新宿異能大戦④『最高会議』
十二月十五日。
東京都千代田区、警察庁本庁会議室。
「フンフフンフンフンフーン~♪」
合衆国国家を鼻歌で刻みながら、一人の男が扉を開ける。
グレーのスーツに、煌めくような金髪。気障な雰囲気を隠そうともしないその男の名は、リチャード・L・ワシントン。
合衆国が誇る『国家最高戦力』である。
「……はっ。
何だい、いつにも増して機嫌がいいじゃないかリチャード」
「当たり前だろう、純子?
これだけの顔ぶれが集うのは久方ぶりなのだからな」
そう鼻歌交じりに言いながら、リチャード椅子に腰かける。
「……おや、私が最後ということでいいのかな?」
そのまま周囲を見渡すと、部屋の中ではただ五人の人間だけが座っていた。
「そのようですわね」
第五共和国の『国家最高戦力』、ミシェル=クロード=オートゥイユ。
「……正確には、あのギレスブイグ=フォン=シュトルムも来るとのことだが。
遅れているのか?」
連合王国の『国家最高戦力』、ケネス=シャーウッド。
そして、
「ジーグフリード氏については、こちらでも既に入国を確認しています。
連絡も一応取りはしましたが……どうやら、まだ来ていないそうです」
「ま、現在位置は掴めてるから問題はない。
とりあえずこのメンバーで始めようじゃないか」
日本の『国家最高戦力』、義堂誠一に警察庁異能課課長、長津純子。
今この会議室には、各国が誇る最高峰の人材が集っていた。
「……ふむ、そうか。いやはや、彼の奔放さには困ったものだ。
実力は折り紙付きなのだがな……もっとも、それを言うならここにいる人間全員我が強いか! ハハハハハハハ!!」
言いながら、リチャードは高らかに笑う。
その様子を三人は冷めた目で見つめた。
「まったく、いつ聞いても不快な笑い声ですわね……。これだから貴方と顔を付き合わせるのは嫌ですのよ。
いい加減、後進に席を譲ってはいかが?」
「ハハ。流石はパリジェンヌ、痛い所を突く。
まぁ実際、私自身思わないでもないさ。
でもたった一つ、単純かつ重大な問題があってね……なんと、何故か私より強い人間が一向に生まれてこないのだよ! ハハハハハハハハハハ!」
「……つまり、合衆国は深刻な人材難という認識で宜しいですわね?」
ミシェルは冷ややかな視線でリチャードを睨みつける。
「……時間が惜しい。
ミスター義堂、本題に入ろう」
その様子を見かね、ケネスは義堂に助け舟を出した。
だがミシェルはそれにも食って掛かり、
「あら、この中で一番勝手な行動をした貴方がそれを言いますの?
聞いていますわよ、無断で入国した挙句当局の許可も得ないままアジトを潰したって」
「……能力で劣る以上、こうでもしなければ責務を果たすことが出来ない。
結果としてもし君たちの迷惑になったというのなら、この場で謝罪しよう」
「いりませんわよ、別に」
そして静かに、視線を交わす二人。
会議室の空気は一気に冷え込み始める。
「と、とにかく本題に入りたいと思います! いいですね!?」
だが義堂が決死の思いで二人の間に割り込み、その空気を断ち切った。
その性質上、『国家最高戦力』は我の強い人間たちであることは義堂も重々承知している。
しかし、たった四人集まっただけでこれとは。
義堂は先が思いやられる思いだった。
「まずは、昨日の『サン・ミラグロ』アジト制圧の件。
我々日本国に何ら告知しなかったことについては、ひとまず置きます。
だがその代わり、ケネス氏にはその調査内容の開示を求めたい……宜しいでしょうか?」
「……了解した」
ケネスは静かに頷く。
兎にも角にも、『国家最高戦力』たちの会議は始まった。
………………
…………
……
「――以上だ。
なにぶん昨日の今日ゆえ、纏めきれていない部分もあるだろうが外観としてはこれで問題ない筈だ」
プロジェクターに表示された画像と動画を交えた説明を終え、ケネスは静かに自身の席に着いた。
対する四人は一様に腕を組んで神妙な顔を浮かべる。
「……人工の『異能者』、か。
以前より我が合衆国でもその可能性については言及していた。
しかしまさかそれが日本で、しかもこれほど大々的にやっていたとはね」
「となれば由々しき事態ですわね。
