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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第七部:元『英雄』と、変わる世界
259/314

新宿異能大戦㉗『悪は悪を喰らう』

 午後10時51分、新宿歌舞伎町。


「や、やめ……殺さないで……!」

「うるせぇ死ねや!」

「きゃああああああっ!」


 眠らない街に、恐怖と絶望と悲鳴が木霊する。

 元より欲望と暴力が渦巻くちまたは、既に血の応酬が始まっていた。


 ヤクザも、ホストも、キャバ嬢も、客引きも、皆が等しく互いの命を狙い、殺し合う。しかし、その理由は必ずしも報酬目当てではない。

 殺されるから、殺す。死にたくないから、殺す。

 闘争状態になって僅かに二十分。彼らは最早ルールとは関係ないところで命を削り合っていた。


「おおおおおおおおっ!」


 一人の男が、鉄パイプを思い切り振り抜く。

 前ではどろりと濁った血を垂らし、女がこと切れた。


「はーっ、はあああああっ!」


 すでにこれで三回目。

 頭蓋と脳髄が潰れる感触にもようやく慣れた。男は周囲を警戒しながら一刻も早く安全地帯に逃れようと足早に動き始める。

 だがその瞬間、銃声と共に何かが男の胸を背中から貫いた。


「え、え……?」


 じんわりと広がる赤い染みに、男は何が起こったのかも分からず後ろを振り向く。

 するとその先には、まるで凶器のように刺々しい笑みを浮かべる白人らしき男が立っていた。拳銃片手に持ちながら。


「う、あ……」


 死にたくない。

 ただそれだけの理由で殺してきた男は、命乞いの手を必死に伸ばす。

 しかし目の間のそれに、慈悲などなかった。


「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 ――ドンドンドンドンドンドン!


 一方的な殺戮だった。

 相手が絶命してもただひたすら撃ちまくる。確たる理由はない。ただ人の形をしたものを嬲るのが好きだった。

 白人男の遊びが終わるのは、それが人よりも肉塊と形容すべきものへと崩れた時。

 目の前の存在がそうなったことを確認すると白人男は一つ息を吐き、路地の奥へと消えていった。




 ―――――



「――ははっ、盛り上がりになれば良いかなって各国の凶悪犯罪者集めて突っ込んでみたけど、中々いいね。

 ヤクザの事務所から銃調達するとか中々やるじゃん。

 やっぱり闘争ってのはこうでなくちゃね」




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 午後11時00分、新宿御苑。

 中心部から比較的離れたエリアだが、そこでも狂気と暴力の波は伝播しつつあった。


「う、うああああああっ!」


「止めろ!」


 英人は石を投げようとする参加者の男の肩を掴み、芝生に押し倒した。


「は、離せえええぇ!

 俺は、俺は死にたくないっ! 死にたくないんだ!

 なら殺すしか……っ!」


「ああ分かってる!

 だから殺すな! 余計死ぬぞ!」


「あああああああっ! 嫌だ、嫌だああああああっ!」  


 男は押さえつけられながらもジタバタと手足を動かして抵抗を続ける。

 肌を通じて直接伝わる、みしみしという骨と腱の悲鳴。普通であれば痛みで止まるはずだが、魂の絶叫にも似た生存本能が彼を暴走へと掻き立てているのだろう。

 静かに頚椎を締め、数秒。気絶させることでようやく大人しくなった。


 だが、この先もいちいちこうしいては埒が明かない。

 英人は静かに立ち上がり、


「ミズハ!」


「あいあい」


 軽い返事と共に英人の傍らに水柱が噴き出し、人の姿へと変貌していく。

 現れたのは水色のドレスに身を包んだ美女、『水神ノ絶剣(リヴァイアサン)』に宿る精霊ミヅハだった。


「今からここに安全地帯を作る。

 エリア内の部分だけでいい、この新宿御苑全体を水壁で囲めるか?」


「それはいいけど……魔力結構食うよ、だいじょぶ?」


「承知の上だ、手早く頼むぞ!」


「はいよ!」


 ミズハ再び水に姿を変え、地面に沈む。

 その数秒後、


――ドッ、ボオオオオオオオッ!!


