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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第二部:『英雄』と『人』
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血命戦争㉘『最後の一撃は、せつない』

 天を穿った闇の魔力が、やがて霧のように消えていく。

 それはみなとみらい全体に広がる、ランドマークタワー屋上の光景であった。


「……私の負け、か」


 見つめながら、クロキアは力なく呟いた。

 幹也みきやが『吸血鬼ヴァンパイア』でなくなったことを察したのだろう。


「……ああ。そして、俺たちの勝ちでもある」


「今回届かなかったのは……私か。

 そして、彼女たちの想いは届いた」


新藤しんどう幹也みきやの持つ『異能』、それは『君に、聞いてほしい(ボイス・フォー・ユー)』。

 中身はまあ、別に言わんでもいいだろう」


「二人の愛が、『吸血鬼ヴァンパイア』という種族の壁すら乗り越えたというわけか」


「どちらか片方だけでは、ダメだった。

 独りよがりな愛ではとても心までは届かない。

 だからこそ、俺はあの二人に懸けたのさ」


 英人は一歩、クロキアとの距離を詰めた。


「となると、最後に残るは私か」


「ああ、後はお前だけだ。

 クロキア=フォメット」


「フフ……」


 クロキアは笑う。


 それは自嘲か諦観か。

 それとも満足からくるものか。

 どちらにせよ、『人間』である英人にとって完全な理解が及ぶところではなかった。


「だが、その前に聞きたいことがある」


「ああ、私がこの世界にいる理由だろう? そういえば話す約束だったね。

 何、そう難しい話じゃない。

 ただ単純に『君たち』があちらに行ったのと同じ原理さ」


「同じ原理……つまり、お前はこの世界に召喚されたということか?」


 英人は僅かに目を細めた。


「ああ。おそらく世界を渡るにはちょうど良かったのだろうね。

 何せその時の私は消滅しかけだったから。

 ……うん? となると、私はそもそも死んでいないことになるのか?