日本は島国ゆえ水際対策は比較的容易な方ですが、これでは意味を為しません。
昨今しきりにそちらが叫ばれている高水準の対『異能』インフラとやらが泣きますわよ?」
言いながら、ミシェルはカフェオレの入ったカップに口をつけた。
ちなみに全部彼女の自前だ。
「耳が痛いね」
「……限界集落、という奴か」
ケネスの言葉に純子は目を見開いた。
「お、良く調べてるねぇ。まー端的に言うならその通りさ。
細かいことを言えば、アンタの行った村はただの廃村だったんだけどね。
とはいえ、今の日本には似たような状況の集落がゴロゴロしてるのは紛れもない事実だ。
行政の監視も及びづらいし、奴等からすれば格好の立地だろうよ」
「全国的な人口減少と東京への急激な流入に伴う地方の過疎化……日本が抱える社会問題に付け込まれた形ですね」
視線を落としつつ、義堂は九月の伊勢崎村での事件を思い出していた。
あそこは廃村でこそなかったが、人口百名にも満たない小集落だった。
さらには奇異な慣習ゆえに外界との接触も乏しく、結果として千年もの間『ヒュドラ』という化物を放置することになったのだ。
まさに今起こっているのは、それと似た状況である。
「ヤマナシと言えば、確かここから100kmも離れていないのでしょう?
鉄道では一本で繋がっているそうですし、既に都内に入っているのではなくて?」
「可能性は大いにあるねぇ。
それに山梨に限らず、それこそ東京都内にもそういう集落はたくさんある。この際距離は無意味だと思った方がいい」
「純子の言う通りだな。
とにかくこれで奴等がこの国、ひいては都内で何かするというのは既定路線となった。
問題はその目的と時期、それと連中の戦力だ。
ケネスよ、貴殿はスマリの地で人工『異能者』の一人と戦ったそうだが、どうだった?」
リチャードはテーブルに身を乗り出しながらケネスに尋ねた。
「……機密ゆえ、詳細までは話せない。
しかしその身体能力は別として、『異能』についてはかなりの水準ではあった」
「ほう、具体的には?」
「……仮にあれが百を超えた数で運用されるのなら、貴方でも対処に手間取るだろうな」
ケネスが口にしたのは、具体的と言うには足りない答えだった。
「……ほう」
しかしそれを聞いたリチャードは、まるで玩具を与えられた子どものように目を輝かせた。
「ハッ、いいねえ楽しそうで。
世界最強の『国家最高戦力』サマにとっては、この程度の危機なんぞはお遊びの範疇かい?
一応は同盟国なんだし、しっかりやってくれないと困るんだけどねぇ?」
「まぁそう言うな純子。
さんざん世界を引っ掻き回してきた連中だ、多少はやってくれねば張り合いがない。とはいえ、そ騒ぎを歓迎する気はないさ。
未然に防げるならそれに越したことはない……が、今回に関しては既に事はかなり動いていると見ていいだろう。
なぁ、ケネス=シャーウッド?」
リチャードは椅子にもたれ、ケネスに視線を向けた。
「……その見解は、おそらく正しい」
「というと?」
義堂が尋ねると、ケネスはプロジェクターに表示されたアジトの写真に目を移す。
「……見ての通り、かなり雑な退去の仕方だ。
最低限の資料と成果物は引き払っているようだが、それでも大部分を碌に隠ぺい、処分をせずに放置している。
しかし残っていた痕跡を見るに、私が来ることを察知して慌てて去ったというわけでもない。
つまり……」
「『サン・ミラグロ』からすれば、別に見つかっても問題ない代物。
いや、この場合は見つかっても問題ない時機になった、と言うべきですわね」
「……そうだ」
ケネスは静かに頷いた。
「てことは奴さん、既に準備万端ってことかい……はぁ、もう師走だってのにこれじゃあ年を越すどころじゃないねぇ。
人工の『異能者』とは、厄介なモンを作ってくれたよ」
「おそらくは複数の『異能者』から遺伝子を抽出し、品種改良を加えたという所だろうな」
「つまりはデザイナーズベイビーというわけですか……」
義堂の言葉にリチャードは頷く。
「少なくとも一から生命を生み出した、なんてことはないだろう。
我が合衆国の研究でも生命の創造及び死者の完全復活は実質不可能と証明済みだ。
