新宿異能大戦㊼『ドス黒い獣』
黒き鱗に覆われた巨体が震え、力なく崩れ落ちていく。
いつの時も決着の直後というのは静かだ。
「ガ、ア…………!」
最後の足掻きのような呻き声。
それは地響きのようにしばらく唸っていたが、やがてか細くなって消えていく。
「っ……………」
「―――――」
儚く燃える命の灯。
尽き果てる最後の瞬間まで、レックス=リガードマンはミシェルと目を合わせたままだった。
「死んだか」
「…………ええ」
ミシェルは短く答える。
すると亡骸は影法師のように真っ黒く染まり、さらさらと崩れ始めた。
「……骨すら残らない、か。
潔い、といった感じではないな……むしろ物悲しい」
「レックス=リガードマン……」
ミシェルのふとした呟きに、ギレスブイグは「ん?」と首を傾げる。
「いえ、ただ復唱しただけです。
この件が済めば、事後処理として色々と記録を残さねばなりませんからね」
ミシェルはさらりと流し、パンパンとドレスについた埃をはらった。
既に原型など留めていないが、まあ半分癖のようなものである。
「さて、兎にも角にもこれで幹部の一人は退治致しましたわ。
早速次なる作戦行動に取り掛かるべきですが……」
ミシェルは弱々しく息を吐き、近くの瓦礫に腰かけた。
「さすがに、消耗し過ぎましたわね」
「あれだけの戦闘だ、仕方あるまい……して状況は?」
「肋と左腕の骨折に顎のヒビ。
全身を覆う鉛のような疲労感はいいとして、問題は右拳の痙攣ですか。
……フフ、これだけで済んだのは奇跡ですわね。
そちらは?」
「似たようなものだ。
何、5分ほど休憩すればどうにかなる」
「つくづく化物ですわね……」
呆れたようにミシェルは呟いた。
事実、大小合わせてかなりあったはずの生傷は既に出血が止まっており、覇気も徐々に戻り始めている。地上最強の名は伊達ではないと言う事か。
とはいえそんな彼でも5分の休息を必要とする状況。自身もそれに倣って回復に専念するか、とミシェルが思った時。
「…………なんですの、あれは?」
キャンバスのように白い肌に、虚ろに開ききった瞳孔。
まるで出来の悪いマネキンのような風体をした人が数人、戦闘によって出来た瓦礫の山をじぃっと見つめていた。
「……『サン。ミラグロ』の戦闘員か? しかしそれにしては敵意がない。
あれではまるで魂の抜け殻のようではないか」
小さくギレスブイグは言った。既にその横顔は戦闘時のそれに様変わりしている。
ミシェルもいち早くそうしたい所だが、全身が笑ってどうにも力が出ない。
何とか少しでも助力になればと目を凝らすと、
「…………吸って、いるのですか?」
マネキンのような人間たちが口を大きく開いて何かを吸収している様が見て取れた。
ミシェルさらに目を凝らす。
それは正確な形状が分からぬ程小さく、しかし僅かに緑色に輝いているようにも見える。何か粒子のようなものだろうか。
「……卿は休んでいろ、我が行く」
横ではギレスブイグがそれだけ言い残し、唐突に走り始めた。
一陣の風が舞い、巨体が一直線にその一人へと突き進む。
「覚悟!」
ひとまずは取り押さえようとギレスブイグが腕を振りかぶった時。
マネキンのような人間は、影に沈むようにして消えた。
「――!」
ギレスブイグは軽やかに着地してすぐに周囲を見回すが、時すでに遅し。
他の人間もまた同様に影の中へと消えていく。
「…………まだまだ戦いはこれから、か」
「……ええ」
『最高』の二人から漏れたのは、勝利の後とは思えぬ重々しい呟きだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十二月二十五日。
午前0時00分。
クリスマスイブが終わり、クリスマスが始まった。
本来なら一年で最も幸福に包まれているであろう時間。しかし今年の新宿では違う。
『新宿異能大戦』が開始してよりおよそ90分。
現代日本における殺し合いは、序盤の混乱期を超えていよいよ最高潮を迎えようとしていた。
「はっはぁっ!
