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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第七部:元『英雄』と、変わる世界
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己が責務を果たす者④『責務開始』

 地下の独房で、一人の男が椅子に縛られていた。


「……そろそろ、喋る気になったか?」


 その前には軍服を身に纏った一人の将校が立っており、警棒をパシパシと叩いている。


「…………いや」


「ほう、そうか!」


 だが男が素っ気なく返事をした瞬間、肉体を打つ鈍い音が室内に響いた。


 投降してから数時間。

 ケネスは独り、無機質な独房の中で拷問を受けていた。

 裸に剥かれた上半身は所々が打撲で赤紫に腫れ上がっている。


「もう一度聞く。

 お前の所属、そして任務の内容は?」


 兵士が尋ねるが、返答はない。


「っ、糞が!」


 再び警棒がケネスの肉体を打つ。

 しかしその表情は微動だにしなかった。


「……表情一つ変えないか。

 よし、なら少し趣向を変えとしよう」


 痺れを切らした将校が指を弾くと、傍らに控えていた兵士がバケツの水をケネス向かって撒いた。

 次に電極を水浸しになった体に貼りつける。


「……電流か」


「ああ、そうだとも紳士ジェントルマンよ。

 せっかくの『国家最高戦力エージェント・ワン』なんだ、盛大に歓迎したい」


「……知っていたのか」


「勿論。もともと貴様から聞き出すことなどさしてなかったのだよ。

 でもそれでは、俺の楽しみがなくなってしまうだろう?」


 将校は下卑げびた笑みをケネスへ向ける。

 それは拷問吏によくある、手段と目的を混同したタイプだった。


「……そうか」


「はっ、つまらん男だ」


 将校がスイッチを入れると同時に、ケネスの全身に電流が流れる。


「…………!」


「はははははは!

 だが安心しろ、貴様もすぐに猿のように面白い悲鳴を上げるようになる!」


 独房には、将校の甲高い笑い声が響き渡った。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 『正統スマリ』本部。

 かつては王族専用に建設された避難用のシェルターであり、現在は『正統スマリ』が占拠して再利用している。

 国内の反乱や外国の介入等に備えるという名目の下かなり頑丈な造りとなっており、侵入者察知用の監視カメラさらには長期滞在用の各種インフラも充実。医療設備はその最たる例であり、先進国のそれに準ずる程度の設備を取り揃えている。


 その最下層にある手術室の前で。


「時間だ、行くぞ」


「ええ」


 兵士から呼び出され、オペ着に身を包んだエヴァはゆっくりと扉をくぐった。

 中は数人のオペ着を着た衛生兵と、それと同数の銃を持った兵士がいた。


 そして中央には、麻酔で横たわる70代ほどの老人の姿がある。


(『正統スマリ』代表、ムガヒ大佐……)


 彼の容体については、既にカルテと数時間前に行った問診でかなりの所まで把握している。

 病状はステージⅢの癌。確かに重病ではあるが、問題はその腫瘍が心臓にあるということだ。

 そもそも心臓に腫瘍が出来ること自体がかなり珍しく、さらにそれが悪性ともなればその確率は実に0.1%以下。つまり、非常に稀なケースだ。

 もちろん場所が場所だけに切除も難しく、全身転移の危険性も高い。事実、カルテを見る限り胃に移転している恐れがある。


(……成功したら、医学史に名が残るわね)


 設備は最低限、サポート役の衛生兵たちとの連携は未知数。

 頼りになるのは、自分より前に拘束されてきた医者たちが必死の思いで残してきたカルテのみ。


(……問題ない。これで行く)


