いちばん美しいのは、誰㉘『嘘はつけない』
『■■■、今日もすっごく可愛い!
さすがは私たちの娘ね!』
『ああ、将来はママに似てすっごい美人になるぞ~』
……そうなの?
『もちろん!
だってこんなにも笑顔が素敵で、可愛らしいもの。
私たちの自慢の娘よ』
……本当?
『本当さ。
■■■はそのままでも十分すぎるほど可愛い。
それこそ誰にも負けないくらいに』
『そうよ、だから胸を張りなさい。
貴方はこんなにも可愛く生まれてきたのだから』
『『――可愛いよ、■■■』』
……うん、ありがとう。お父さんお母さん。
………………
…………
……
………………………………うそつき。
――――――
――――
――
「『Queen's Complex矢向来夢、引退覚悟でSNSでの誹謗中傷問題にもの申す。その姿は令和のジャンヌ・ダルクか』……すげぇタイトルだな、この記事」
スマホの画面をスワイプしながら、英人は小さく溜息をつく。
現在時刻、午前9時。
田町祭最終日ということもあり、既にキャンパス内には多くの来場客が詰めかけようとしている。
その混雑具合を眺めながら、英人は教授棟のヒムニスの個室で一息ついていた。
一夜経ち、矢向来夢の評判はうなぎ上りだ。
元々SNSやネットにおける誹謗中傷は社会問題の一つとして取り沙汰されてきたが、ここまで真正面からNOを突きつけたのは彼女が初めてだろう。
SNSでの発信が大きな広告戦略となっているはずの現役アイドルが、逆に誹謗中傷の撲滅を訴える――説得力としては十分だ。
だからこそ、これまでのSNSの有り様に不満を抱いてきた人間たちが一気に彼女の支持へと傾いたと言える。
「「くるみん! くるみん!」」
まだ午前のステージすら始まっていないというのに、すでにキャンパスでは「くるみんコール」が響いている。
歌や踊り、ルックスといった彼女が元々持っていたアイドルとしての魅力に、社会に対するオピニオンリーダーとしての魅力。
これらが合わさり、今の彼女はまるで救世の女神のように祭り上げられていた。
「……みんな心の奥底では、ああいう存在を求めてたってことか。
美しく、それでいて世の悪事を斬る、か……」
「――つまりは、私のことかしらね?
斬るではなく握りつぶす、ですが」
不意に声が聞こえたので振り向くと、第五共和国の『国家最高戦力』、ミシェル=クロード=オートゥイユがカップを手にカフェオレを嗜んでいた。
「毎度、いきなり現れるな。
ノックをしないのも淑女の嗜みなのか?」
「別にいらないでしょう、貴方には。
ずっと前から気づいていらした癖に」
「足音らしい足音も立てないでよく言う」
「単独行動が多い身分ですもの。
これこそ嗜みですわ」
ミシェルは不敵に笑いつつ、カップを机に置いた。
「しかしまぁ、凄まじいまでの盛況ぶりですわね。
あの少女……矢向来夢とか言いましたか。上手く扇動したものです」
「アンタも気になるか?」
ミシェルは立ち上がり、英人の隣まで歩み寄る。
「ええ。
確証はありませんが……間違いなくあの裏には居ますわね、『サン・ミラグロ』が」
「……だな」
英人は目線をずらし、南校舎のクイーン早応本部を見つめた。
最終日にして、矢向来夢ひとりに注目が集まるこの状況……何かをするにはもってこいの条件だ。
そのまま来場者全員を洗脳するもよし、注目の陰でなんらかの工作をするもよし。
それこそいくらでも手があるだろう。
「……必ず、この手で掴みますわ」
そう言うミシェルの眼には、微かな殺気が孕んでいた。
「――すみません英人さーん!
ようやく着替え、終わりましたーって、えええっ!? ミシェルさん!?」
その時、純白のドレスに身を包んだ真澄が友利と共に部屋に入って来た。
「あらご機嫌よう。
お元気そうね」
「あ、えーと……I'm fine, thank you. And you? じゃなくて!
