己が責務を果たす者➄『トリックだよ、大佐』
一話が長くなりすぎてしまった為、分割しました。
ですので今回は五、六話を一挙投稿です!
「ぐ……っ! う、撃てぇっ!」
将校が手を振り下ろした瞬間、五つの銃口が一斉にケネスに向かって火を噴いた。
「撃て! 撃ち続けろ!
確実に殺せ!」
ガガガ、と室内には銃声が響き、辺りは硝煙が立ち込める。
普通であれば生還などまず不可能な状況。
しかし、
「グァッ!?」
スマリ語の悲鳴がひとつ、煙の中で響いた。
すると瞬く間に四つの悲鳴が次々と上がり、それと反比例するように銃声は止んでいく。
何事か、と将校が思った時。
煙の中より伸びる手が、彼の首を掴んだ。
「ぐ……き、さま……!」
将校は必死に声を振り絞りながら腕の主を見つめる。
その先には色の薄い茶髪をした二メートルもの大男、ケネス=シャーウッドの姿があった。
「……手術室まで、案内してもらおう」
「ぐ、く……っ!」
声にならない声が、将校の口から漏れた。
このままでは、殺される。
だが必死の思いで目を凝らすと、肝心の検体十二号はケネスの足元で力なく横たわっている。完全に詰みの状況だった。
「……こ、断れば……俺を……殺すのか?」
「……降伏の意思があるのならば、検討する」
声が、静かに響く。
まるでこの状況を何とも思っていないかのように。
(この男は、総力を上げて殺しておくべきだった……!
拷問して嬲ろうなどと、考えるべきではなかった……!)
後悔の念とともに、将校は震える手で懐から拳銃を取り出す。
「せ、『正統スマリ』……万歳っ」
――バァン!
銃声の後、ケネスの手の中で将校はぐったりと項垂れた。
鎮まり返る室内。
「また銃声がしたぞ!」
「何かあったのか!? 応答せよ!」
「増援を呼べ!」
その外では銃声につられた兵士たちの足音が響いてくる。
「……行くとするか」
ケネスは小さく呼吸を整え、ゆっくりと扉を開けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……終わっ、た……」
ケネスが独房から脱出したのと時を同じくして、エヴァは静かに縫合器具を置いた。
目の前には手術台に横たわる村人が、麻酔から醒めずに眠っている。
ムガヒと合わせて合計六人――彼女は彼等を、ものの八時間で全て治療してみせたのだった。
「……終わったか?
ならば我々と一緒に来てもらう」
エヴァが片付けの作業に入ろうとすると、兵士たちが銃を構えて周囲を取り囲んだ。
「……何?
確かに手術は終わったけど、まだまだ作業は残っているの。邪魔しないで頂戴」
「駄目だ」
エヴァが答えると、隊長と思しき人物が一歩前に出て銃口を突きつけた。
「非常事態が発生した。
お前にはすぐにここから移動してもらう必要がある」
その表情は、明らかに焦っていた。
非常事態と表現するほどだ、おそらくこのシェルターで何かが起こったのだろう。内容についても容易に想像がつく。
だとすれば、人質にする為にも彼等は何が何でも自分を連行しようとするに違いない。
「そう、でも断るわ」
だがそれでも、エヴァの返答はNOだった。
隊長は予想外とばかりに眉を顰める。
「……何?」
「あら、英語だと聞き取りづらかった?
断るっていったのよ。私はここを動かない」
エヴァが改めてスマリ語で返答すると、室内は俄かに緊張が走った。
「お前、状況が分かっていないのか。
ここで殺したっていいんだぞ……!」
問い詰めてくる隊長にエヴァはわざとらしく溜息をつき、
「……あのね、八時間も手術をやっていたのよ。
その間に私が何もしていないなんて思った?」
今なお麻酔で眠っているムガヒの身体を指さした。
「……? 大佐の体がどうした」
「まだ分からない?
実は置いてきちゃったのよ、メスを一本だけね」
そう言った瞬間、隊長の顔色が変わった。
「――!
