新宿異能大戦⑳『産地直送』
十二月二十三日、午前2時01分。
東京都港区。
「……くそっ」
東京タワーの鉄筋に立ちながら、英人は小さく舌打ちした。
美智子の父都築敏郎から耳を疑うような知らせがもたらされてより、はや八時間超。
英人は『千里の魔眼』を併用しながら必死に捜索を続けてきたが、未だその影すら掴めていない。
ちなみに美鈴とカトリーヌの二人も協力してくれたが、日付が変わる前に帰した。
協力してくれるのは心強いが、二人まで誘拐されては本末転倒だ。
一つ息を吐きながら、英人はポケットからひとつのキーホルダーを取り出す。それはいつかの捜索で使用した、美智子が学生カバンにつけていたものだった。
(『千里の魔眼』でも追えない……なんらかの障壁でシャットダウンしてやがるな)
対象の思い入れのある物品に触れることで居場所を特定する能力が『千里の魔眼』にはある。
しかし現状使ってみても、視界が彼女を追うことはない。
つまり、切られているのだ。
(『吸血鬼』に転生させられた新藤幹也の時は、黒い靄がかかったような感じだった。
しかし今回はそもそも視界が変動すらしない……まるで、最初から都築美智子という人間など存在しないとでもいうように)
魔法――英人はすぐに、その結論に至った。
実際『異世界』でも『千里の魔眼』対策の魔法障壁は少ないながらも存在する。
有馬ユウ『異世界』から来た『悪魔』だと言うのなら、それが出来たとしても不思議ではないだろう。
しかし、そのことがすなわち捜索を打ち切る理由にはなりえない。
「……この先何があろうと必ず守る、か。
我ながら思い上がったモンだな、ええ?」
英人はキーホルダーを持っていない方の手を、強く握りしめた。
手がかりどころか『千里の魔眼』すら機能しない以上、こんなことをするのは時間と体力の浪費でしかない。
今英人を駆り立てているのは、罪悪感からくる意地と、溢れんばかりの無力感だった。
茅ヶ崎十然からの不自然な指名――今思えば、これ以上ないヒントがあったのだ。
だというのに自分は昨日の薫の件に動揺し、警戒を疎かにしてしまった。おそらくは敵の狙いでもあったと思うが、それを差し引いたって情けなさすぎる。
――ピリリリリリリッ
そこまで思った時、不意に携帯が鳴った。
番号は非通知だったが、相手の予想はついた。
『……連絡が遅くなってすまないな』
電話口からは貫禄がありつつもそれでいて空虚な声が響いてきた。
茅ヶ崎十然だ。
「有象無象の命を的にするような仕掛けはしない、だったか?
確かに嘘ではなかったな」
『悪として善に挑むとはどういうことか、私なりに導き出した結論だ。
古今東西、悪は姫を攫い、善はそれを救うために全力を出すものだろう?』
「じゃあ俺が全力で戦うことを誓えば彼女を解放してくれるのか?」
英人が尋ねると、電話口からは小さな笑いが漏れた。
『分かり切ったことを聞くな。
私の求める全力は、自らの意志で出せる程度のものではない。
心から、そして魂から私を倒そうと立ち向かってくる――その極致の果てに発揮されるものだ』
「つまり俺が戦うまでは彼女は無事、ってことでいいんだな?」
『保障しよう。
ちなみに今はとある場所でぐっすり眠っている……まぁ、クリスマスまでの話だが』
その声色は、攫った小娘に対して明らかに興味を持っているものではなかった。
息子の仇を殺す――茅ヶ崎十然の意識は、ただその一点にのみ向けられている。
『……ああこれが慰めになるかは分からないが、もともと彼女のことは誘拐する腹積もりだった。
決して君の接触の意趣返しという訳ではない。そこは信じてくれ給え』
「そうかよ」
吐き捨てるように英人は答えた。
正直な話、十然自身に対してそれほどの嫌悪感や憎悪を抱いてはいなかった。むろん敵である以上、どんな状況であれ全力を出すつもりではあったが。
しかし、今はどうだ。
