血命戦争③『新藤、サークル来ないってよ』
「『吸血鬼』、ですか……!?」
長津と握手をした状態で、義堂は驚きの声を上げた。
その単語は最近、英人の口から出たものだ。
しかもなんらかの比喩ではなく、実在する怪物として。
実際義堂も独自で調査はしていたのだが……まさかここでその単語を聞くことになろうとは。
「ああ、今お前が頭の中で想像した『吸血鬼』と多分同じさ。
まあ鬼かどうかまでは分からんが、実際に人の血を大量に吸う奴が出てきた。
……先に言っとくが、蚊じゃないぞ?」
長津はようやく手を放し、椅子に再び座り込む。
「いったい何が……?」
「まあ簡単に言ってしまえば、血を抜かれた遺体が大量に見つかったのさ」
「大量に……!? それっていったいどれ程の……!?」
義堂は長津の机に乗り出し、詰め寄る。
「そんな怖い顔をするな、実に二十三人だ。
全員がここ最近の間警察に届けられた行方不明者。そして……皆一様に一滴残らず血が抜かれていた。
まるで猟師が獲物の血抜きをしたみたいに、な」
「に、二十三人も……?」
義堂は驚きに目を見開いた。
人命を単純な数で比較するのはナンセンスではあるが、それでもその数は常軌を逸している。
「さすがの私たちも、ここまでの規模の事件と相対するのは稀でねぇ。
だからこそ、無理を押してでも実績のあるお前をここに呼んだというわけさ。
ここ最近の事件についても、後手に回りっぱなしだったしね」
長津はジッポライターの蓋をしきりに開け閉めするが、特に喫煙を始める様子はない。
カチャンカチャンという軽い金属音だけが、室内に響く。
「しかし、何故そのような出来事が騒がれずに……?」
「幸運にも第一発見者が私たちだったからねぇ。別件で『異能者』を追っている時に偶然見つけたのさ。
だから情報漏洩も最小限で済んだというワケ。
もし、そうでなかったらと思うと……少しゾッとするな」
「その遺体から、何か手掛かりになりそうなものは……?」
「ほとんど何も。
分かったのは遺体の首筋全てに小さい穴が二つ並んでいたことくらいさ。
まるで『吸血鬼』に噛まれたみたいにな」
「……ッ!」
義堂は絶句した。
これが、仮にも平和だと言われる国で起きた事件だというのか。
多少は耐性をつけたつもりだったが、いざ目の前にすると驚愕を禁じ得なかった。
「はっきり言ってこの事件、下手をすれば被害者が数百人単位になりかねない。
そもそも『異能課』の目的は大きく二つ――それは『異能者』犯罪の解決、そしてその存在を秘密にすること。
今回はたまたま運が良かったが……同じように大量の遺体が発見されてみろ、もう今までのように隠しきれない。
つまり、私たちにはもう幾ばくの猶予もないってことだ。
悪いがすぐに働いてもらうぞ……おい、水野!」
「はーい」
長津の声に、一人の女性が面倒そうに答える。
「早速だが、この男と組んで捜査しろ」
「私がですかぁ?」
「この中でお前の『異能』が一番捜査向きなのは、知っているだろう。
いいからさっさと行きな」
「分かりましたー」
そう言って渋々と声の主は椅子から立ち上がった。
年齢は二十代前半といったところだろうか、平均ぐらいの身長をした女性だった。
しかしその服装と恰好は……ここが警視庁でなくともおおよそ「普通」とは呼べない代物だった。
派手なピンク髪にアイメイク主体の濃いめの化粧、服装は白とピンクをベースとしたいわゆる「原宿系」の奇抜なファッション。
少なくとも義堂には、彼女の姿を一言で言い表せるような語彙はなかった。
「彼女も、警察なのですか……?」
あからさまな困惑を表情に出しながら、義堂は長津に尋ねた。
本当に警察官なのであれば、あの服装と態度は大問題。仮にそうでなくとも、一般人をこのような危険な業務に駆り出すというのは義堂の常識からはおよそかけ離れたことである。
「一応、な。まあ見た目はアレだが、腕は確かだ」
「初めまして。水野加奈って言いまーす。
それじゃ、チャチャっと行っちゃいましょー」
水野は義堂の袖を引き、部屋を後にしようとする。
「お、おい……」
「気を付けてなー」
二人に対し、長津はひらひらと雑に手を振って見送った。
仮にも凶悪事件に対する捜査のはずなのに、このゆるい態度。
腕を引かれながら、義堂はなんだか体の力が抜けていく思いであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただ今確認しましたが、確かに先月上旬から講義を欠席気味みたいですね」
「分かりました。ありがとうございます」
今英人たちがいるのは、大学の教務課。
そしてそこの職員に頼んで、新藤幹也の直近の出席状況を確認してもらったところだ。
本来ならば個人情報であるため、通常第三者に開示はしない。
しかし和香が保護者の代理として幹也がサボっていないか確認しに来たと説明したら、職員の人が気を利かせてくれたのだ。