 新宿御苑の外郭から大量の水が噴き出し、巨大な壁を形成した。


『出来たぞ契約者!』


『そのまま壁内の人間の保護を頼む!

 俺は今から外に出て、戦闘意志のない人たちをここまで誘導する! 


『ヤベー奴とはどう区別つけんの!?』


『俺の視覚情報をそのまま送るから、それでやれ!』


『あいよ!』


「エンチャント・ライトニング!」


 英人は自身の得意魔法で電撃を身に纏い、夜の新宿へと飛び立つ。


(まずは一帯をぐるっと回ってこの暴動ムードを沈静化させる。

 美智子の救出と代表との接触はそれと並行しながらになるか……!)


 その頬には、焦燥の汗が早くも流れていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 英人が新宿御苑から出発したのとほぼ同刻。


【北新宿 大久保通り付近】


「はぁっ、はああぁっ!

 こ、ここまで逃げれば……っ!」


 中心部での殺戮から逃れるため、外部との境界に近いこのエリアには徐々に人が流れつつあった。

 必死に路地を駆けている男もその一人であり、ひとまずの休息を取るために雑居ビルへと転がり込む。

 しかし、


「……え?」


 何者かに後ろから肩を触られた。そして次の瞬間、身体がボロボロとひび割れ始めた。


「う、あ……!?」


 まるで古くなったアスファルトのように崩れゆく身体と、吹き出す血。

 あまりに不可思議すぎる状況に、男は声にもならない悲鳴を上げる。

 やっとの思いで振り向くと、そこには赤髪が特徴的な、おそらくは四十代あたりのスラブ系の男がいた。


「やっぱここに張ってて正解だったなぁ、お陰で入れ食い状態だ」


「あ、あ……が……!」


「……チッ。

 これから死ぬって人間がうっせーんだよ、黙れ」


 男の身体は勢いよく叩きつけられ、肉片となって四散した。

 無論その返り血はスラブ系の男に降り注ぎ、全身を赤く染めていく。


「――ふっ、」


 スラブ系の男は自身の掌をじっと見つめ、肩を震わせる。


「ザっケンなテメェェェェェッ!!

 おい汚れたぞ、汚れちまったじゃねぇか! どう責任とんだよオイ!」


 しかしぐわりと目を見開いたかと思うと、勢いよく肉片を踏みつけ始めた。


「死ね! 死ね! 今から生き返ってもう一度死ね!

 そして俺に謝れよ俺に! 舐めてんのかコラアアアアアアアアアッ!」


 その肉体が人としての原型を留めなくなろうが、関係ない。

 ほんの僅かでも自らの機嫌を損ねたから、嬲る。それだけが男の行動原理で、それだけが理由で男は人を殺してきた。


「畜生、謝罪ひとつナシかよ!

