いちばん美しいのは、誰㉕『皆さんが静かになるまでに四分かかりました』
「うーん……一体何が起こっているの……?
何か突然リムジンが来て止まったと思ったら、知らない外国人が英人君と一緒に降りてきて……うーん……?」
二階へと続く階段の下で、真澄の母はうーんと唸る。
正直二人について行って中の様子を見てみたかったが、あのパリジェンヌのような外国人女性の存在感を前にあっけにとられてしまった。
せっかくの機を逃してしまい、今はこうして遠巻きに様子を見ているしかない。
そのまま数分待っていると、
「あ」
部屋の扉が開き、中からは四人の男女が出てきた。
慌ててリビングに戻って覗いていない振りを装いつつ、降りて来るのを待つ。
「お母さん、今から皆さんと出かけてきますね!」
最初に響いてきたのは、娘である真澄の声だった。
「え、ええ。行ってらっしゃい。
気を付けてね」
「はい!」
それはいつもの笑顔と声だったが、いつもよりも意志の強さのようなものも感じられる。
やはり何かあったのだろうか、と考えていると今度は友利が姿を現した。
「私も行ってきます。
ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや迷惑だなんてそんな……」
真澄の母は手を振りつつ、彼女の様子を眺める。
それは初めて見る、彼女の姿だった。
先程までのような悲壮感はなく、またここにきた当初のような穏やかでのんびりした空気も薄くなっている。
もしかしたらこれが、彼女の本当の姿なのかもしれない。
真澄の母は、パタパタと友利に駆け寄る。
「……今の貴方も、とっても素敵よ。
そのままグランプリ取っちゃいなさい」
「……はい!
ありがとうございます」
友利は笑顔で頭を下げ、出発していった。
「――さて、とりあえずはこんなものでしょうか。
さすが極道の娘だけあって、根は負けず嫌いだということなのでしょう。
ふふ、それでこそ焚きつけた甲斐があるというもの」
「いきなり自分の腕切ったのはちょっとびっくりしたけどな。
いつもあんな感じなのかよ?」
「おおよそは。
今回は相手がいたいけな少女だったので、多少は手心を加えましたが」
「ちなみに相手が俺だったら?」
「もちろん全力で握り潰しつつ、根性を矯正するまで吊るし上げますわ」
「こええよ」
「ふふ……しかし、意外でしたわね?
節介焼きの貴方の事ですから、てっきり口を挟んでくると思いましたのに」
「……別に。
ただかつての知り合いに、似たようなことを言う奴がいたなと思っただけさ」
「……へぇ」
「さて。
祖先と子孫に恥じぬよう、俺もぼちぼち体張るとするかな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後三時。
田町キャンパス中庭、大ステージにて。
「さぁいよいよ始まりました『クイーン早応ラストアピールタイム』!
これまで沢山のドラマがあった『クイーン早応』第一部もいよいよ最終日。
最後の票獲得のため、華麗なるファイナリストたちが鎬を削ります!
ますます増える来場者の皆さんのハートを射止め、今年度のグランプリに選ばれるのは誰だ!?
さぁファイナリストの皆さんのご登場です!」
司会の言葉と共に、ステージを十重二十重に囲む観客からは凄まじいまでの歓声が上がる。
YoShiKiによる宣伝もそうだが、これまでのSNSを巻き込む騒動が良くも悪くも注目度の上昇に一役買っていた。
さらに周囲にはYoShiKiの伝手でテレビ局のカメラも集結しており、さながらテレビ番組のような様相だ。
軽快なBGMと共に、ドライアイスの煙が立ち上がってファイナリストたちが一斉に壇上へと上がる。
先頭にいるのは高島玲奈だ。
「まずはエントリーナンバー1番!
皆さんご存じ高島家のご令嬢!
容姿端麗、文武両道、才色兼備! 彼女を表す四字熟語には限りがありません!
全てが美しく、全てが完璧!
経済学部四年、高島玲奈!」
玲奈が照れ臭そうに手を振ると、学生を中心に大きな歓声が上がる。
やはり普段その活躍ぶりを目の当たりにしている学生層からの支持は圧倒的だ。
さらに特技は手芸と、その可愛らしいギャップからか一般層からも注目を集めつつある。
「エントリーナンバー2番!
愛くるしい後輩キャラで現在人気急上昇中!
女の子はやっぱり愛嬌! 得意の笑顔でどんな堅物男でも瞬時にタジタジだ!
ジャグリングだって出来ちゃうよ!
法学部一年、登戸ひより!
「みなさーん! 今日もよろしくですぅー!」
ひよりが手を大きく振ると、雄叫びにも似た野太い歓声が沸き上がった。
男性、特に年上からの支持は圧倒的だ。
「エントリーナンバー3番!
綺麗な薔薇には棘がある!?
