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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第六部:『英雄』の重み
221/314

いちばん美しいのは、誰㊴『何の光!?』

「きゃ――!」


 振り下ろされる鉄パイプに、来夢くるむは一拍遅れて目を瞑った。

 遂に来たかという諦観と、死と痛みに対する恐怖が稲妻のように体を駆け巡る。


「……?」


 だが、その時は一向に来なかった。

 危機の際は時間感覚が間延びすると言うが、それにしたって遅すぎる。


 そう思い恐る恐る目を開けると、


「……し、白河先輩……?」


 信じられないような光景が、広がっていた。


「ど、ど……」


 来夢は思わず全身を大きく震わせる。


「どうして……!?」


 何故ならそこには、血まみれになった白河しらかわ真澄ますみの姿があったからだ。

 おそらくは頭で受けてしまったのだろう、側頭部から左目の辺りにかけてを血に濡らしている。


 彼女が、自分を庇って攻撃を受けた――来夢は一瞬でその理解に至った。


 視線を上げると、既に鉄パイプを持った暴徒はいない。

 代わりに鬼の形相をしたミシェル=クロード=オートゥイユが前に立っていた。


「……あ、ああ……!」


 震える手で、来夢は真澄を抱きかかえる。


「……まだ息はありますわね。

 下手に動かさないよう、しっかり抱きしめていなさい。いいですわね?」


「は、はい……」


 来夢が頷くと、ミシェルはきびすを返して暴徒の群れと再び相対した。


「申し訳ありません、ムッシュー・ヒデト。

 私の不覚です。弁解のしようも御座いません。

 もし彼女を死なせるようなことになれば、この命を以て償いましょう。

 ですがそれまでは――」


 ミシェルは日傘を振り上げ、突進する。


「私の全てを以て戦うことを、お許し下さいまし!」


 その表情には不退転の覚悟が宿っていた。




「白河、先輩……!」


 ミシェルの激闘を横目に、来夢は必死に声を掛けた。

 しかし真澄は返答どころか、身体をピクリとすら動かさない。


「すごい血……!

 ちょっとこれ、どうにか出来ないの!?」


《さすがにこのレベルの重傷は病院じゃなきゃ無理だ!

 いや、もしかしたら英人さんなら治せるかもしれないが……!》


「じゃあ今からでも来てもらえれば……!」


《そうすれば多分、なんかパワーアップしたっぽい暴徒まで引き連れてくることになる!

 乱戦になれば、いくら英人さんでも治療に専念できないぞ!》


「じゃあどうすれば……!」


 瑛里華えりかが頭を抱える間にも、真澄の頭からは血が流れる。

 目のあたりに至っては既に通常の倍ほども腫れ上がっていた。


 このままでは、死んでしまう。

 瑛里華は脳をフル回転させて解決法を模索するが、一向に名案は浮かんでこなかった。


「ああもうどうすれば……!」


《思い切って私たちで彼女を抱えて……いや、それはリスキー過ぎる……!》


 瑛里華と「わたし」が慌てふためく横で、来夢は真澄に声をかけ続ける。


「白河先輩、白河先輩……!」


 というより、それしか出来なかった。

 心の中でただただ己の非力を嘆く。


 自分にはミシェルのように強くはない。

 アイドルとしての美貌ですら造り物で、元より自分には何もないのだ。

 あったのは、どんな手段を使っても周りからチヤホヤされたいという歪んだ承認欲求だけ。


(私は、人の為に死ぬことすら出来ないの……!?)


 絶望的なまでの無力感が、来夢の心を包む。


「ん……」


 その時、真澄の口が微かに開いた。


「……! 白河先輩……!」


 来夢はここぞとばかりに声を掛けるが、依然として反応は鈍い。


(なんとか、なんとかしなきゃ……!)