 エヴァはマスクの下で、大きく息を吸って呼吸を整えた。


「確認だが、不足している物はあるか?」


「……信頼、かしらね。

 強いて言うなら」


 そうエヴァが答えると、兵士は首を傾げた。


「この人の手術が終わったら、村人たちの治療をやっていいって条件のことよ。

 ちゃんと守ってくれるのでしょうね?」


「……口を慎めよ、殺すぞ」


 発現の意図を察し、兵士は銃を突きつける。

 室内は一気に険悪な雰囲気となった。


「別に、挑発したくて言っているんじゃないのよ。

 これだけの手術、少しでも成功率を上げたい……だから心理的な不安要素を消しておきたいの。分かる?」


 だがエヴァは一歩も怯まずに、睨んだ。

 この手術には、村民たちの命と、あの不愛想な男の覚悟が懸かっている。是が非にでも成功させなければならない。

 専念するためにも、ここで念を押しておく必要がある。


「……わ、分かっている……。

 村人の方は隣室だ……」


 そんなエヴァの剣幕に気圧され、兵士は静かに銃を下ろした。


「そう」


 張りつめた空気の中、天才女医は満足そうに頷くと手術台に向かい、麻酔で眠る患者を見下ろす。


 バイタルは良好、事前の知識も十分。

 後は、己がどこまでやれるか。


「……医者の責務を、果たす」


 手術が始まった。



 ――――――



 ――――



 ――



 手術開始から四時間。

 室内では淡々と、肉のかき分ける音と手術器具の無機質な音だけが響いている。

 あまりの緊張感に、ただ立っているだけの筈の兵士たちの表情にも疲労の色が濃くなり始めた。

 しかし一方でエヴァのサポートをしている衛生兵たちにおいては、


「「「「「……!」」」」」

 

 目の前で繰り広げられる光景に疲労を感じる事すら忘れていた。


「……すごい」


 その中の一人が、思わず息を呑む。


 それはあまりにも速く、精密で、そして静かな手捌き。

 まさに、神業。

 もちろん彼らとて、外科手術に立ち会った経験はある。しかしそれでもなお、目の前に立つ女医の技量は他を圧倒していた。


「……ちょっと、聞いてる?

 汗、拭いてちょうだい」


 聞こえてきた言葉に、衛生兵がはっと我に返る。

 すると、エヴァが黙々と施術を続けながら横目で抗議をするような視線を送っていた。


「……わ、分かった……!」


 衛生兵は焦りながらガーゼを取り、エヴァの額を拭った。

 万が一にも施術に影響のないよう、慎重に。


「……後もう少しよ。 

 集中、切らさないでちょうだい」


 エヴァの言葉に、衛生兵たちは無言で深く頷く。

 静かな戦いは、佳境に入ろうとしていた。



 ◇



(……冴えてる……。頭も、指先も)


 そう考えながら、エヴァは絶えず手を動かす。

 目の前では、彼女自身でも信じられないようなペースで施術が進んでいた。


(思うように……いや思う以上に、手が動く……!)

  

 手術を始めてから、既に四時間以上。

 そろそろ手先が鈍り、集中力も欠けてくる頃合いだ。それに自身の命も懸かっているというこの特殊な状況を鑑みれば、その度合いもより大きいはずだろう。

 だが今のエヴァには、僅かの疲労もなかった。

 むしろ施術を進めれば進める程、己の技術と思考力がより研ぎ澄まされていくようにすら感じられる。


(なに、火事場の馬鹿力……? それとも、私自身がこの状況に高揚しているの……?

 いや、そのどちらだろうが……!)


 エヴァは脳裏に湧き上がる雑念を振り払い、施術に全神経を集中する。


 そう今の自分に何が起こっているのかなど、どうでもいい。

 大事なのは、この患者の為に持てる全てを尽くすこと。そしてその後に、村民たちを全力で治療する。それが、私の責務。

 その後のことはあの『国家最高戦力エージェント・ワン』とかいう堅物に任せておけばよいのだ。


(ムガヒ大佐、医師のプライドに懸けても私は貴方を生かすわ。

 けど最後に勝つのは、私たちよ……!)


 エヴァ=オルドリッジの手はさらに加速した。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……あれ、もしかして死なせちゃった?」


