新宿異能大戦⑯『告白 中編』
「悪いな、いきなり来て」
午後2時。
住宅街の片隅にある小さな公園のベンチで、英人は口を開いた。
「……いえ」
隣では少女が伏し目がちに首を振る。
矢向来夢。
アイドルグループ『Queen's Complex』の元リーダーであり、先のミス早応におけるファイナリスト。そして、先の田町際の事件における首謀者の一人。
穿った見方をすれば、あの大暴動は彼女のコンプレックスから始まった。
「色々終わってつい一昨日くらいに実家に戻ったって聞いたよ。
執行猶予になったんだっけ?」
「はい。
まだ色々と手続きとか取り調べとかは残ってますけど、この情勢なので延期になってます」
「……そうか」
英人は短く答えた。
純子から聞いた話によれば、非公式の処分ではあるが彼女は実刑を免れたという。
理由としては事件に関わった経緯に情状酌量の余地があったということと、来夢自身が反省し、また捜査に協力的であったことが斟酌されたらしい。
とはいえさすがに『Queen's Complex』は事実上お役御免となり、また早応大学についても退学になってしまった。でもこうして無事でいる以上、後は彼女次第だろう。
「その節はすみませんでした」
「あれに関しちゃ、君も被害者みたいなもんだ。
確かに起こしたことの責任はとっていくべきだけど、だからと言って卑屈になる必要はない、違うか?」
「そうそう、だからこその執行猶予さ」
聞こえてきた言葉に英人が顔を上げると、薫がスチール缶を三つ持ってやって来るのが見えた。
「ふふ、やはり私の見立て通りこういう住宅街にはニッチな自販機はつきものだったね。
プリンシェイクにお汁粉にミックスジュース……さぁどれがいい?」
「見事に色物ばっかっすね」
「たまにはいいだろう……ほら、矢向君」
「は、はい……」
来夢はしばし迷った後、遠慮がちにプリンシェイクを手に取った。
「じゃあ私はお汁粉で、八坂君はミックスジュースか」
「しれっと俺に選択権がない」
とにかく三人はプルタブの蓋を開け、一服した。
「……こうして公園でジュースを飲んでいると、まるで小学生に戻ったみたいだ」
「まぁ公園に行く機会もないですし、そもそも缶で飲まないですからね。あるとすれば缶コーヒーか缶ビールくらいか。
ちなみにこの公園には、よく来てたの?」
英人は来夢に尋ねた。
「はい、子どもの時はよくここで遊んでました」
飲み口から唇を離し、来夢はしみじみと言った。
「ご家族とは、大丈夫そうか?」
「……大丈夫です。
パパもママも、とっても優しい人だから」
「……そうか」
「でも私のこと可愛いって言い続けてたのは、今も引きずっちゃってますけどね」
来夢は長い脚を少し揺らし、悪戯っぽく笑う。
彼女の言う通り家族とはいえ、すぐさま元通りというわけにはいかないだろう。それだけのことを彼女はやってしまった。
「ふっ、まぁそりゃそうだ。
あんだけの大事件を引き起こした原因だもの、すぐにという訳にもいかん。
そのあたりは急がずゆっくり、解消していけばいいさ」
「……はい」
それでも、来夢は力強く頷く。
横顔は、儚いながらも確かに輝いていた。
――――――
「ああそうそう、本題に入らないと」
ミックスジュースを飲み終えると、英人は思い出したように来夢へと顔を向けた。
「? なんでしょうか」
「『覚者』という言葉に聞き覚えはないか?」
「『覚者』、ですか……?」
「どうやら『サン・ミラグロ』に関連するモンらしくてな。
事件を掘り返す感じになって悪いが、有馬や鵠沼に会った時とかに何か聞いたりしてないか?」
その言葉に来夢は考え込むが、すぐにハッと顔を上げた。
「確か一度だけ、鵠沼悟がそんなことを言っていた気がします。
といっても彼が電話で話していたのを聞いただけで、詳細はよく分かりませんでしたが」
「――っ、誰と電話してたか分かるか!?」
突如飛び出した有力な証言に、英人は思わず身を乗り出した。
「おいおい八坂君、落ち着き給え。
それで、誰だったんだい矢向君?」
薫は英人を制するようにその肩に手を置き、聞く。
「口ぶりからして、話し相手は多分有馬ユウだったと思います。おそらくたまたま話題がその『覚者』になっていたんだと」
「それで、他に何か話してたか? 些細なことでもいい」
「は、はい。
正直、会話の内容とかは殆ど聞き流しちゃってたんでアレなんですけど……確か『偏愛』がどうのとか言っていたのを覚えてます」
「『偏愛』……」
そのワードに、英人は顎を撫でた。
「何かのコードネームかな?」
「事件のとき、鵠沼悟は『愉悦』の徒と名乗ってました。それに京都で戦った永木陽明は『逆恨』の徒とも。
それから察するに、多分その『偏愛』とやらも幹部の誰かでしょうね」
「となると問題は第何位か、か……」
薫が呟く横で、英人は小さく溜息をついた。
「ど、どうでしたか?
