神なるもの⑫『若者、バカ者、よそ者』
「くっ……、岩夫! 出てこい!」
招かれざる客を前に、登美枝は一喝する。
すると呼ぶ声に反応するように、身長を二メートルを超す巨漢がどこからともなく現れた。
桓本家の「影」こと、岩夫である。
「キサマ……イキテイタトハナ……!」
その左手には斧を持ち、怒気を含んだ瞳で英人を睨みつける。
仕留めたはずの相手が生きている――それは村の暗部を担う彼にとっては最大の屈辱だろう。
「こういう時もあるってのに、死体の確認はしっかりやらないお前が悪い。
村の暗部だってんなら後始末くらいしっかりやれ」
「ホザケェッ!」
怒りに任せ、岩夫が突進を始める。
音速にも届こうかという速さで振り下ろされる斧。
しかし。
「よっ」
「――なッ!?」
それは英人にとってものの数ではなかった。
さらりとその左腕を受け流しながら掴み、勢いよく持ち上げる。
「おらっ!」
そしてそのまま地面に思い切り叩きつけた。
義堂直伝の背負い投げである。
「ガ……ハ……!」
脳天から、全身へと駆け巡る衝撃。
たとえ常人でなくとも耐えきれるようなものではなく、岩夫は仰向けに倒れたまま気絶した。
「な、な……!」
「やっぱ見た目の通り、結構頑丈だな。
石畳に頭打ちつけられても死なないとは」
「何者なんじゃお前は……!」
驚愕の表情を浮かべながら、登美枝は英人から後ずさる。
周囲で見ていた村人も同様の反応だ。
それほど目の前の存在は圧倒的で、非常識的過ぎた。
「見ての通り、ただの大学生だ。
そして彼女の同級生……だよな?」
「え、あ、はい……」
戸惑いながらも、美鈴は頷く。
「ほら」
「くッ……! じゃあそのただの大学生とやらが、何の目的で祭りの邪魔をする!」
「この村に、祀るべき神などいないからだ」
登美枝の怒声に、英人はゆっくりと答えた。
「なッ……」
「八坂さん、それって……?」
美鈴は疑問の表情を浮かべる。
「その説明は後で。今はまずここから離れようか。
……ちょっと失礼」
「え……きゃっ!」
英人は美鈴をお姫様だっこの要領で抱きかかえる。
そしてその状態で英人は登美枝の方へと再び向き直った。
「一応忠告しておくが、死にたくないなら一刻も早くこの村から離れた方がいい。
村人の皆さんも一緒だ!」
その掛け声に、境内の村人は一斉にビクりと震える。
「お前……これから何するつもりじゃ」
「『オオモリヌシ』を倒す」
「なんじゃと……この伊勢崎の神を倒すと!?」
「俺が倒すのは神じゃない、『神を騙る化け物』だ。
その門の向こう側におわしますな」
英人は顎をクイクイと動かして門を示す。
「な、何を莫迦げたことを……! 正気か!
そもそもただのよそ者であるお前になにが出来るか!」
「……出来るとも」
「な、にぃ?」
「よそ者だって五人も集まれば世界を救えたんだ。
だったら村ひとつぐらい、俺一人で何とかしてみせるさ。
……というわけで一旦失礼!」
瞬間、雷が落ちたかのように英人の体を電気が包む。
「な……! き、消えた」
そして登美枝が瞬きをした後には、二人の姿は跡形もなく消えていた。
「き、消えおった……!」
「なんじゃあの男は……」
「一体、『巫女参り』はどんなるんじゃ?」
嵐が過ぎ去ったような静寂を挟み、村人たちは一斉にどよめきだす。
なにせ、村のアイデンティティともいえる祭りが今目の前で台無しにされたのだ。
彼らの長い人生においてもなお、初めて目の当たりにする光景。
一体全体どうすればいいのか分からない。
「ええい、お前ら!
さっさとあやつらを探さんか!」
しかしその動揺も、登美枝の怒声によって制される。
「だ、だけども村長……」
「目の前で消えちまったもんを探せと言われても……」
「いいから村中を探せ!