お前たち、大佐の身体を調べろ! 今すぐに!」
「り、了解!」
兵士の一人がムガヒの身体に向かって駆けだす。
「止めなさい! 下手に触ったら本当に死ぬわよ!」
しかしエヴァが声を荒げてそれを制した。
「え……?」
「メスを置いたのは、大動脈のすぐ上。
少しでも動いたら一瞬で死ぬわよ」
「貴様……!
おい、何故そんな物をみすみす見逃していた!」
隊長は額に青筋を浮かべながら衛生兵たちの方へと振り向く。
「い、いやそんな筈はない!
怪しい素振りはなかったし、ほらメスの数もちゃんと合っている!」
しかし彼らは知らない、分からないと必死に訴えるように首を勢いよく横に振った。
その様子を見ながら、エヴァは不敵に笑う。
「彼らが気付かないのも無理ないわ。
ちょっと手品を使わせてもらったもの」
「手品、だと……?」
「学生時代にちょっと齧ったことがあってね。
貴方たちの目を盗んで、袖から大佐の体内にパパっと置かせてもらったわ。ちなみにメスは前のアジトからくすねたものよ。
ああもちろん、メス自体も私じゃなきゃ取り出せないような場所に置いてるから。
つまり私を殺せば、貴方たちの大佐は手術台から一歩も動けないまま死ぬってことね」
「ぐっ……!」
突きつけられた事実に思わず表情を歪ませる隊長。
その様子を好機とし、エヴァはさらに畳みかける。
「あと、私を無理矢理連行して時間を稼ぐのも止めた方がいいわよ?
メスの切れ味ってすごいから、自重でも放置してれば血管くらいなら余裕で切断するわ」
「ぐ、く……!」
「……ということでしばらくの間、ここにいてもいいかしら?」
そう言い、エヴァは一歩前に出た。
主の命を天秤に掛けられ、さらには時間の自由までも奪われた。
銃口こそ突きつけているが、これではどちらが脅迫しているか分からない。
どうすべきか――隊長の脳裏に、様々な選択肢が駆け巡る。
「隊長、いかが致しますか!?」
「隊長!」
室内では、兵士たちが指示を求める声が響いてくる。
「総員、た――」
隊長が一世一代の選択を下そうとした時。
――バァンッ!
「………失礼する」
勢いよく蹴り飛ばされた扉から、二メートル近くはあろうかという大男が顔を出した。
………………
…………
………
「……む」
手術台の上で、ムガヒはゆっくりと目を覚ました。
視線の先では手術室用の光度の高い電灯が眩しく光っている。
「……フ」
手術が成功したことを確信し、ムガヒは静かに笑った。
覚醒直後の為から全身に倦怠感こそあるが、それでも細胞が生き生きとし始めているのが分かる。少なくとも、自身の体にへばりついていた死の影のようなものは完全に消え去った。
つまりはこれで、祖国再生の為にもうしばらく戦い続けられる。
「……先生、やはり貴方は天さ――」
湧き上がる歓喜と共にムガヒは顔を横に向け、自身を治した天才医師の姿を拝もうとする。
だがその先では、
「…………き、貴様は……」
「……喜べ、手術は成功だ」
こちらを見下ろしながら、ケネスが拳を静かに握る。
次の瞬間、ムガヒの意識は暗闇へと墜ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……さて、行くぞ」
ぐったりと横たわるムガヒを尻目に、ケネスはエヴァの方へと振り向いた。
ちなみに手術室にいた兵士と衛生兵たちは全員がケネスの手によって気絶している。
「……貴方って意外と脳筋と言うか、腕っぷしで解決する感じなのね」
「……?
仮にも『国家最高戦力』である以上、一定の戦闘能力の保持は不可欠だが」
「いや、そういう意味じゃなくてね……」
「……ああ、やり方が『国家最高戦力』に相応しくないということか。
そういうことなら異論はない。事実私は――」
「だから違うって」
エヴァは溜息をつきながら首を振った。
元々の住む世界が違い過ぎるのかはたまたこの男が特殊なのか、どちらにせよ彼と日常会話のするのはハードルが高いらしい。
「……?
よく分からないが、とにかくここから脱出しよう」
対するケネスは興味ないとばかりにすぐに切り替え、踵を返して手術室から出ようとした。
「ちょっと。こいつの身柄、一応確保しといた方がいいんじゃない?