 いや、それも最早些細なことか」


 クロキアは顔を上げ、夜空を仰いで再び笑い上げる。


「……誰だ、お前を召喚したとかいう奴は」


 対する英人は目を見開き、クロキアを睨みつけた。


 元々英人が異世界に行けたのは、異世界側からの召喚によるもの。

 それと同じということは、異世界の存在を知っている誰かが彼を召喚したということになる。おそらく、何かの目的があって。


 しかも召喚したのが『魔族』である『吸血鬼ヴァンパイア』というのが大きな問題だ。

 この世界に生きる者として、それを見過ごすわけにはいかない。


「何のことはない、私を召喚したのはただの取るに足らない小物共さ。

 『魔法』どころか『異能』もないようなね。

 その場で血を吸って全員殺してしまったよ」


 声色に笑みを交えながら、クロキアは語った。

 だが背中は依然として英人に向けたまま。


「小物、ね。本当にそうなら世も末だな。

 世界同士の境界もへったくれもあったもんじゃない」


「だが弱かったのは事実だからねぇ。

 まあいわゆる『普通』の人間ではなかったのだろうが、かといって大物でもない。

 おそらくはなんらかの組織の末端だったのだろう。

 なんともつまらない話だが、これが真実だよ」


「……そうかい」


 数瞬の間の後、英人はおもむろに右手を横に掲げた。

 すると、立ちどころに水流が巻き上がる。


「ふーう。あっちはリア充濃度が濃すぎて辛いから、私はこっちに戻ってきたよん。

 ……それで、もういいのかい?」


 それは澄んだ清流を思わせるような髪と瞳。

 水の柱から現れたのは、神器『水神ノ絶剣(リヴァイアサン)』の精霊であるミヅハであった。


「ああ、頼む」


「はいはい」


 短く答えたミヅハは体を水で包み、その姿を華麗な装飾が施された一本の西洋剣へと変化させた。

 これこそが神器『水神ノ絶剣(リヴァイアサン)』本来の姿であり、またそれを示すかのように、英人の体からはすさまじい量の魔力が放出される。


 崩壊を続ける体の『吸血鬼ヴァンパイア』と、力を取り戻した『人間』。

 もはや勝敗は誰の目にも明らかだった。


「……さて、やるか」


 クロキアは颯爽と英人に向かって振り向く。


 それは最早、肉体の再生すらままならない体だった。

 しかしそれでもなお、『吸血鬼ヴァンパイア』は誰でもない己の足でこの世界に立ち続ける。勝ち負けの為ではなく、己の嗜好しこう矜持きょうじの為に。

 そう彼こそが『死者の王』、クロキア=フォメット。


「ああ」


「――『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール全解放アレス・オフネン』!!」


 間髪を置かず、英人の眼前には闇の奔流が迫る。

 それは最後の力を全て振り絞った、滅びの一撃。

 

 英人は『水神ノ絶剣(リヴァイアサン)』をゆっくりと振り上げた。


「『絶剣・流転八連瀧リヴァイアス・オクタヴィア』――」


 湧き上がるは八つの『水龍』。

 神の力とは、非情の力。


 水で形作られた神々は無慈悲にも闇を洗い流し、喰らい尽くす。

 それは眼前の『吸血鬼ヴァンパイア』とて例外ではない。


 大挙する咆哮と轟音。



「――ああ、素晴らしい。

 そうだ! 最後の一撃は、切ないくらいに派手がいい!」



 水は、その全てを飲み込んだ。




 ………………


 …………


 ……



 深夜の山下公園。

 一人の『人外』が、力なく仰向けに倒れていた。

 驚異的な再生能力を誇る『吸血鬼ヴァンパイア』の命も、あと幾ばくもない。

 カウントダウンを示すかのように、その体は足元から徐々に崩れ始めていた。


「……これで二度目になるが、何か言い残すことはあるか?」


 英人は倒れるクロキアの下へ歩みより、尋ねた。

 

 それはいつかと同じ問い。

 慈悲からではない。ただ、聞いておかなければならないと思ったからこそ再び問う。


「そうだな……この見知らぬ世界ただ一人、そして五年。

 『魔法』も『魔族』もなく、さらには力の大部分も失った。

 ほんの僅かだが、あちらに召喚された君たちの気持ちが分かったよ」


「……」


「そんな中さ、この世界で生きる君を見つけたのは。

 思わず歓喜に震えたよ。この気持ち、君には分かるかい?

 だからこそ私は再び君に挑んだんだ」


 クロキアはチラリと目線を英人に向ける。

 その瞳は未だ意思を失ってはいない。


「最後に、一つだけ教えておこう。

 彼を『吸血鬼ヴァンパイア』に転生させたのは私の力ではない。

 『転生石てんせいせき』という物質の効果によるものだ」


「『転生石』?」


「詳しくは私にも分からない。知っているのは、埋め込んだ生物を別の種に転生させるという事実だけだ。

 私はある時、そいつをある人物から手渡されたのさ」


「……誰だ、そいつは?」


 その問いに、クロキアは悪戯いたずらっぽく笑って返した。


「さてね。まあ精々悩むがいいさ、『人間』よ。

 だって君たちは皆悩み(そいつ)を抱えたまま、今まで戦ってきたのだろう?

 ハハハハハハハハっ!」


 クロキアは夜空へと視線を移す。

 いつの間にか雲は立ち消え、一面に広がるは夏の星々。

 穏やかになった潮風と潮騒しおざいと共に、星々は滅ぶ体を柔らかく照らす。


「……ああ」


 クロキアは思わず、そのまたたきに手を伸ばそうとする。

 だがとっくにその手は消滅しており、そこに届くはずもない。


 何もできずに、ただ肉体は消える。



「――良い夢を、見させてもらった」



 それでも『吸血鬼ヴァンパイア』は、最後まで満足そうに笑っていた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

次回で血命戦争編は終了です。



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