いちばん美しいのは、誰⑯『衝撃の新作』
「さーどんどん行きますよー!
今日は遊びつくしちゃいましょう!」
いつになく高いテンションで、真澄は校舎の中を突き進んでいく。
田町祭二日目のキャンパスは、昨日以上のにぎやかさに包まれていた。
「とりあえず、どこに行きたい?」
「そのことでしたら、もう決めています!」
真澄はいそいそと先導し、とある教室の前で立ち止まった。
看板には「占術研究会」文字が。
「これってまさか……」
「はい、占いです!」
真澄は満面の笑みで頷いた。
「……まあ予想はしてたけど、なんで占い関連の部屋ってどこも薄暗いんだろうな」
入口に掛けられたカーテンをくぐると、間接照明のみで照らされた薄暗い光景が広がっていた。
昨日のオカルト研究会ほどではないが、ミステリアスな雰囲気を演出してやろうという強い意志を感じる。
「中はブース形式ですね……。
えーと手相に姓名判断と水晶、タロットに四柱推命……どれにされます?」
「んーじゃあタロットにするかな」
「分かりました!」
真澄は笑顔で頷き、タロット占いのブースへパタパタと駆けていく。
英人としては、手相占い以外ならなんでもよかった(義手がバレるリスクがある為)。
「……ようこそお越しくださいました。
私はペルセウス保奈美。これからお二人の運命を占ってしんぜましょう……」
(キャラ、作ってきてるなぁ……)
紫色ヴェールを被った女子を前に、二人は横並びになって着座する。
机の中央には、タロットカードの束が置かれていた。
「では、まずはどちらから占いましょう?」
「どうします?」
「真澄ちゃんが先でいいよ」
「分かりました。
じゃあ、私から!」
すると占い師は慣れた手つきでカードを混ぜ、一枚ずつ机の上へと置いていく。
タロット占いとは置かれたカードの種類と位置によって運勢を見る占いだ。
なのでカードの種類ひとつ取っても、その置かれ方によっては解釈が正反対に異なってくる。
「ほう……なるほど……」
「どうですか?」
「はい、はっきりと見えました。
貴方の未来が」
「そ、それは……?」
真澄が尋ねると、占い師は静かに一枚のカードを指示した。
「これは『運命』のカード……そしてこの位置は未来を指し示すもの……。
つまりは波乱がすぐ目の前にまで迫ってきているということ」
「波乱、ですか……?」
「学業か、はたまた恋愛関係か……どちらかは分かりませんが、勝負の時が来るでしょう。
覚悟を決めておくことです」
「恋愛の、覚悟……つまりは近いうちに異性関係が進展すると?」
「何らかの変化は訪れるでしょう」
「なるほど……!」
真澄は身を乗り出し、興味津々とばかりに占い師の話に聞き入る。
女子にとって恋愛関係は十八番だが、それにしたって興奮しすぎである。
「ち、ちなみにこの人との相性は……?」
「え、俺?」
「まあまあいいじゃないですか。
ついでですよついで!」
「そうですねぇ……」
占い師はじぃっと二人の顔を交互に見比べる。
その間真澄はワクワクと体を揺らしていた。
「そもそも歳が離れすぎてません?」
「そこから!?」
とりあえずはこれで真澄の占いは終了。
次は英人を占ったが、
「……! これは……!」
カードの配列を見ながら、占い師は目を見開いた。
「ん? 何か?」
「……いずれ、いや近いうち、貴方は究極の選択を迫られるでしょう。
決して逃れられないような二択を」
「具体的にはどのような?」
英人は僅かに眉をひそめる。
「それは分かりません。
何故ならその選択とは……すでに貴方の中にあるのですから」
「俺の?」
「それは言うなればこれまでの人生の総決算。
今に至るまでに紡いだ全ての道筋が一つに集い、新たな道を選ぶという言わば人生最大の転機……貴方はどちらかを選ばなければならない。
右か左か。取るか捨てるか。進むか引くか。
『選ばない』という選択肢は、ない」
「究極の二者択一、か……いちおう心に留めておく」
「英人さん……」
真澄は心配そうに英人の横顔を覗き見る。
「なに、占いは占い。当たるも八卦、当たらぬも八卦ってな。
何が起ころうが、その時その時で最善尽くすしかないさ」
「まあ誰しも二択を迫られる時はあります……私の時は、きのこかたけのこかでした」
「最後の最後でぶち壊しだなオイ」
思わずツッコむ英人。
兎にも角にも占いは終了した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時刻は回り、正午過ぎ。
「いやー、こういう喧騒の中での食べ歩きは風情があっていいですね、英人さん!」
「だな」
模擬店で買ったソフトクリーム片手に、英人と真澄は廊下を練り歩いていた。
「しかし……」
ダブルソフトのチョコレートの部分を舐めながら、真澄は視線を脇に動かす。
その視線の先には、
「おっ、一昨年のグランプリの白河真澄じゃん、撮っとこ」
「おっ、あっちには高島玲奈もいるって!
