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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第三部:真夏の英雄譚
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神なるもの⑱『生きねば』

「風音ちゃん?

 それに……」


 声のした方へと振り向く美鈴。


 そこにいたのは、自身の従妹である風音。

 そしてもう一人――それは美鈴にとっては今回の事件の元凶といってもいい人物、清川 団平であった。


 彼と初めて知り合ったのはおよそ二カ月前。

 風音に至っては昨日の夜だ。


 なのに、ずっと昔から互いのことを知り合っていたような気さえする。

 良くも悪くも、これが血縁ということなのだろうか。


「団平、さん……」


 名前だけが、ふと口から漏れる。

 その言葉に、団平の体は過剰とも言えるほどにビクリと震えた。


「無事でよかったー! えっとね、美鈴お『風音』……お、お父さん」


 緊張した空気をなんとか緩めようと、風音は自ら口を開く。

 しかしその途中で、団平がそれを制した。


「すまないが、その先からは、俺が話す」


「……うん」


 そして団平はゆっくりと、美鈴の顔を見つめた。


「……もう君も大体は理解していると思うが、『巫女参り』とは生贄の儀式なんだ。

 10年に一度だけ『オオモリヌシ』、いや『卑奴羅ヒドラ』に捧げるためのな。

 そして本来なら、今年はその役目を風音が負うはずだった」


「風音ちゃんが……」


 美鈴は団平の傍らに立つ風音をチラリと見る。

 団平と美鈴の姿を交互に見つめる姿は、かなり不安そうだ。


「つまり何が言いたいというとだな……君を、この村へと連れてきたのは、風音の身代わりにする為だったからなんだ。

 だからこそ、確実にこの村に来てもらうために君を脅迫した。

 ……要するに俺は、娘の為と理由を付けて君を売ったんだよ!

 そしてしまいにはその同級生まで……っ!」


「団平さん……」


「だから……済まなかった」


 団平は地面に膝と手をつき、頭を下げる。

 それはこの国において最大限の謝意を表す姿勢、つまりは土下座だった。


「……団平さん」


「自分でも、虫のいいことをしていると思ってる!

 だが今の俺にはこうすることしか出来ない!

 それだけのことを、俺はした!」


「お父さん……」


「許してくれとは言わない!

 生半可な事で償いきれることでもないのは分かってる!

 全部終わってもし生きていたら、俺はこのまま警察に自首するつもりだ!」


「……」


美鈴は団平の話を黙って聞く。

頷くことも、首を振る事もしない。


「……見ての通り、いま村では『卑奴羅ヒドラ』という化け物が暴れてる。

 この村ももはや滅亡の瀬戸際だ。

 しかし今にして思えば、これこそが本当の神罰だったのかもしれない。

 やっていることの悪どさを考えれば、俺自身も奴と大差ない。いや、それ以上か。

 それに……」


「お父さん……」


「この伊勢崎に住む人自体、特に老人がもう手遅れだった。

 皆、『巫女参り』という異常に慣れ過ぎた……それが当たり前のものだと思ってしまった。

 いや、ただ単に罪の意識から目を背けていただけなのかもしれない。

 でもとにかく、この村はこうなるべくしてこうなったんだ……。

 『卑奴羅ヒドラ』だけのせいじゃない、それは他ならぬ村人自身の悪意と愚かさによってだ。

 だから――」


「……」


 団平は顔を上げ、真剣な目で美鈴を見つめる。


「君だけでもどうか、この村から逃げて欲しい」


「えっ……」


「頼む……っ!」


 そして再び、頭を地面にこすりつける。

 それは、団平の心からの願いだった。


「君は清川の血を継いでこそいるが、本来はこの村とは接点を持つはずのなかった人間だ。

 だからこんな村と命運を共にすることはない!

 必要なら村の外れまでトラックで送るから、早くこの村から離れるんだ!