すげぇぜこの力、もっともっと強くなってやる!」
血の篩を潜り抜け、街中を自身の力に酔った『異能者』達が闊歩する。
殺人に対する躊躇いなど、もうない。
彼等の興味はたった二つ――それは『異能』の強化とゲームの勝利、ただそれだけだった。
「ぐ、あ……ッ!」
「はは、これでレベル6……!
まーた強くなっちまったぜ…………!」
もはや残った『異能者』たちに、血を見なかった者はいない。
「――へぇ、つまり6ポイントか。
旨いなアンタ……殺す!」
誰もが誰かを狙い、誰もが誰かから狙われる。
「はっ、お互い様……!」
『異能者』同士が向かい合った時、それは即ち殺し合いの始まりだった――
――――ッ、ザシャアアアアアアアアアアッッ!!!!
「!!?」
「なっ、なんだぁ!?」
彼等が互いの『異能』を解放しようとした瞬間、傍にあった雑居ビルが音を立てて崩れ始めた。
直近で自身や爆発が起こった様子はない。
ただ一気に寿命を迎えたかのように、独りでに崩れたのだ。
明らかに『異能』よる仕業――二人がそう思う間もなく、
「――――ッ!」
二メートル近い長身の、外国人らしき風貌の男が二人の間に割って入る様に吹き飛ばされてきた。
さらにその直後、
「ガアアアアアアアアアアッ!!!」
黒い獣だった。
腕のように長い翼に、全身を覆う深く重い黒。きっと、真っ黒というよりドス黒いと表現する方がよっぽど正しい。
見る者に直感的な嫌悪感を催す色と佇まい。ビルはこいつによって崩された――二人の『異能者』が瞬時にそう悟ったのも至極当然であった。
「どけや」
だが悟ったところで対処できなければ意味はない。
すれ違いざまに獣が触れた直後、二人の体はまるで風船のように爆ぜ、肉と血を周囲にまき散らした。
「……ケッケ、」
血の雨を浴び、獣はぐにゃりと口角を上げる。
先程から笑みがこぼれてこぼれて仕方ない。
「ギャハハアハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
何故なら破壊と殺人に特化した『異能』に人を遥かに超えた身体能力。
即ちそれは自身の悪性を存分に発揮できる力を手に入れたということ。これでアガらぬと言うなら一体いつアガるというのか。
『サン・ミラグロ』使徒第六位、アンドレイ=シャフライ――彼は今、人生で最も自由な時間を謳歌していた。
「サイコー、最高過ぎる……!
地位と名誉がある奴を一方的に嬲るこの瞬間が、本当に堪んねェ……ッ!
おい紳士ィッ! もっとだ、もっと粘れよ!!! この俺の為に!」
両手を大袈裟に上げながら、アンドレイは吹き飛ばした瓦礫の山を見下ろす。
「…………ッ」
その先にいるのはトレンチコートに身を包んだ長身の紳士。
連合王国『国家最高戦力』、ケネス=シャーウッド。
「……クフッ」
彼は口内に溜まった血を吐き出し、よろよろと立ち上がる。
『憑魔来臨』によって変化を遂げたアンドレイとの戦闘が始まってからおよそ50分。かくも一方的な展開が続いていた。
触れた物を破壊するアンドレイの『異能』を前にしてこれまで生き永らえているのは、偏に彼の嗜虐趣味の賜物だろう。
おそらく眼前の獣が本気を出せば、ケネスとて五分は持つまい。
「そうそう、立ってくれなきゃイジメ甲斐がねーもんなァ!?」
「…………」
そう、ケネス=シャーウッドの命は今、アンドレイ=シャフライの持つ下卑た虚栄心の上で転がっている。
それは酷く不安定で、いつ飽きて殺されてもおかしくない。無論下手に善戦して怒らせてもアウト。
でも、だからこそここまで時間を稼いでこれた。
数少ない勝機を手繰れるだけの時間を。
――――勝負。
「…………行くぞ」
決して折れぬ鉄の男は、力強く構えた。




