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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第三部:真夏の英雄譚
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神なるもの⑧『清川家の一族 前編』

――伊勢崎村。


 この村には、一つの風習があった。

 その名も『巫女参り』。


 それは10年に1度、巫女役の女性が『オオモリヌシ』様に豊穣の礼として供物を捧げるというお祭りである。


 その起源は、およそ900年前。

 清川家の先祖である藤太の手によって『卑奴羅ヒドラ』が退治されてから間もなくのこと。


 依然として『卑奴羅ヒドラ』の残した毒に苦しめられた村は、突如降臨した『オオモリヌシ』様によって救われた。

 そしてそれ以降、その存在は伊勢崎村にとって絶対的なものとなっていたのである。



 村を救ったのは、『オオモリヌシ』様のお陰。


 今の我々があるのは、『オオモリヌシ』様のお陰。



 この村は、『オオモリヌシ』様を中心として回っている。



 今までも、そしてこれからもずっと――






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「――君が、秦野 美鈴さんだね?

 俺は清川 団平だ。秀介の弟で、君の叔父にあたる。

 今日は来てくれてありがとう」


「はい……」



 7月某日。

 それは英人と美鈴が伊勢崎村を訪れる二月ほど前。



 団平と美鈴は横浜のとあるカフェにいた。


「それで手紙にも書いた件なんだけど、どうだ?

 できれば祭りの前日に村へと帰ってきてほしいのだが」


 団平はやや前のめりになって美鈴に詰め寄る。


 伊勢崎村に向かう車中において、美鈴は「団平とは事前に会っていない」と言った。


 しかしそれは真っ赤な嘘。

 本当は一度だけ、会っていたのだ。


「は、はあ……」


 美鈴はやや困り顔で気のない返事をする。


 何せ三歳の時に母親が死んでからは天蓋孤独だと思っていた身。

 姉の存在自体は亡くなる際に教えられていたが、15年以上も経った今となっては遠い思い出のようなもの。


 そんな中でいきなり母の故郷とかお祭りとか言われても、正直実感が湧かないのだ。


「兄……君の父である秀介も、そしてお姉さんの鈴音ちゃんも既に亡くなってしまったからな。

 今、清川家にいるのは俺だけなんだ。

 だから数少ない血縁である君には是非とも戻って来て欲しい!」


 引き続き団平は鼻息を荒くして話を続ける。

 数少ない縁者を見つけた喜びからと言われればそれまでだが、その興奮度合いは正直言ってやや異常だ。


 しかし親戚だと言われてしまえば、美鈴としても無下に断ることは出来ない。


「大学のこともあるので、そちらに引っ越すとかはさすがに無理ですが……。 

 お祭りの時くらいならなんとか」


「本当か!?」


「は、はい」


 その勢いに、美鈴はややたじろぐ。


「いやあ助かるよ……ああ、そうだ。

 これ、交通費にでも使ってくれ」


「ありがとうございます……」


 テーブルに差し出された封筒を、美鈴はおもむろに手に取る。

 しかし触った瞬間、その感触に微かな違和感を感じた。


 まるで、お札よりも固い紙が入っているような……。


「……?」


「……念のため、中身を確認してみてくれ」


 団平に促されるままに、美鈴は封筒を開いて中身を取り出す。


 すると中にあったのは、五枚の一万円札。


 そして、数枚の写真。



「……! これって……!」


 それを見た瞬間、美鈴の顔は一気に青ざめた。

 思わず写真を胸に押し付けて隠す。


「少しだけ、君のことを調べさせてもらった。

 どうやら、あまりよくないアルバイトをしているようだな」


「!!」


 これはなにかの間違い、悪い夢だ。

 そう自分に言い聞かせ、美鈴は再びその写真に視線を移す。


 しかしそこに映っていたのは、派手なドレスに身を包み、ホステスとして働く自分の姿。

 そうそれは――彼女にとっての最大の秘密だった。


「確か、奨学金を使って大学に通っているんだって?

 いくら成績が優秀といえども、クラブで働いていると大学にバレたら……どうなるかな?」


 団平は淡々と美鈴を追い詰める。


「大学には、どうか……」


「大丈夫。これは保険だ。

 君が約束通りに祭りの前日に来てくれればそれでいい。

 いいな? バラまかれたくなかったら、絶対に村に来るんだ」


「――っ!」


 本来ならば穏やかな空気が流れるはずの店内で、二人の空間だけが凍る。


(母と姉の生まれ故郷に、帰るだけでいい。

 そう、それだけで大学に私のアルバイトのことは知られずに済む。

 でも――)


 美鈴は長い前髪の隙間から、団平の姿をチラリと覗く。


 その目は依然としてこちらを穴が開くほど睨みつけ、さらに息も荒い。

 まさに必死そのものだった。


(何故、この人は私を脅すの?)


 ただ、家族の出身地に一度帰るだけ。

 普通に頼めば済む話なのに、どうしてここまでの強硬手段に打って出るのか。


 その矛盾こそが、美鈴は大きな恐怖を与えていた。


「ほら、どうなんだ!?