 夜の山道だが……ここにいるよりかははるかにマシなはずだ」


 地面を頭に付けた状態で、団平は懇願するように美鈴に言う。


 一瞬、二人の間に流れる静寂。

 壁の向こうの地響きだけが、二人の間を包む。


 そして美鈴は、決心したように口を開く。


「……いえ、私はここに残ります」


 それは、団平の提案を断るものだった。


「!? だ、だがしかし……!?

 正直何が起こっているのかは分からんが、ここはとにかく危険だ!

 だから君だけでも……」


団平は思わず立ち上がり、美鈴に詰め寄る。


「ご厚意はありがたいですが、大丈夫です」


 美鈴はゆっくりと首を左右に振る。


「な、なんで……」


「八坂さんが、大丈夫と言ってくれましたから」


 そう言って美鈴は壁の向こうへと顔を向ける。

 そこには巨大な蛇の化け物と戦う一人の男の姿があった。


 その名は八坂 英人。


 つい昨日まではただの同級生であった男。

 そんな彼が今、命を懸けて戦っている。


 毒に体を蝕まれながら、触手に内臓を貫かれながら。

 それでもなお、怯むことなく伝説の化け物へと立ち向かっていく。


 そんな彼の後ろ姿をもう少しだけ見ていたい――美鈴はいつの間にか、そう思うようになっていたのだ。


「し、しかし……」


「いやそうは言うけどさ、今はここが一番安全だと思うよー?」


「い、今更だが、貴方は……?」


 団平はいきなり割り込んできた声の主に尋ねる。


「ん、私? 私の名前はミヅハ。

 見ての通り、この水の壁は私が出しとりやす。

 つまり術者である私の近くが一番安全な場所てなわけさ」


「すごい……こんなに大きい水の壁を出しちゃうなんて。

 やっぱりお姉ちゃんって水の神さまなの!?」


 ミヅハの言葉に反応した風音がミヅハの下へ駆け寄る。


「!!?  おおそうだ! いやーやっぱりそう見えちゃうかー!」


 嬉しそうに答えるミヅハ。

 そしてその様子を、団平は唖然とした表情で後ろから眺めていた。


「『卑奴羅ヒドラ』に水の神様……?

 もう一体何がなんなんだ……」


 思わず団平は頭を抱える。

 覚悟していたことだが、いざ目の前まで来てみるとあまりの非日常的な光景に脳の処理が追い付かない。


「私も、今目の前で何が起こっているのかは分かりません」


「美鈴……」


 美鈴は団平の隣に立ち、続ける。

 二人の間にはまだ二歩以上の距離が空いているが、今の団平にとってはそれでもありがたかった。


「でも……これだけははっきりしてます。

 八坂さんもミヅハさんも、全力で戦ってくれているんです。

 私たちにとっては、その事実だけで十分じゃないでしょうか。

 だから私は、ここで信じて待ちます。

 それに……」


「それに?」


「姉さんも、この戦いを見守ってくれている気がするんです」


 美鈴は両手を再びきゅっと握りしめる。


「鈴音が?」


「はい。何となく……ですが。

 でも、確かに感じるんです。姉さんは、ここにいるって」


 そして美鈴はやや視線を上げて夜空を見上げる。

 団平もそれに続いた。


 目の前に広がるのは、星の瞬き。

 今日という日が地獄でも、それらは変わらず煌々と光を放っている。


「……団平さん」


「……ああ」


「私が貴方を許せるかどうかは……正直分かりません」


「……」


「だから、すぐに死んでしまったりするのだけは、止めて下さい。

 死んでしまえば……どうしようもなくなってしまいますから」


 淡々とした言葉で、美鈴は続ける。横顔も見えない。

 おそらく、わざとそうしているのだろう。

 

 湧き上がる全ての感情を表に出さない為に。

 団平にはそれがはっきりと分かった。

 

 だからこそ、その言葉が痛いほど心に突き刺さる。


「……ああ」


「私が許すかどうかを決めるまで、貴方は生きて下さい」


「ああ……ああ……!」


やや震えた声で、団平は答える。

頬には、一筋の涙が伝っていた。

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