お役に立てましたか?」
その様子を交互に見ながら、来夢は神妙な面持ちを浮かべる。
「ああ、滅茶苦茶助かった。
追ってる奴が敵の幹部だって知れたのはかなり大きい」
「そうなんですか?」
「相手の格が分かれば、自ずとこちらの警戒レベルも定まるからな。
無駄な注意を払わなくてよくなるってのは、追う側からすれば楽だ」
「そうですか……」
来夢はほっとしたように息を吐いた。
「ん、どうした矢向さん?」
「いえ……ただこうして八坂さんのお役に立てて良かったなって。
私、本当に計り知れないくらいのご迷惑をかけてしまいましたから。
それに私自身の『異能』も、戦いとかにはあまり向かない能力ですし……」
自信なさげに俯いて、来夢は腿の上で手をきゅっと握った。
だが英人は柔らかく微笑んで、
「おいおいさっきも言っただろ? 卑屈になる必要なんかないって。
それに現に今の情報のお陰で俺たちは助かったんだぞ? そこに『異能』がどうとかは関係ない。
だから君はもっと胸を張っていいんだ」
「そうそう、ようやくまともに出てきた手がかりだからね。
矢向君のひと言がもしかしたら国際テロ組織の壊滅にもつながるかもしれない、そしたら勲章ものだな!」
薫は腰に手を置き、胸を張って笑う。
「いや代表が胸張ってどうすんですか……」
「ぷふっ……あはははっ」
「ん?」
英人が振り向くと、来夢は口に手を当てて笑っていた。
「いえ、ただお二人って仲いいんだなって」
「まぁ、八坂君は我がファン研のエースだからな。
私も可愛がりたくなるというもの」
「可愛がるって……ただのアルハラでしょうが」
「なにぃ~?」
眉を吊り上げ、薫は英人に掴みかかる。
「あはははっ。
でもほどほどにしてくださいね? 白河先輩のこともあるんですから」
「へ?」
薫を引き離しながら英人が言うと、来夢が首を左右に振り、
「いえ、ただの独り言です。
それよりまた何か聞きたいことがあったらいつでも来てください。私、まだまだお役に立ちたいですから!」
笑顔でそう答えたのだった。
――――――
――――
――
「――とにかく、収穫があって良かったな八坂君」
「ええ。
彼女が大丈夫そうなのも確認できたし、本当に行って良かったです……で、」
歩きながら、英人はふとスマホの画面を確認した。
現在時刻、午後3時15分。
冬至目前ということもあって、枯れ桜の枝から覗く空は既に朱が強くなり始めている。
「港北キャンパスに戻ってきたわけですけど、次は誰に会います?」
大学名物の桜並木の途上で、英人は薫に尋ねた。
今日これまでに会ったのは新藤幹也、浅野清治、矢向来夢の三人。
むろん他にも関係者はいるのだが『護国四姓』関連は京都であるし、またカトリーヌと美鈴については既に聴取済み。
残るは堀田壮悟や杉田廉次あたりの犯人サイドになるが……こちらは今すぐに会うのは難しいだろう。
(でも清川団平に関しては、美鈴が今日面会した時に聞いてみるって言ってたな)
そう考えながら並木を見上げていると、横で薫が悪戯っぽく笑った。
「それなら問題ない、既に私の方で招集済みだ」
「代表が?」
「ほら、前を見給え」
促されるままに、英人は前を見る。
するとそこには。
「……あ、やっと来た。遅いっての」
「まぁ別件で矢向さん宅を尋ねていたようですし、仕方ないのでは?」
「まぁこれくらいならぜんぜん許容範囲内かな~。真澄ちゃんもそこそこ待たせる時あるし」
「しかし約ひと月ぶりとはいえ、再びこのメンバーで集まるのは中々に感慨深いな」
