いちばん美しいのは、誰㉙『まるで女王みたいだぁ……』
「ちょ……!」
そのあまりにも分かりやすすぎる反応に、瑛里華は思わず椅子から身を乗り出して振り向いた。
彼女が八坂英人を好きだということは、正直傍から見ていても分かる。
しかし、このような場所でさらけ出すというのは――
「えーその反応、やっぱりいるんですね好きな人!」
「えーと、うーむ……ははははは」
(笑って誤魔化した……!
いや全然誤魔化せてないんだけど)
後ろ頭を撫でながらヘラヘラと笑う真澄に、瑛里華は心の中でツッコミを入れた。
とはいえ、これはこれで衝撃発言である。
伝説のグランプリに片想いの相手がいるとくれば、
「え、まじ? 好きな人いんの? 気になる」
「もしかして俺?」
「んなわけねーだろ」
「もしかして私?」
「……そういう反応に困るのはヤメロ」
当然、観客の方も騒然とする。
別に今どき恋愛禁止という訳でもない。だがコンテストの真っ最中にバレるというのは、マイナスこそあってもプラスにはならないだろう。
「で、どうなんですかその人?
どんな感じですか?」
「えーどんなと言われましてもですね……いやーお答えしづらいといいますか」
「ちょっと、もういいでしょう?
本人がノーコメントって言ってるんだから、あまり掘り下げるのは酷でしょ」
純粋な親切心から、瑛里華はフォローを入れた。
「そうですぁ?
私的にはその八坂英人ってヒト、結構良いと思いますよ?
隠す必要ないですって」
しかし来夢はニコニコと笑いながら第二の爆弾を投下した。
瞬間、会場はひときわ大きくざわめく。
「え、八坂英人って誰?」
「確かウチの大学でアラサーの……」
「この前呟きで見たけど、隣に住んでるって……」
八坂英人なる人物は一体何者なのか。
観客の殆どがスマホ片手に、スマホ片手にSNSを物色し、共有していく。
「……こいつが」
「……この人が」
英人の情報が出回るのに、数分と掛からなかった。一人の男の存在が、世に出回った瞬間である。
その様子を見、瑛里華は来夢を睨みつけた。
「あ、アンタね……」
「いいじゃないですか。
それに八坂さんのことに関しては、東城さんとの関係の方が大学内じゃ有名でしょ?
ホラ会うたびに夫婦喧嘩してるって港北キャンパスじゃ定番ですし♪」
「う……」
瑛里華は思わず言葉に詰まってしまった。
確かにいま来夢が言ったことは、事実だ。
港北キャンパス内でそういう噂が流れているというのは耳に入っているし、友人の瑠璃子なんかは既に自分が彼に片思いしていると気づいている。
だがそれでも、このような場で暴露されるのは明らかなマイナスだ。
それに個人的な心情として、自身の恋心を闇雲に公表されるのも嫌である。
ざわめき続ける会場内。
いかにこの事態を切り抜けるか――瑛里華が思案を巡らせていると、
「みなさん! ここで私からひとつだけ言わせてください!」
不意に来夢が立ち上がり、前に立った。
「確かに白河さんと東城さんには、好きな人がいます! そして私はそれをあえて暴露しました!
ですがそれは決してお二人のことを貶めようとしてやったわけではありません!
ただこんなに綺麗で努力もされてる方たちが、純粋な恋を理由にバッシングされて欲しくないと思ったからです!」
口を開いた瞬間、あれだけ騒然としていた観客たちはまるで人が変わったかのように来夢の話に耳を傾ける。
昨日の件に経て、彼女の意見を金言として受け止める風潮が既に出来つつあった。
「これは他大のミスコンの話ですが、ファイナリストの一人が期間中に彼氏バレし、SNSで大炎上した事件がありました。
その方の元にはたくさんの誹謗中傷が寄せられ、最後は謝罪の呟きをしてアカウントを削除。順位も最下位になりました……。
でも、それっておかしくないですか? この人、ただ普通に恋愛をしていただけですよ!?
浮気も不倫もしてません。なのに叩かれてしまった」
来夢は目を瞑り、呼吸を整える。
「私、こんなの絶対におかしいと思います!
