血命戦争④『裸の王様』
早応大学の食堂は比較的大規模であり、三階建ての構造となっている。
一、二階は通常のカフェテリアタイプのフロアで、各々がメニューを注文しテーブルで食べる仕組み。
ちなみに一階と二階でメニューの内容は異なる。
そして三階には、木製の椅子とテーブルだけの食事スペースが広がっている。
もちろん、学生はそこで昼食をとるわけだが……そこには一つだけ、「しきたり」のようなものがあった。
それは、サークルごとに座る場所が決まっているということ。
いつからそのようになったのかは分からないが、各サークルが常に決まったテーブルを占拠しているのだ。
なので、メンバー以外の学生がおいそれとは座れない雰囲気になってしまっている。
当然ながら大学側がそう決めたわけではない。これは長きにわたる慣習が生んだ一種の不文律のようなもの。
だから席を取っているサークルのメンバーやその知り合いでもない限り、学生はそもそも三階に上がる機会すらないのだ。
英人も好奇心で一回様子を見たことがあるだけである。
「ひ、人がいっぱいですね~」
あまりの人混みに、和香が目を回した。
只今の時刻は14時40分。三限目の講義が終わった直後である。
別にお昼休みの時に行っても良かったのだが、相手の迷惑も考えてわざわざこの時間にずらした。
昼休みほどではないと言っても、授業を終えたばかりの学生たちで食堂の三階はごった返している。
「ワタシも初めて来ましたが……こんな感じになっていたんですね」
「まあ俺らには部室があるからな。わざわざここに行く理由もない」
英人は背伸びをし、フロアの奥を見渡す。
すると藤木の言っていた通り、右奥にそれらしき集団がたむろしているのが見えた。
「あそこか……よし、早速行ってみるか」
「「はい!」」
三人は人ごみをかき分け、フロアの奥へと向かった。
「スミマセン、ちょっとよろしいでしょうか?」
WBCの溜まり場となっているテーブルに近づくと、カトリーヌが早速声を掛ける。
いきなりの北欧美人の登場に、メンバーの一部は一斉に彼女の方へと振り向いた。
残りはフロア内の喧騒でどうやら気付いていないようだ。
溜まり場にいたのは合計で三十人ほどで、その全てがなんとも今時の大学生らしい風貌をしていた。
女子は見事に綺麗どころが揃えられており、男子もイケメンとノリのよさそうなウェーイ系の三枚目キャラみたいなのばかりである。
まさにここは「選ばれたリア充」の巣窟と言えるだろう。
「えっと……誰?」
女子の一人が怪訝な顔を向けた。
明るい茶髪に大きめのピアス、いかにも量産型といった風貌だ。
「ワタシの名前はカトリーヌ=フレイベルガと言います! こちらの男性が八坂英人さんで、そしてこちらの女性が柊和香さんです!」
「よ、よろしくです!」
「……どうも」
カトリーヌは自己紹介に続いて二人の紹介も一気に済ませてしまう。
英人としては手間が省けてありがたいが、紹介された方は「は、はあ」と困惑顔だ。
「突然で悪いんだけど、ここの代表の人って誰?」
言葉と共に英人はずいっとその量産型女子の前に出た。
初対面同士、変に遠回りしても仕方ない。
「え!? 私!?」
量産型女子は驚いたように自分を指さす。
「他に誰が?」
しかし英人はそんな様子を気にも留めない。
最初量産型女子は露骨に嫌な反応を示したが、
「あそこに座ってる人……茅ヶ崎さん」
観念したように一人の男子の方へ手を向けた。
どうやら一番奥に座っている男子が代表のようだ。
英人は小さく「ありがとな」とだけ残し、早速その男子のもとへ向かった。
その茅ヶ崎なる男子はテーブルの奥の席に陣取り、周りのメンバーたちと談笑していた。
その髪は例に漏れず茶髪で、長い前髪を上げてヘアピンでとめている。
顔は超イケメン、とまではいかなくてもそれなりに整ったルックスだった。
「お話中悪いけど、ちょっといいか?」
英人は談笑する彼らの前に割り込むように立ち、声を上げる。
案の定、これまで笑顔で話していた彼らは怪訝な顔でこちらを見つめてきた。
「……何か用か?」
茅ヶ崎が口を開く。その声色は、不機嫌そのもの。
対する英人は特に気にすることもなく、用件を伝えようとする。
「ああ、新藤……『幹くんのこと、何か知りませんかっ!』」
しかし、突然和香が割り込んできた。
「ハア? ミキくん?」
「あ……えーと名前は新藤幹也といって、このサークルに所属していると聞いたんですけど……彼が今どこにいるか知りませんか?」
和香は慌てたように言い直す。
「ああ幹也ね……確かにウチにメンバーだよ。
で、それが?
