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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第七部:元『英雄』と、変わる世界
303/314

新宿異能大戦71『最後の一人』

『――さて、じゃあ次は私の番かな。

 といっても大した話じゃないんだけどもね』


 天幕の中で鉄製のコップを傾けながら、還暦の小男は静かに口を開いた。


 数年前。

 ユスティニア国境、アレコル村。

 魔族領侵攻を間近に控え、五人の『英雄』たちは静かに互いの身の上を明かし合っていた。


『まぁ見ての通り、元の世界じゃしょうもないサラリーマンだったよ。

 仕事も全然だったし、家族とも上手くいってなかった』


 蝋燭の明かりに照らされ、その一人の顔がぼうっと浮かび上がる。


 深い皺の刻まれた肌。

 白髪交じりの薄い頭髪。

 弛んだ頬肉。

 体だけはこの世界で多少絞られてはきたが、それでも弱々しい印象は拭えない。

 元の世界の人間が見たら100人中100人が窓際族のサラリーマンだと言うだろう。


 そんなしがないおじさんの名は、山北やまきた創二そうじと言った。


『職場でも、家庭でも冷たい視線……そうそう、オヤジ狩りにもあったっけなぁ。

 あ、オヤジ狩りって分かるかな?』


『まぁ……言葉くらいは』


『おお良かった良かった。

 いやあの時は殴る蹴るでね……でも何よりも、その光景を実の息子に見られたのは辛かった。

 お陰でそれから口を聞く機会もなくなっちゃって……』


 まるでその証明でもするかのように、そう語る姿には何とも言えない哀愁を漂わせている。

 同じ身の上話でも年季が違いというものがあるのだろう。


『って、枝葉の話はいいか。

 とまぁそんな感じで色んなことがありつつも、私なりに頑張って生きてきた。家族の為に……ね

 でも、』


『でも?』


『……妻の不倫が発覚してね』


 瞬間、詰まった溜息のような、声にならない声が天幕の中に一気に漏れた。


『……なんとなく、そんな気はしてた。ほら私ってこんなだし。

 しかも相手は資産家だという話じゃないか。

 確かに、妻もそっちを選ぶ……けど息子――巽まで迷わず向こうに行ってしまったのは辛かった。 

 一応友人の強い勧めで裁判を起こして慰謝料はもらったけど、お金なんてもらっても、ね……』


 タプン……と、コップの中の安酒が揺れる。

 それは時折軍から支給される酒で、癖のある薬品臭のようなものがするということで兵士からは不評な代物だったが、彼は好んで飲んでいた。


『えーと……じゃあ、一応お金には余裕あったんですね』


『いや……』


 創二はその好物をぐぃっと煽り、大きく息を吐いた。


『実はね、そのお金も取られちゃったんだ。

 その友人に』


『え……』


 驚いたように目を見開く『英雄』一堂に彼は苦笑して、


『いや、その後借金の連帯保証人頼まれちゃってさ。

 まぁ普通に考えたらなるべきじゃないのはわかっていたけど、何しろ小学校時代からの大親友だったし、それに離婚の時世話になったからね。

 二つ返事でOKしたよ』


『……ということは、じゃあ』


『多分最初から慰謝料目当てだったんだろうね。

 一月もしない間に行方不明になって、借金全部払うことになってしまった。

 それも事業に失敗して出来た借金だってんだから額がものすごくてさ、慰謝料全部使ってもまだ沢山残っちゃって』


『――――!』


『さすがに、その時は堪えたなぁ……。

 家族どころか、友情まで失ってしまったのだから』


『創二、さん……』


『その時は本当に参ってしまってたんだろうね。

 近くのホームセンターでロープを買って、無駄に部屋の中を整理して……そのままただ無心で首を吊ろうとした時、気付いたらこの世界にいた。

 後はみんなも知っての通りさ』


 そう語る彼の顔は、その内容に反して穏やかだった。

 まるで自身の家族や友人を懐かしんでいるように。


『……しかしこんな私が今や世界を救う英雄として最前線で戦っているとは。

 人生って分からないものだね』


『――創二さんは、』


『ん?』


 だからだろうか。


『創二さんは元の世界に戻ったら、何をしたいですか?』


 つい、そんなことを聞いてしまったのは。


『何をしたい、か……』


 彼はコップを置き、上を向く。

 そしてほんの僅かだけ考え込んで口を開いた。


『……うん、ならやっぱり、家族に会いたいかな。

 それと、友人にも』


『……会いたいんですか?』


『ああ。

 確かにこの世界に来て辛いこともあったけど、英雄としてチヤホヤされたし、それなりに良い思いもした。

 傍から見れば帰る理由も家族に会う理由もないけど――』


 彼は大きく息を飲んで、此方を見つめる。


『やっぱり私は、もう一度彼等と会いたい。

 そして、叶うなら腹を割って話したい』


 その瞳には涙が滲んでいた。


『創二さん……』


『復讐とか憎いとか、そういう理屈じゃないんだ。

 何と言うかこれは、未練……心の奥底に残った、わだかまりなんだ。

 確かに私は彼等に非道い仕打ちを受けた。けどしかしたら妻にも親友にも何か特別な事情があったかもしれないし、なかったかもしれない。

 だから一度しっかり会って話がしたい……私の願いはただそれだけだ。

 そういうことだから、皆』


 彼はゆっくりと『英雄』たちと視線を合わせ、諭すように言う。


『もし私が元の世界に帰ったら、ひと目でいい。

 私の代わりに彼等に会ってやってはくれないだろうか』


 その瞳は誰よりも優しかった。


『…………』


 沈黙する天幕。

 その中で八坂英人――俺は、おもむろに空いたコップを手に取る。


『分かりました、創二さん

 その約束、絶対に忘れません』


『……ありがとう』


 そして俺は久しぶりに、彼の好物を飲んだ。



 ――――――



 ――――



 ――



 十二月二十五日午前1時16分。

 新宿駅跡地北側


左腕(レフトアーム)再現情報入力(インストール)――」


 英人の左腕に、魔力が集中する。


 彼は――山北創二と言う人はあまり『英雄』らしい人ではなかった。

 話す言葉は必要以上に丁寧で、物腰に関しては親子以上に歳の離れた英人達に対しても低いままだった。

 傍から見ればいつもおどおどしているように見えただろうし、事実それを揶揄する声もあった。


 でも、彼はそれを貫き通した。

 最後まで泣き言を言わず、ただ一人の山北創二であり続けた。


 これまでの生活とのギャップや周囲からの期待。想像を絶する程の葛藤があったろう。

 実際英人たち四人はある程度自らの言動を変える外なかった。

 しかし、彼は違う。

 若い英人たちが苦しまぬように、迷わぬように、ただのしがないおじさんとして接してくれた。


 今だから分かる。

 彼のような人間こそを、『英雄』と言うのだろう。


 ――多分、貴方は笑って「やめた方がいいよ」と否定するだろうけれど、あえて言います。



「俺は、貴方のような父親になりたい――!」



 瞬間、光が爆ぜる。

 その先には――


英雄変化トランスヒーロー・オン・『万物の錬成士アルケミスト・オブ・ユニバース』!」


 世界を救った力、その最後の一つが顕現した。


いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

次回更新ですが、所用によりお休みいたします。

申し訳ございません。


更新予定は5/7(土)です。


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