合同コンパ、略して合コン②『カシオレで酔うってやばいっすか?』
「じゃあカトリーヌさん、また」
「ハイ。とても楽しかった、です」
カトリーヌとの別れを簡単に済ませ、英人は新たな席へと向かう。
「……よう」
「……」
席につくなり一応挨拶だけはしてみたが、その相手は頬杖をついてそっぽを向いていた。
……オメー、さっき座ってた男子とは仲良く笑顔で喋ってたじゃねぇか。
営業スマイルでもいいから、その愛嬌をこっちにも分けてくれや。
英人は瑛里華をジト目で見ながら、ハイボールを一口飲む。
「……」
「……」
案の定だが、気まずい。
周りはそこそこ盛り上がっているのに、この空間だけ妙な緊張感が支配していた。
瑛里華はひたすらそっぽを向き、英人はハイボールをただ口に運んでいる。
……正直、どうにかしたいという気持ちはある。
そもそも今のこの関係は、両者にとってあまり利益にならないと思う。
彼女とて、ピリピリした姿をあまり見られたくはないだろう。
じゃあ誤解を解くのか?
どうやって?
『異能』や『魔法』のことを話すのか?
そんな考えが英人の頭に浮かぶが、すぐに振り払う。
そうだ。一般人の彼女にはそんな知識なんてない方がいいに決まっている。
それに比べれば俺への多少の悪評など、些細な問題だ。
そうこんがらがる思考を振り払うように結論付けると、英人は残ったハイボールを一気に飲み干した。
空いたグラスをテーブルに置くと、いつの間にか瑛里華がこちらの方を見ている。
左手で頬杖はついたままで、表情も不機嫌そのものだったが。
「カトリーヌさんとは、ずいぶんと楽しそうだったじゃない」
瑛里華は空いた右手でグラスの淵をなぞった。
何気ない仕草だが、彼女がやると妙に様になる。
「……たまたま趣味が合ってな」
「ふーん」
そっけなく答えた後、しばらく間をおいて再び口を開く。
「……アンタって意外とモテる?」
「何故そうなる」
「だってあの子も……ゴメン、今のは忘れて」
「お、おう」
再び二人の間には沈黙が広がった。
その間はただひたすらグラスを飲んでは置き、飲んでは置きの繰り返し。
「すみません、ハイボールお代わり」
当然中身は空になるのでお代わりを頼む。
瑛里華は何故かその様子をジト目で睨んでくる。
「……なんだ、お前もお代わりか?」
「……お酒って、美味しいの?」
「なんだ唐突に」
「先月二十歳になったばかりなんだけど、まだ飲んだことないのよ」
どうやらこの美少女、根はかなり真面目らしい。
大学生の未成年飲酒なんて話はそれこそいくらでも聞くが、彼女は頑なに法律を遵守しているということだ。
英人はなんだか妙に感心してしまった。
「へぇ。意外と、と言っちゃ失礼だが結構真面目なんだな」
「人前に立つことが多いからね。評判落とすようなリスクは抱えたくないの。
今回の合コンも隣の瑠璃子に頼まれて仕方なく、だし」
じゃあ俺のこと睨むのもやめてくれませんかね、と英人は心の中でツッコんだ。
さすがに口に出して言うのは話がこじれそうなのでやめたが。
「……せっかくだし、飲んでみるか?」
「何? 酔わせてどうこうしたいわけ?」
瑛里華はさらにジト目を強める。
「違うって……まあ最初は軽めにカシスオレンジでもいっとくか?」
そう言って英人は店員を呼んで追加で注文する。
「ちょっと勝手に……」
「まあまあ。もしダメそうだったら俺が飲むから」
少し経った後、ハイボールとカシスオレンジのグラスがテーブルに置かれた。
瑛里華はオレンジ色の液体の入った小ぶりなグラスを、まじまじと見つめている。
「……」
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫よこれぐらい」
瑛里華はグラスを持ち上げる。
「強がるのはいいけど無理はすんなよ。弱い酒とはいえ、ダメな人はとことんダメだからな。
下手すりゃ命に関わることだってある。やばそうになったらすぐ言えよ」
真剣な表情で英人は言う。
「……」
「なんだ、こっちをじっと見て」
「……アンタって、時々頼もしいわね」
「時々ってなんだ時々って」
「フンだ。じゃあ飲むから……っとその前に」
瑛里華は腕を伸ばしグラスを前に出す。
「……?」
「ほら、乾杯よカ・ン・パ・イ。まだまともにできてなかったでしょ」
確かに最初の乾杯は二人ともテンション低めであったが、まさかここにきて提案してくるとは。
とはいえ英人もわざわざ拒否する理由はない。
ハイボールの入ったグラスを持ち、前に出す。