メンバーでも大学の職員でもないアンタらに、アイツの居場所まで教える義務ある?」
茅ヶ崎は嫌悪の態度を隠そうともせず、和香を睨みつけた。
確かに、部外者がいきなり踏み込むなという言い分も分かる。
しかしさすがに過剰反応が過ぎるのではないかと英人には思えた。
「ひっ、ごめんなさい……」
「まあ、そう邪険にしないでくれ。
彼女は幼馴染である彼のことを探しに、わざわざ秋田から出てきたんだ。
協力してくれるとありがたい」
涙目になる和香を手で庇い、英人は少し頭を下げる。
すると茅ヶ崎は怪訝な顔押して英人の顔を覗き込み、
「あれ? アンタ……この前瑛里華ちゃんにビンタされたオッサンじゃねーか!
おいおい、ここはアンタみたいな哀れなオッサンが来ていい所じゃないぜ! ハハハ!」
ゲラゲラと下品な声で笑い始めた。
近くに座る取り巻きの男女数人も、同様の笑い声を上げる。
残りのメンバーは、やや遅れる形でぎこちなく追従笑いを見せた。
(……なるほど。藤木の言っていたとおり、強権的だな)
笑い声に囲まれる中、英人は冷静に相手を分析した。
おそらく彼を本当に支持しているのは少数で、それ以外の大半は代表だからと仕方なく従っているだけなのだろう。
「チョット待ってください! そんな言い方は……!」
その様子を見かねたカトリーヌは茅ヶ崎の前に出て抗議する。
「おいおい、振られたからって今度は外人にカッペかよ~!
見た目に似合わず節操ねーなオッサン!」
しかし、茅ヶ崎はまともに取り合おうとしない。
こうなってしまうと、たとえ話してくれたとしてもその情報の真偽など最早分かったものではない。
これ以上は聞くだけ無駄というものだろう。
「……他あたるか。行こう、二人共」
英人はため息一つ。
そしてその場を後にしようとする。
しかし――
「は、放してください!」
「イヤいきなり変な質問してきたんだし、少しくらい付き合うのが礼儀じゃねーの?」
茅ヶ崎が和香の腕を強引に掴み、その帰りを引き留める。
あまりに突然の暴挙。
さすがの英人も一瞬唖然としてしまった。
「彼女が嫌がっているだろ。放してやれ」
しかしすぐに我に返り、口を開く。
「あーあ。すこーしこの子とおしゃべりできれば、幹也の居場所思い出せたかもしれねーのになあ」
それに対して茅ヶ崎はわざとらしく残念そうな声を上げた。
「!? やっぱり知ってるんですか!? 幹くんの居場所!」
「うーんどこだったかなぁ。もう喉元まで出かかっているんだよ。あとちょっとで思い出せそうなんだわ。
だから協力してくれよ、な?」
そう言って有無を言わさぬ目を和香に向ける。
対する和香は一瞬悩んだ後、
「……分かりま『ダメだ。こんな奴の言うことを聞く必要はない』……えっ」
茅ヶ崎の提案を受け入れようとしたが、英人が制す。
「あ? 今俺この子と話しているんだけど? 邪魔しないでくんね? オッサン」
「そもそもお前が帰るのを邪魔したんだろう? いいから彼女を放せ」
「ソウです! 乱暴は止めてください!」
カトリーヌも必死に訴えるが、茅ヶ崎は聞く耳を持たない。
「なんでこの俺が、アンタらに命令されなきゃいけねーんだよ……
お、そうだ。だったらこうしよう。
おいオッサン、アンタが土下座したらこの子を放してやるよ」
そう言って茅ヶ崎はニヤリと笑う。
周りの取り巻きもヘラヘラ顔だ。
「何故そうなる?」
英人の発した言葉は嫌味や皮肉ではなく、単純な疑問。
それほどまでに、茅ヶ崎の発した言葉には脈絡というものがなさすぎた。
「だってオメー、我らがミス早応の瑛里華ちゃんをさし置いて、ストーカーから逃げた男の風上にも置けないオッサンじゃん?
