剣客稼業~隙あらば他人語り~⑧『すれ違いざま』
その後も二人は相談を重ね、ひとまずの方針を決定した。
その内容というのはこうだ。
まず昨夜みたいに夜間は英人が『千里の魔眼』を使い、首都圏を中心とした半径数十kmの範囲を毎晩監視する。
高度な集中力と忍耐力を要するハードな役割だが、今の所これ以上の対策はない。
対する義堂は昼夜逆転の生活をする英人に代わって日中をメインに活動を行う。
警察組織のアドバンテージを活かし収集した捜査情報を還元するのが主な役目だ。
しかしこれは警察官である義堂にとっては明確な守秘義務違反。英人も最初は遠慮したが、「お前がそこまでしてくれるのだから、俺もやれるだけやる」と押し切られてしまった。
とはいえ広範囲を監視する必要がある英人にとっては少しでも犯人を絞り込む手掛かりが欲しいので、これはありがたい。
ここまで腹を括ったというのなら、彼に任せるしかないだろう。
こうして二人の作戦はスタートした。
夜は都内にある雑居ビルの屋上を占拠し『千里の魔眼』にて東京を中心に埼玉・千葉・神奈川の主要エリアを監視。
昼は疲労回復のため仮眠を取り、空いた時間で義堂との情報交換とその日の監視の準備をする。
もちろん大学に通っている余裕などない。犯人を捕まえるまでは全て自主休講だ。
春学期の単位がゼロになるだろうが、人命がかかっている以上気にしてはられない。
ちなみに家庭教師のバイトもこの状況だと厳しいので、都築家には長期間休む旨を既に伝えてある。
これで大丈夫、と英人は思っていたのだがすぐに美智子から直接電話が掛かってきて「いいから来てよ!」と駄々をこねられてしまった。
色々揉めたが結局は「休んだ回数だけ俺が美智子にラーメンおごる」と「俺が美智子に膝枕する」という約束(半ば押し付けられた形だが)をすることでなんとか事なきを得た。
……美智子の父親がクレームを入れてきた理由を今になってようやく理解させられた気がする。しかも何故膝枕……?
そんな疑問が浮かんだが、すぐに頭を切り替えた。
後はファンタジ-研究会の泉薫くらいだろう。サシ飲みの約束をさせられている以上、一報は入れておかねばならない。
とりあえずメッセージアプリで連絡しとけばいいだろと思い、英人は早速メッセージを作成した。
『すみません。この前のサシ飲みの約束ですけど、ちょっと外せない用事があるので延期させてください。』
内容はこんなものでいいだろう。早速メッセージを送る。これでOK。
ヒュポッ
メッセージを送って僅か数秒後、スマートフォンをポケットに入れるよりも早く返事を知らせる通知が鳴った。
さすが泉代表、レスポンスが早い。
と思いつつ、返事の内容を確認すると――
『いやどす。』とだけ返信が。
アンタ京都に縁もゆかりもないだろ、と英人は心の中でツッコむ。
しかし延期を飲んでもらわなければ困るので、すぐに返信する。
『お願いします! ちゃんと埋め合わせはしますから!』
正直下手に出ると後が恐ろしいが、背に腹は代えられない。
『じゃあ、二回私と飲んでくれるならいいよ。』
『ありがとうございます!』
何とか薫に許しを貰った。
回数が増えてしまったのは英人にとってしんどいが、要求は予想の範囲内なのでひとまず安心だ。
『これでツーチャン×2でフォーチャンだね。』
――だからいったい、なんのチャンスなんだ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
作戦を開始してから三日。
英人は夜間の監視を終えた後、自宅でしばらく仮眠を取ってから大学へと向かった。
大学に行くといっても最近欠席がちの講義を受けるためではなく、ヒムニスと話し合うためだ。
英人としては義堂からの捜査情報以外にもヒムニスルートでの『異能』関連情報も仕入れておく必要がある。
「よお。来たぜ」
教授棟の部屋の中ではヒムニスがコーヒーを持って待ち構えていた。
「やあ、待ってたよ。昨夜もご苦労様」
ヒムニスに促されるままに英人は中央の応接用ソファーに腰掛ける。
「何か新しい情報あるか?」
そして差し出されたコーヒーを大きめの一口で喉に流し込んだ後、早速ヒムニスに尋ねた。
徹夜明けの疲れた体に、コーヒーが染みわたる。
英人は普段からコーヒーを好んで飲む方ではないが、この感覚は結構好きだった。
「最後の事件以降、鳴りを潜めているからねぇ。残念ながら犯人に繋がりそうなものはない」
「……そうか」
英人はチラリとヒムニスの顔を見る。
うっすらと目の下を覆う隈。いつもより多い枝毛。
徹夜続きというわけではないだろうが、睡眠時間をかなり切り詰めてまで調査してくれているのだろう。