 独房に入るやいなや、アルビノの少年は無邪気な声を上げた。

 室内には煙と、肉の焼けたような匂いが薄っすらと漂っている。


「…………」


 中央では、椅子ごと倒れるケネスの姿があった。

 その体は所々火傷で焦げ付き、頭は力なく地面へと突っ伏している。僅かに口から漏れる呼吸だけが、彼が生きていることを示していた。


「お前か、検体十二号。

 あまり勝手に動かれると困るのだがな」


「別にいいじゃん。

 大佐からは許可貰ってるんだし」


 検体十二号と呼ばれた少年は笑いながら、将校の肩を叩く。

 そのままケネスの下へ歩み寄ろうとすると、


「……『サン・ミラグロ』」


 その一言に、検体十二号は足を止めた。


「なんだ、意外と元気じゃん。

 あとバレてたんだね、僕のこと」


「……憶測レベルではあったが、『正統スマリ』と『サン・ミラグロ』の関係は以前より示唆されていた。

 そして人工の『異能者』という『サン・ミラグロ』の研究……差し詰めお前は輸出された兵器ということか」


「へぇ、よく知ってるね」


 検体十二号はニヤリと笑った。

 だがケネスの方は、用は済んだとばかりに黙り込んだ。


「……あれ、喋らないの?」


 不思議に思った検体十二号が尋ねると、


「……必要なことは、聞いた。

 もう言葉を交わす意味はない」


 ケネスは静かに口を開いた。

 あまりにも素っ気ない言動に検体十二号は眉をひそめる。


「……なにそれ、こっちに興味はないってこと?

 こんな目にあっているのに?」


「……」


「おい、なんとか言えよ!」


 十二号は、ケネスの身体を思い切り蹴とばした、

 椅子に繋がれた全身が、僅かに浮き上がって再び落ちる。だがケネスは僅かな呻き声すら上げなかった。

 そんな彼の揺ぎ無さが、十二号のプライドをさらにくすぐる。

 

「この……!」


「止めとけ、検体十二号」


「何だよ!?」


 十二号が振り向くと、将校が青ざめた表情で立っている。


「かれこれ一時間以上電流による拷問を続けて、この男は悲鳴一つ上げてない。

 こんなこと、今までなかった……はっきり言って異常だ」


 その声は、震えていた。


「はあ……!?」


 まさか、と思いながらも十二号は再びケネスの姿を見下ろした。


 その露出している上半身は傷だらけで、変色して腫れ上がっている部分すらある。皮膚に関しては、電流によって表面が薄っすら焦げ付くほどの火傷具合だ。

 それは、どこからどう見たって満身創痍の状態。

 だがそれでもケネスの表情は、明鏡止水のように真顔を貫いていた。


「……なんかイラっと来るなぁ、その顔。

 だったら歪ませてあげるよ……『この指、とまれ』――!」


 十二号が人差し指を立てると、床にこぼれていた水が吸い寄せられるように指先へと集まり、圧縮されていく。


 検体十二号の持つ『異能』、その名も『この指とまれ(ジョイナス)』。

 周囲の物質(生物以外、半径100メートル以内)を一つ指定し、人差し指の先へと収集・圧縮。それを「バン」の掛け声とともに超高速で発射する能力である。


「数リットル程度の量だけど、指先サイズにまで圧縮すれば人体なんて軽く切り裂くよ。

 さぁどうする『国家最高戦力エージェント・ワン』のおじさん、腕と足、どっちが先がいい?」


 指先を突きつけ、ニヤリと笑う十二号。

 だがそれでもケネスは彼に一瞥いちべつもくれようとしない。


「この……!」


 その姿に苛立ちを増した時、十二号はふとある違和感に気づいた。


 なぜこの男はさっきから、耳を床にくっ付けているのか。

 度重なる拷問で体に力が入らないということなのだろうか? いや、ここまで音を上げなかった男が、果たしてそうなるものなのか?


 もしかして――


「まさか……!」


 十二号がその結論に達するのと、同じ瞬間。

 床と接するケネスの耳は、まさにその音を捉えた。




「――よし、」


 それは、独房からさらに地下へ四階、そして北東方向へ10メートルにある手術室。


「手術、完了……!」


 そこで連合王国の誇る天才医師が、ムガヒと村人、その全ての手術を終える音を。




「……見事だ」


 ケネスの呟きが響いた瞬間、十二号の脚に衝撃が走った。


(あ、足払い……っ!?)


 小柄な少年の身体が、回転しながら宙を舞う。

 辺りには『この指とまれ(ジョイナス)』の解除によって解放された水がぶちまけられた。


 騒然とする室内に、降り注ぐ水。

 その中で、一人の男が縄を抜けながらゆっくりと立ち上がる。


 それは、連合王国が誇る『最高』の男。


「……ここからは、私の責務を果たす」


 『国家最高戦力エージェント・ワン』の仕事が始まる瞬間だった。


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