アンタのせいで、この大学の財産である彼女が危うく傷物になるとこだったんだぜ?
つまりは学生全員に謝罪する義務があるっつーワケ。
今回は俺が全学生を代表して、土下座一回で済ませてやっから感謝しろよ?」
いかにも当然、と言うような勝ち誇った顔を向ける。
一方の英人はあまりの暴論に内心呆れていた。
「ソンナノ、今の話と全く関係が……!」
「おー、そういや外人もいたなぁ。俺としちゃアンタが相手してくれてもいいぜ?」
今度はカトリーヌに下卑た視線を向ける。
「アナタという人は……!」
さすがのカトリーヌも堪忍袋の緒が切れたのだろう、憤慨した面持ちで茅ヶ崎に迫る。
「落ち着け、カトリーヌ。こんなのにマジになるな」
しかし英人が間に入り込み、彼女を制す。
「おーこわ。やっぱ外人さんは目力スゲーな。
んで、土下座はいつやんの? 早くしろよー!」
そう言って茅ヶ崎は手を叩いて囃し始める。
取り巻きもそれに続く。
「代表、あんま目立つのは……」
さすがに見かねた取り巻きでないメンバーの一人が声を上げるが、
「は? 文句あんの? ホントノリわりーな。
お前らも盛り上げろよ」
茅ヶ崎が睨みつけ、黙らせた。
彼を前にしては簡単には逆らえないのだろう、他のメンバーは渋々と手拍子だけし始める。
「ほら! 早くしろよ! 土下座土下座!」
「土・下・座! 土・下・座!」
フロアの喧騒の中にあっても、茅ヶ崎とその取り巻きが放つ土下座コールはかなり目立つ。
そのせいでいつしかフロアは静まり返り、彼らの下品な声の集まりだけが響くようになっていた。
「すみません、八坂さん……」
「コノ人たち……!」
涙目の和香と憤慨するカトリーヌの一方で、英人はその光景を冷めた目で見つめていた。
何せ本気盛り上がっているのは僅か数人だけ。
後は仕方なく追従しているに過ぎない。
異世界で、英人はこんな光景を少なからず見てきた。
貴族や王族、僧侶や軍人、果ては魔族の中でさえ。
(……空虚、だな)
彼らの辿った末路を思い起こし、心の中で一言呟いた。
しかし、そんなことを言っている場合でないのも事実。
さて、どうしたもんかな――
英人がそう思った時。
「――何やってんの、アンタ?」
聞き慣れた声が耳に届いた。
ゆっくり後ろを振り向くと、目に入るのは艶やかな黒髪に、まるで黒真珠のようにくっきりと輝く瞳。
それは男女限らず誰もが思わず息を飲む、完成された美貌。
そう――ミス早応グランプリである東城瑛里華がそこには立っていた。