曰く、全人類の能力全てを消費してようやくその一端が叶うか……という程の途方の無さだという。まずあり得ない」
「成程ねぇ」
「さて、情報も出揃ったろころで以降の我々の行動について――」
そのままリチャードが話を進めようとした時。
「ん……?」
彼の持つ小型デバイスが、受信を知らせるランプを点滅させた。
同時に他の『国家最高戦力』たちが持つ通信機器も、同様に緊急の連絡を受信する。
一気に鎮まり返る会議室。
「……どうやら、皆が同じ知らせを受け取ったようだな」
それからおよそ一分後、リチャードがおもむろに口を開いた。
「そのようですわね……まったく、かの国は何を考えているのやら」
「…………」
やれやれと手を振りながら、ミシェルは溜息をつく。
一方でケネスは無言のまま腕を組んでいた。
「さぁてどうするかね、義堂?」
「えぇ……」
俯きつつ、義堂は情報の内容を脳内で反芻する。
緊急連絡の内容――それは教皇の人民共和国訪問と連動しての、北京での緊急外相会談決定の報告だった。
開催日は今から一週間後の十二月二十二日。
無論、ここまではいい。
問題は――
「会談に際し『国家最高戦力』の入国を拒否、ですか……」
義堂は低く呟いた。
『サン・ミラグロ』によるテロが確実な現状、このタイミングで義堂たちが日本を離れることはない。つまりはほぼ無意味な宣言だ。
しかし『国家最高戦力』の入国拒否という直接的な条件は、他国の干渉を嫌う人民共和国のスタンスを如実に表していると言えた。
「あちらとしては、目下の国際情勢におけるイニシアチブを取りたいのだろう。
単独でアフター早応初の会談を成功させれば、嫌が応にも箔がつくからな」
「私の任務は猊下の護衛でもあったと言いますのに……ここまで綺麗に面目を潰してくるとは、やってくれますわね」
ミシェルは優雅に笑うが、手に持つカップがみしりと悲鳴を上げている。
人民共和国の宣言に対する、明らかな憤慨だった。
「しかし人民共和国も大胆な手を打ってきましたね。
確かに教皇みずから人民共和国を訪問するとなれば、各国としても断りづらい。というよりむしろ進んで参加しようとするでしょう。
今やどの国も自国の混乱を収めることに躍起になっている。その中で対『異能』犯罪への世界協調を教皇と共にアピール出来るというのは、かなり魅力的ですから」
その対面では義堂が冷静に人民共和国の意図を分析した。
二十一世紀の現代においても、世界最大の宗教である十字教の影響力は絶大だ。特に『異能』という超常現象が広く知れ渡ってしまったこの時世では、さらにその存在感を増したと言っていいのかもしれない。
その中で人民共和国はかねてより十字教の拡大には慎重だった。自由や平等、民主主義といった西欧的価値観の流入を防ぐためである。事実、昨今では許認可の基準を引き上げるなど管理体制の強化を行っていたりもしている。
しかしそれでも国内の信徒数は増加の一途を辿っており、非公式の教会も乱立。さらには田町祭の事件がその追い風となり、宗教の社会に対する影響力はさらに加速しているという。
人民共和国としては国内の不安を鎮め、そして信徒の懐柔を図る意味でも今回の人民共和国訪問は大きな意味を持つと言えるだろう。
「ま、十字教にとっても教皇の人民共和国訪問は悲願だったからねぇ。なんせ十三億という超巨大なマーケットだ。
……ハァ、本当いよいよキナ臭くなってきたよ」
「……ですね」
大きく溜息を着く純子に、義堂は頷いた。
こんな事態になってしまった以上、それぞれが目下の戦略の見直しを要求されるのは間違いないだろう。義堂としても、頭が痛い。
「……まぁ、やるべきことは変わらんさ。
『国家最高戦力』として、祖国ひいてはの世界の安寧に微力を注ぐだけだ」
だが義堂の不安とは裏腹に、リチャードは強気だった。
その瞳にも、表情にも、いささかの気後れすらない。
「言うまでもありませんわ」
「……責務を果たす、それ以外にあろうはずもない」
それは他の二人も同様である。
(……これが、『国家最高戦力』……!)
義堂はその光景に小さく息を呑み、拳を握る。
「はてさて、教皇猊下は動くというが……異端共は、どう出るかな?」
彼は不敵に笑うリチャードの顔に、『最高』の一端を見た気がした。




