異能バトルはなろう系の中で⑦『ヒーロー見参!』
薄暗い空間に、五人の男女がいた。
男四人に女一人。
十代後半から二十代半ばにかけての、若者たちのグループだった。
彼らは何をするでもなく、うっすらと聞こえる波の音をBGMに、各々が好き勝手に過ごしている。
ここは横浜市の港湾部にある廃倉庫。
元々は借金のカタに地元のヤクザが差し押さえていたもので、その証拠に倉庫内には代紋を着けたスーツ姿の男たちの姿もちらほらと見えた――ただし、死体として。
「それで次は何をすればいいんですか、恭弥さん?」
その死体を足で小突きながら、グループ内で最年少とみられる少年が口を開いた。
フード付きのパーカーを着用した、どこか陰気な顔をした少年だ。
「だったらさ、またワタシの『異能』でビルを爆破しちゃおうよ!
もうドッカーン! ってな感じで!」
恭弥と呼ばれる男が答える前に、グループ唯一の少女が話に割り込む。
その姿はピンク髪に濃いめのメイク。いかにも「ギャル」といった風貌の少女だ。
甘党なのか、口には棒付きの飴を咥えている。
「いや、僕今恭弥さんに聞いているんで邪魔しないでくれます? 真希さん」
「は? 私だって話したいんだから黙ってこっちに譲れや。だからテメーはモテねーんだよ、佑二」
薄暗い空間の中、真希と佑二は睨み合った。
言葉尻だけ聞けば、それはただの若者同士の口喧嘩。
だが両者の双眸には明らかに外見とは不釣り合いな殺意が込められており、それがハッタリではないことは周囲に転がるヤクザの死体が証明済だ。
「……ったくアイツら口を開くたびに喧嘩かよ、困ったもんだな。
なあ若島?」
二人の様子を見て、グループの最年長と思われる男が口を開いた。
「なんで俺に振るんだよ三原……おっさん。
俺ぁただ兄貴の指示に従うだけだ。別にアイツらがどうなろうとカンケーねえよ」
それに対して、腕に刺青を入れた二十歳手前の若者が面倒くさそうに答えた。
「いやなんでわざわざおっさんと言い換えるんだ……俺まだ25だぞ?」
「四捨五入したら30だろ。もう立派なジジイじゃねぇか」
「25は立派なお兄さんだろぉ!?」
今度は男二人組がやんやと喚く。
先程まで静かだった倉庫は急に、罵詈雑言ひしめく空間へと様変わりした。
そんな最中。
「――お前ら、静かにしろ」
気だるそうにその様子を眺めていた男が、静かに口を開いた。
それは、先程佑二が恭弥と呼んだ人物であった。
黒い長髪に鋭い目、そして六月という季節に似合わぬ白いコートを着込んでいる。
彼は倉庫に放置してあった高級ソファーに陣取り、足を組んで座っていた。
「でも佑二の奴が……」
「……俺は静かにしろ、と言ったぞ?」
恭弥の鋭い眼光が、真希を突き刺す。
薄暗い空間の中でも光るその瞳は、血のように赤かった。
恭弥の言葉を最後に、倉庫内は静寂に包まれた。
わずか四人だけとはいえ、癖の強い彼らを言葉だけで制す。
その事実こそが、彼がこのグループの絶対的なリーダーであることを如実に表していた。
「……確か、次は何をするつもりなのか、だったな佑二?」
「は、はい。昨日は真希さんの『異能』でビル一棟を爆破したわけですけど、次は何をすればいいんですか?」
やや緊張した面持ちで佑二は答える。
他の面子にとっても気になることではあるらしく、皆一様に同じ表情だ。
恭弥はその不安げな表情を見、フッと小さく笑った。
「なに、昨日のはあくまでウォーミングアップみたいなもんだ。
だから次はもっと派手に、残酷に、そして執拗にやる。
常識人面した世間サマが『もうやめてくれ!』と音を上げるまでな。
その後俺たちは堂々と名乗り出る――ただのテロリストや犯罪者ではなく、新時代の『英雄』としてな」
「新時代の……」
「『英雄』……?」
四人は恭弥が発した『英雄』という単語に戸惑った。
別に、その言葉の意味が分からないわけではない。
ただあまりに自分たちの人生とは馴染みのない言葉だったので実感が湧かないのだ。
「おいおいどうした? そんなに『英雄』という言葉が珍しいかよ?