 来るのか、来ないのか!?」


 美鈴が考え込む間にも、団平は返答を急くように詰め寄る。


 答えはもう、一つしかなかった。


「い、行きます。

 ちゃんと祭りの前日に」


 美鈴は目を瞑り、絞り出すようにそう答える。


 すると一瞬、時間が止まったかのように静寂が流れた。


「……そ、そうか。

 来てくれるか。うん、それでいい」


 しかしようやく美鈴の答えを反芻し終えたのか、団平は安心したように背もたれにゆったりと体を預ける。


「これで、アルバイトの件は……」


「ああ、約束は守る。

 ちゃんと来てくれればな」


「そう、ですか……」


 美鈴は俯き、ロングスカートの裾をキュッと握る。


「それじゃあ話も纏まったことだし、俺はもう帰ろう。

 ……お代はここに置いとく」


 そして暗い表情の美鈴とは対照的に、満足そうな表情を見せる団平はそのまま去っていった。



 残されのは、二枚の千円札。

 美鈴はそれをボーっと見つめる。


 そこから一時間以上、彼女はピクリとも動くことが出来なかった。




 ――――――




 ――――




 ――




「――おい」


「……」


「おい、大丈夫かの?

 なんだか上の空な様子じゃが」


「……あっ。す、すみません!

 少しボーっとしてしまって……」


 美鈴はペコペコと頭を下げる。

 どうやら、考え事をしてしまっていたようだ。


 時刻はもうすぐ正午。

 大広間から和室へと場所を変え、登美枝から『巫女参り』の説明を受けているところだ。


「ほほ、年寄の話は若い娘にゃ退屈じゃったか。

 ま、かれこれ一時間は話しとるからの。昼飯前に、ここらで一旦休憩するか」


「あ、ありがとうございます」


「まあ一通り作法については言い終わった所じゃったし、ちょうどええじゃろ。

 ほれ、茶と菓子を持ってこんかい!」


 登美枝はそう言って手をパンパンと二回叩く。

 すると数分後、世話係の女性が緑茶と茶菓子を持って和室に入って来た。


「……どうぞ」


「ど、どうも」


 そして丁寧に差し出されたお茶を、美鈴はそっと受け取る。

 しかしお盆に乗っていたのは、明らかに一人分だった。


「あれ……登美枝さんは飲まないのですか?」


「年を取ると便所が近くなってのう……茶もおちおち飲めんのじゃ」


「そうなんですか……」


「ほれほれ、若いお前さんは遠慮せず飲め飲め」


 登美枝は催促するように手に持った扇子をくいくいと上下させる。


「は、はい。いただきます」


 そして美鈴は一口、茶を口に運んだ。


 温すぎず、それでいて熱すぎないくらいの丁度よい温度。

 慣れないこと続きで疲れが溜まった体にはよく染みる。


「……ふぅ」


 そしてほっと一息。

 なんだかこの村にきてから緊張しきっていた心も一緒にほぐれたかのようだ。


 そのままふと、7月の出来事を思い返す。


(あんな脅迫こそありましたが、今日を乗り切れば大丈夫のはず……)


 正直に言えば、引っ掛かる部分はいくつもある。

 しかしそれは今考えても仕方ない。


 今はただ、『巫女参り』を完遂することに集中しよう。


「おや、大分疲れが溜まっとるようじゃの。

 なんじゃ、都会での生活というのは気苦労が多いか?」


「まあ、色々と……」


 そうだ。

 天涯孤独の身は、色々と苦労が多い。


 経済的な問題はその筆頭だろう。


 だからそれを挽回するために頑張って勉強し、名門早応大学に入った。

 さらには一定の成績も修めて奨学金も給付されている。


 しかし、それだけではとても生活は出来ない。

 働くにしても、生活費と学費両方を稼ぐ仕事となると学業との両立は無理だ。


 となればもう、女の自分に残されているのは水商売くらいしかなかった。

 そして現在、大学生とは別の「夜の顔」を持つことでなんとか生計を立てている。


(でも実際、私は運が良かった……)


 しみじみと美鈴はそう思う。


 今在籍しているクラブは美鈴の置かれている境遇にキチンと理解を示してくれている。

 いわゆる「危ない客」は担当させないように配慮してくれているし、シフトもある程度融通が利く。

 それにお酒も無理に飲ませようとはしない。だから今も無事に続けられている。


 正直、今の店には感謝しかない。

 だからこそ、大事にはしたくないのだ。


「そうかそうか。若いのに苦労しとるのう。

 ほれ、今は休憩時間じゃから存分に休め」


「は、はい……ありがとうございます……」


 気のせいだろうか、先程から頭がボーっとする。

 登美枝の言う通り、疲れが溜まっているのだろう。


 そのように頭の中で分析しながらも、美鈴の意識は徐々に霞んでいく。


 眠気とは違う、体の虚脱感。

 ふらふらと揺れる上半身は、次第にその振り幅を大きくしていく。


 やがて支えを失った美鈴の体は、パタリと床の上に倒れた。



 そして目が完全に閉じる直前。



「――ひょひょっ!」


 登美枝が邪悪な笑みを浮かべる姿が目に映った。


「あ……」


 しかしそれを疑問に思う間もなく、美鈴の意識はそこで途切れた。



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