異能バトルはなろう系の中で⑩『いのちだいじに』
薄暗い倉庫。
恭弥の白い肌が月明かりに照らされ、妖しく光る。
さらにその上には殺意を全身に巡らせるが如く、赤黒い血管が這っていた。
「なんなんだ……、あれは……?」
義堂が思わず零す。
それほどまでに、恭弥の肉体は「異形」と呼べるものだった。
「……義堂刑事、早く彼女を連れて安全な場所へ」
背中越しに仮面ウォリアーが話しかけた。
わざわざ後ろを向かないということは、相手が目を離せないほど油断ならない存在であるが故。
「デ、デモ……」
「仮面ウォリアー二号よ、ここは私に任せてくれ給え」
前を向いたまま右手を伸ばし、赤きヒーローはガッツポーズを見せつけた。
たとえどんな状況でも、周囲を勇気づける。
そんな仕草の一つ一つが、テレビ画面からそのまま飛び出してきたみたいに『仮面ウォリアー』だった。
「彼なら大丈夫です。今すぐここから離れましょう」
「ハ、ハイ、分かりました」
カトリーヌは一瞬躊躇したが、憧れの存在にこうも念を押されてはもう何も言えない。
最後は義堂に肩で担がれる形で廃倉庫を後にした。
「……もう、妙な芝居はいいんじゃないか? 自称『仮面ウォリアー』さんよ」
カトリーヌと義堂の足音が聞こえなくなった頃、沈黙を貫いていた恭弥が口を開いた。
その言葉に仮面ウォリアーはフッと笑い、
「……まあ、こうでもしないと彼女は死ぬまで戦い続けるだろうからな。
代わりに俺が、『仮面ウォリアー』をやるしかなかった」
赤き仮面を脱いだ。
仮面の下にあったのは、およそ二十代後半の男の顔。
やや陰気な面持ちだが、その瞳には強き覚悟が宿っている。
二人目の『仮面ウォリアー』の正体、それは早応大学の二年生、八坂英人であった。
「ふぅん。やっぱ中身は普通なんだな。
別に、大して期待していたわけじゃないが」
「外見より実力で魅せるタイプなんで」
「なるほど、そうか……よッ!」
言い終わると同時に恭弥の姿が消えた。
正確には消えたのではなく、超高速の踏み込みで一瞬にして英人の懐まで近づいたのだ。
勢いのままに英人の脇腹目掛け、左フックが放たれる。
「――っと」
しかし、英人はそれを難なく肘で受けた。
カウンターの要領で繰り出された右肘は恭弥の拳を砕き、手の骨が肉を突き破った。
そして追撃とばかりに――英人の左ストレートが恭弥の頭を打ち抜いた。
頭蓋の割れる音を響かせつつ、吹っ飛んだ恭弥の体はそのまま積み荷に激突した。
衝撃で倉庫内には埃が舞い、視界を遮る。
そしてしばしの静寂の後。
「――ハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
まるで、この世の全てを嘲笑うかのような笑い声が倉庫中に響き渡った。
ひとしきり笑い終えた後も、彼はその笑みの表情は崩すことはない。紙屑のように軽々と積み荷をどかし、立ち上がる。
その頭と左手は血に濡れてはいたが、傷はもう跡形も残っていなかった。
「ハハハハハハハハハハハッ!
何度味わっても、こいつはいい! 自分が不死身だというのを実感できる!」
恭弥は割れたはずの頭を軽く撫で、満足そうに微笑む。
「――それで、アンタの方はどうよ? 初めて受ける自分の攻撃ってのは」
「……!」
視線の先には、頭と左手から血を流す英人の姿があった。
その頭蓋は割れ、左の拳は砕けて骨が突き出ている。まるで、先程までの恭弥と同じように。
「これこそが俺の『異能』、『喧嘩両成敗』だ。 その能力は俺が受けたダメージをそっくりそのまま相手に返すというもの。
そしてさらに俺は――肉体を瞬時に再生することができる」
恭弥は傷口のあった箇所を人差し指でトントンと叩く。
「だからお前の勝ちは万に一つもない。
そのままそのパックリ割れた頭から、脳髄垂れ流してくたばりな」
積み荷の残骸を脚で蹴飛ばしながら、恭弥はゆっくりと英人に歩み寄る。
その表情は勝利を確信していた。
しかし――
「『再現修復』――」
その詠唱と共に、英人の体は瞬時に元に戻った。
まるで何事もなかったかのように。
「な……!」
「期待してたとこ悪いが、俺も簡単にはくたばらない」
「お前も、俺と同じ、なのか……!?」
恭弥は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「いんや。
俺はれっきとした人間さ……お前と違ってな。
そうだろ? 『上級喰種』さんよ」
対する英人は余裕の表情で、額の血を軽く拭った。
「……知っていたのか」
「まあ、昔取った杵柄って奴でね。
お前みたいなのとは散々やり合ってきたんだ、嫌でも分かるよ。
それでここからが本題だが……お前、誰の眷属だ?」
「――ッ!」
額を拭う手の隙間から、鋭い瞳が恭弥を睨む。
その重圧に、恭弥は一瞬金縛りにあったかのような感覚を覚えた。
「『上級喰種』というのは『吸血鬼』によって人間が変異した存在。『吸血鬼』に準じた能力を持ち、そして主の指令に忠実に従う眷属だ。
つまり、お前を変異させた『吸血鬼』がこの世界のどこかにいるということになる。
もう一度聞く。
お前はいつ、どこで『上級喰種』にさせられた?」
恭弥を睨みつつ、今度は英人が歩み寄る。
その迫力に恭弥は思わず後ずさりしそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「そ、そんなの知るかよ……!