 焦る来夢とは裏腹に、真澄は今にも消え入りそうな瞳を向け、


「くるむちゃ……、よか、った……」


 まるで最後の力を振り絞るかのように微笑み、再び目を瞑った。


「え……」


 来夢は思わず、胸を打たれる思いがした。


 だって全部、私のせいなのに。

 私なんかを庇ったお陰で、死にそうにもなっているのに。

 なんで彼女は、私の無事を気遣うことが出来るの?

 そして――


「な、んで……そんな風に笑うことが、出来るんですか……?」


 気づいたら、涙が止めどなく溢れていた。


 本当に、呆れるくらいお人好しだ。

 こんな醜い卑怯者の為に、命まで投げ出すなんて。


「私には、命を懸けるだけの価値なんてないのに……」


 そう、私は白雪姫なんかじゃなく、みにくいアヒルの子。

 しかもその現実すら受け入れられず、世間をあざむき続けてきた。偽りの美貌を携えながら。

 矢向やむかい来夢くるむという少女は、最初から最後まで嘘にまみれた醜悪な人間なのだ。

 でも。


「それでも……!」


 何が美しいかくらいは、分かる。

 来夢は眠れる美少女の身体を強く抱きしめ、


「お願い……!」


 誰に対するでもなく、叫んだ。


「私はどうなっても構いません。

 顔もこのままでいい。必要なら命だって……!」


 彼女は美しい。

 これまで出会った、どんな女性よりもずっと。


 だからこそ、生きていてほしい。

 これほどまでに美しい少女を、この世から失わせてはいけない。


「だからどうか、お願いです」


 祈るような言葉が、次から次へと口から溢れ出す。


 これを愛と呼ぶのかはまだ分からない。

 ただひとつ確かなのは、人生で初めて抱いた偽らざる本心だということ。


「彼女を、助けてください――!」


 その時、矢向来夢は心から真澄の命を願う。




 そして、奇跡が起こった。


「ひか、り……?」


 来夢の体に、光が灯ったのだ。

 薄緑うすみどりの、柔らかい色をした光が。


 それは全身を包み込み、まるで生命そのものであるかのように脈動を始める。


「いったい、何が……?」


《……発現したんだ。

 新たな『異能』が、今、ここで……!》


「嘘……!」


「わたし」の言葉に、瑛里華は思わず口を押さえた。

 自身の『異能』も後天的に生まれたものだが、発現する瞬間を間近で見たのはこれが初めて。

 まさか、こんなにも美しいものだったとは。


「あ……、これ……」


「やりなさい、矢向来夢」


 戸惑う来夢に、ミシェルが背中越しに話しかける。

 視線を上げると、暴徒相手になおも奮戦する勇姿が映った。


「え……」


 その背は既に、返り血と埃で汚れてきている。

 だがそれでもパリジェンヌはその優雅さを崩すことなく、言葉を紡いだ。


「それは、貴方の想いに応えて生まれた能力。ですから信じなさい。

 その光はきっと、貴方の願いを叶えてくれますわ――!」


「……はい!」


 ミシェルの激励に来夢は溢れる涙を拭き、顔を上げた。


 そうだ、彼女の言う通りだ。

 嘘まみれの人生だったけど、今日この瞬間くらいは信じてみよう。


(だってこんなにも綺麗な少女が、命を懸けて救ってくれた私だから……!)


「お願い、生きて……!」


 来夢は光り輝く手の平をそっと、真澄の頭にかざす。

 すると光は真澄の全身を包み込み――




「――――来夢ちゃん」


 その後からは、この世でいちばん美しい笑顔が輝いた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「おおおおおおおおおっ!」


 男の咆哮が、校舎全体を揺らす程に響いた。


 午後5時30分、南校舎四階。

 なおも千を超える暴徒に包囲されていたが、英人の勢いは一向に留まる気配はない。


「ぐっ……! いい加減しつこいな、折れろよ!