まぁ私はアイドルだからアレですけど……おふたりはあくまで大学生ですし!
それにまだ片思いみたいですから、ここは生暖かく見守ってあげるというのが筋だと思います!
なにせ恋するオンナノコは一番カワイイですから!
あ、ちなみに来夢は応援してくれるみんなに恋してまーす♪」
「「「「「おおおおおおおっ!!」」」」」
キャハ♪、と来夢がポーズをとると観客たちは一挙に盛り上がる。
彼等が単純だというのもあるだろうが、純粋に今の彼女のカリスマ性がすごいのだろう。
最後に来夢は二人の方へと振り返り、
「さぁ皆さん、お二人の恋愛成就を願って拍手!」
千を超えるファンたちをバックに、万雷の拍手を送った。
「……ど、どうもありがとう」
瑛里華は笑顔で手を振りつつも、内心では歯噛みする。
表面的な部分だけを見れば自分たちは彼女にフォローされた形になるが、これはどう考えてもマッチポンプだ。
自分たちへの支持を抑制しつつ、自身への支持をさらに集める。
加えて今の自身が持つ強大な影響力を誇示する、というのも目的としてあっただろう。
だがここまで周囲の支持を固められてしまった以上、今の自分たちにはどうすることもできない。
下手に反発したらこっちが大やけどする。
(……貴方なら、どうするの?)
瑛里華はふと、真澄を横目で見た。
すると、
「…………」
真澄は目を瞑り、静かに腕を組んでいる。
来夢の暴露にショックでも受けたのだろうか、と注視していると、
「……ふ」
「ふ?」
真澄はニヤリ、と口角を上げた。
「…………ふふ」
「ふふ?」
「ふふふふふふふふふ……!」
ますます口角を上げていく真澄。
何が起こったのと瑛里華が思うのも束の間、マイク片手に力強く立ち上がった。
そのまま来夢の真横に立ち、
「応援、ありがとうございますっっっっ!!!!!」
盛大に叫んだ。
「…………へ?」
突然の行動に、瑛里華は思わず口をポカンと開ける。
同様に観客たちも、真澄の迫力に気圧されたかのように鎮まり返った。
「し、白河さん……?」
「いやー、一時はどうしようかと思いましたが、まさか応援して下さるなんて感無量です!
これは女一匹白河真澄、是が非にでも頑張らなければなりませんねぇ。
本当にありがとうね! 来夢ちゃん!」
「は、はぁ……」
真澄は呆ける来夢の手を掴み、ブンブンと振る。
「いやーここまでお膳立てされたからにはやりますよ、私は!
胸に仄かな想いを抱いてより十余年、この一世一代の恋の成就をどうか見届けて下さい!」
そして掴んだ手を上げて笑顔で手を振ると、会場からは大きな歓声が上がった。
「いいぞー!」
「尊い……」
「真澄ちゃんならやれるぞー!」
青空のように明るい美少女の、清々しいまでに真っすぐな恋心。
これを嫌う人間などこの世に存在しえないだろう。
それを証明するかのように、来夢のファンですらも今は真澄の姿に熱狂していた。
「……す、すごーい、流石は伝説のグランプリですね!」
「えへへ……そんなことないですよ!」
「そんなぁ、けんそーん♪」
そのまま満面の笑顔で一緒に手を振る来夢。
「……」
だが一瞬、ほんの一瞬だけ表情が歪む。
その場でそれに気づいたのは、瑛里華と英人ただ二人だけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――やってしまいましたああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「やっぱり……」
午前11時。
控室として割り当てられた空き教室にて、真澄は絶叫していた。
「うわあああぁぁ、友利ちゃあああん……どうしよおおぉぉ……!