「おいおいあれは……」
英人は思わず声を漏らす。
辻堂響子、久里浜律希、小田原友利、高島玲奈――それは、かつてのクイーン早応ファイナリストたち。
さらに英人の後ろからは、
「おやおや、これはまた綺麗どころが集まったね。
まぁ君のことだし予想はしていたけれど」
「デモ沢山の方きっと楽しいですよ!」
「カトリーヌ、それにヒムニスまで……」
異世界出身の教授であり英人の腐れ縁、ヒムニス=グロリアスとファン研メンバーであるカトリーヌ=フレイベルガが現れた。
「そこの泉君に呼ばれてね。
キリの良い所で検査を切り上げて来たんだ」
「成程、つーかお前にも声を掛けてたとは……」
「含みのある言い方だね……それより、大事な二人を忘れてないかい?
君と特に繋がりの深いあの二人を」
そう小さく笑うヒムニスを見、英人は何かに気づいて後ろを振り向く。
すると、そこには。
「……まったく、アンタのとこの代表も人使い荒いわよね。
いきなり集まれだなんて」
「瑛里華」
「ふふん、もちろん私もいますよ英人さん!」
「真澄ちゃんまで」
東城瑛里華に、白河真澄。
日常の中で、キャンパスの中で、そして時には戦いの中で。それは八坂英人と深く関わってきた二人だった。
「ふっどうだい八坂君、驚いたろう? 彼等はみな君が大学生活において関わってきた人達さ。
まぁこの場にいない人間も少々いるが、それでもこれだけいる……実に壮観だと思わないかい?」
薫はしてやったり、とばかりに微笑む。
「まぁ、そうですけど……」
「とにかく多人数で道を塞ぐのもなんだし、場所を移そう。
なにぶん急な話だったので一時間ほどしか確保出来なかったが、研究室棟の一室を押さえてある。
カフェタイムにはちょうどいいだろう」
「ありがとうございますヒムニス先生。
いやはや、こういう時話の分かる教授がいると助かるね」
「フッ……だそうだよ?」
「何で俺を見るんだよ」
ヒムニスからのうざったい視線を英人は手で払った。
「ふふっまぁ八坂君、ここは大人しく楽しもうじゃないか。
こういう時こそ、色々と振り返りが大事だろう?」
「また適当なこと言って……」
英人は後ろ頭を掻きながら、集まってくれた人達を見回す。
ここに集まった人達に、薫を入れて総勢九人。
むろんここにいない美鈴はもちろん、美智子や義堂に楓乃や鹿屋野家――大学以外にも辿れる縁はたくさんある。
これが八坂英人という人間の、歩いてきた道。
「でも、悪くはないですね」
英人は小さく笑い、皆といっしょに歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時をやや前に倒し、東京拘置所。
「……『覚者』、か」
「ええ。
何か心当たりとかありますか、団平さん」
厚いガラス一枚に仕切られた空間に、少女と壮年の男が向かい合っていた。
清川団平に、秦野美鈴。
二人は叔父と姪の関係であり、また伊勢崎村の一件においては加害者と被害者の関係でもあった。
今日は前々から決まっていた面会の日である。
「いや、聞いたこともないな」
「そうですか……」
美鈴は俯いた。
もとより伊勢崎村での一件は『サン・ミラグロ』関連ではない。ゆえに過大な期待を抱いて尋ねたわけでもなかったが、それでも手がかり無いと分かれば多少気は沈む。
しかし一方で、美鈴には一つの疑念がしこりのように残ってもいた。
(でも、本当に『サン・ミラグロ』は関係なかったのだろうか……?)
