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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第二部:『英雄』と『人』
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血命戦争㉕『頂上決戦』

 瓶の中身を体内に入れた瞬間、クロキアの体は急激な変貌を始めた。


「ぐ……グアアアアアアッ!!!」


 体中の血管が膨張と収縮を繰り返し、膨大なエネルギーが全身を駆け巡る。

 しかしそのあまり勢いに耐え切れず、全身の血管が破裂、修復を繰り返している。


(摂取したエネルギー量に、体の方が追い付いていない……!)


 英人は剣を向けながら、冷静に相手の状況を分析した。

 おそらく、今のクロキアは無理やり高濃度のエネルギーを摂取した状態。つまりは一種のドーピングだ。

 『異世界』であれば消化しきれたかもしれないが、肉体が大きく弱体化しているこの世界では負担も大きいのだろう。

 とはいえ、体がその苦痛に馴染んでしまったらしまったで少々厄介。


(ならば、苦しんでいる今が好機か!)


 そう結論付けた英人は、早速行動に移った。

 素早くそして静かに体の重心を移動させ、剣の方には魔力を込める。


 そのまま間合いを詰めようとした時。


「――オオオオッ!!」


「な……っ!」


 クロキアが振り上げた左腕から、凄まじい量の魔力が放出された。

 それは、先程放った『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール』とは比べ物にならない規模。


 ――ガガガガガッ!!!


 湧き上がる魔力は黒き洪水となり、全てを飲み込まんと英人に迫ってきた。


「ちぃっ!」


 今の状況では、とてもじゃないが真正面からは受けきれない。

 そう判断した英人は咄嗟に体勢を変え、横へと跳ぶ。

 だがここは戦うには決して広くはない屋上、オマケに上空296メートル。

 当然逃れようとするなら、空中に身を投げ出すしか方法ない。


「おおおっ……っ!」


 英人としても、生身でこの高度に投げ出されるのは初めてだ。

 一瞬の浮遊感の後、一気に重力が全身を地面へと引き付けていく。いくら英人でも、この高さから落ちたら無事では済まない。


「こなくそっ……!」


 英人は落下しながら左腕をタワーの壁面へと向け、手首の付け根からアンカーを勢いよく射出した。


――シュルルルルッ!


 子気味良い風切り音と共に放たれたそれはそのまま壁へと突き刺さり、なんとか英人の体を支える。そのまま壁面に足を引っ掛け、落下の心配を解消した英人はようやく一息ついた。


(ヒムニスが勝手につけた機能が、こんな所で役に立つとはな)


 このヒムニス特注のアンカーはかなり丈夫で、人を支えるのには向いてはいる。

 だがその一方で、ワイヤーを巻き取る力が弱すぎるという致命的な欠点があった。

 人ひとり持ち上げられる馬力はあるのだが、そのスピードはエレベーターのそれにも満たない。

 このままでは相手にとってはいい的だ。


「オオオオッ!!」


 なにせその相手は、こちらと違い空を飛べるのだから。


「やはり躱したか、八坂英人! ならばもう一度だ、『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール連撃フィール』!」


 クロキア、追撃とばかりに魔力の雨を降らせにかかった。

 血の効果からか、同じ技でも威力が大幅に違う。


「『エンチャント・ウィンド』!」


 英人は咄嗟に風魔法を身に纏った。

 この『魔法』は条件が良ければ短時間の飛行、もとい滑空も可能になる代物。

 しかしここは強い潮風の影響でコントロールが難しく、それに呑気に滑空などしていては遅すぎる。なので英人はアンカーの補助として『エンチャント・ウィンド』を使った。


「うおおっと!」


 風の力によって勢いづいた体は、一気にアンカーによって引っ張られていく。

 想像以上の速度。目の前には、凄まじい勢いで壁面が迫る。


「くっ!」


 だがなんとか足を前に出し、無事に接地。

黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール連撃フィール』もなんとか躱し切ることに成功した。


「あっぶね……。この二つ、思った以上にハマってたな」


 地面とはちょうど直角方向にしゃがみ込んだ状態で、英人は一つため息をつく。


「ほう、中々面白い仕掛けが付いているじゃないか。その左腕。

 もしや『あの時』から新調したのかい?」


「これに関しちゃ勝手につけられた機能だけどな。

 にしてもお前、その姿……」


 英人は顔を上へと向ける。

 そこにはもう、彼の知るクロキア=フォメットはいなかった。


 ひどく膨張した血管は首を通り抜けて顔にまで広がり、露出した右腕は筋肉が膨張と収縮を繰り返している。それは『吸血鬼ヴァンパイア』であることを差し引いても、あまりに異常な状態だと言えた。


「これが今、私が出せる『本気』というやつだ」


 だがクロキアは依然として表情に笑みを保った。

 彼なりの矜持きょうじなのだろう。


「……一応言っておくが、お前このままだと死ぬぞ?