どうしてここに……」
いきなりの再会に真澄はあたふたとしながら何故か英語で返事をする。
友利はやれやれといった表情だ。
「何、ちょっとした世間話です。
それよりそのドレス、私ほどではありませんがよくお似合いですわ」
「いやぁそれほどでも……あれ、今の褒められてます?」
ん? と首を傾げる真澄をよそに、ミシェルは優雅に出口へと向かっていく。
途中、友利とすれ違い、
「……あ、昨日はありがとう御座いました!」
「どういたしまして。
ですが淑女は一日にして成らず、ですわよ?」
頭を下げる彼女に優しく微笑み掛ける。
「は、はい!」
その言葉にしゃんと背を伸ばす友利。
「では、ご機嫌よう」
ミシェルは何事もなかったかのように手をひらひらと振り、去って行った。
「……ま、まさか新たなライバルの予感……?」
「多分違うよ、真澄ちゃん」
誰もいなくなった出入口を見ながら呟く真澄に、真顔で指摘する友利。
(……いや、カップは?)
その後ろでは英人が至極当然な疑問を浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午前10時。
田町祭四日目も本格的に始まり、中庭では先程以上の来場客がひしめいていた。
おそらく今日が田町祭最終日だからというのもあるだろう、学生に限らず老若男女全ての層がスマホ片手に行き来している様子がはっきりと見える。
だがそれでもやはり、今年の目玉はこれしかないだろう。
それは――
「さぁ始まりました! クイーン早応第二ステージ、『女王決定戦』午前の部!
今まで一年につき一人のグランプリを決めていましたが……今年はなんと、そのグランプリ同士が競い合います!
一昨年、昨年、今年……一体どの年のグランプリがいちばん美しいのか!
みなさん、気になるでしょう!?」
「「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」」」」」」
早応大学が誇るミスコン、クイーン早応である。
これまでも散々に話題をかっさらってきたが、第二ステージに入りその勢いはさらに増した。
今や日本中が注目していると言っても過言ではない。
「おー! すっごい返事!
女王を見たいという皆様の熱意がありありと伝わってきます!
さぁ野暮ったい前置きはこれまで!
これより早速、第二ステージに参戦する三人のグランプリをご紹介します!
皆さま盛大な拍手と歓声でお迎えください!」
司会が手を上げると、アップテンポのBGMと共にドライアイスの煙が勢いよく噴き上がった。
最終決戦というだけあって、その規模と迫力は昨日よりもパワーアップしている。
「さぁまずは一人目!
トップバッターはテレビ、雑誌等でマルチに活躍中する、みなさんご存じあの方!
キレイとカワイイが融合したまさに完璧JD!
ひと目惚れは当たり前、ふた目見ればきっと一生虜になる!
経済学部二年、東城瑛里華!」
煙が上がると、一人の美女がそこにいた。
その場の多くの観客が、歓声すら忘れて息を呑んだ。それほどまでに、その女性は美しかったのだ。
女は深紅のドレスを纏い、自慢の黒髪を優雅に揺らしてステージを歩いていく。
その姿はまさにレッドカーペットを歩く一流女優にも引けをとらない。
グランプリ獲得より一年。
話題性という意味では、全盛期よりも落ち着いてきたかもしれない。
しかし彼女は弛むことなく、ひたむきに女を磨き続けてきた。 「魅せる」ということを誰よりも考え続けてきた。
だからこそ、今の彼女――東城瑛里華がある。
「……今日は宜しく」
今日は勝つ。
その決意を胸に瑛里華が小さく手を振ると、方々からは小さな溜息が漏れた。
「き、今日は色気がすごいですね……!
さぁ二人目は、いよいよ伝説のグランプリが登場です!
――そう。最高の美少女とは、ただあるがままで美しい!
笑う時も、喋る時も、そうそれはチャーハンを食べる時でさえ!
かざらないからこそ美しい! 自然だからこそ、他者の追随を許さない!
綺麗とは、可愛いとは、魅力とはこういうことだ!
文学部三年、白河真澄!」
煙の噴出と共に、司会は大きく手を上げる。
現れたのは――
「……けほっ、こほっ!
ちょっと煙強すぎないですか、これ?」
純白のドレスに身を包む、透明感あふれる美少女だった。
涙目になりながらせき込んでいるが、その華麗さは微塵も失われることはない。
むしろ、彼女の親しみやすい魅力がより鮮明になっていた。
「白河さん、どうぞ前に!」
「あ、わかりました……とと」
ヒールにあまり慣れていないのか、真澄はたどたどしい足取りでステージ中央へと向かう。
そのかざらない姿に、観客たちは思わず頬を綻ばせていた。
真澄はなんとか中央までたどり着き、観客を正面に見据える。
自身を落ち着けるように、小さく息を吸い――
「……えー、本日はお日柄もよく……」
その第一声に、会場の全員がズッコケた。
「……真澄ちゃん」
「おいおい」
ステージ裏では友利と英人が呆れたように溜息をつく。
「あ、いや……進行はこちらでやりますので、ひとまずご着席を……」
「あ、そうだったんですか。
すみませんすみません……ここですね、はい!」
司会の指示通り、真澄はパタパタと歩いて自分の席にちょこんと座る。
「……思った通り、これはある意味強敵ね」
「? どうしました?」
「ただの独り言です……それより今日は、いい戦いをしましょう。
お互いの為に」
「……はい!」
真澄は力強く頷く。
歴代グランプリたちの登場に、会場は大いに沸き立つ。
しかしその数秒後、
「さぁいよいよ最後!
