血命戦争⑤『家、ついて行ってイイですか?』
「え、瑛里華ちゃん……?」
意外な人物の登場に、茅ヶ崎は目を見開いた。
学内トップクラスの有名人とは言え、特定のサークルに所属していないはずの彼女がここに来るのは珍しい。一体何をしに来たというのか。
「アンタ、また違う女の子引き連れて……ホント節操ないわね」
しかしそんな茅ヶ崎を気にも留めず、瑛里華は英人に詰め寄る。
「なんでお前がここにいんだよ……」
また面倒事が増えた、とばかりに英人はあからさまに嫌そうな顔をした。
「お昼ご飯食べてたら、ちょうどアンタがこの子たち連れて三階に上がっていく姿が見えたからね。また何かやらかすんじゃないかと思って後を尾けたの。
そして少し様子を見てたら案の定、この騒ぎでしょ? だから私がこの子たちを助けに来たってワケ」
そう言って瑛里華はカトリーヌと和香の肩に手を置く。
「え、えーと……ありがとうございます?」
「ド、ドウもです」
突然の状況に、当の二人は困惑顔だ。
「うんうん。 ……というわけで茅ヶ崎さん、この子のこと放してくれませんか?」
瑛里華は営業スマイルを茅ヶ崎に向ける。
しかし、その目は全く笑っていない。
「いやちょっと待ってよ。
瑛里華ちゃんもあのオッサンのしたことは覚えてるでしょ?
だったらここでケジメを……」
「結構です。
間に合ってますし、もしもの時は自分でどうにかしますから」
そう言って瑛里華はビンタをする仕草を見せる。
コイツまたガチビンタする気なのかと英人は心の中でツッコんだ。
とはいえ一応の被害者である彼女にここまで言われては、茅ヶ崎としても反論の余地はない。渋々と和香から手を放し、そのまま黙りこくってしまった。
その様子を見た瑛里華は満足そうに微笑み、
「それじゃ、行きましょうか」
カトリーヌと和香の腕を引いてその場を後にした。
やれやれといった表情で英人もその後ろに続く。
「……覚えとけよ、オッサン」
立ち去ろうとした時、茅ヶ崎は英人に向かって恨み節を放った。
前を歩く瑛里華たちにはギリギリ聞こえないトーンなのが実にいやらしい。
それに対して英人は一瞬立ち止まり、
「……冗談はそのシークレットシューズだけにしとけ。
身長156cmの茅ヶ崎圭介くん」
「なッ……テメェッ!」
その後茅ヶ崎は何やら喚いたが、振り返ることもなく英人はその場から立ち去ったのだった。
………………
…………
……
「こ、怖かった~。一時はどうなることかと……」
中庭にあるベンチに腰掛け、和香は大きく息を吐いた。
「エリカさん、ありがとうございました」
「ああっ、そうだ私も……危ないところを助けてもらって、ありがとうございました~」
カトリーヌと和香はペコリと頭を下げる。
和香に関しては、そのまま土下座してしまいそうなほどの勢いだ。
「い、いや別に……そんな大したことはしてないから」
「そんなことないです! すごい美人なのにしかもカッコイイだなんて……やっぱり東京の人はすごいです!」
「あ、ありがとう……」
目をキラキラさせて詰め寄る和香に、瑛里華はタジタジになった。
生まれてこの方異性はともかく、同性からは感謝されるどころか僻みや妬みばかり言われてきた身である。
こういう時どう対応したらいいのか分からないのだ。
「感動しているところ悪いが、こいつ北海道出身だぞ」
「おい」
振り向きざまに、瑛里華は英人を睨んだ。
「悪かった悪かった。
それはさておき……今回は本当に助かったわ。ありがとな」
英人も二人と同じように頭を下げた。
「別に、この子たちのためにやっただけだから。
ま、お礼だけはありがたく受け取っておくわ。
……それにしても、さっきは何を話してたのよ? 新藤君がどうとか言ってたけど」
「ああどうも先月から行方不明になっているらしい。
だから今俺たち三人で探しているところなんだ。