 どう考えても、体の方が飲んだ血の濃度に追いついていない」


「何、元々捨てようと思っていた体だ。

 私が滅ぶ前に君を倒し、改めて彼に乗り移ればそれで済むこと。

 心配は不要さ」


「そうか……よっ!」


 英人はアンカーを外し、クロキア目掛けて飛び掛かる。


「ハッハハハ! そうだ! 私と君はそれでいい!」


 対するクロキアは笑い声と共に、左手に魔力による黒き刃を形作った。


「ハアァッ!」


「ハハハッ!」


 魔力の込められた剣と、魔力を凝縮して作られた刃。

 それらは激突した瞬間、鈍い轟音と鋭い金属音の二つを周囲に響かせた。

 交わる刃からは衝撃波が発生し、タワーの窓を豪快に割っていく。


『ちょっ、こんな所でそんな派手にやっていいん!? 

 てかその高さから落ちて平気なん!?』


『こっちのことはいい! お前は防御にだけ集中してろ!』


 たまらず念話でこちらの状況を聞いてきたミヅハを叱咤で追い返し、眼前の『吸血鬼ヴァンパイア』に焦点を合わせる。ここからは僅かの隙も許されない。


「フッ……あの時とは大分スケールは落ちてしまったが、いい緊迫感だ!

 全てを懸けた戦いということを改めて実感するよ!」


 クロキアは笑いながら一気に魔力を放出し、英人を弾き返した。


「ちぃっ……!」


 弾いたのは、ご丁寧にも下方向。

 英人は落下しながらアンカーを射出し、再びクロキアに向かって飛び上がった。


「『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール連撃フィール』!」


 しかし近づかせまいとばかりにクロキアは弾幕を張ってそれを阻もうとする。

 上空での戦いなら、翼の持つクロキアが圧倒的に有利。彼からすればこのまま距離を保ちつつ攻撃し続けるだけでいい。


「『ウィンド・バレット』!」


 だが、英人とてその点は織り込み済み。

 瞬時に何十発もの風の弾丸を展開・射出し、『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール』を全発迎撃した。


 風と闇の力が衝突し、爆風と衝撃の群れが二人の視界を覆う。


「ハハ! 君も中々無茶をする!」


 クロキアは爆風から距離をとり、その光景を眺めた。


 この現実世界に再び生を受けてから五年、このような戦いをずっと夢見てきた。

 そして今、その夢が現実となっている。


「本当に、素晴らしいよ君は……!」


 壊れていく体を震わせ、クロキアはニヤリと笑った。


「だがまだだ。まだ足りない。

 もっと夢を見ていようじゃないか、なあ?」


 徐々に薄れていく爆風。

 クロキアはいずれ姿を現すであろう好敵手を待つ。


 しかし、その中に英人の姿はなかった。


「!? いったい何処に!?」


 驚愕するクロキア。

 それも束の間。


 ――ストンッ


 何か、大きい針のようなものが背中に刺さった。


(――ッ、まさかッ!)


 クロキアは慌てて後ろを振り向く。

 そこには――


「おおおおおっ!」


 背後から一直線に突進してくる英人の姿があった。

 アンカーと風魔法の力を利用し、凄まじいスピードでクロキアへと急接近する。


「くッ……!」


 予想だにしなかった背後からの奇襲。

 クロキアは必死に回避しようとするが、アンカーで繋がっている以上もう遅い。


「おぉらぁっ!」


 その叫び声と共に、英人の右腕はクロキアの背中を勢いよく貫いた。


「ガッ……ハッ……!」


 クロキアの口からは、鮮血が溢れ出す。

 いくら不死身の『吸血鬼ヴァンパイア』といえども、体のド真ん中に風穴を開けられれば無事では済まない。


「爆風を利用して背後に回ったか……グハッ!」


(チッ、また心臓を僅かに外したか……! ならば……)


 英人は背中のアンカーを外し、羽交い絞めの要領でクロキアに抱き着く。


「『エンチャント・ライトニング――フルボルト』!」


 今度は雷魔法の力を身に纏い、一気に放電を行なった。



「ガアアアアアア゛ア゛ッ!!」


 体に刺さった右腕と、抱き着いた全身から浴びせられる容赦のない電撃。

 クロキアの体は、たちまち火傷による損傷と修復を繰り返す。


「これで終わりだッ……!」


「グググ……ガァッ!

 嘗めるなよ、『人間』ッ! 