「けれど全く収穫が無かったわけじゃないよ」
「ん? 何かあるのか?」
そう言うとヒムニスはA4用紙を数十枚束ねた資料をテーブルに置いた。
英人はそれを手に取り、ペラペラとめくる。
「これは……」
「そう。今回の犯人が使う『異能』についての中間報告だ」
資料の中は難しい専門用語に細かいグラフやら図がびっしりと並んでおり、徹夜明けで疲労した英人の頭で全てを読み込むのは厳しい。
その様子を悟ったのか、ヒムニスは言葉を続ける。
「その報告書の内容を要約すると、犯人の『異能』は『現実世界のどこかに転移する能力』である、と結論付けている」
「この前言っていた仮説通り、ということか」
「ああ。けど新たに判明した事実もある。
事件の日には犯人の『異能』の影響と思われる空間の歪みが発生しているが、どれも距離にして数km~数十kmの空間転移起きたことを示す数値だった。
おそらく犯人は事件現場からかなり離れた場所で犯行を実施している」
「その場所の当てはあるのか?」
「さすがに範囲が広すぎてね……だがこの『空間転移』、『異能』の力だとすると距離がありすぎる。
だから『好きな場所に移動できる』ではなく『特定の場所にしか移動できない』と捉えるべきだ。
あらかじめ決められたゴールが設定されているのなら、この距離の『空間転移』は『異能』レベルでも充分可能だと私は考えている」
「つまり特定の転移先があるってことか……まあなんにせよ、やることは変わらない」
――おそらく其処が、五件全ての殺人が行われた殺人現場だろう。
英人はそう推理するが、とはいえ単独でその場所を特定するのは不可能に近い。
その辺りは警察に任せてこちらは犯人が出てくるまで監視を続けるしか方法はないのだ。
「しかし昨夜で四日連続も昼夜逆転の生活だろう? 体調は大丈夫なのかい?」
ヒムニスが珍しく英人の体調を気にかけてくる。
まあ力押しと言うか、無茶なやり方なので仕方ないと言えば仕方ないが。
「何、まだまだ大丈夫だ。
俺はこれでも異世界じゃ一週間ほぼ寝ずに魔族とやりあったこともあるし」
「す、すごいね……」
異世界での英人の戦い方は基本的にほぼ単独でのゲリラ戦闘が多かった。
魔族の軍勢に対して昼夜問わずヒットアンドアウェイで襲撃を仕掛け、相手に出血を強いて釘付けにするのが主な役割。
相手にする軍勢は多い時で万を超え、その時は二日や三日寝ずに戦い続けるなんてザラ。
だからこそ『英雄』になれたわけであるが。
「まあこのペースなら後三週間はなんとか、って感じだな」
英人にとってこれは決してハッタリなどではなく、事実だ。
ブランクがあるとはいえ監視の時間を夜に絞ったことで昼間は多少仮眠が取れるし、何よりこの程度ならなんとかなるという自負がある。
「分かった、信じよう。こちらでもできるだけのサポートはする」
「ああ。頼む」
英人はカップに残ったコーヒーを飲み干し、部屋を後にした。
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そしてさらに一週間、引き続き作戦は継続している。
昨夜も特に動きはなかった。
警察も首都圏を中心に捜査網を張ってはいるが、犯人確保はおろか新しい手掛かりすら入手できていない。
その日も英人は夜明けと共に一旦自宅に戻って義堂と電話で情報交換をした後、大学へと向かう。
そしてヒムニスとの情報交換も手早く終わらせ、今は自宅に仮眠を取りに帰るところだった。
さすがにこんな生活を一週間以上も続けていると英人も少し頭がボーっとしてくる。
顔を上げると、青々と茂る並木から木漏れ日が差し込んでいるのが見えた。
普段は柔らかく優しい光のはずなのに、妙に目に染みるのは疲れのせいだからだろうか。
――今日で前回の殺人からおよそ十日。
「――っと」
これまでの傾向から言って、犯人もそろそろ痺れを切らしてくるはず。
おそらく奴は「人を殺す」という行為に飢えているに違いない。
「ねえちょっと」
――となると、今日明日が山場となるか。
「ちょっと!」
そこまで考えたところで、英人はようやく己を呼ぶ存在がいることに気付いた。
認識するまでに時間が掛かってしまったのは偏に寝不足で注意力が散漫になっていたからであろう。
「誰だ俺を呼ぶのは?」と思いつつ、英人は気怠げにゆっくりと声のする方へと振り向くと、
「ちょっと無視しないでよ!」
そこに立っていたのは、誰もが羨むような飛び切りの美人。
そう。言わずと知れた昨年のミス早応、東城 瑛里華である。ご丁寧にお友達まで一緒だ。
――なんの用だろう?