ああでも、俺を倒せたのなら、もしかしたら思い出すかもしれねぇなぁ?」
恭弥はわざとらしく首を鳴らし、己の闘志と殺意を鼓舞した。
彼は自身の『異能』と肉体に絶対の自信を持っている。
相手の迫力に少し気後れしてしまったが、この二つがある以上自身の勝利は揺るがない。
そうだ、俺は一万人殺して『英雄』になるんじゃなかったのか?
だったらここで逃げてどうする。
これからもっともっと、殺すんだろうが――!
恭弥の殺意に反応するように、その双眸の赤が深くなる。
それを合図に、二人は同時に構え始めた。
両者の構えは完全に我流、どこの武術の教本にも載っていない。
何故なら今から競うのは己の技術や力ではなく、身体の不死性そのものだからだ。
「アァッ!」
人外が発する声を上げながら、恭弥は突進する。
キイィィ、という風切り音を耳で感じながら、超高速で英人に向かって拳を繰り出した。
「――フッ!」
しかし英人は難なく見切り、心臓目掛けて肘を打ちつけた。
英人の肘は見るのも痛々しいほどに、恭弥の胸へとめり込む。
「ガ……アハァッ!」
まるで釘を打ち付けるように深く浸透した衝撃は胸骨を粉砕し、心臓を押し潰す。
今までに経験した事のない苦痛が、恭弥の全身を駆け巡った。
だが、これは相手も同じことのはず――
痛みで霞む意識に喝を入れつつ、恭弥は英人の顔を見る。
しかし。
「な、に……?」
そこにあったのは、痛がる素振りすら見せずに眼前の敵を見据える男の顔だった。
「ハァッ!」
英人の掌底が、潰れた胸に追い打ちをかける。
体内で暴れる臓器と共に、恭弥の体はまたしても吹っ飛んだ。
「ぐ、ふ……!」
口から大量の血液と、声にならないうめき声を漏らしながら恭弥はのたうちまわる。
散々に破壊された肉体が瞬時に再生していくのを感じるが、この途方もない痛みは消えない。
だが恭弥とは対照的に、英人の方は全身の苦痛を気にする様子はなかった。
ただ獲物を追い詰めるようにゆっくりと、倒れる恭弥に向かって歩く。
「グッ……!」
肉体の再生を終えた恭弥は再び立ち上がり、英人を視界の正面に捉えた。
口から大量の血を溢れさせながら、「人間」は平然とした様子でこちらに向かってくる。
食らっているダメージは同じはずなのに、こうも違うものなのか。
そう恭弥が思った瞬間、英人の姿が視界から消えた。
「なっ――!」
「こっちだ」
後ろの声にかろうじて反応し、とっさに腕を上げてガードする。
刹那、右腕に英人の脚がめり込んだ。
その鋭い蹴りはガードを容易く貫通し、恭弥の頬骨まで砕く。
「ガッ……!」
恭弥の体は、腰を支点に回転するようにして地面に叩きつけられた。
今の攻撃で右腕、頬、鎖骨が砕けた。
もちろん英人の肉体からも、同様の音がするのを確かに聞いた。
だが、彼は全く意に介す様子はない。
「グ……く……!