美智子を人質に取られたことでいとも簡単に心を揺さぶられ、強い憎悪と怒りを抱いてしまっている自分がいる。おそらく当日は彼の言うように自分はいつも以上の力を出すだろう、間違いなく。
この男は、こちらの心情や性質と言うものを悪魔的なまでに見透かしている。
英人の背筋に、言い様のない不快感が染みるように広がった。
(……おそらく、この男はひたすらに純粋であり虚無なんだ。
だからこそここまで見えて、ここまで出来る)
『我らが総裁も言っていたように、24日だ。
……楽しみに、待っている』
最後にそれだけ残し、電話は切れる。
英人はスマホを持つ手を、力なくダラりと垂らした。
義堂誠一に、泉薫に、都築美智子。
己の無力故に一人、また一人と欠けていってしまう大切な人たち。そして彼等が欠けて初めて、力を出す己自身。
「………………くそ……」
まるで免罪符にでもするように、英人は延々と東京の夜景を見続けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十二月二十三日未明、北京人民大会堂。
「……やってくれたな」
共産党書記長――人民共和国における最高指導者の地位にある男が、机の上で拳を握った。
昨日起こった『サン・ミラグロ』総裁有馬ユウによる外相会談襲撃事件――それはどの国にとっても、晴天の霹靂だった。
会談に突如現れてより、およそ十分。たったそれだけのの僅かの間に彼はただ一人を除く全ての人間を殺戮し尽くし、悠々といずこかへ消え去ってしまった。
「それで、ユリウス猊下は今どうされている?」
「来賓室にて休んで頂いております。
手配した医者が言うには、ショックのあまり心神喪失に近い状態であると」
「……そうか」
報告を受けると、書記長は大きく息を吐いた。
彼自身も会場に顔を出す予定であったが、会談終了後の予定であったため時間差で命を拾った形である。
最悪の事態こそ免れたわけだが、それでも人民共和国自体が大きな被害を被ったことに変わりはなかった。
「あれだけ安全を喧伝しておきながら、外相全員をまんまと死なせてしまうとは……まさに悪夢と言う外ないな。
これで我が国の威信は地に落ちた」
今回の会談は、まさに国家の威信をかけた一大事業であった。成功すればアフター早応の情勢において合衆国を凌ぐほどの覇権を手に出来たことだったろう。
しかし、蓋を開けてみればこの有様である。
幹部たちは暗い面持ちで目を伏せた。
「申し訳ございません!
今回の失態、全ては小官の責任です……!」
沈む空気の中、陸軍上将が深く頭を下げた。
「彼等を見出し、推薦したのは小官の一存です!
国の威信の為にも、どうか迅速なご処断を……!」
むろん、その行為に全くの保身欲がないわけではない。
しかし引き起こしてしまった事態のあまりの大きさが、彼をして強固な罪悪感と後悔を同時に芽生えさせてもいた。
「言われずとも責任は取ってもらうつもりだ……まぁ、とうてい君一人の首で済むはずもないだろうが。
それより今議論すべきなのは、今後我が人民共和国はどう対処していくかだ。
ただでさえ国の威信を地に落としてしまったこの状況、次の一手次第では今後三十年の命運が決まると言っていい。
案はあるか?」
低い声で、書記長は幹部たちに問いかける。
しかし彼等は目線で周囲を伺うばかりで、声を上げようとはしない。今後三十年を左右するとまで言われたのだから、当然と言えば当然だろう。
書記長は小さく息を吐き、口を開いた。
「ない、か。
ならば仕方ない――奴を使うぞ」
その言葉に、会場全体の空気が震えた。
「や、奴をですか!?
ですがあの者は……!」
「そうだ。
あ奴を再び『国家最高戦力』の地位に据え、『サン・ミラグロ』に対する唯一の矛とする……今の我が国に打てる手は、それしかあるまい」
「危険です!」
語気を荒げたのは、先程まで目を伏せていた上将だった。
「なぜ我々陸軍が『異能者』部隊を作ったかを忘れましたか!?