そう思いつつとりあえず受け答えする。
「おう久しぶり、あのビンタ以来だな。おかげ様で闘魂が注入された」
頭が回らないせいか英人は自分でも訳の分からないことを口走った。
英人としては正直早く帰って寝たいので、例え会話が噛み合わなくても適当に切り上げられればそれでいいのだが。
「はぁ? それが見捨てた女性に対する物言い?
アンタ他に言うことあるでしょ」
「正直すまんかった」
「真面目にやれ!」
英人の言い方が悪いのもあるが、今の瑛里華は妙にイライラしていた。
とかく自身の好感度に敏感な彼女であるが、どうも英人の前ではそれを忘れて感情を爆発させてしまうらしい。
「ああ悪かった悪かった……君を見捨ててしまって、本当に申し訳ない」
英人は場を早く収めるため、今度は義堂を真似して深々と頭を下げる。
腰の角度は完璧な九十度。今時ビジネスマナー本でも推奨されないようなやり方だ。
「……そ、そうよ。分かればいいのよ。
まあ男だから体を張ってまで守れ、とまでは言わないけど? やっぱり何もせずってのはどうかと思うから」
さすがにすぐに謝ってくるとは思っていなかったのか、瑛里華は若干うろたえる。
なんにせよ謝罪は有効だったということらしい。
「ああ。悪かった」
「フン。次はそうそうないと思うけど、気を付けてよね」
どうやら彼女も矛を収めてくれたようだ。
なら話は済んだし、もう行こう――そう思い、英人は頭を上げてその場を去ろうとする。
そのまま瑛里華の横を通り過ぎようとした時。
「――大丈夫。次『も』、ちゃんと助けるさ」
「は、はい……って、えっ」
その半ば無意識に放った言葉は、寝不足のせいもあって言った当人の頭の中に残ることはなかった。
「…………」
「ねえ瑛里華?」
「なによ瑠璃子」
「いや、何か瑛里華が男に対してここまでムキになるのって珍しいなーって」
「そりゃアイツのしたことを考えたら当然よ」
「それはそうなんだけど……うーむ」
(そうよ。アイツは女性を見捨てるロクデナシのはずなんだから……!)
………………
…………
……
その日の夜。
自宅で仮眠を取った英人はいつものように都内の雑居ビルの屋上に陣取り、監視を続けていた。
義堂が差し入れでくれたキャンプ用のチェアーに座り、そして時折夜食のあんぱんを頬張るという態勢だ。最初こそはブランクもあって少々しんどかったが、今ではこの昼夜逆転の生活にも慣れてきた。
もはや元の生活サイクルに戻す方が若干億劫に思えてしまうほどだ。
今日も『千里の魔眼』で拡大された視界には、首都圏での人の営みが映っている。
全国的には人口減少が騒がれているが、首都圏では今でも地方からの流入による人口増加が続いている。数で言えば既に3,500万人を超えているそうだ。それは実に全人口の約3分の1となる。
今回見つけるのは、その3,500万人の中からたったの一人。
改めて数字にするとなんとも気の遠くなる話だが、弱音は吐いてられない。
――たとえ限界を超えても、お前を捕捉するまで見続けてやる。
そう思いつつあんぱんを食べ終わった時、視界に気になるものが映った。
そいつは都内のとある都市に現れた。
服装こそ前回とはやや異なるが、背格好や足の運びは同じ。
そしてあの細長いバッグ。
そう、明らかに「奴」だ。
英人は早速メールで義堂に連絡を入れ、自らは跳躍の準備に入った。
「待ってたぜ……!」
距離はそれほど離れてはいない。
英人は一気に詰め寄る為に込められるだけの魔力を脚に込め、渾身の跳躍を放つ。
――これで、終わらせる。
その決意と共に、英人は夜の街へと飛び込んだ。