それは同じファン研のメンバー、八坂英人のことだった。
彼はこれまでに起きた『サン・ミラグロ』事件全てに関わってきた。巻き込まれる形が多かったと言えど、その全てにだ。というより彼の口から事件の話を聞く限り、かの組織は英人の存在を強烈に意識している節すらある。
そんな連中が清川鈴音――美鈴の実姉であり、そしてかつて英人と共に『異世界』で戦った仲間の存在を見過ごすものだろうか?
そこまで思い至った時、美鈴は一つの可能性に辿り着いた。
「……そう言えば、こっちで私を探す時に探偵を使ったって言っていましたよね。
どんな人だったか覚えてます?」
ふだん外部との交流がほぼない伊勢崎村で、村外の人間と接触することは難しい。
でも団平が自身を探しに東京に来ていた時なら――!
俄かに浮かび上がった僅かな光明に、美鈴は身を乗り出した。
「ああ、それについてはよく覚えてるよ。
春先なのに厚手の服で、あとマスクをしていたせいで口元は見えなかったが……多分男かな?
とにかく中性的な目つき、それと外国人みたいな銀髪が特徴的な人物だった」
「え――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――中々に実のある時間だったな、八坂君」
午後4時30分。
日の入り寸前の夕日差し込む部室で、薫は小さく伸びをした。
「ですね。
改めて彼女たちと話せてよかったですよ」
「特に八坂君はひっきりなしに話しかけられていたな。
ふふっ、あの状況を見たら、どんなリア充も歯ぎしりするだろうね」
彼女はいつものように部長席に座らず、窓の外を眺めている。
そのお陰か彼女のトレードマークである銀髪はいつもよりも輝いて見えた。
「変なこと言わんで下さいよ……で、済ませておきたい事ってなんです?
お茶会もお開きになってさぁ新宿へ『覚者』探しに行こうか、って直後にいきなり引っ張ってこられたもんだから、正直訳わかんないですよ。
何故かカトリーヌは呼んでないみたいですし」
「そりゃあそうさ。
今回ばかりは、二人きりじゃないと」
「……どういうことです?」
ふとその言葉に違和感を覚えた英人は目を細めた。
しかし薫は背を向けたまま、話題を変える。
「しかし今日色んな人に会って改めて思ったけど、八坂君ってすごいね。
あんなに沢山の人達の命と心を救ってきたのだから」
「買い被り過ぎですよ。
俺一人の力じゃないです」
「またまた。けどそうやって謙遜する所も、君の大きな魅力だね。
白河君や東城君たちを始めとした女性たちが君を放っておかないのも頷けるよ」
「何言ってんすか」
「だってそうだろう? そうじゃなかったらあれほどの美女たちがああも熱っぽい視線や言葉を投げかけないよ。
まったく傍から見ていて本当に、本当に――」
「――忌々しかったよ」
「…………え」
英人は思わず言葉を漏らす。
振り向いた薫の目には、涙が浮かんでいた。髪も肌も心なしか、艶が増しているようにも見える。
「代表……?」
「そうそう、そう言えば当初の目的は『覚者』の捜索だったね。色々と引っ掻き回してすまない。
でももう心配はいらないよ、ここがゴールだ」
その異様な雰囲気にたじろぐ英人。
対する薫は、まるで情婦のように頬を上気させている。
「まさか」
「ひとつ、告白をさせてくれ」
薫はひとつ、熱のこもった息を吐く。
「――『覚者』は、私だ」
その時、夕日は地平線の下に沈んだ。