 この状況でっ、往生際が悪いんだよ!」


「知るか!」


 英人は『聖剣』を薙ぎ、暴徒を吹き飛ばす。

 もちろん死なないように加減はしているが、それでも一般人からすればかなりの衝撃だ。

 数多の『異能者』たちは英人の体に触れるどころか能力の発動すら出来ずに、屠られていく。


(ぐ……! くそ、さっきとは思いきりのよさがまるで違う!

 まさかファイナリストたちの応援が、本気で奴に力を与えたのか!?)


 後退しながら、ケーブルで出来た表皮に冷や汗が伝った。

 本来ならすぐにでも背を向けて逃げたい所だが、今の彼の勢いは尋常ではない。

 少しでも暴徒の強化が遅れれば、一気にこちらの命まで刈られるだろう。


 このままでは、ジリ貧。


(なら……!)

 

 脳裏を掠めた策に、鵠沼くげぬまは僅かに口角を上げた。




 ◇




「――ここが、終着点か?」


 南校舎六階、大ホール。

 来賓を招いての講演やシンポジウムを行う趣ある会場の中で、二人の男は相対した。

 鵠沼はステージに立ち、客席の中央に佇む英人の周囲には数百もの暴徒が囲んでいる。


「……ああ。

 いい加減しつこいからね、ここで切り札を切らせてもらう」


 鵠沼が指を鳴らすと、その場に暴徒ほとんどが一斉に刃物を自分の首へと向けた。

 カッターに包丁、果ては鉄パイプの切っ先など様々であったが、どれも命を奪うには十分な獲物だった。


「条件変更だ。

 もし君がそこから指一本でも動かすようなら、僕はこいつらを自殺させる……!」


「……」


「両手の剣も下ろせ……!」


 その言葉に従い、英人は『聖剣』と『絶剣』を解除した。

 鵠沼は満足そうにニヤリと笑い、舌なめずりをした。


「はは……マジかよお前。こんなクズ共の為に本当に馬鹿だな。

 さてまずはどうするかな……」


 鵠沼は横目で暴徒たちを見る。


「よし、まずはこいつ等の手で徹底的にいたぶってもらおう。

 もちろん全世界に生中継でだ……『やれ』」


 すると一部の暴徒がスマホを構え、もう一部が拳を鳴らしながら英人の周りを囲んだ。


「死ね!」


 なんの容赦もなく、暴徒が無抵抗の英人相手に拳をめり込ませた。

 会場内に、肉と骨の潰れる音が響く。


 続いて他の暴徒達も次々に拳を打ち付けた。


「ハハハハハハハハッ! どうだ、痛いか!?

 自分が守ろうとした愚民どもから一方的に殴られるのは!」

 

 狂喜に表情を歪ませながら、鵠沼は大きくわらう。

 その間にも、次々と英人の体に刺さっていく拳たち。


 しかし、


「ぐ……!」


「か、硬っ……」


 先に音を上げたのは、暴徒たちの方だった。

 よく見ると、まるで岩にでも打ち付けたかのように拳が真っ赤に腫れ上がっていた。


「……! お、お前……!」


「……怒るなよ。

 動くな、と言ったのはお前だろ?」


 おそらく、自身の肉体を硬化させたのだろう。

 あれだけ殴られたのにも関わらず、英人は傷ひとつなくその場に立っている。

 

「ぐ……!」


「どうだ、次はお前自身が殴りに来るか?」


「舐めやがって……いいのか!? こいつらの命は僕のさじ加減一つだぞ!

 見殺しにすることが出来るのか、お前に!?」


 脅迫するように、鵠沼は暴徒たちに首元の刃を近づけさせる。

 だが英人に動じる様子はない。


「……逆に聞くが、お前こそ出来るのか?

 直接手を下すなんて芸当を」


 それどころかまるで鵠沼の限界を見透かしたかのように、冷たい視線を送った。


「……何が言いたい?」


「別に言ったまんまさ。

 こいつは少し前から思っていたことなんだが……本当はお前、直接命に関わるような指令は下せないんじゃないか?」


「はっ、何を言うかと思えば。

 最初に見せた光景を忘れたのかよ?」


「だからブラフだろ、それ」


 英人の言葉に鵠沼は表情を険しくした。


「……何故、分かった」


「不審に思ったのは機動隊が展開した時だな。

 そもそもお前からすれば、外部からの介入なんて出来るだけ避けたい事象だろ?

