異能バトルはなろう系の中で⑫『英雄と呼ばれた男』
午後7時30分。
都会の空では夏至を過ぎたばかりの太陽が、この時間にあってもまだその余韻を主張している。
「……」
ここは英人と義堂が時折使う、いつものビルの屋上。
英人は柵に寄りかかり、左手に持った赤い仮面をボーっと眺めていた。
ここに来てから三十分ほど経つが、ずっとこの調子だ。
「すまない、待たせた」
屋上のドアが開き、義堂が英人のもとへ向かってきた。
警察の仕事がある関係上、義堂が後に来るというのがいつものパターンだ。
「いや、時間ピッタリだよ。さすがは県警のエース。
今回も強盗&ビル爆破の犯行グループの摘発、おめでとさん。
あとカトリーヌも無事に今日退院したそうだ。さっきヒムニスから連絡があった」
「そうか、それは何よりだ。
でも今回も事件解決に関しては八坂、お前のお陰だろう。後はカトリーヌさんも。
俺も一応犯人の一人を取り押さえはしたが、お前たちの活躍に比べれば微々たるものだ」
「だがこうしてお前が表に立ってくれるから、カトリーヌも余計な風評被害に巻き込まれずに済んだ」
ちなみに今回の事件についても、表向きには義堂が解決したということになっている。
例によってその詳細が世間に明かされることはないが、立て続けの活躍で今や義堂は県警内のちょっとしたヒーローだ。
「それを言うならお前もだろうに。
まさか、『仮面ウォリアー』のコスプレまでするなんてな」
「彼女のことを考えると、これしか方法が思いつかなかったんだよ」
そして今回、英人は『仮面ウォリアー』に扮して参戦した。
仮面とコスチュームについては急ピッチで材料を揃え、『道具作成魔法』で作成。
通常ならこの魔法であまり細かいディティールの物は作れないが、英人の完全記憶能力と『再現』魔法により100%に近い出来栄えでの作成を可能にした。
なお、立ち居振る舞いや声については映像内の『仮面ウォリアー』を『再現』。
さすがに声帯の『肉体再現』まではリスクがあるためしなかったが、俳優の発声方法を『再現』するだけでも大分近づくことはできる。
こうして『仮面ウォリアー一号』はめでたく誕生し、カトリーヌ扮する『仮面ウォリアー二号』と入れ替わる形で登場することによって、なんとか彼女の負担を減らそうと考えたのだ。
「まあでも、なんだかんだ言って結構様になってたじゃないか。
事情を知っている俺でも一瞬本物かと思ったぞ」
「いや、いくら『再現』できるといっても最初は不安だったよ。
『仮面ウォリアー』という架空の存在になり切れるのか、ってな。
でもいざなってみると意外なほどなんというか……スッと入り込めたんだ。
子供の頃見まくってたお陰かな?」
英人は赤い仮面を撫でる。
細かい傷に覆われたそれは、もちろん何も語らない。
しかし常に所有者に対して「何か」を問いかけてくるような、そんな圧を放っていた。
「入り込めた、か……つまり『それは、貴公が元『英雄』だからではないか? 八坂英人殿』 ……な、なんだ!?」
突然会話に割り込んできた人影に、義堂は驚いた。
そこにいたのは、燃えるような赤髪に身を包んだ女性だった。
息を呑むほどの美人――しかしその美貌だけでは説明しきれないほどの存在感を、同時に放ってもいた。
「おっと、貴公と会うのは初めてだったな。これは失礼した。
私の名前はフェルノ=レーヴァンティア、サラマンダーだ」
フェルノは優雅にお辞儀をし、自己紹介をした。
「か、神奈川県警の義堂誠一だ……さ、サラマンダーァ?」
「気にすんな義堂。ご大層な名前をしてるが、コイツはただの野次馬だ」
「……む、野次馬とは失敬な。これでも現族長の娘で、次期族長候補でもあるのだぞ?」
フェルノは腕を組み、やや自慢げに語った。
「そのお嬢様が『現実世界』で油売っていていいのか?
