異能バトルはなろう系の中で⑧『ヒーローは遅れてやってくる』
「仮面ウォリアー、参上!」
薄暗い倉庫内に、お決まりの名乗り口上が響き渡る。
カトリーヌは恭弥を指さしつつ、倉庫内の状況を確認し始めた。
倉庫内にいるのは全部で五人。予想通り、前回と同数だ。
恐らくグループのメンバーはここにいる五人で全てだと考えていいだろう。
ならば、新手の心配はない。
「……ハァッ!」
そう結論付けた瞬間、カトリーヌは恭弥めがけて一直線に駆けた。
『スーパーヒーロータイム』の『一週間に合計五分間、自身の身体能力を五倍にする能力』によって常人ではありえない距離を跳ぶ。
「なっ――」
ちょうど二人を結ぶ線上にはパーカーを着た少年、佑二がいる。
邪魔だが、いちいち迂回している暇はない。
「ヤアッ!」
カトリーヌは踏み込んだ勢いのまま、中段突きを放った。
女性とは言え、170cmを超える鍛えられた体格から放つ五倍の拳。容易に佑二のみぞおちへと突き刺さった。
びきり、と胸骨の折れる嫌な振動が彼女の手に伝わる。
「ぐ……うあ”ぁッ!」
佑二の口からはうめき声と共に血が漏れる。
そのまま地面に倒れ込み、体をくの字に折り曲げ悶絶した。
「お前……一昨日のエセ女仮面ウォリアー!」
カトリーヌから見て左斜め後方にいる若島が声を上げるが、気に留める時間はない。
なにせ今週分の『スーパーヒーロータイム』は、残りあと二分四十一秒。
時間がない以上、勝つには真っ先に相手の頭を潰すしか方法はないのだ。
「ハァッ!」
障害物の無くなった道を、カトリーヌは再び駆け抜ける。
対する恭弥は、特に警戒する様子もなく超然と構えたまま。
ならばその驕り諸共、蹴り飛ばす――!
間合いに入った瞬間、カトリーヌは必殺の跳び蹴りを放った。
五倍のジャンプから放つ、五倍の脚力でのキック。常人でなくとも一発で意識を刈り取れる一撃だ。
残り時間は二分三十九秒、時間はまだ十分にある。
決まった、とカトリーヌは確信した。
しかし、
「――しゃらくせえ、な」
「ナッ……!?」
恭弥はソファーに鎮座しながら、こともなげにその蹴りを片手で受け止めた。
まるで駄々をこねる子供を仕方なくあやすような呆れ顔を浮かべながら、面倒そうに溜息をひとつ。
そのまま足を掴んだ腕を振りかぶり――ぶん投げた。
「――ッッ!」
宙を舞う体。
一瞬、カトリーヌには自分の身に何が起きたのか理解できなかった。
一人の人間をまるで棒きれのようにぶん投げる、そんな非現実的な事実が彼女の理解を妨げたのだ。
投げられた体は、積み上がった木箱の山に直撃する。
上とも下とも判別できない感覚、さらには能力を持ってしても誤魔化しきれないダメージがカトリーヌを襲った。
「カ……ハァッ……!」
口の中に鉄の味が滲み、全身に鈍い痛みが広がる。
痛すぎてまるで自分の体ではないような錯覚に陥るほどに。
「……フン」
対する恭弥は頬杖をつき、その様子を退屈そうに眺めた。
「え、えーと……もう倒した感じ?」
ようやく目の前の出来事を理解した真希が、恐る恐る木箱の残骸を覗き込もうとした。
「いや、まだだ……兄貴、ここは俺がとどめを刺します。いいですよね?」
拳を鳴らしつつ、若島が恭弥に尋ねた。
「……ああ、構わねぇよ」
「よっしゃあ!」
威勢のいい声と共に、若島は懐から札束を取り出した。
その額実に百万円。それを贅沢にも一気に口の中へと放り込む。
「ハハッ。これで俺は無敵だ」
瞬間、彼の筋肉はみるみるうちに肥大化を始めた。
足、胴、胸、首――全てが急速に膨張し、さらに腕周りは数倍もの太さまで成長する。
それは最早「変身」と表現しても差し支えないレベルの変化具合だった。
「変身」を終え、若島は木箱の残骸からカトリーヌの首根っこをつかみ取って持ち上げる。
「グ……ア……!」
「よお。
一昨日ぶりだ……なぁッ!」
そのまま腕力に任せ、カトリーヌの体を中央の床に叩きつけた。
「ガ……ッ!」
肺の空気が逆流し、声にならない音が仮面の下で反響する。
体中が、悲鳴を上げている。
だが、ここで気を失うわけにはいかない。
何故なら私は――
「『仮面ウォリアー』なのだから……!」
カトリーヌは震える脚を叩き、喝を入れた。
残り時間は既に残り一分、しかしまだ諦めるわけにはいかない。
前からは能力によって巨大化した男が迫る。
その他の三人は状況を静観している様子だ。おそらく先程のリーダーを除き、直接的な戦闘能力は低いのだろう。
ならば、時間があるうちにまずは目の前の男を――!
