血命戦争⑥『同じ建物に人がいる、が結局一番怖い説』
英人たちが幹也の部屋を訪問したのと同じ頃。
「――ここが、死体の見つかった現場だよ」
義堂と水野加奈は、二十三人分もの死体が見つかったという現場に来ていた。
その現場とは、繁華街の外れにある廃ビル。地下の一室に死体が隠されていたという。
既に死体は回収されているみたいだが、微かに残った死臭が鼻をつく。
さらにじんわりとした粘り気のある冷気が、体に纏わりつくのを感じた。
「早速だが見つけた時の状況、詳しく教えてくれるか?」
「えーめんどい」
スマホをいじりつつ、加奈は答えた。
ここには義堂が車を運転してきたわけだが、移動中も彼女は助手席でずっとスマホをいじりっぱなし。傍から見ればただの生意気な若者である。
だが彼女もれっきとした対『異能』の捜査官。
しかも長津の話から鑑みるに、捜査に関しては相当の信頼を寄せられているとみていいだろう。
彼女は今まで義堂が経験してきた「警察の常識」とはかけ離れた存在。
とんでもない世界に踏み込んでしまったな、と義堂は改めて思った。
「頼む」
とはいえ、面倒と言われて「はいそうですか」と引き下がるわけにもいかない。
義堂は頭を下げ、再び協力を依頼した。
加奈は最初「え~めんどい~」と渋っていたが、
「うぇー分かったよ。今から説明するから」
ひたすら頭を下げ続ける義堂にとうとう観念した。
「ありがとう」
「代わりに後で何か甘いものでも奢ってよねー」
そう言って加奈は再びスマホをいじりだす。
そのスピードはもはや指の動きが目で追いきれないほどだった。
「お、おい説明は……」
「だからそれを今やってんの。おとなしく待ってて……はい送信!」
すると、義堂のスマホがバイブレーションで震える。
画面をつけてみると、加奈からのメールの受信を知らせるものであった。
「口で説明するよりも、こっちの方がいいっしょ?」
加奈は義堂には一瞥もくれず、引き続きスマホをいじっている。
「あ、ああ助かる」
予想外の対応にやや驚きつつも早速メールを開封し、義堂はさらに目を見開いた。
「これ……君が書いたのか?」
「……何? 何か文句あるの?」
「いや、よく書けているなと……」
「まーね」
義堂は改めてメールの文面を見る。
そこでは発見時の様子が分かりやすく、そして具体的に記されていた。
要点もきっちり纏められており、そのまま報告書として上に提出しても問題ないほどのクオリティだ。
元部下の足立に手本として見せたいくらいである。
人は見た目によらない、とはまさにこのことだろう。
義堂は報告書の出来に感心しながら、スクロールして読み込んでいった。
「つまりここは……死体の保管所?」
一通り読み終えた後、義堂は一つの結論を出した。
「だね。今はそうでもないけど、発見した時なんかこの部屋チョー寒かったし」
「ということは、ここは元々冷蔵室だった……ということか?」
ならばこの微かに残る冷気にも、説明がつく。
「いやー。そもそもこのビル自体に、そういう設備はないみたい。
だからこれはおそらく『異能』によるものだね」
「『異能』か……となるとその能力は冷気を操る、もしくは室温を下げる、か」
義堂は顎に手を当てて考え込む。
メールによれば、発見された人物の住所や行方不明になった日時には微妙にズレがある。
おそらく対象こそ無差別ではあるが、犯人としてはある程度隠蔽に気を使っているということなのだろう。
それに、わざわざ死体を保存したということは……
「犯人は死体を何かに利用するつもりなのか……?」
「別に『異能者』なんてぶっ飛んだ奴多いんだし、あんま考えてもしょうがないと思うよー?