その一環で茅ヶ崎に聞き込みに行ったわけだが……結果はさっき見ての通りだ」
「茅ヶ崎、ね……。
あの人、私が一年の時からしつこく言い寄ってくるから嫌いなのよねー。
まあ、そもそも好きな人なんてごく一部でしょうけど。
しかも大して仲良くもないのに人を『ちゃん』付けって……ホント馴れ馴れしい」
よほど嫌な思い出があったのか、嫌悪感丸出しの表情をする。
「ナンだか……あの茅ヶ崎という人のせいで、サークルの雰囲気が変でした」
「先代の代表の下では、それなりにおとなしくしてたみたいなんだけどね……代替わりした後はやりたい放題って聞くわ。
何せ、父親は大企業の社長。態度もでかくなるってものよ。
ま、お坊ちゃまの悪しき典型例ってとこね」
「あの性格、むしろこれまで静かにしてたってのが奇跡だな……」
英人は食堂のある建物を遠目で見る。
まだ中にはWBCのメンバーたちがいるのであろうが、茅ヶ崎が今どんな状況なのかは想像すらしたくない。
すると、建物の出口からこちらに向かって走ってくる人影が一人。
「ちょっと待ってーっ!」
茶色いロングヘア―と大きめのピアスを揺らして大声で叫ぶのは、先程の量産型女子。
何か用があるのか、しきりにこちらへと手を振ってくる。
「なにか私たちに用事かあるのでしょうか?」
「サア……?」
和香とカトリーヌは首をかしげる。
それから少しして、量産型女子は四人のもとへとたどり着いた。
「ハァ……すぐに見つかってよかった~。
いなくなってたらどうしようかと……」
「君は確か……」
「あっまずは自己紹介からですね。
私、三条結といいます。
法学部の一年で、WBCのメンバーです」
「で、そのWBCの一年が私たちに何の用よ?
まさか茅ヶ崎に呼び戻せとでも言われた?」
瑛里華は腕組みをして怪訝そうな目を向けら。
「いや、そうじゃないんです。
私、どうしても伝えたいことがあって……勝手に抜け出してきたんです!」
「ツタエタイこと、ですか?」
「はい、新藤君のことです」
「幹くんのこと、何か知っているんですかっ!?」
「新藤君」のワードに反応し、即座に和香が結に近寄った。
その勢いに結は一瞬押されたが、すぐに向きなおり、
「は、はい……実は私、新藤君がいなくなる直前の夜、新藤君が茅ヶ崎代表と会っているのを見たんです」
「へぇ。で、そのことを当の茅ヶ崎は何か言っていか?」
「いえ、そんな事実はなかったとばかりに何も……。
そもそも代表ってあの性格でしたから、新藤君とは折り合いが悪かったはずなんですよ。
だから、二人きりで夜の繁華街を一緒にいたのが不思議で……」
そう言って結は不安そうな表情を見せる。
決して口には出さないが、その顔は「まさか、うちの代表が……」と訴えていた。
「あの人……嫌な人だとは思ってたけど、まさか犯罪までやらかした可能性があるとはね……」
その言葉を聞いて瑛里華は呆れ顔を見せた。
「アイツ、とうとうやったか」と言わんばかりだ。
「貴重な情報、ありがとうございますッ」
和香は深く頭を下げて結に感謝する。
どのような情報でも、今の彼女にとってはありがたい。
「べ、別に大したことはしてないですから……私も、新藤君のことは心配ですし。
そもそもこれぐらいのことしかできないわけですし……」
「いえ、そんなことはありません! 助かります!」
頭を上げた和香は、結の両手をやさしく掴む。
「アリガトウございました!」
「情報提供ありがと……あとあんなサークル、さっさと抜けた方がいいと思うわ」
「言い辛い中、言ってくれてサンキュな。
因みにファンタジー研究会はいつでも部員募集中……らしいぞ」
残りの三人も、結に向かって礼を言う。
結は四連続もの感謝の言葉を前にしてさすがに恥ずかしくなったのか、
「ど、どういたしまして……それじゃー私はこれでッ!」
顔を赤くして走り去ってしまった。
「……行ってしまいました」
ポカーンとした顔で和香は結の背を見送る。