表は可憐、裏では毒を吐きまくっています!
ですが裏と表、そのどちらもが彼女の魅力! 全部まとめて好きになれ!
経済学部二年、辻堂響子!」
続いて入って来たのは辻堂響子。
流石に前二人と比べると拍手はまばらであったが、それでも確実に支持者はいる。
サバサバ系女子として女子からの共感も密かに集め始めているのも大きい。
「エントリーナンバー4番!
普段は法学部一の秀才! しかし一度眼鏡を取れば夜を舞う蝶に早変わり!
年上、年下、何でもござれ!
会う者すべてを骨の髄まで楽しませて差し上げます!
法学部二年、久里浜律希!」
今日の彼女は眼鏡をはずし、本気のパパ活モード。
こちらも拍手の数はまばらなれども、昨日の演説とパパ活の本気具合が評価を一転させた。
「しっかりと相手を楽しませるプロ」という評判とともに、世のオジサンたちのハートをガッシリ掴む。
「エントリーナンバー5番!
もはやテレビでお馴染みの『Queen's Complex』不動のセンター!
歌ってよし、踊ってよし、最早ただ立っているだけでもよし!
刮目せよ、溢れんばかりのこのオーラ! これが芸能人だ!
商学部一年、矢向来夢!」
「やっほー! みんな元気ぃ!?
今日もよろしくねー!」
「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ!!!! くるみん!!くるみん!!!」」」」」」」」
フリフリの衣装を着た少女が現れた瞬間、会場からはその日一番の歓声が沸き上がった。
もはやこのまま一曲歌い始めてもおかしくないような盛り上がり。
やはり現役アイドルに対する注目度は段違いだ。
他のファイナリストが鎬を削る中、圧倒的な得票率で一位を独占し続けた実力は伊達ではなかった。
来夢の登場により、ステージの空気は最高潮まで跳ね上がる。
残るファイナリストは後ひとり。
しかし、その者はまだ来ていない。
それに下手に名前を挙げて盛り下げるのもマズいだろう――そう判断した司会がそのまま進行しようとした時。
「ま、待って下さい~!」
やや間延びした声が、ステージに響いた。
登壇してきたのは、白い衣装を身に包んだ少女。
だが、纏う雰囲気はこれまでとは全く違っていた。
かつてあったほんわかとしたオーラはすでになく、覇気に満ちている。
とてもスキャンダルがあったような人間とは思えぬような気の尖り方だ。
「な、なんとか間に合った……ゴホン!
私も、ステージに参加します!」
「え、えっと……!」
「いいですよね!?」
「は、はい……」
有無を言わさぬその目力に、司会は思わず頷いた。
だが観客の方はそうはいかない。
「引っ込めー!」
「空気読めよ犯罪者!」
「場を白けさせてんじゃねーよ!」
様々な罵詈雑言が一挙に飛び交う。
むろん実際に口に出す人間はさほど多くなかったが、それでもほとんどの観客が友利を視線で非難する。
犯罪者の娘が何しにここにきた、と。
このまま放っておけば物まで投げ込まれてきそうな勢いだ。
しかし、淑女は怯まなかった。
睨むことなく、背けることなく、観客の方をしっかりと見つめる。
「え、えと……どうしよ……」
どうしたものか、と司会は困ったように声を漏らすが、
「すまん、マイク借りるぞ」
「ちょ、ちょっ……!」
いきなり割り込んできた英人がすんなりとそのマイクを取り上げ、高らかに宣言した。
「……お待たせしました、エントリーナンバー6番!
それは穏やかな外面に隠された、熱き魂!
例え親が何であれ、絶対に負けない!
いかなる悪評、逆境にだって受けて立つ! その覚悟でここに来た!
文学部三年、小田原友利!」
無論、その口上があっても拍手が立ち上ることはない。
でも雑音は幾分か静かになった。
「失礼した。どうぞ」
「え、ええ……」
マイクを返され、司会は訳も分からずといった様子で予定表を眺める。
次はエントリーナンバー順に一言アピールをしてもらう予定だったが、こうなってしまってはもうヤケだ。
「え、えーと……じゃあ、せっかくですし、まずは小田原さんからアピールを……」
ここでイレギュラーは全部処理した方がよいと判断し、友利に全てを丸投げ、もとい委ねることにした。
その計らいに、友利は深く頭を下げる。
「ありがとうございます!
……では、まずは私から始めさせてもらいます。
私は――」
「いやいやちょっと待って下さいよ。
流石にこの人がステージに立つのは問題アリじゃないですかぁ?」
だが始めようとした矢先に、ひよりが横槍を入れた。
我慢できないとばかりにマイクを持ち、席を立って友利の横に並ぶ。
「やっぱり大学で一番キレイな女子を選ぶ以上、クリーンなイベントでなければいけないと思うんです。
最近でも反社と関りのある芸能人が取りざたされてましたし、ほら普通の会社とかでも、反社関係の人は完全NGじゃないですかぁ?