親父も心配してるだろ」
「なに、父上も私の性格に関してはもう半分諦めているからな。今更何も言わん。
私としては思う存分『戦火』を求めて動き回れるというわけさ」
「全く、お嬢様ってのはどいつもこいつも気まぐれな奴らばかりだな……」
英人は頭を掻きながら、美智子のことを思い出した。
「お嬢様」というワードで真っ先に頭に浮かぶのは、あの猫みたいな少女だ。
彼女もまた気まぐれな所はあるが、まあ年相応ではある。
しかし、目の前の『魔族』はなまじ力があるだけになんとも厄介な存在だ。
「話の途中すまん。八坂、この女性はいったい……?」
まるでテニスの試合を観戦するかの如く二人の掛け合いを見ていた義堂が、小声で英人に尋ねた。
「ああ悪い。説明してなかった。
とりあえず一言でいえばこいつは人間じゃない。
俺が昔いた『異世界』の関係者だ」
「なッ……い、『異世界』!?」
英人はさらっと言うが、言われた方はそうもいかない。
英人から亜人や魔族の話は聞いていたが、直接目にするのは初めてである。当然のリアクションだ。
「さっきの『サラマンダー』というのは魔族の一種で、火を主食としている。
こいつはその食いモンの匂いに釣られて、いつの間にかこの世界にまで来てしまった……らしい」
フェルノを親指で指しながら英人は話した。
「ああ、貴公の言うとおりだ。近々極上の『戦火』が上がる予兆を、嗅ぎ取った故な」
フェルノは大きく鼻を鳴らし、妖艶な笑みを浮かべる。
「『戦火』の、予兆……?」
義堂は困惑の表情のまま呟いた。
次々に飛び込んでくる聞きなれない単語に、理解が追い付かない。
「……やはり、今回の事件は本命じゃなかったか」
英人は目を細め声のトーンを下げた。
今回の事件、世間一般からすればかなりの大事件だと言っていい。
しかし『異世界』で起きた『魔族大戦』以上かと言われると、あまりにも小規模に過ぎる。
「さすがにあのような小さい事件ではありえないさ。
今匂うのは、そんなものとはとても比べ物にならないような戦いの匂い――!」
フェルノは目を瞑ってその香りを堪能する。
その表情は、まさに恍惚の二文字。
「……今回の事件以上の出来事が、これから起きるというのか?」
半信半疑といった面持ちで義堂はフェルノに尋ねた。
警察官である以上、今後起きる事件を見逃すわけにはいかない。
「ああ、間違いない。
元『英雄』にも言ったことだが、私の鼻は『いつ』、『どこで』までは正確に感知できない。
しかし匂いがする以上、戦いは必ず起こる。これは絶対だ」
フェルノは確信を持って答えた。
その表情は初対面の義堂から見ても、嘘をついているようには見えない。
「……八坂、お前はどう思っている?」
だがあまりにも非現実的な要素が多すぎる話であるため、親友に助言を求めた。
「……『魔族』という連中は、どいつも自分の欲望に素直な奴が多い。コイツの場合は特にそうだ。つまりは余計な打算がない。
だから100パー信じろとは言わないが、一考の余地は十分にあると思っている。
それに……」
「それに?」
「おそらく今回の事件、黒幕がいる。
それも人間ではなく『異世界』から来た魔族のな」
「なッ――!」
英人の言葉に、義堂は驚愕した。
『異能者』だけでも手一杯だというのに、次は『異世界』から来る人外。
もはや義堂の頭では、これから何が起きるのか想像すらできない。
「犯行グループのリーダー、末樹恭弥は『上級喰種』という化け物になっていた。
そして、人間を『喰種』にできる存在はただ一つ――それは『吸血鬼』だ」
「ば、『吸血鬼』……」
義堂とて、その怪物の名は知っていた。
それは数いる空想上の「怪物」の中でも、誰もが知るビッグネーム。
だがこれまでの人生で、その存在について大真面目に語られることなどあろうはずもなかった。
しかし絶対の信頼を置く親友は今、それはこの世界にいると言い切っている。
「もし、その『吸血鬼』が相手になったとして……勝てるのか、八坂?」
義堂は言葉にやや不安の色を滲ませる。
英人の力量を疑っているわけではない。それはこれまでの戦いでこれでもかというほど証明されている。
しかしそれでもなお『吸血鬼』という名は、やはり重かった。
だが――
「勝つさ。絶対にな」
英人は断言した。
それは感情的な願望でも、理論的な推測でもない。
かつてそうであった者だけが見せる、揺るぎのない覚悟。
「なるほど、かつての貴公はそういう表情をしていたのか。
実に興味深い。それに……フフ、匂いもさらに私好みになった」
フェルノは鼻を鳴らし、満足そうに微笑む。
「……分かった。
そもそも協力関係を結んだ時から、俺たち二人は一蓮托生だ。
たとえどんな怪物が現れようと、俺はお前の勝ちを信じ続けてみせる」
一方の義堂はしばらく悩んでいたが、同様に覚悟を決めた。
「ああ、思う存分信じてくれ。
何故なら俺は――」
英人は一瞬、目を閉じる。
これから起こるのは、人の理を超えた戦い。
しかも舞台は異形に慣れ親しんだ『異世界』ではなく、『現実世界』の日常そのもの。
それらがどのような相互作用を引き起こすのか、英人にすら想像がつかない。
だが、臆するわけにはいかない。
何故なら彼は――
「『英雄』と、呼ばれた男だからな」
『現実世界』と『異世界』。
『異能』と『魔法』。
『人間』と『魔族』。
かつて交わらなかった者同士が今、相見えようとしている。
『英雄』だった男は、その狭間で如何にして戦っていくのか。
波乱の時は、すぐそこにまで迫っていた。
~異能バトルはなろう系の中で・完~
ここまで読んで頂きありがとうございます。異能バトル編、完結です。
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