それはかの者の制御があまりにも難しかったからです! 再び自由にさせたら今後どのような不利益を国家にもたらすか……!」
「では逆に聞くが上将、奴以上の人間がこの人民共和国にいるのかね?」
「ぐ……」
上将は言葉を詰まらせた。
「かの呂秦明ですら、奴の足元にも及ばなかったではないか。
君もそれが分かっていたからこそ彼を紹介する時、あえて陸軍の『国家最高戦力』と表現したのだろう、違うか?」
「そ、それは……!」
「もう議論の余地はないのだよ、上将。
君も、私も、そしてここにいる全員が確信させられているのだ、十三億人の頂点は奴以外ではあり得ないと。
ならば私は人民共和国の主席として、やるべきことはひとつ。
不退転の覚悟を以て奴を日本へと送り込む……それで宜しいかね、諸君?」
低く響き渡るその言葉に異を唱える幹部は、現れなかった。
書記長は心拍を整えるように息を吐き、秘書を呼ぼうと合図する。
「あの、書記長……!」
「何だ」
血相を変えてやって来る姿を不審に思いながら、書記長は耳を寄せる。
「――何、数日前から奴の行方が掴めないだと……?」
知らせを受け取った瞬間、その眼は大きく見開かれた。
――――――
――――
――
十二月二十三日、午前9時03分。
「…………」
ややふらついた足取りで歩きながら、英人は無言で自宅の玄関の前に立ち止まった。
結局はあの後も美智子を見つけ出すことは出来なかった。
敏郎からも連絡はあったが、警察の方でも手がかりは見つけられていないらしい。
「……カトリーヌからか」
ふと下に目をやると、ドアノブにはビニール袋が下げられていた。
中には「どうかこれを食べて頑張ってください!」というカトリーヌからのメモと、手作りのおにぎりが入っていた。
おそらく、英人の帰宅を見越して夜中にわざわざ作ってくれたのだろう。
「……ヒーローだよ、俺なんかよりずっと」
英人は自嘲するように呟きながら、鍵を開けて中に入る。
すると当然だが、部屋の状況は昨日と同じままだった。
「…………こっちでも俺は何も守れないまま、か……」
シャワー浴びたら少し掃除しとくか、と思った時。
「ん、配達?」
来訪を知らせるインターホンが鳴った。
英人はすぐに画面で表示して受け答えした後、配達員を玄関まで招き入れる。
「気を付けて下さい、こちら結構重いです、よ……!」
「お、おお……!?」
捺印して荷物を受け取ると、配達員の言う通りそれはかなりの重量だった。
おそらく70キロ前後はあるだろう、かなり鍛えていそうな配達員がわざわざ台車で運んでいたのも頷ける。
「くそ、なんだこれ……何かの家電か……!?
でもそんなもん頼んだ覚えねぇぞ……?」
呟きながら、英人は伝票に書かれてある配達元を見る。
すると、
「じ、人民共和国だあ……?」
そこには人民共和国の住所が記されてあった。
何かの間違いか、とも思ったが配達先の欄に書いてあるのは間違いなく自分の住所と名前である。
(いや輸入品を頼んだ覚えも、そもそも人民共和国から直接品物を送ってくるような知り合いも持った覚えもねぇぞ?)
あまりにも怪しすぎる荷物に英人が首を傾げた時。
――バリィッ!
「うおおおっ!?」
突然人の人間の左脚らしきものが段ボールの中から飛び出してきた。
やけに長い脚だな、と思っているとさらに、
――バリッ!
右脚。
――バリバリッ!
次に右腕、左腕がさらに飛び出す。
そのまま手足の生えた段ボールは英人の腕から軽やかに跳ねあがり、
「把ッ!」
着地と同時にその全てを破り捨てた。
「な……!」
あまりに突拍子の無い光景に、英人は思わず目と口を見開く。
「――初めまして、八坂英人殿」
現れたの、腰ほどまである長い藍色の髪が特徴的な女だった。
すらりと伸びる長い手足に、英人以上の長身。全身もまるで彫像のように美しく引き締まっている。
また顔は大陸系の美女らしく目鼻立ちがくっきりとしており、誰が見ても美女と判断するに疑いないレベルで整っていた。
と、ここまではいい。
というのも、その女には大きな問題がひとつ。
それは――
「私の名は黄赤天。
肩書は……ああそうそう、元『国家最高戦力』と言えば通じる?」
「……」
「ん?」
「……いや、その前に服着ろよ」
何故か一糸纏わぬ姿であるいうことだった。