 本当にどいつもこいつも……世の中クソばっかりだな!」


 使徒第六位『利己』――その名はアンドレイ=シャフライ。



【新宿大ガード下】



「……おい」


 2メートルを遥かに超える大男が、殺し合いに勤しむ参加者の肩を叩いた。


「あ?」


「お前は髪を染めているな……殺す」


「は――」


 呆けた金髪頭の顔は、次の瞬間消し飛んだ。


「次、眼鏡を掛けている……殺す」


 そして近くにいたサラリーマンの頭も握りつぶされる。

 明らかに異次元の強さを持った化物の出現に周囲は騒然とするが、大男が慌てることはない。


「歯が出ている」


 ただ淡々と殺し


「化粧が厚い」


 殺し


「ん…………ああそうだ、ちょうど目の前にいるな。殺す」


 殺し続ける。


「次の理由、どうするか……ああそうだ、」


 いつしか言葉が浮かばなくなり、大男は立ち止まる。

 それは人間を殺すことが本能だった。理由はいつだって後付けだった。


「人間だから、ここにいる全員死ね」


 使徒第三位『暴虐』――その名はレックス=リガードマン。



【新宿駅南口、バスタ新宿付近】



「――さぁ皆さん、収穫の時です。

 神は我らに恵みを用意して下さった」


「「「「「「「「感謝を! 感謝を! 感謝を!」」」」」」」」


 ひと時の混乱を経て、そこでは一方的な殺戮が引き起こされようとしていた。

 だがそれは参加者同士による争いではなく、神の名をいただく集団によって。


「た、助け――」


「死ね人殺し!」


 逃げまどう参加者の頭を、小銃から放たれた弾丸が正確に打ち抜く。


「は、話がちが」


「犯罪者に旨い話があるわけないだろ! 自惚れるな!」


「お、俺はまだ誰も殺してない!

 だから助けてくれ!」


「能力欲しさにここまで来ておいて何を言っている!

 言い訳になるか!」


 その対象は、有馬が呼んだ犯罪者であっても、未だ誰ひとり殺めていない人間であっても例外ではない。

 この新宿に集った者は、すなわち悪――その信条の元に信徒たちは目の前の参加者たちを殺戮していく。


「そうです、それでいい。彼等も所詮欲に目がくらんだ悪人ども。

 生きているだけでこの世の平穏を乱し、それでいてその自覚がない。そして反省も出来ない。

 ならば殺して救うしかない!」


 その後方では、喝采の拍手を送る褐色の男が一人。

 彼はこの日が来ることを誰よりも待ち望んでいた。


「止めろ!

 今すぐ戦闘行為を中止しなさい!」


 前方では、騒ぎに気付いた機動隊の一隊が戦線に割り込もうとする。


「――警察官の諸君」


 男はそれを見て小さく笑い、口を開いた。

 静かながらも良く響く、不思議な声だった。


「我々は諸兄らと争う気はありません

 何故なら我々は諸君らと同じく、悪を断罪する者だからだ。つまりは同じ志を持っている筈。 

 本音で言えば悪人を守るなんて仕事、君たちもしたくないだろう!」


 男は演説しながら、ゆっくりと信徒の集団の中から姿を現わす。

 その大胆不敵さもそうだが、まるで己を疑っていないような笑みに、機動隊も参加者たちも思わず立ちすくんだ。

 男は信者からボロ雑巾のように私刑された参加者の首根っこを掴んで持ち上げた。


「ほら、彼を見て下さい。

 今は少々血に濡れてしまっているが、この欲深い瞳と顔。とてもではないが善良な市民とは言えないでしょう。

 事実、彼には強姦殺人の前科があり、またここでも人を殺めた。

 つまりは彼は、何処に出しても恥ずかしい人間なのです。

 それなのに諸君らはわざわざ命を投げ打って助けようと言う……素晴らしい心がけですが、私は心苦しい。

 同じ使命と正義を持つ同志だというのに、あまりに無体、あまりに不憫。それは責務と命の浪費に他ならない。

 むろん、一方的な暴力は好ましいことではない……ですが、」


「う、う……ひ、ヒ……!」


 傍らでは血と涙を滲ませながら、罪人が作り笑顔を浮かべた。


「ほら見てください、彼は心から喜んでいる。

 これは素晴らしい、たいへん素晴らしい事です。

 善良な我々、彼らのような悪人。どちらもこの世に不可欠であることが証明された。つまり悪人とは我々に一方的になぶられることこそが唯一絶対の存在意義であり、また至上の喜びなのです」