脱出しやすくなると思うし、そもそもが反政府組織の首領でしょ、政治的にもその方がいいんじゃないの?」
エヴァはムガヒの身体を指さしながらケネスを呼び止める。
「……君の言う通りだが、体内にメスが残っているのではなかったか?
現状、死体をわざわざ運ぶ余裕はないが」
「さっき思いっきり殴ってた貴方がそれ言う?
全く……」
エヴァは再び溜息をつきながら懐からある物を取り出す。
それは、一本のメスだった。
「……まさか」
「天才がミスなんてする訳ないでしょう?」
エヴァは不敵に笑った。
◇
そこからの二人の行動は迅速だった。
まずはムガヒを人質に取ることで兵士を脅迫し、拘束されていた残りの村人たちを解放に成功。
「でもいいんですか、エヴァ先生……。
俺たちが先に出ちゃって」
「いいのよ。
それより手術直後だから、丁寧に運んでね?」
さらには彼等を使って手術後の村人たちを運ばせ、シェルター外まで脱出させた。
これで残るは、エヴァとケネスのみである。
「……行くとするか」
自慢の聴覚で村民たちの安全を確認すると、ケネスは悠然と歩き始めた。
もちろんその道中では『正統スマリ』の兵士たちが立ちはだかるが、
「く……っ」
「撃つなよ、絶対に。
祖国再生の為にも、大佐を死なせる訳にはいかない」
「……それが賢明だ」
自らの主という最大の人質を前に、手を出せないでいた。
そのままさしたる抵抗も受けず、二人は順調に歩を進めていく。
「……余計な戦いがないってのは結構だけど、これはこれで緊張するわね……。
というか入った時にも思ったけど、無駄に深くてデカいわねこのシェルター」
「……今でこそこの惨状だが、スマリは元々資源の豊富な国だ。
その富を独占すれば、これくらいの規模にはなるのだろう」
「はいはい冷静な分析ね」
エヴァは額の汗を拭いながら、コンクリートの階段をひたすらに上っていく。
現在は地下五階。本来なら大した距離でもないはずだが、頑丈な造りのせいか一階一階が異常に長い。
大手術の直後ということもあって、足が早くも悲鳴を上げ始めている。
「……大丈夫か?」
それを察してか、ケネスが背中越しに声をかけてきた。不愛想な癖に、やたら細部に気の回る男である。
エヴァは「もちろん」と吐き捨てるように返し、
「これでも現場で生きてきた人間よ。
これくらい、なんてことないわ」
「……そうか」
そう、これ以上彼の脚を引っ張るわけにはいかない。
これくらいの階段、何が何でも自分の脚で走り切ってやる――そうエヴァが思った時。
「――! 来る……!」
「えっ……」
不意にケネスがエヴァの身体を抱えて前に跳んだ。
その直後、
――ゴオオオオオオオオオッ!
凄まじい轟音と放ちながら、水柱が階段を消し飛ばした。
「な、何……!?」
「……サバンナで私たちを襲った『異能者』だ。
どうやら、気絶から覚醒したらしい」
「だから何なのよ『異能』って!」
「……悪いが説明している暇はない」
ケネスは両脇にムガヒとエヴァを抱えながら、跳ねるように駆けだした。
すると今度は、瓦礫や金属を圧縮したような球体が次々と壁や床を貫いていく。
「よく分からないけど、周りの物体を固めて撃ってるってことでいいの!?」
「……概ねその認識で正しいだろうな」
そう淡々と答えつつ、ケネスは冷静に現状の分析を始めた。
(……何故この状況で暴挙に出たのかは気になるが、今はいい。問題は射撃精度の高さだ。
この密閉された空間の中で、奴はどのようにしてこちら位置を探っている……?)
おそらく、彼にはケネス自身のような発達した五感はない。ならばそれ以外の方法でこちらの位置を探っているということになる。
輸送ヘリへの射撃、サバンナでの迅速な追跡――思い返すと、十二号の行動はいつも正確だった。
「……まさか、」
これらの条件から、ケネスがとある可能性に思い至った時。
まるで吸い込まれるように、辺りは一面の闇に包まれた。