とりあえずさっさと捜査を始めちゃおー」
そう言って加奈はパシャパシャと室内の写真を撮り始めた。
「? 何をやっているんだ?」
「これ、私の『異能』。スマホで過去の写真が取れんの。
ま、一日に五枚が限度だけどねー。お、誰か写ってる」
「何!? 見せてくれ!」
「そんな焦らないでも見せるから……ハイこれ。
なんつーか、めっちゃ肌白くない?」
そう言って彼女が見せる写真には、一人の人物が写っていた。
場所は間違いなく今二人がいるこの地下室だが、右上に表示されている日時は一週間ほど前だ。
これが加奈の『異能』なのだろう。
写真の人物は黒いフードを被っているため、その顔の全貌までは分からない。
しかし僅かに覗く肌は彼女の言う通り、病的なまでに白かった。
そしてそんな肌をした存在に、義堂は心当たりがあった。
「……末樹、恭弥?」
「ん? 何か言った?」
「い、いやなんでもない」
義堂は慌てて口をつぐむ。
そもそも英人が恭弥を倒したのは二週間以上前。
それに背格好からしてもおそらく、彼は恭弥ではない。つまりはもう一人の『上級喰種』ということになる。
(八坂に知らせた方がいいなこれは……)
英人の話によれば、『喰種』の主食は人間だという。
つまり今回の件、犯人が『喰種』でここは食用となる人間の保管庫と考えれば辻褄が合う。
ここはあの異世界帰りの親友の力が必要だ。
「とりあえず、俺たちはこの男を探せばいいわけだな」
「それも私に任せといて。人物さえ写れば、すぐ探せちゃうから」
加奈は再びスマホをいじり始める。
「まだ何かあるのか?」
「まーね。私の『異能』には、もう一つ能力があるの。
それはこのスマホで撮った写真に写る人物の、現在位置が分かるみたいな」
「!? とういうことはつまり……」
「そ。この白い奴の居場所が分かるってワケ……ほい、捜査シューリョー……ってあれ?」
余裕綽々の表情から一転、加奈は画面を見つめたまま首をかしげた。
「ん? どうした、まさか見つからなかったのか?」
「うーん……何かアタシたちの居場所が表示されちゃってるみたい。
おかしーなー。いつもはこんなはずじゃないんだけど……ほら、見てよ」
そう言って加奈が見せてくるスマホには、地図アプリのような画面が表示されている。
目的地を示す赤いピンは、このビルを刺していた。
まさか――
脳裏に、最悪のケースが浮かぶ。
義堂の背中に嫌な汗がジワリと噴き出した。
「――行くぞ」
言葉よりも先に、体が動いた。
「ちょっ、いきなり掴まないでよ」
突然の行動に加奈は抗議するが、義堂は何も答えない。
そのまま彼女の手を引き、急いで地下室から出ようとする。
しかし、無常にもドアの開く音が室内に響いた。
(遅かったか……!)
義堂は心の中で悪態をつく。
そもそも、加奈の『異能』は正常に発動していたのだ。
「……ふーう。暑い中、待ち伏せしておいて良かった良かった」
つまり、犯人は最初からこの廃ビルの中にいた。
「で、君たちかい? 俺の大事な栄養源を盗んだのは」
現れた人影は、ゆっくりと義堂たちのもとへ歩み寄る。
その体はフード付きのコートに包まれてはいるが、その上からでも筋肉の異常な発達具合が分かる。
そして――
(で、デカい!)
義堂は相手の姿を見上げる。
義堂の身長は180cmジャスト、日本人では比較的高身長の部類に入る。
しかし、そんな彼が見上げなければ顔が分からないほど、目の前の男は巨大だった。
「う、嘘……何アレ」
加奈の動揺が、掴んだ腕を通じて義堂に伝わる。
「人のモノを盗っちゃダメだと、学校で教えてもらわなかったのかな?
全く……これだから『人間』は」
男はフードを剥ぎ、その素顔を晒す。
「しょうがない、君たちには新しい栄養源になってもらうけど……いいね?」
そして有無を言わさぬ笑顔を向けた。
その顔はピエロのように白く、口からは牙がはみ出している。
その姿は、紛れもない『人外』。
夏の地下室に、殺気と冷気が満ちる。
同時に義堂の頬に、一粒の冷汗が伝った。




