いちばん美しいのは、誰㉖『もう止めましょうよ!』
「ちょ……、なんなんですかこれ!
ちょっと!」
焦燥した表情を浮かべ、ひよりはモニターの前で右往左往する。
少しでも隠したいという心情からの行動だろうが、小柄な体も相まって全く意味を為していない。
その間にも、観客の中には疑念と懐疑が波紋のように広がっていった。
「え……なにあれ……?」
「よく分からんけど、久里浜律希の件を仕組んでたってのが登戸ひよりってこと?」
「遠くてよく見えねー」
そんな呟きがぽつぽつと湧き上がってくると、YoShiKiは待ってましたとばかりに手を叩く。
「同じ画像は『クイーン早応』の公式アカウントにも上げたから、見えづらい人はそっちを参照してプリーズ!」
観客は一斉にスマホを取り出し、SNSを食い入るように見つめる。
そのまましばらくすると、一気に怒声が上がりだした。
「ハァ!? どういうことだよこれ!」
「じゃあ全部あいつが裏で糸引いてたってことか!?」
「ふざけてんだろ!」
そもそもが度重なる炎上で燃えやすくなっていた状況である。
新たな問題の浮上は、油でもぶちまけたかのように瞬く間に観客の感情を逆撫でした。
「おい! 何とか言え!」
「やっぱ猫被ってたんじゃない!
本性現したわね、クズ!」
「ち、ちが……私は……!」
「何が違うってんだよ!」
先程とは打って変わっての激しい追及に、ひよりは思わずたじろぐ。
だが、
「――ッ! だから、違います!」
生来の底意地の悪さが、彼女をすんでの所で踏みとどまらせた。
音が割れんばかりの叫びが、観客の怒声を切り裂く。
「何で私がこんなことしなくちゃいけないんですか!
私は正々堂々と戦いたい、ただの大学生です!
こんな画像、今どきいくらだって捏造できる! 皆さん、騙されないでください!」
「えー?
そんなはずはないと思うケドなぁー。
ねェ、来夢チャン?」
「はい」
YoShiKiからの問いに、来夢は神妙な面持ちで頷いた。
しかしひよりはなおも食って掛かる。
「だからこんな画像は何の証拠にも――『その画像、撮ったのは来夢なんです』……は?」
だが当然の告白に、ひよりは思わず口をポカンと開けた。
「休憩中に校舎内を歩いてたら、たまたま見かけちゃって……。
すぐにいけないことしてるって分かっちゃいました。
だから来夢、思わずスマホで撮っちゃったの。
別にそれで脅したりとか、そういうことをしようとしたわけじゃないの。
ただやっぱり一人の人間として、押さえておかなきゃなって……。
でも来夢は臆病だから、最初はやっぱり怖くて、中々言い出せなかった」
「で・もぉ~。
今日はちゃーんと勇気を出してボクちゃんにその画像を託してくれたんだよね~?」
「はい!
やっぱりこういうのは、いけないと思いましたので!」
来夢は立ち上がり、覚悟を決めた表情で観客の前に立つ。
現役のアイドルが、意を決して告発する。
普通の人間にとってはそれだけでどんな言葉にも勝る説得力を持っていた。
「なんで……!
いや、貴方のやっていることこそ盗撮ですよ!
仮にもテレビに出ている人が、こんな真似をするなんて!」
「ということは、この写真は事実だと認めるんですね!」
「そんなことは言ってない!
ただこんな晒上げるようなマネ……!」
最早なりふり構わってはいられなくなったのか、相手が芸能人だろうと必死に食い下がる。
ここで少しでも引いたりしたら終わりだと本能が察しているのだろう。
「それは、登戸さんがやっていたことじゃないですか!
人には誰しも隠したい過去や物事の一つや二つはあります!
いくらグランプリの為だからって、そういうのを暴くなんて……来夢は、良くないと思います!」
「――ッ!
だから! もっと確かな証拠を持って来てよ!
こんな画像、どうとでも解釈できる!
私、映研にも友達がいますから当日は遊びにも行ってましたし!
こんなのその時の写真でしょ!?」
「まだそんな……!」
「いいから証拠だせ! 証拠を!」
これまでの可愛らしい表情が嘘のような、焦燥と怒りに塗れた表情。
なんとしてでも煙に巻くつもりだ。
「「――証拠なら、あるぞ(よォ)?」」
だがそれに対し、英人とYoShiKiはが同時に口を開いた。
「…………は?」
またも唖然とするひよりを横目に、YoShiKiは大きく両手を広げる。
「オゥ、君もあったの?」
「まぁな」
「ホホゥ、それは強い。
じゃあまずは次の画像だしちゃって!」
YoShiKiが手を叩くと、モニターの画面が切り替わる。
出てきたのは、二つの指紋の画像が拡大表示されたスライドだった。
「これはあのDVDについてた指紋と、とある人物の指紋を並べたものでーす!」
「まさか……」
「そう、もちろん君の指紋だよひよりちゅぁーん!!」
憎たらしい笑顔でひよりの表情を覗き込むYoShiKi。
DVDの指紋は、おそらく昨日英人が借りてた(騙し取ってた)DVDを返した後に採取したものだろう。
「けど、いつ私の指紋なんて……!」
「別に運営としてやってる以上、ファイナリストの触れた物を回収するなんてワケないしぃ?