「じゃあ東城瑛里華の初酒を記念して……乾杯」
「乾杯」
二人の声と共に、グラスの当たる音が小さく響いた。
「スゥ……、スゥ……」
「……参ったな」
テーブルに突っ伏す瑛里華の姿を見て、英人は一つ溜息をつく。
どうやら彼女は眠り上戸らしい。
飲み始めた当初は特に酔っぱらうこともなく、意識も普通であった。
しかし三十分ほど経った辺りからウトウトし始め、今は完全に寝てしまっている。
次の席替えの時間はもう来ているのだが、このまま放置するわけにもいかない。
とりあえず今は英人だけ席替えをせずに向かい側から見守っている状況だ。
もちろん他の男子もその役に立候補した。
ミス早応の世話ができるのだ。ワンチャンスを狙ってのことだろう。
しかし結局は最年長であるという理由で、英人がこのまま瑛里華を見ることになった。
瑛里華の友人である瑠璃子が推したというのもある。
英人はハイボールを口に運びながら、瑛里華の様子を見る。
彼女は静かに寝息を立てながら優雅に眠っている。
その顔の殆どがその艶やかな黒髪に隠れてしまっているが、その隙間から見える部分だけでもう十分に美人だ。
黙っていれば、めちゃくちゃ綺麗なんだけどなぁ……
「すみません。瑛里華のこと見てもらっちゃって」
そうしみじみと思っていると、瑛里華の隣に座っていた瑠璃子が唐突に声を掛けてきた。
「大丈夫大丈夫。そもそも飲ませたの俺だし」
「しかしこの子がこんなにお酒に弱いとは……あ、寝顔かわいー! 八坂さんも見ます!?」
瑠璃子は瑛里華の髪をかき上げてはしゃいでいる。
「いや、遠慮しとく」
「えーそうですかー? せっかく可愛いのに」
そう言いながらスマホで寝顔を撮りまくる。
……バレたら普通に怒られると思う。
「……しかし彼女もよく合コンに来たよな。確か、君が誘ったんだろ?」
「はい。最初は渋ってたんですけど、なんとか頼み込んで来てもらいました!」
「まあミス早応で人気あるしなぁ。男連中も盛り上がるってもんだ」
「それもそうなんですけど、今回の合コンはこの子のためにもなるかな、とも思ったんですよ」
「彼女のため?」
すると瑠璃子はテーブルから身を乗り出し、耳に顔を近づけてきた。
こっそり耳打ちしたいということだろう。
英人も耳を寄せる。
「……瑛里華、彼氏がいたことないらしいんです。それどころか好きになった人すらいないみたいで……」
その内容は英人が思ったより、クリティカルな情報だった。
……俺が聞いてよかったのか、これ?
耳打ちを終えた後、二人は席に戻る。
「その話、俺なんかが聞いてよかったのか? 彼女が俺のこと嫌いなのは知ってるだろ?」
「でも、八坂さんは瑛里華のこと嫌いじゃないですよね?」
「いやいや……」
「それにこの子も言うほど八坂さんのこと、嫌いじゃないような気がするんです」
「それはないって」
英人は手を左右に振って否定する。
……彼女が俺のことを嫌いじゃない?
いやいや最初はガチビンタに始まり、今でも睨まれたり罵倒されたりする仲だぞ。そんなことはない。
まあ今日は幾分マイルドな気もするが。
英人が考え込んでいると、瑠璃子はさらに身を乗り出して畳みかけてきた。
「でも嫌いな人とわざわざ自分から乾杯して、しかもこんなになるまで飲みますかね?」
「意外とNOとは言えないタイプなんでしょ、多分」
「それに四月からずっと八坂さんの愚痴ばっかり言うんですよ、この子」
「かなり根に持つタイプなんでしょ、多分」
「先日に早応女子の子と会った日なんか機嫌悪くて大変だったんですから」
「難しいお年頃なんでしょ、多分」
「じゃあ――」
「いや私は普通に好きになりかけているぞ、多分」
「「!!」」
英人と瑠璃子はすぐさま瑛里華の方に顔を向ける。
しかしそこにあるのは依然としてうつ伏せになって寝息を立てている姿で、どうやら狸寝入りというわけではない。
しかし、寝言にしてはいささかはっきりしすぎている気もする。
「……気のせい、ですかね?」
「……多分、な」
自信なさげに英人は答える。
その後も英人は合コンが終わるまで瑛里華を見守り続けていたが、結局彼女が起きることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから一時間。
「うーん……」
「ほら、しっかりして」
合コンも無事終わり、英人達は居酒屋の前でたむろしていた。
瑛里華はようやく目を覚ましたようだが、まだ寝ぼけているのか足取りはふらついている。
「それじゃあ二次会行くひとー!」