思わず会場のノリにガッツリ乗っかってしまいましたぁぁ……。
公衆の面前であんなワケのわからない宣言しちゃって、絶対変な奴だと英人さんに思われてるよおぉ……!」
「う、うん……」
友利は涙目の真澄をよしよしと抱きかかえた。
この子が時折謎行動するのには何度か直面しているので、既に慣れっこだ。
「うう……そう言えば、英人さんは?」
「ちょっと構内を回ってくるって。
もしかしたら気を使ってくれたのかも」
「そうですか……さすがは英人さん」
「う、うん……そうだね……」
目をこすりながら顔を上げる真澄を、白んだ目で見つめる友利。
恋は盲目、と言うがここまで向こう見ずなのも珍しい。
しかしそんな友利の思いもよそに、真澄は自身の頬をパチン! と叩いて立ち直った。
「よし! もうこうなったら最後までやってやりますよ!
アピールして、女王になって! そして英人さんに想いを……!」
ニヤリと口角を上げる。
「……ふへ♪」
「とりあえず、本人の前でその笑顔はやめた方がいいかも」
「おっとっと……友利ちゃん、次のステージは午後だよね?」
「えーと、三時だって」
スケジュール表を見ながら友利は答えた。
ちなみにそれまでの間は、第一ステージの時と同じくそれぞれが構内を回ってのアピールタイムとなる。
「よし!
とりあえずは心機一転、どんどんアピールしていきますよ~!
友利ちゃん、行きましょう!」
「う、うん」
扉を開けて廊下に出ると、校舎内は既に多くの来場客でごった返していた。
「うっひゃああ、人多いですねぇ……」
ドレスの裾を上げながら、真澄はヨタヨタと人込みをかき分けていく。
当然、その様子は嫌が応にも目立ってしまうわけで、
「……あ! 白河真澄だ!」
「うわーすご! 近くで見てもカワイー!」
「がんばれよー!」
すぐに人だかりが出来てしまった。
「えへへ、どーもどーも!」
集まってくる人たちに真澄は笑顔で手を振り返す。
「ねーちゃんサインちょーだいー!」
「あ! 俺も下さい!」
「え、私のですかー?
はいはい、いいですよー……はい、白河真澄っと。
おおぅ、なんだか芸能人になったみたいですね!」
生来の明るい性格からか、周囲には和やかなムードが形成されていく。
だがその時。
「「「「「――おおおおおおおおおおっ!」」」」」
廊下の奥から、まるで雄叫びのような歓声が聞こえてきた。
「うわっ!?
な、なんです!?」
びっくりしながら振り向くと、矢向来夢が夥しい数の来場客やファンを引き連れて歩いていた。
その数は真澄の周囲の比ではない。
「うわぁ、すごいね真澄ちゃん……」
「あれがマジモンの芸能人ですか……」
真澄はうーむ、と唸りながら目を細めてその一行を眺める。
だがすぐにその様子がおかしいことに気づいた。
「くるみん! ウチのサークルにヤバい奴がいて……」
「こっちは教授が単位をエサにセクハラを……!」
全員が、まるで縋るように来夢相手に不満や不正を訴えているのである。
「分かりました! 来夢にお任せ下さい!
というワケで皆さん、来夢に力を貸してねー♪」
「「「「「「うおおおおおおおおおっ!! くるみん! くるみん!!」」」」」」
来夢はそれらを快く引き受け、周囲はさらに熱狂する。
どうやら、学生の困りごとや悩みを解決してあげようとしているらしい。
「な、なんかすごそうなことやってますね……」
「……真澄ちゃん、見てこれ……」
振り返ると、友利が不安げな表情と共にスマホの画面を見せてきた。
矢向来夢の公式アカウントのページだ。
寄せられる呟きにはもちろん応援するものが多いが、中には
『この人からの誹謗中傷に悩まされています。助けてください!』
『イジメに苦しんでいます……』
といった学生ならではの悩みを訴えるメッセージが多数あった。
おそらく、昨日の件を受けて彼女に救いを求める人間が急増したのだろう。
……多分、いいことをしているには違いない。
けど――
胸に微かな不安と恐怖が浮かぶのを感じながら、真澄は再び振り返る。
「――さぁ、みなさん!
まずはこの大学から、一緒に笑い合える世界を作っていきましょう!」
満面の笑みで宣言する来夢。
そして、信じてついて行くファンと来場客たち。
その姿は、まるで迷える民衆を導く女王のようであった。