 だから来場客の自殺というカードは、そいつを防ぐのにうってつけだった筈なんだが……お前はそれを切らず、直接暴徒を動員して防ぐという手段に出た。というより出るしかなかったんだろうな。

 おそらく最初に見せたアレもサクラか何かだろ?

 つまり、お前の『異能』は操った人間を直接殺すことはできない。

 いや、より正確には、」


 言いながら、英人は静かに拳を構える。


「ただ自分の手を汚す勇気がなかっただけか」


 そのまま一気に鵠沼との距離を詰めた。


「がっ――!?」


 その一撃は、強化された動体視力を以てしても捉えることが出来なかった。

 殴られ、そして喋りながら、英人は既に脱力と体重移動を終えていたのだ。


 神速の一撃――めり込む拳が、鵠沼の胸を砕く。


「あ、あ……!」


 肉体は吹き飛ばされ、その勢いのまま背は壁に激突する。

 肺からは呼吸が逆流し、視界は一瞬漆黒に包まれかけた。


(に、逃げ……!)


 目の前からは、『聖剣』を携えた英人が迫る。

 おそらく、今から暴徒に守らせても到底間に合わない。


 そう瞬時に判断した鵠沼は、地を這うように跳躍して英人の攻撃を避けた。


「ひっ、ひぃいいいいっ!」


 まずは、逃げねば。

 客席に降り立った鵠沼は背を見せながら全力で遁走する。


「『邪魔だ、どけぇっ! そして全力で僕を守れぇええっ!』」


 こちらの弱点を見透かされた以上、もうなりふり構ってはいられない。

 暴徒の全てを総動員し、鵠沼はそのからの離脱を試みる。


「おおおおおおっ!」


 しかし、それでも元『英雄』は止まらなかった。

『聖剣』を使い、暴徒たちを蹴散らしながら一直線に鵠沼との距離を詰める。


 鵠沼は背中に突き刺さる恐怖に耐え切れず、僅かに後ろを振り向いた。


「斬る――!」


 嫌な、目だった。

 まるで此方こちらを、表立っては何もできない臆病者と決めつけるような。

 まさか、その眼付きのまま、自分を殺そうというのか。


「――ぼ、」


 確実に迫る命の危機を前にして――鵠沼の中の何かが、切れた。


「僕は、臆病なんかじゃないっ!

 舐めるなぁあああああああああっ!」


 絶叫にも似た咆哮が、ホール全体に反響する。

 ここで殺されるくらいなら、もうどうにでもなってしまえ。


「『死っ、ねぇええええええええええっ』!」


 それは鵠沼くげぬまさとるにとって、人生最大の開き直りだった。


「『死ね! 死ね! 死ねぇえええええっ!』


 一度言ってしまったら、もう後戻りは出来ない。

 まるで自身の臆病さを塗りつぶすかのように、「死ね」という言葉を連呼する。


 その狂気に応えるように、一斉に首筋に刃をあてる暴徒たち。


「……臆病、か。

 おかげでひとつ、思い出したよ」


 それを見た英人は小さく呟く。


「『英雄変化トランスヒーロー・オン』――!」


 瞬間、ステージ内は眩い光に包まれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] サブタイトルのマニアックさ。 このセリフ、て「ガンダ○ZZ」のマシュマーのザクⅢに対してドーベンウルフ隊長が言ったヤツですよね(笑)
[良い点] 死ねって命令して全員死んでしまったら、 相手に精神ダメージを与えられるけど 手札が消滅する上に、人質がいなくなることでもあるのにね。 精神的ダメージを与えるだけの目的で、 捨て身で行く覚…
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