幹事が手を挙げ三人の男子もそれに続く。
しかし、女子の反応はイマイチだった。
「私は瑛里華を連れていくんで……」
瑠璃子は瑛里華を支えつつ答える。
他の女子二人も今日はもう帰る気のようだ。
別に誰かを狙っていたわけではないが、こうも「次はない」アピールをされると少し寂しくもなる。
「アノ……八坂さんは、行かないのですか?」
いつの間にか英人の隣に立っていたカトリーヌが尋ねてきた。
改めて見ると、思っていた通り身長が高い。美智子以上かもしれない。
「うーん……まあ俺もいいかな。
そもそも女子が参加しないんじゃ行く意味ないし」
「ナラ私も今日は帰ります。明日も講義がありますし」
女子が全員不参加であることが確定すると、男子はガックシと腕を下ろした。
おそらくこの後四人で反省会だろう。
一応最後の締めだけは行い、各自解散することとなった。
「まだ眠そうにしてるけど、大丈夫か?」
「うっさいわね……大丈夫よ」
目をこすりつつ瑛里華は答える。
眠気こそある程度残っているようだが、どうやら悪酔いしているわけではなさそうだ。これなら安心。
「瑛里華とは同じマンションなんで私が責任もって連れていきますよ! ご心配なく!」
瑠璃子は親指を立ててアピールする。
「ああ、頼んだ」
「別にもう大丈夫だから……そもそもなんでこいつに心配されなきゃ……」
「はいはい行きますよー。それでは八坂さん、さようなら!」
「気をつけてなー」
英人はしばらく二人の後ろ姿を見送り、こちらもぼちぼち帰るか考えていると、
「ソレジャア私たちもそろそろ帰りましょうか」
「ああ……ってまだいたのか」
「ハイ♪」
笑顔で頷くカトリーヌ。聞いてみると、どうやら最寄り駅が一緒らしい。
せっかくなので仮面ウォリアーの話でもしながら一緒に帰ることにした。
「あ、カトリーヌさんの家も同じ出口の方なんだ」
「ハイ!」
「へえカトリーヌさんもこっちの道なんだね」
「ハイ!」
「ココ、近道ですよね」
「そうそう俺も最近気づいてさ、使ってるんだよね」
「もうそろそろ俺ん家かな」
「ワタシの家も、もうすぐです」
「……」
「ココ、です」
見上げると、そこは紛うことなき自宅のマンション。
どうやら、まさかのご近所さんだったようだ。
五階建ての、決して大きいとは言えない規模のマンションで今日に至るまで互いが知らないままだったというのはある種の奇跡である。
「俺、二階なんだけどそっちは?」
「サンカイ、です」
それを聞いた英人は少しだけホッとした。
別に一緒のフロアだったら嫌というわけではないが、変に気を使ってしまうような気がする。
とにかく気を取り直し、英人は別れの挨拶を始める。
「え、えーとじゃあ、おやすみ?」
「ハ、ハイ。おやすみなさい……あと」
「ん?」
「モシ良ければ、今度私の部屋に遊びに来てください。一緒に仮面ウォリアー見ましょう」
カトリーヌはハンドバッグの持ち手を握りしめて言った。
緊張しているのか、その顔は少し赤い。
「おう、分かった」
だがその顔はすぐにパアッと明るくなる。
そのままエレベーターに乗り、笑顔の彼女と二階で別れたのだった。
次の日、午前8時過ぎ。
ピンポーン、と英人の部屋のインターホンが鳴った。
「誰だ、こんな朝っぱらから……」
途中まで進めていた身支度を急いで終わらせつつ、玄関へと向かう。
正直、身に覚えがない。
宅配を頼んだ覚えもないし、親からの仕送り(食べ物とか)もこの前来たばかり。
そもそも今鳴ったのは部屋の入り口に付いているインターホンだ。つまりは同じマンションの住民ということになる。
まさか騒音のクレーム? いや静かにしてるはずなのだが……。
英人は頭に疑問を浮かべながらドアを開けた。
すると、そこには――
「オハヨウございます八坂さん! 一緒に大学、行きましょう!」
眩い笑顔をしたカトリーヌが立っていた。
「昨日の今日で早速来るとは……」
「ハイ?」
「いやこっちの話。
すぐ準備するから、待っててくれ」
「ハイ!」
溢れんばかりの笑顔を背に、英人はいそいそとリビングへ向かう。
(……最初はどうなることかと思ったが、意外と悪くなかったかもな、合コン)
新たな出会いに、関係の変化。
俄かにこみ上げる嬉しさを感じながら、英人はシャツに腕を通したのだった。
~合同コンパ、略して合コン編・完~
次回から新章に入ります。
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