しょうがねぇなお前らは……いいか、もう一度教えてやる。
一人殺せばただの犯罪者、せいぜいが少しばかりマスコミを騒がせる程度の存在だ。
だがそれが百人、いや千人になれば?」
「――そう、それは最早『英雄』だ。
たとえどんな悪党だろうと、結局は『力』あるものに人は惹かれるのさ。
そして俺たちはこれから数万、数十万を殺しに行く。
ならば俺たちがその『英雄』なれないはずがない。
それとも、今更怖気づいたってのか?」
「そ、そういうわけじゃあないんだが……なんというか……」
恭弥の言葉に、三原が歯切れ悪く答える。
「なんだ、言ってみろ」
「実感が湧かねぇんだよ。なんの取り柄も無い25の男が本当に『英雄』なんて存在になれんのかって」
「なれる」
恭弥は断言し、真剣な眼差しで三原を見つめた。
「ほ、本当か? 本当に、そう思うのか……?」
三原は声を震わせ、確認する。
これまでの人生でそう肯定されることのなかった彼は今、猛烈に感激していた。
「当たり前だ。だからこそ何度でも断言してやる。
三原、若島、真希、佑二。お前たちは『異能』という特別な力を持っている。
つまりは人を超えた力だ。
だからこそ、人の上に君臨する義務と権利がある。
それに若島、お前この世界についてどう思う?」
「決まってる。
クソだ。クソ以外の何物でもねぇ!」
恭弥の問いに、若島は間髪を容れずに答える。
それを受けた恭弥は勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「そうだ! この世界は紛れもなくクソだ!
ならば俺たちの手で『地獄』に変えてやる! その方がバカ共にとってもいくらかマシだろう!
この世界に自分たちだけの地獄を作る、それが俺たちの最終目標だ!」
「俺たちだけの、地獄……!」
「その響き、チョーイイ感じ!」
「僕も、『英雄』に……!」
「地獄でもどこでもついていくぜ、兄貴」
恭弥の宣言に、四人は一様に目を輝かせた。
彼らは『異能』をという力を持ちながらも、いや持っているが故に、日陰でしか生きてこれなかった者たち。
しかし恭弥というカリスマの存在が、彼らに希望と進むべき道を指し示してくれたのだ。だから彼らはついていく。
それがたとえどんなに血にまみれた修羅道であろうと。
「では、当日の手順について説明しよう――」
四人の反応に満足し、恭弥が再び口を開いた時。
「――ソコまでだっ! 悪党どもッ!」
叫び声と共に、倉庫の扉が勢いよく開かれた。
「な、なんだ!?」
突然の出来事に佑二が驚きの声を上げる。
倉庫内の五人は招かれざる客の姿を確認しようとするが、逆光のせいでそのシルエットまでしか分からない。
「――ナンだ、と聞くというなら答えよう」
シルエットはそう答えつつ、首のスカーフをなびかせながらゆっくりと倉庫へ入った。
「ワタシは正義の執行者。たとえこの世の全てが貴様らを見逃そうとも――」
徐々に逆光が薄まり、浮かび上がってきた色は――赤。
全身を赤いコスチュームで包んだ人影が、五人のもとへと歩み寄っていく。
「ワタシは必ず討ち果たす。
それはこの世に正義を叫ぶため!」
セリフと共に恭弥を指さすその決めポーズが示すは、己の覚悟そのもの。
赤い仮面に、赤いコスチューム。
その名も――
「仮面ウォリアー、見参!」
それは、この国に生まれた者なら誰もが知る正義のヒーロー。
悪党蔓延る夜の港に、正義の咆哮が木霊した。