まさに昨日なりたての、出来立てホヤホヤのグランプリの登場です!
歌って踊れて可愛くて、さらには性格まで最高だ!
天はこの美少女にいったい何物まで与えるのかー!?
商学部一年、矢向来夢!」
それ以上の衝撃が、会場全体を轟かした。
「イエーイ!
みんなー! 今日もよろしくねー!」
ステージでは花火が炸裂し、自身の曲と共に『Queen's Complex』センター、矢向来夢が登場する。
派手な演出に、派手な曲。
さすが芸能人と言わんばかりだが、今の彼女の勢いはそれすら無意味に帰すものだった。
「「「「「「「「うおおおおおおおおっ! くるみん! くるみんっ!」」」」」」」」
例えるならば、それは大地の咆哮。
地が割れんばかりの大コールが、キャンパス全体を震わせる。
男も女も、老いも若いも全てがまるで人が変わってしまったかのように魅了されている。
まさに「偶像」の名に恥じない熱狂ぶりだった。
「たくさんの声援、ありがとーっ!
来夢、今日もがんばるねーっ!」
溢れんばかりの歓声を受け止めつつ、来夢はステージ上にある席に座る。
「白河さんに、東城さん、今日は宜しくお願いしますね♪」
その瞳に、余裕はあれども勝ちを譲るような油断はない。
「……ええ」
「宜しくお願いします!」
静かにぶつかり合う、三人の視線。
僅かに張りつめた空気に包まれながら、『女王決定戦』はスタートしたのだった。
………………
…………
……
数分後。
まずは軽い自己紹介を終え、フリートークのコーナーに入っていた。
とはいえただ自由に喋るのではなく、くじで引いたお題で話すというものである。
「では次の話題へと移りますね~。
出てきたのは……おっ、『好きなタイプ』!
これは興味深いのが来ました! ではお三方、お願いします!」
くじの結果に会場はどよめく。
特に男性からすれば是非とも聞いてみたい部分だろう。
「えー好きなタイプ、かぁ。
来夢的にはー……うーん……やっぱりしっかりしてて、あとは素直な人がいいかな!」
「しっかり、とは?」
司会からの質問に来夢はうーん、と唇に人差し指を当てながら、
「そうだなぁ……たとえば、学生だったら勉強とか部活とかを頑張ってて、サラリーマンの人だったらお仕事頑張ってるとか。
年齢とか稼いでるとか関係なく、目の前のことをちゃんとやってる人が良いというのがひとつ。
あとは良いことは良い、悪いことは悪いって素直に言ってくれる人がタイプです!
人間やっぱり素直が一番!」
来夢がニコリと笑うと、会場からは歓声と拍手が沸き上がった。
年収とか顔とかの欲がなく、かといって「優しい人が好き」みたいな適当な感じもない。
地に足の着いた回答に、彼女の好感度はさらに上がった。
「おお……さすがと言いますか、私も見習いたい所です。
東城さんと白河さんはどうですか?」
(……来たわね。
まぁ想定内の質問だし、ここは用意してた回答をしつつ……)
今度は二人に話しが振られ、瑛里華は頷きつつマイクを手に取る。
矢向来夢がああまで出来た回答をするのは予想外だったが、自分は自分のやれることをやるまで。
これまでの努力を思い返しながら、瑛里華は頭に叩き込んだ文面を口に出そうとする。
だがその時。
「そう言えば、おふたりって既に好きな人いますよね?」
その言葉に、会場は凍り付いた。
確かに事実だが、今それを言うか――?
瑛里華は心の中であからさまに眉を顰めるが、ここで慌てては相手の思うつぼ。
「……あれ、知ってたの?
そうそう最近やってるドラマで――」
瑛里華は瞬時に心落ち着け、臨機応変に切り返す。
だがその一方で、
「え、ええええええど、どうですかね?
こ、ここはやっぱり正直に言った方がいいですか……!?」
真澄はあからさまに動揺していた。