それにほら、昨日のジャグリング。あそこにはたーくさんついてたZE?」
「嘘っ……!」
ひよりは思わず手で口を押さえる。
まさか彼がここまでしてくるとは思ってなかったのだろう。
「さーこの二つを特殊なソフトを使って照合させるとー……おおなんと、適合率99.9%!
ほぼ間違いなくご本人様!
うーん、これはサプライズッ! ボクちゃん思わず腰が抜けちゃうZE!」
モニターでは指紋照合のソフトが使用され、二つの指紋が一致している旨が表示される。
それはまさに誰が見ても分かる、「明確な証拠」だった。
観客の中の、疑念と非難の視線がより一層強さを増す。
「な……で、でもこんなの偶然です!
さっきも言ったように、当日は私も遊びに言ってますから!
その時に多分触ってしまっただけです!」
それでもなおひよりは反論を続けるが、英人は小さく鼻で笑った。
「……ほう?
なら、俺の持ってる証拠も出そう。
辻堂響子、小田原友利のスキャンダルを暴露したアカウントがあったよな?」
「ええ、ですがそれが!?
私は何の関係もないです!」
ひよりは英人をキッと睨むが、動じることなく続ける。
「実は今、それ関係の捜査が進んでいてな……結果、あれとお前が普段使いしているアカウントのIPアドレスが一致したという報告が出た。
まぁ捜査情報なんで本当は他言無用なんだが、いずれ正式に公表されるだろう」
「え、な……!?」
突きつけられた情報に、ひよりは目を見開いて驚愕した。
アカウントの特定は、は昨日義堂に依頼していたことのひとつだ。
通常であれば開示請求にかなりの手続きと時間を要するが、今回は『サン・ミラグロ』も関与しているという情報もあるため突貫工事でやってもらった。
超法規的措置という奴であり、今回の公表についても純子経由で特別に許可をもらっている。
もっとも、ひよりのアカウントそれ自体はあくまで副産物に過ぎない。
「で、でも!
今、この場で出せないんでしょう!?
だったら……!」
「確かに証明するものはないが、これは紛れもない事実とだけ言っておく。
まぁ信用に足るかどうかは、お前が一番分かっているだろう」
「ぐ……、くぅっ!」
英人の言葉にひよりは思わず一歩後ずさる。
「警察」という単語を出されては、下手な食い下がりは不利になると踏んだのだ。
そもそも証拠という点では、DVDの指紋という時点で決定的だった。
「そ、そんな……こんなのって……!」
いよいよ自身の敗北を悟り、ひよりの顔からは血の気がみるみる内に引いていく。
何とか残していた強がりも、この言い逃れの出来ない証拠たちを前に脆くも崩れ去っていった。
「ふざけんな! この野郎!」
「人間のクズ!」
「グランプリ取りたいからって、そこまでやんのかー!」
ひよりの様子と反比例するように、観客たちは激情に染まっていく。
何せ、これまで起こってきた騒動が全て仕組まれたものだと分かったのだ。
散々振り回された怒りも併せ、憎悪にも似た視線が一挙に集中する。
既に、暴発寸前だった。
「何とか言えよコラァ!」
観客の一人が、ステージに上がろうとする。
それにつられ、二人、三人と。
「すみませんステージは立ち入り禁止です!」
だがその前に、YoShiKiが独自に招集した警備員の列がガードした。
こうなることを見越して事前に配備していたのだろう。
その様子に少々安堵しながらも、英人は内心眉を顰めた。
(他のファイナリストもいるってのに、ステージまで飛び掛かるか……。
さっきまでのヤジといい、観客全員、異常なまでに沸点が低くなってやがる……!)
おそらく、これも『異能』の影響なのだろう。
幾度の炎上を経て、他者に対する追及の度合いが明らかに先鋭化しつつある。
――どけぇ! ――ふざけんな!
かつてないほどの怒声と罵声が、キャンパス内に響き渡る。
(……このままでは、危険だ)
もしもの時に備え、英人が静かにステージ前へと出ようとした時。
「――皆さん、もうやめましょうっ!」
来夢の発した一言が、その喧騒を切り裂いた。
観客はまるで毒気を抜かれたように、彼女の方へと視線を向ける。
「確かに登戸さんは罪を犯しました、それは事実です!
でも寄ってたかって叩くのはダメ!
そんなのただのイジメだよっ!」
「いやでもくるみん……この女の所為で、あやうくクイーン早応が滅茶苦茶に……。
だから告発したんじゃ……」
前列にいたファンの一人が問いかけると、来夢はブンブンと勢いよく首を横に振った。
「違う!
来夢が望むのは、フェアにみんなと競い合うこと!
こんな陰謀や騙し合い、誹謗中傷じゃなくて、真正面から正々堂々と戦い合うことなんです!
私が今回のことを告発したのは、登戸さんを責めるためじゃない!
