それを教唆したとされたクロエだったが、それはサラの叔父がやったことだと証明したのだ。
騎士のやる気を助長したとされたマリアンヌについて、サラはずっと共犯を疑っていた。だが、今回、こうしてクロエがルーカスと婚約して、ルーカスの仕事についてきていることで、全面的に疑いは晴れることとなった。
ともかく、あの事件以来、彼女は社交界の噂を逐一クロエに教えてくれる。今回のこれも、彼女にとっていつものことで、クロエにとっても、ありがたいことだった。
しかし、内容に伴う意味を考えると、どうしても疑いたくなってしまう。
クロエが王太子の花嫁候補である、もしくは、そうであった、ということは、ほぼ誰も知らないことだ。おそらくクロエが婚約した今でも、状況がさほど変わっていないことは、自分たちのような令嬢レベルでは、よほど情報収集しないと思いつかない。サラも知らない。だが、情報はくれた。
あとはこれをどう使うかだ。
☆☆☆☆☆☆☆
「難しい顔をして、どうしたんだい? 僕の可愛いクロエ」
部屋に入ってきた、婚約者であるルーカス・モファットが、クロエの頬に優しくキスをした。だが、クロエは動じない。ルーカスは甘えるようにクロエの顔を覗き込んだ。
「クロエ?」
クロエが反応しないのに気づくと、ルーカスは自分の唇をクロエのそれに重ねようとした。だが、クロエは無意識にルーカスの顔を手で追いやり、また考え込んだ。ルーカスはすぐに諦め、また声をかけた。
「愛しいクロエ、今日は一緒に遠乗りをする? それとも、川で水遊びでもする? 水生植物が見たいって言ってなかったっけ?」
聞こえていないことに業を煮やし、ルーカスはクロエの頬に再び唇を押し付けた。今度は拒否されない。頬はいいのか。他はどこが大丈夫なんだ? ルーカスは試しに額やこめかみにキスをしてみたが、クロエは無反応で、何度しても大丈夫そうだ。
これ幸いとばかりに続けていると、ルーカスのキスの雨を浴びて、難しい顔をしたまま座っているクロエを見て、入ってきた友人たちが足を止めた。
「……何してるんだ?」
ルーカスはキスを止め、笑顔を向けた。
「あ、ベンジーにマリアンヌ様。おはよう! 座って座って」
呼ばれたベンジャミンとマリアンヌは顔を見合わせ、言われるままに席に着いた。
「一緒に来るなんて仲がいいね。まさか夜通し一緒だった?」
「そんなわけないだろうが! ありえないな。誤解を招くだろ。なんてことを言うんだ、全く……」
「意外とオクテだね、ベンジー」
「お花畑のお前に言われたくないね。誓いのキスの一つも満足にできないで、偉そうに」
「でも僕は、少なくとも最愛の人と婚約している」
ルーカスが言うと、それまで呆れ顔だったマリアンヌが、うふふと笑った。
「そうですわね。お二人の気持ちが成就して大変結構ですわ。応援した甲斐があったというものです」
「ありがとう、マリアンヌ様。あなたがいてくれて助かったよ。そうでなければ、僕はとっくにクロエを諦めて、知らない誰かとつまらない結婚生活を送るところだった」
「それはありえませんわ! デビューする前から、クロエ様とルーカス様はお似合いだと思っておりましたもの。クロエ様と仲良くなりたくて、ルーカス様に相談したこと、忘れておりませんわ」
顔をほころばせるマリアンヌに、ベンジャミンが呆れたように視線を送った。
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