結果はやはり予想通り。
合コンのちょっと前あたりから彼は失踪しているようだ。
「うう……、幹くんどこ行っちゃったんだろ……」
涙目になりながら、和香が俯く。
「ダイジョウブです。私たちがついてますから」
カトリーヌが寄り添いながら言った。
「まあとりあえず、大学に通っていないという事実は確定したな。
となると次は……」
「ツギは?」
「学生のことは、学生に聞くのが一番」
英人は校舎の階段に足を掛けた。
………………
…………
……
「確かに幹也の奴、ここ最近連絡してこないですねぇ」
そう話すのは前回の合コンの幹事である藤木哲也。
英人と同じ語学の授業を受講しているので、休み時間のタイミングを見計らって声を掛けた。
「その直前にでも何か言ってなかったか?」
「うーん、合コンをドタキャンした時も『スミマセン、体調崩したから今日は欠席します!』ってだけでしたし……
真面目なアイツのことだから、仮病ってわけではないんでしょうけど」
どうやら彼は周囲からは「真面目」で通っていたらしい。
それも合コンをドタキャンしたぐらいでは疑われないほどに。
(となるとますます、なんらかの事件に巻き込まれた可能性が高いな)
しかし隣にいる和香を不安にさせないために、英人はその考えをあえて口には出さなかった。
それに、もう一つ気になることがある。
「そういえば彼、確か一年生だろ? 同じ学部とは言え、なんで二年生の君と知り合いなんだ?」
「え? ……ああそう言えば八坂さんは知らないのか。
俺ら、同じサークルのメンバーなんですよ。幹也は俺の後輩です」
「サークル? なんの?」
「Wind Ball Club。通称『WBC』っていう、男女合わせて百五十人ほどのテニサーです」
そう言うと藤木はラケットを振る動作をした。
「て、テニサー……!? 幹くん、そんなヤバいとこに入ってたの……!?」
隣で和香が驚いているが、英人は特に突っ込まない。
まあそういうリアクションをとる気持ちも分からんでもないが。
ちなみにカトリーヌは「タクサン人がいるなんてすごいですねー」みたいな素朴な反応を見せていた。
「テニサー」とはご存知の通り「テニスサークル」の略。
これまで様々な大学のテニサーが問題を起こし続けてきたおかげで、悪いイメージのあるサークルの筆頭格でもある。
しかし早応大学のように規模の大きい大学となればテニサーの数も多く、その性格も千差万別。
真面目に競技のとしてのテニスを追求する所もあれば、エンジョイ勢、冬は何故かスノボする勢、そもそもテニスほとんどしない勢などと色々分かれる。
新藤や藤木の所属する「WBC」は数あるテニサーの中でも最大手であり、カテゴリーで言えばエンジョイ勢。
男女関係などでの醜聞は特には聞かないが……そのサークルには一つの大きな特徴があった。
それは、入部に際してメンバーからの面接試験があること。
つまりは選ばれた「リア充」しか、そのサークルには入れないということだ。
「なるほど……んじゃ君以外に、サークルで彼の事情に詳しそうな奴っているか?」
すると藤木は顎に手を当てて考え始めた。
「うーん、ぱっと思いつくのは同じ一年生たち……あとはウチの代表ですね。
サークル休む時は代表に必ず連絡するのが決まりですから」
「ジャアその人たちに聞いてみましょう!」
「……というわけなんで、そのサークルの溜まり場まで案内頼んでいい?
ダメそうなら場所だけ教えてくれりゃいいや」
「う~ん……」
今度は腕を組んで唸り始める。
「ん? やっぱマズい?」
「いや、なんというか……今日は代表もいると思うんですけど、いきなりサークル外の人間が聞いて答えてくれるかどうか……」
「そんなに気難しい奴なのか?」
すると藤木は神妙な顔になり、英人たちへと顔を寄せた。
どうやらあまり大っぴらにしたくない話題のようだ。
「……ここだけの話、今の代表、先代に比べて独裁色が強いんですよ」
「……なるほど、そいつの性格はなんとなく読めた。
じゃあ場所だけ教えてくれ。俺らもそっちの名前は出さないようにするから」
「すみません、そうしてくれると助かります。
溜まり場は食堂三階の一番奥です」
「了解。サンキューな」
「俺が言えた義理じゃないかもしんないですけど……幹也に何かあったらできるだけのことはさせてください。
後輩ですけど、アイツ……いい奴ですから」
藤木は不安げな表情で小さく頭を下げた。
どうやら周りからはかなり慕われていたらしい。
「ああ、分かった」
英人は力強く頷く。
「ハイ、お任せください!」
「教えてもらって、ありがとうございました!」
二人も続いて返事をした後、三人は教室を後にした。
「……なあ、藤木」
「ん?」
「なんか今可愛い子二人も連れてたけど、八坂さんって意外とモテるのか?」
「どうだろ……意外なような、意外でもないような……うーん」
再び藤木は腕を組んで唸るのであった。