ただ少しでも『クイーン早応』の環境が良くなればと思ったからです!」
来夢はマイクを両手でしっかりと握りつつ、さらに一歩前に出て観客に訴えかける。
いくら警備員のバリケードがあるといっても、少々危険な行為だ。
だが彼女は決して怯むことなく口を開いた。
「今日ここにいらした来場者の皆さん! そしてテレビやネットを通してこの光景をご覧になっている視聴者の皆さん!
聞いてください!
私がこのイベントに願うことはただ一つ、それは互いが互いを尊重しながら競い合うことです!
たとえその結果グランプリが取れなくなったとしても、最後はみんなと笑い合いたい!
高島先輩たちは勿論のこと、登戸さんともです!
だから来夢は、彼女がしたことは責めても彼女自身のことはこれ以上責めようとは思わない!
……YoShiKiさん」
「んんー?
何だァい?」
「どうかこの件、登戸さんにこれ以上の非難が集中しないように、マスコミやテレビに取り計らってもらえないでしょうか。
もちろん、小田原先輩の件も掘り返されないように」
その言葉にYoShiKiは困ったように両手を上げ、
「えぇ~?
確かにボクちゃんの伝手を使えば出来るけど~、マスコミたちも既に動き始めているだろうから多分反発すごいよぉ?
もしかしたら来夢チャン、干されちゃうかも」
「構いません!」
来夢はキッパリと言い放つ。
「……へェ?」
「別にこれがきっかけでお仕事が減ってもいいです!
それを含めて来夢の実力ですから!
でもそれ以上に、お互いが傷つけ合うような、こんなヒドい環境をどうにかしたいんです。
せっかくみんな頑張って色々と努力しているのに、笑い合えないなんて……。
そんなの……悲しいですから……」
来夢は目じりに涙を浮かべながら、再び観客の方へと向き直る。
「……今、SNSで悪口を言ったり、人を傷つけたりしていることが問題になってるって聞きます。
私はあまり社会のこととかは詳しくないけど……そういうのっていけないと思うんです。
確かに、ネットとかSNSってそういう側面があると思うし、実際こういう問題が起きてしまった。
でもだからこそ、これを最後その風潮を終わりにしたい!
これを見ている全ての皆さん、もう傷つけ合うのはやめましょう!
――その為なら私、アイドルを辞めたって構いません!」
その一言に、会場は一気に騒然となった。
現役アイドルが不正の告発をしたと思ったら、その直後に引退宣言である。
これで混乱しない方がおかしいだろう。
だが、それでも徐々に。
「……いいぞー!」
「うおおおっ! そうだーっ!」
賛同する声が上がっていく。
最初はファンから、さらには一般人まで。
元々、SNSでの騒動に振り回され続けてきた反動が来たのだろう。
賛同の声は共鳴するように加速度的に勢いを増し、炎のように燃え上がる。
「「「「「「うおおおおおおおおおっ! くるみん! くるみん!」」」」」」」」
最終的には、空を割るばかりの「くるみん」コールがキャンパスを轟かした。
(……さすがに、上手くやるな)
英人はそれを静かに見つめる。
そう、これだ。
これこそが危惧していた事態だった。
登戸ひよりという極上の悪役を餌に、圧倒的なまでの支持を獲得する。
久里浜律希の件を掴んだ時から、YoShiKiの頭には既にこの光景が浮かんでいたのであろう。
さらには友利の父親の件も暴露されたことで悪役度合いは増し、よりその効果は高まった。
無論、わざわざこんなことをせずとも既に彼女は圧倒的な得票率を持っている。
これは明らかに明日の第二ステージに向けての布石。
歴代のグランプリ相手に、矢向来夢は本気で『女王』を獲りに来ているのだ。
「みんな、ありがとーっ!
それでは聞いてください! 『女王欲求』!」
来夢がピョンと跳ねると、まるで待ち構えていたかのように曲が流れて彼女の単独ライブが始まった。
学生も来場者も、子供も大人も、そして男も女も、みな魅入られたかのように彼女の一挙一動に熱狂する。
ステージは彼女の独壇場のまま、幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして午後7時。
『クイーン早応』第一ステージの最終結果が発表された。
最終結果は以下の通りである。
一位:矢向来夢……71%
二位:高島玲奈……10%
三位:久里浜律希…… 7%
四位:辻堂響子 ……6%
五位:小田原友利…… 4%
六位:登戸ひより ……2%
栄えある今年度のグランプリは、当初の下馬評通り矢向来夢がグランプリを獲得。
その得票率は最終的には70%を超え、まさに圧倒的勝利に終わった。
準グランプリには高島玲奈が順当に選ばれたが、今回ばかりはあまり意味を為さないだろう。
兎にも角にも、これで遂に役者は揃った。
クイーン早応第二ステージ、女王決定戦。
白河真澄、東城瑛里華、矢向来夢――三人のグランプリが、己のプライドを懸けて互いの美貌をぶつけ合う。
果たして、誰がいちばん美しいのか。
四日目――田町祭最終日。
女王の座を巡り、華々しくも苛烈な三つ巴の戦いが幕を開ける。