黒翼(シュワルツ)飛閃(シュトラール)全解放アレス・オフネン』!」


 しかし、クロキアの方もやられてばかりではない。

 全身から闇の魔力を全開放し、英人の体を一気に包み込んだ。


「ぐぐぐぅッ……!」


 魔力の暴風雨に晒されていく、英人の体。

 もちろん無事で済む筈などなく、所々が悲鳴を上げて血を噴き出していく。

 だがその傷もまた、『再現』によって即座に修復される。


 それは、破壊と再生の応酬。


「おおおおおおおおおおおっ!」


「ガアアアアアアアアアアッ!」



 現在地、上空250メートル。

 確実に近づく、肉体の限界。


 しかしそれでもなお、二人がその手を緩める気配はなかった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




(だ、大丈夫かな契約者……。

 さっきから念話で呼びかけても、全然返事しないんですけど)


 一方その頃。

 英人のクロキアの死闘を背中で感じ取りながら、ミヅハは契約者の指示通り防御に集中していた。


(とりあえず今のところは心配ないけど……)


 ミヅハは障壁の向こうにいる『吸血鬼ヴァンパイア』をチラリと見た。


「グオオオッ、ガアッ!」


 姿こそ人型ではあるが、最早理性の欠片も残していない。

 そこにはひたすら本能のままに障壁を殴り続ける、怪物の姿が映った。


 とはいえこの『水神すいじんノ守リ』は神の名を冠するだけあって、水属性の防御の中でも最高峰の性能を誇る。そもそもが防御の得意な属性ということもあり、このレベルの攻撃であれば防ぐことにさしたる問題はない。


(やっぱどんどん強くなっているよね……この『吸血鬼ヴァンパイア』)


 しかし、『吸血鬼ヴァンパイア』として完成に近づきつつある幹也の攻撃は、一撃ごとに激しさを増していた。


 ましてや英人からの魔力供給とていつまで続くか分からない状況。

 おそらく、このままではそう長くはもたないだろう。


(このままで大丈夫なんか……?)


 ミヅハはチラリと背後にいる和香のどかを見た。


 その見た目はいたって可愛らしい、普通の少女。

 英人の口ぶりからして何か特殊な力があるようだが……正直なところよく分からない。


「でもまあ、契約者があんなマジな顔して頼むんだから、よっぽどかー」


 ミヅハは前に向き直りふぅ、とため息をついた。


 こうして戦うのは、実に二年ぶり。しかも契約者が『現実世界』と呼ぶこの世界では初めてのことだ。

 それでいて初っ端から「ひたすら守れ」という無茶な要求。


(ハア……ホントはもっとぐーたらしていたかったんだけどなー。

 ま、好きでついてきたわけだし、しゃーなしか)


 でも、契約者である彼が死力を尽くすというのなら、『神器』である自分はそれに応えるのみ。


『私の話を聞いて、幹くん!』


「ガアアアッ!」


 背後からは、必死で幹也みきやに呼びかける声が聞こえてくる。

 しかしどうにも効果が上がっているようには見えない。


 ミズハは手を降ろし、後ろを振り向いた。


「……お嬢さんや」


「す、すみません! もっと頑張って語りかけますから、もう少しだけ耐えて下さい!

 お願いします!」


 おそらく、ミヅハから何か抗議されると思ったのだろう。

 和香は勢いよく頭を下げた。


「いやいや、そういうことじゃなくてな……ほれ」


 しかしミヅハは首を横に振り、左の掌から水の鏡を生み出した。

 それをそっと和香に向ける。


「あ……」


 そこに映っていたのは、息を切らして焦燥した少女の顔だった。

 和香は思わず自身の頬を触る。


「まったく、そんな切羽詰まった顔しちゃイカンでしょ」


 ミヅハはさらに近づき、和香の手の上からその頬を揉み始めた。


「うひ……ふ、ふめたいでふ……」


「好きな人の前なんだろう?

 だったらせめて、笑顔でいこうじゃないか」


「は、はひ」


「私は女神だ。まあ恋愛関係ではないけどね。

 とはいえそんな私が傍で見守っているんだ、大船に乗ったつもりで安心せい」


 今度は和香の手を掴み、ゆっくりと下へと下ろす。


「だからゆっくりでいい。恋は焦ったら負けだぞ?」


「――はい!」


 その決意を伝えるように、和香はその手を強く握った。


「よしよし、そんじゃ続けてくれやす」


 満足そうに微笑んだミヅハは前を向き、再び手を掲げる。

 その背後で和香は、改めて幹也の姿をその目に捉えた。


「はい……『ねえ、幹くん』」


 赤い目に、白い牙――その姿はまごうことなき『吸血鬼ヴァンパイア』。

 それでも彼は、この世で一番好きな人。


『――あの時のこと、覚えてるかな?』


 今度はゆっくりと、和香は最愛の人へと語りかけた。

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