 男は左手を上げる。

 すると再び信徒は前進を始め、参加者たちを圧迫し始める。


「と、止めろ! 止めるんだ!」


 機動隊の隊長と思しき人間が慌てて指示を飛ばすが、動く隊員はいなかった。


 『異能』という超常現象の出現。

 連日の暴徒との対峙による精神と体力の摩耗。

 さらには『新宿異能大戦』開始による『異能』の取得。


 目まぐるしく変化を遂げる常識の中、彼等の中にはひとつの考えが形成されつつあった。

 自身の属する機動隊の組織力と装備は、このゲームにおいて凄まじいアドバンテージになるのではないかと。

 そんなあらゆる利害と欲求が各隊員の脳裏を駆け巡った時、褐色の男はふとその一人の前に立ち止まり、


「さぁ、共に行こう。

 正義とは本来堅苦しいものではなく、もっと開放的なものなのです」


 優しく手を握った。

 そしてそれが、最後の一押しだった。


「お、おおおおおおっ!」


 隊員は雄叫びを上げ、逃げまどう参加者を追いかけ、警棒で殴る。

 最初の一人が出たら後はもう終わり。隊はまるで一つの鈍器のようになって参加者たちを一方的に踏みつぶし始めた。

 市民を守るはずの機動隊がその市民を襲う――地獄と呼ぶに相応しい惨状を目にし、褐色の男は小さく嗤う。


「――正義とは、くあるべし」


 使徒第二位『狂義』――その名はフランシスコ=ヴェガ。



【西新宿、東京茅ヶ崎ビル】


「……ん、んん……」


 最上階にある大会議室の控室で、一人の少女が目を覚ました。

 170を超える長身に、青みがかったショートルーズウェーブの髪。

 トップモデルがそのまま制服を着たようなその少女は、都築つづき美智子みちこであった。


「ここ……」


 美智子は本革製のソファからむくりと起き上がり、そろそろと狭い歩幅で歩き始める。

 前後の記憶は定かではないが、自身が誘拐されたことは確かである。下手に物音は立てられない。

 最大限の警戒と一縷の望みを懸けてドアに手を掛けると、


――ガチャ


「え……」


「――起きたか」


 あまりにも容易く部屋を出た先には、白髪をオールバックに纏めた還暦くらいの男性がいた。


「あ、え……」


「ちなみに今日は十二月二十四日、時刻は午後の11時を回った所だ」


 会議室の一番奥の椅子に座る男は、美智子を一瞥もせずに淡々と言った。

 対する美智子は何をどうすればいいかも分からず目を泳がせながら立ち尽くす。


「まずは座ったらどうだね?」


 逃げるべきなのか、この男の指示に従うべきなのか。

 美智子の中で、様々な選択肢が逡巡する。


「…………ひとつ、聞いてもいいですか?」


 けれどまずはとにもかくにも情報収集だと判断し、美智子は艶のある唇を開いた。


「答えられる範囲でなら、答えよう」


「私を誘拐したのは、人質にするためですか?」


「流石に敏いな、息子とは大違いだ。

 まぁ、この状況で考えられる選択肢はそう多い訳ではないが」


「……これから私は、どうなるんですか?」


 美智子が尋ねると、白髪の男は腕を組んだ。


「それは、今のところ何とも言えんな。

 確かに外形的に見れば、今の君は一般的な定義でいう人質であることには違いはないが……私としては、そもそも君を使って何かを要求するつもりはないのだよ。

 彼がここに向かう為の理由――ただそれだけに役立ってくれればいい。

 裏を返せば、そこまでは君の無事は保証されているということだ」


「それって、せ………八坂やさか英人ひでとが私を助けに来るってことですか」


「その辺りについては、私よりも君の方がよほど信頼しているのではないかな?」


 言いながら、白髪の男はコーヒーをすすった。

 さっきからずっと、同じばかりを方向を見ている。不審に思って美智子も首を左に向けた。


「これ……」


「今の新宿だ」


 するとその先には大きなスクリーンがあり、映像が無音のまま流れていた。

 そしてそこには血と暴力の惨禍の中で飛び回る、一人の男の姿。


「……迷っているな、元『英雄』」


 使徒第一位、茅ヶ崎(ちがさき)十然じゅうぜんはただただ興味深そうにその地獄と男の焦燥を見つめていた。

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