お、お前……痛みを感じないのか!?」
「いや、感じるさ。ちゃーんとな」
折れた右腕をプラプラさせながら、英人は答えた。
「だったら何故……」
「いくら卓越した再生能力を持っていても、苦痛に耐えられなければ戦闘では使えん。
だから俺はそいつを克服するために少しばかり鍛錬したのさ。
知り合いの拷問吏を使ってな」
「ご、拷問……?」
言っている意味が分からない、と訴えるように恭弥は声を上げた。
「なに、話は簡単だ。
俺の雇い主だった『王国』お抱えの拷問吏に頼み込んで、ありとあらゆる苦痛を与えてもらった。
まあそいつは拷問一家の次期当主で、一族の最高傑作と言われるほど才能はあったんだが……性格の方は気弱な奴でね。人が苦しむ姿は見たくないらしい。
誰よりも人体の痛点を理解しているというのに、皮肉なもんだ。
おかげで協力してもらうのには苦労したよ」
英人は過去を懐かしむように話す。
その様子を、恭弥は絶句して眺めていた。
「結局はなんだかんだそいつとは結構仲良くなって……っと、話が逸れたな。
まあ、なんだ。
俺が言いたいのは高い再生能力を持っててもそれに驕らず、鍛錬は続けましょうということだな。
んで何度かぶっ倒したわけだが……ちょっとは話す気になったか?」
英人は数歩、恭弥へと近づいた。
それ以上間合いを詰めてこないのは、恭弥が立ち上がるのを待つため。
「く、くそっ……!」
体を震わせながら、恭弥は力なく立ち上がった。
傷の修復自体は既に済んでいる。
だが、恐怖で体が思うように動かない。
それほどまでに恭弥と彼とでは『個』としての戦闘力の格が違った。
「もしまだ話すつもりがないのなら、その拷問吏直伝の技をお前に披露することになるが……それでもいいか?」
表情こそ柔らかいが、その瞳は笑っていない。
あまりの恐怖に恭弥はつい話してしまいたくなるが、その口は金縛りにでもあったかのように動かなった。
「あ、あ、ああ……!」
涙を流しながら、恭弥はうめき声だけをただ漏らし続ける。
「なるほど、主から口封じされているのか……なら」
英人は一気に恭弥のもとへと踏み込み、左手でその頭を掴んだ。
「精神異常回復――」
『魔法』を使い、恭弥の発言を妨げているであろう『異常』を取り除こうとした。
しかし。
「う、グ……ウガアアアアアアアアァァァァァァァァッ!!」
「ん?」
突然理性が吹き飛んだかのように恭弥は叫びだした。
強引に英人の手から離れ、頭を抱えたままのたうち回る。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア“ッ!」
そのうめき声はどんどん人間のそれとはかけ離れていく。
「チッ……口封じを解いたら、理性ごとその記憶を吹き飛ばす仕組みか。
趣味の悪い……!」
英人はそうぼやく内も、恭弥の叫びは止まらない。
理性を失った彼の体は徐々に本当の『異形』へと変化していった。
「AAAAAAA゛A゛!」
充血した瞳は瞼を裂くほど腫れ上がり、突き出る牙は頬を裂く。
そして背中には――蝙蝠が如き翼が生え出した。
その姿こそ『上級喰種』のなれの果て、名は『不死獣』と言った。
「全く、昔を思い出す……!」
高い再生能力を持つ『不死獣』を物理的な手段で倒すのは難しい。
だが、そんな彼らにも弱点はある。
「左腕再現情報入力――再現変化・『大司教の御手』!」
英人は魔法を使い、僧侶の上位職である『大司教』の左腕を再現した。
そう、元人間であった『不死獣』には僧侶職が持つ『浄化』儀礼が最も効果的。
「AAAAAAAA!」
耳を裂くような咆哮と共に、かつて恭弥だった『異形』が突っ込んでくる。
勢いよく繰り出される前腕を英人は難なく避け、
「ハアッ!」
光輝く腕を、その腹に突き刺した。
肉が潰れ裂ける音と共に、空間を割るような悲鳴が辺りに響く。
同様に英人の腹も穿たれるが、その手は緩めない。
そのまま腹の中の肉を鷲掴みにし、巨体を真上に持ち上げ、
「『浄撃波動』!」
体内に直接『浄化』の力を流し込んだ。
「A゛A゛A゛A゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
放たれた光は『異形』の身を余すところなく灼き、無に帰していく。
『浄化』とは『異形』の姿から人間を解放する力。
肉体への「ダメージ」ではないため、英人が灼かれることはない。
「ア゛ア゛ア゛ア゛!」
野太い悲鳴と共に『異形』の身体が消滅していく。
溢れる光。
それらは束となり、恭弥の肉体ごと廃倉庫の天井を抜けて天へと昇る。
それはかつて人間だった者へと手向ける、墓標のようであった。