特に今回はテレビにも流れますし、大学のイメージの為にもこういう人をステージに上げちゃいけないと思います!
皆さんもそう思いますよね!?」
その言葉に「そうだー!」の声が一斉に上がる。
「確かにその言い分は分かるよ。
でも、これが最後の一言になってもいい。
私の口から、今回の件のことを語らせて欲しい」
「いえダメです。
確かに犯罪を起こしたのはお父さんで、貴方ではないですけど……善良ないち市民として、これは看過できません!」
ひよりはまるで小動物が睨むような、可愛らしくも敵意ある視線で友利を見上げる。
おそらく、これはひよりの作戦なのだろう。
「市民の代表」として友利を叩き、票を集めるつもりなのだ。
その意図がはっきりと分かり、友利も思わずその眼を見返す。
だがそれも、小悪魔の想定内だった。
彼女はオーバーに怯えるフリをして見せ、
「うう……怖いですけど私は負けません!
たとえお父さんが極道でも、言うべきことははっきりいっちゃいます!
反社の人間は、大学から出ていけー!」
大声で友利を非難する。
それに続くように、周囲では「出てけ」コールが木霊した。
――出てけ! 出てけ! 出てけ! 出てけ! 出てけ!
「……」
――出てけ! 出てけ! 出てけ! 出てけ!
友利はただ静かに、怒り狂う観客を見つめ続ける。
決して目は逸らさない。
反論することもしない。
ひとつも零すことなく、洪水のような非難を一身に受け止め続ける。
――出てけ! 出てけ! 出てけ!
静かに。
――出てけ! 出てけ!
ただ、静かに。
――出てけ!
真っすぐ立って、自身の悪評に立ち向かう。
――出て……け
――出てけ……。で……
ひとり、またひとりと脱落をしていく観客。
そうしてしばらくが経ち――
「……四分三十六秒。
あら、何千人も雁首並べておいて少女一人に根負けするなんて。
少しばかり根性が足りていないようですわね?」
校舎の片隅で、ミシェルが腕時計を見ながらほくそ笑む。
キャンパス内は、先程までの喧騒が嘘のように静まりかえっていた。
友利は再びマイクを取ろうとする。
「ちょっと待って!
友利先輩! 今の聞いてました!?」
だが、その前にひよりの叫び声が割り込んだ。
「聞いてた。
でも今は静かになったから、いいでしょ?」
「ダメです!
こんなに沢山の人が出てけって言ってるのに強行しようとするなんて……!
いいですか! これが会場にいるみなさんの総意なんです!
貴方はここに居てはいけないんです!」
「――それを判断すべきはお前じゃないだろう」
「!!」
ひよりが視線を移すと、英人が再びマイクを握り、話し始めている。
司会は「またマイク取り上げられた……」と訴えるような悲壮な表情を浮かべているが、今は関係ない。
「もっと相応しい、というよりいの一番に伺いを立てなきゃならない人物がいるはずだ。
違うか?」
「! それって――!」
ひよりが察した瞬間、星形のサングラスをかけたチャラ男が壇上を駆けあがった。
「おーぅ! もしかしてボクちゃんのこと呼んだかァーい!?」
『クイーン早応』の特別顧問、YoShiKiこと平塚能芸である。
突然の登場に、会場は再びざわめきを取り戻す。
「うーん、やっぱ八坂君の言う通りぃ、ここはボクちゃんがバシッと決めるべきだよねぇー!
こう、バシイイイィーっと!」
「ならはっきりと言ってください!
こんな犯罪者を親に持ってる人は失格だって!」
やや語気を強めながらひよりは詰め寄るが、YoShiKiはわざとらしくすっとぼけた素振りを見せる。
「うーん、そうだなァー。
確かにオヤジさんが極道って、やっぱヤバい感じ?」
「はい!」
「うーん……で・もォ~」
YoShiKiはステージ後方へと振り返り、モニターに向かって手を叩く。
「人に盗撮を強要しちゃう娘の方が、ずーっとヤバいと思うんだよね~」
表示されたのは一枚の画像だった。
瞬間、ひよりの表情は一気に青ざめる。
「! な、なんで……」
「ねェひよりチャン、そこんとこどんな感じぃ?」
ニヤリと口角を上げるYoShiKi。
そこには、久里浜律希のパパ活映像を保存したDVD片手に映画研究会の部室に忍び込もうとする、ひよりの姿があった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回が2020年最後の更新となります。
読者の皆様におかれましては一年間、応援していただき本当にありがとうございました。
2021年も引き続き面白い物語をお届けできるように頑張りますので、宜しくお願いします。
次回更新は予定通り1月2日(土)です!