『オオモリヌシ』様がお怒りになってもいいのか!」
「は、はい……」
そうして村人たちはぞろぞろと神社を後にしていく。
「ちぃ……っ! あの男、このままでは済まさんぞ……!」
そう吐き捨てる登美枝。
その表情には、執念の二文字が貼りついていた。
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「す、すごい……まるで空を飛んでるみたい」
「しっかり掴まっててくれよ」
「は、はい……!」
いつもの『脚力強化』と『エンチャント・ライトニング』のセットで英人は夜の山々を飛び越えていく。
一回で数百メートルにも及ぼうかという跳躍。
美鈴にとってそれは初めて体験する神秘であった。
ふと、英人の顔を見上げる。
そこにあるのはサークルで見かける、いつもの顔。
でも今体験しているのは、今まで想像もできなかった彼の一面。
「八坂さんって、何者なんですか?」
つい、そんな質問が口から漏れてしまった。
「ん?」
「ああすみません! そうですよね、多分というか絶対ワケありでしょうし。
もしや一般人が知ったらマズい類のものだったり……秘密結社とか人体実験とか。
ああでもフライングヒューマノイドって線もあるのかな」
美鈴は慌てて顔を逸らすが、オカルト好きの地が出てしまっている。
「いやいや落ち着いて。
ここまできちゃったんだし、隠さず言うよ。
鈴音さんのこともあるしな」
「姉さんの……」
先程頭に響いた声を思い出す。
やはりあれは、鈴音の声だったのだろうか。
「だが見ての通り、今は時間がなくてな。
でも全部終わったら、必ず話すよ。約束する」
英人は美鈴に優しく語りかける。
「は、はい」
美鈴はそれにコクリと頷いた。
「さて、確かこの辺りだったよな……っと」
そしてしばらく移動した後、英人はとある山の中腹へと着地する。
そこは『神域』の外縁にあたる部分。
「ほれ」
「ありがとうございます……」
「おーやっと来たかー」
美鈴が英人の腕から降りると、前方から気だるげな声が聞こえてきた。
顔を上げて前を見みると、そこにいたのは……水色の髪の女性と、水でできたスライムのような球体。
女性はその上にポヨンポヨンと寝そべりながら、こちらに手を振ってきている。
「え、えっと……?」
よく分からないが、とりあえず手を振り返す。
「おー、いい子じゃん。
私はミヅハ。神さまだよん」
「かっ、神さま!?」
「違う違う。正確には神器に宿る精霊だ。
例えるなら、殿堂入りしたメジャーリーガーの愛用バットが人格を持った感じだな」
「はあ……?」
美鈴は首をかしげる。
「え、何そのありがたみがあるのかないのか微妙な例え。
そんな風に思ってたん?」
「それで、首尾はどうだ?」
「まさかのスルー……まあいつものことだしいいや。
とりあえず準備は全部済んでる。指示さえあればいつでも実行できる状態。
でもいいのかい? こんなことしたら契約者自身が……」
「だが現状村の安全を考えたらこうするしかない」
「お人よしだねぇ……」
やれやれ、とミヅハは寝そべりながら頬杖をつく。
「あの、今から何を……?」
「うーん? なーに単純なことだよ。
この山々一帯を水の壁で囲んじゃうのさ。
こうザバーンと」
「この辺りを全部……!?」
美鈴は驚愕しながら辺りを見回す。
ただ壁で囲むと言っても、山一つだけでかなりの規模になるはずだ。
それにミヅハの口ぶりから言って一つでは収まらないのだろう。
となると最早想像がつかないレベルだ。
「ま、自称とはいえ相手は一応神さまだしな。
やりすぎということはないだろう」
「でもなー。まーた私はこういう役割かー。
しかも前回よりも規模がデカいし。
特性上防御が得意とはいえ、わたしゃ本来は武器よ武器?」
ミヅハはブーブーと文句を言う。
「嫌なら降りてもいいんだぞ?
俺一人でやるだけだ」
「ちゃんとやりますよー。
……じゃなきゃ死んじゃうでしょ。
私、そういうのやだからね」
「分かってる」
「はーあ、どーよ奥さん?
ああゆう覚悟で押し切るタイプの男。
人に心配かけることばかり上手くなりおってからに」
ミヅハはよっこいしょと水のベッドから降り、美鈴の肩に手を回す。
「は、はあ……?」
「あーゆーのと一緒になる時は気を付けなよー」
「はい……」
美鈴はとりあえず頷いておく。
「サークル仲間にいらんことを吹き込むな。
とにかく準備は出来たんだな? だったら俺はもう行くぞ。
『その時』が来たら合図をするから」
「あいよー」
ミヅハはヒラヒラと手を振って答える。
「あ、あの……私は……?」
「ああ悪い。君はここで待機していてくれ。
おそらくここが一番安全な場所になるだろうからな。
……ミヅハ、もしもの時は分かってるな?」
「はいはい分かってますよ」
「よろしい。それと秦野さん」
英人は美鈴の元へ駆け寄る。
「悪い、その布だけ借りてくわ。
ちょっと必要になりそうだからな」
「あ……どうぞ」
英人の頼みを受け、美鈴は上に羽織っていた絹製の布を差し出す。
するとその時。
――ゴゴゴゴオッ!
凄まじい音量の地響きが辺りに轟いた。
まるで地震かと思うその規模に、美鈴はたじろぐ。
「な、なんですか今のは!?」
「『オオモリヌシ』様さ。どうやらいい加減お目覚めらしい。
ま、900年も冬眠してたもんだし無理もないか。
それじゃ、行ってくる」
英人は美鈴の動揺を鎮めるように、肩をポンと叩いた。
しかし美鈴の不安は完全には晴れない。
「あの……大丈夫ですよね?
ちゃんと、帰ってきますよね?」
それはまた近しい人を失ってしまうのではないかという不安。
正直言って、今この村に何が起ころうとしているのかは理解できない。
英人の正体も、ミヅハについても、ひいては伊勢崎村のことでさえ。
でも、目の前の男が今から命を懸けた戦いをすることだけは分かる。
普通なら、止めないのが正解なのだろう。
でも、やはり怖かった。自分の知らない所で失ってしまうのが。
『――大丈夫だよ』
「えっ?」
その時、またその声が美鈴の頭の中に響いた。
「大丈夫だよ」
そして同じセリフを英人は言う。
美鈴は思わず俯けていた顔を上げた。
『――だって私たちは』
「なぜなら俺たちは――」
そこには英人の姿。
それと――
「『一度、世界を救ったのだから』」
彼に寄り添うように立つ鈴音の姿が一瞬、見えた。
「あ……」
「行ってくる」
そして英人は美鈴に背を向け、山林へと飛び込んでいった。
小さくなっていく背中をじっと見守る美鈴。
心を覆っていた不安は、いつの間にかなくなっていた。