カトリーヌは瞬時そう結論付け、構えをとった。
「へぇ……まだやれんのか。さすがは『仮面ウォリアー』ちゃん」
若島は拳を鳴らしつつ、ゆっくりと近づく。
対するカトリーヌは、構えたまま微動だにしない。じっと反撃の機会を窺っていた。
いくらカトリーヌの身体能力が強化されていると言っても、筋肉の鎧をまとった今の若島はダメージは通り辛いだろう。
となれば、狙う場所は必然的に限られてくる。
(――今!)
若島が間合いに入ったと同時に、カトリーヌは蹴りを放った。
右足の軌道が狙うは、相手の膝。
(コイツ、筋肉で守れない関節を――!)
若島は左足を上げ、ガードしようとする。
だがその瞬間、蹴りの軌道が変わった。
脚を狙う下段から、頭を狙う上段蹴りへと変化したのだ。
「おおぅっ!?」
それはブラジリアンキック――通称「マッハ蹴り」とも言われる蹴り技。
うねるような軌道を描きながら、カトリーヌの長い脚はそのまま若島の頭部に迫った。
しかし、
「エッ……?」
その脚は手ごたえ無く宙を切った。
まさか、外したのか。
いや、間合もタイミングも完璧だったはず。
ならば何故……。
パニックになるカトリーヌの背中に、衝撃が走る。
「グハッ……! な、何……!?」
カトリーヌはのけぞりつつ後ろを確認すると、そこには目の前にいたはずの若島の姿があった。
「イ、いつの間に……」
「いやー助かったよオッサン。あんたの『分身』、こういう時便利だよな。
もしこのまま突っ込んでたらあの蹴り食らってたわ」
「だからおっさんじゃなくて名前で呼べって……ま、この俺にかかればこの程度の攪乱はお手のものってね」
おそらく、いま蹴ったのはあの男が出した「分身」だったのだろう。
こちらが空振りした隙に、後ろに回り込んだ本体が攻撃したのだ。
脇腹に鈍い痛みが広がる。
繋がりかけていたあばらが再び折れてしまったようだ。
さらに追い打ちをかけるように、ちょうど『スーパーヒーロータイム』の効果も終わった。
先程までとは一転、全身が鉛のように重くなる。もはや一歩前に進むだけでも億劫となる程に。
それは必然的に、その後の戦闘継続が不可能になったことも示していた。
「その様子……もうガス欠か」
頬杖をついたまま、退屈そうに恭弥は言う。
「兄貴、どうする?」
「そうだな……おいお前、俺たちの仲間になるつもりはあるか?」
「ナ……何を馬鹿なことを……!」
震える足で必死に構えをとりつつ、カトリーヌは答えた。
「いや、それだけ強力な『異能』を持っているわけだからな。
そんなヒーローごっこよりも、俺たちと一緒に好き勝手に暴れた方がお前のためだ。
言っとくが、これは俺からの親切心だぞ?」
恭弥は親切心、とは言いながらも有無を言わさぬ視線をカトリーヌに向けた。
すなわち意に添わなければ殺す、ということだ。
「フザケル、なっ……!
私は死んでも悪党の手先になんかならない!
正義は、『仮面ウォリアー』は……負けない!」
「馬鹿が……正義なんてこの世にゃねぇよ。もちろんヒーローもな。
あるのはただ純粋な、『力』だけだ。
……もういい。若島、やれ」
「おお!」
返事と共に、若島が剛腕を振りかぶる。
能力が切れた今となっては、防ぐことも避けることもできない。
拳が振り下ろされると共に、カトリーヌの命は終わるだろう。
仮面の下で、カトリーヌは静かに目を瞑る。
瞼に浮かぶのは、大好きな兄の顔。
ごめん、兄さん――
「諦めるな!!」
死を覚悟した瞬間、声が響いた。
聞き覚えのある声だった。
目を開くと、そこにいたのは若島の拳を片手で受け止める、一人の男。
その男は――赤い仮面を被っていた。
「なんだてめぇは!?」
「なんだ、だと?」
受け止めた拳を払いのけ、男は答える。
「ならば答えよう。私は正義の執行者。たとえこの世の全てが貴様らを見逃そうとも――」
男が放つのは厳かで、力強い声。
そうだ、聞き間違えるはずがない。
それはまさしく、カトリーヌが何度もテレビで聞いた声。
「私は必ず討ち果たす。それはこの世に正義を叫ぶため!」
決めポーズが示すは、己の覚悟そのもの。
赤い仮面に、赤いコスチューム。
それは、とある兄妹が憧れぬいた正義のヒーロー。
その名も――
「仮面ウォリアー、見参!」
正義は再び、舞い降りる。