「イイ人、でしたね」
「でも、直接の手掛かりにはならないわね。
もう警察に相談したら?」
瑛里華は和香に提案する。
「そうですね……でも、最後に一つだけ確認したいことがあるんです」
そう言って和香はバッグから鍵を一つ取り出した。
「? それって……」
「これは幹くんが今住んでいる部屋の合鍵です。
もしもの時のために幹くんの実家で預かっていたものを、私が借りてきました」
英人にとってそれは渡りに船であった。
もし彼の部屋で私物の一つでも確保できれば、『千里の魔眼』での捜索は格段に容易になる。
「よし、じゃあ最後に新藤の部屋に行ってみよう。
んでそれが済んだら警察に連絡、それでいいな?」
正直、英人としては警察に通報することに気は進まない。
何故なら今回の一件、『吸血鬼』と関連がある可能性がある。
確たる根拠があるわけではないが、もしそうであれば日本の警察組織が優秀と言われていても、手に余るのは明白だ。
しかし通常の事件に巻き込まれただけの可能性も十分にある以上、通報しないというわけにもいかなかった。
「分かりました! では早速幹くんの部屋へ向かいましょう!」
「ハイ!」
和香は英人の提案に了承し、カトリーヌもそれに続く。
「まあ俺ら三人は当然行くとして……東城 瑛里華、お前はどうするよ?」
「瑛里華」
「ん?」
「だから、瑛里華でいいわよ。いちいちフルネームで呼ばれるの面倒だし。
あと、私も付いていくわ。乗りかかった船だしね」
最終的に瑛里華を加えた四人で幹也の部屋へと向かうことになったのだった。
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「ここが……そうですね」
住所が書かれたメモを片手に、和香は「203」とだけ印字された扉を見つめる。
ここは、早応大学から歩いて約二十分の所にあるアパート。
二階建てで、部屋数は全部で十二部屋。
外観は古すぎず、かといって新築というわけでもなさそうな摩耗具合で、おそらく築十~十五年といったところだろうか。
「当たり前だけど、見た目は普通のアパートね」
「デスネ……」
そう言う瑛里華とカトリーヌの横顔には、若干の不安が見て取れた。
確定したわけではないとはいえ、なんらかの事件に巻き込まれたかもしれない人物の部屋に入るのだ。緊張するのは当然と言える。
「それでは、開けますね……」
和香はゆっくりと鍵穴に鍵を差し込み、時計回りに回そうとする。
だがその前に、
「……柊さん、ちょっと待った」
英人が割り込んだ。
「え、八坂さん……?」
あまりの剣幕に、和香はドアの前から退く。
和香と交代するようにドアノブを握った英人は、刺さった鍵をそのままに半回転させた。
するとガチャンという音と共に、ドアが僅かに開いた。
瑛里華は思わず目を見開く。
「! それって――」
「ああ。この部屋には最初から鍵なんて掛かっていなかった!」
これまでの話を聞く限り、幹也という人間は鍵を開けっぱなしにするようなズボラな人間じゃない。
となれば――!
英人はドアを開き、部屋の中へと駆け込む。
「ちょっといきなり『入るな!!』――えっ!?」
瑛里華もその後に続こうとしたが、中から響く英人の声がそれを制した。
「な、何かあるんですか八坂さん!?
まさか、幹くんが……」
震える声で、和香がドア越しに尋ねる。
頭に思い浮かぶのは、最悪の状況。
「……大丈夫だ。ここに新藤幹也はいない。
でもこの光景はとてもじゃないが、お前たちには見せられない。
だから、絶対に入るな」
英人は釘をさすように、もう一度口を開く。
そして七畳程の部屋を改めて見渡した。
「……いつ見ても、気分のいいもんじゃあないな」
目の前に広がる光景は、赤、赤、赤。
床も壁も天井も、その全てが一つの色に染まっている。
――その部屋は、乾いた血によって覆われていた。