呟かれてる!」
「うおおおおっ! くるみんサイコー!」
「拡散拡散!」
スマートフォンでの撮影とSNSに没頭する来場者たちの姿があった。
「なんか、みんなスマホいじりまくってますね……」
「まぁそういう時代ではあるが、確かに多いな……。
傍から見てて危なっかしいレベルだ」
英人はコーンを齧りながら、その光景に眉を顰める。
今更歩きスマホだのSNSの問題だのに目くじら立てる気もないが、この光景はやはり異様に映る。
(それに、これは……)
英人の脳裏に、つい先日の出来事が浮かんだ。
それは正気を失った数人の学生が、実家と白河家を撮影していたあの事件。
そう、今の光景はまるで――
その時、見知った二人組が視界の端に映った。
「待って下さいよぅ律希せんぱーい。
せっかくですし、一緒にお昼食べませんかぁ?」
「……訳が分からない。
なんで私がアナタと食事を共にしなければならないのです?
アナタとは学部が同じなだけで別に友達じゃないし、それに今はクイーン早応に出てるライバル同士でしょ」
小柄な小動物系美少女に、眼鏡をかけたインテリ系美女。
クイーン早応ファイナリストの登戸ひよりと久里浜律希だ。
「でも初日の得票率を見る限り、グランプリは来夢ちゃんでほぼ決まりみたいなものですしぃ……。
せめて私たちだけでも仲良くしましょう、ね?」
「だからって何で……ん?」
律希は何かを確認するように眼鏡をくい、と持ち上げる。
どうやら英人たちに気づいたようだ。
「あら……これは白河さん。それに、八坂さんも。
こんなところで奇遇ですね」
「どうも」
英人が小さく会釈すると、ひよりが目をキラキラさせながら真澄の方へとすり寄って来た。
「あぁ! 真澄先輩!
今日もすっごくカワイイですぅ~。
私、ずっと先輩に憧れてて、今回出場したのも少しでも真澄先輩に近づければ~って!」
「え、そうなの?
あはは、ありがとう」
真澄は「照れるな~」と後ろ頭をさする。
「もう本当に、私の理想です!
それで……」
ひよりは英人に視線を移す。
「今は八坂先輩と回ってらっしゃるんですか?」
「? はい、そうですけど……?」
真澄がキョトンと首を傾げると、
「もしかして……お二人って付き合ってるんですか!?」
「ひょえええええええええっ!?」
ひよりがとんでもない爆弾発言をかましてきた。
真澄も思わず素っ頓狂な叫び声を上げる。
「うお、叫びすぎ。みんなこっち見ちゃってるから。
しかもめっちゃスマホこっちに向けてるし」
「あ、あああああ! すみません英人さん!
つ、つい取り乱してしまいました!」
真澄は肩を激しく上下させて深呼吸をした。
「あれ? もしかして違ったんですかぁ?
でもほら、おとといも何か親しげに話してましたし……」
「! うーむ……まぁ当たらずといえども遠からずと言いますか……。
友達以上恋人未満をさらに四捨五入して切り上げてみたりみなかったり……」
「?」
あまりにも謎過ぎる回答にひよりは首を傾げた。
「ものすごく要領を得ない解答……法の世界じゃ御法度ね。
実際のところはどうなんです、八坂さん?」
律希は呆れたようにため息をつきながら英人へと尋ねる。
「一言で言えば幼馴染だな。
実家が隣同士なんだよ。だから小さい頃はよく一緒に遊んでた」
「なるほど、そうでしたか……どうやらそういう訳みたいよ、登戸さん。
これ以上の根拠のない風説の流布は名誉棄損になりますよ。
ただでさえ彼女は知名度があるんだから」
「……はぁい」
「全く……」
「マジで弁護士みたいだな。さすが法学部。
やっぱ将来は司法試験を受けるのか?」
「……まぁ、一応は」
律希はぷぃっとそっぽを向きながら眼鏡を上げる。
どうやら、見た目に反して照れ屋な性格らしい。
「律希先輩、すごいんですよぉ~?
今年の春学期もフル単で全部評価Aでしたし!
すごく努力家で頭もいいんです!」
「なんで私の成績をアナタが知ってるんですか……。
全く、この大学の個人情報管理は一体どうなってるの」
「はは……。でも確かにすごいな。
その成績ならこのままいけば一発合格だって全然あり得る。
でもそんな人間がよくミスコンなんかに出ようと思ったな?」
英人が疑問に思うと、律希はしんどそうに口を開いた。
「まぁ……運営の方から強く勧誘されまして。
あまり強く拒否すると学業に響くと思ったものですから」
「あぁ……」
彼女の言いぶりを見て、英人は瞬時におおよその事情を察した。
つまりはこれまで同様、YoShiKiのやらかしということだ。
芸プロである彼としてはせっかく子飼いのアイドルを売り出すのだから、多少は張り合える人間が相手にいないと箔がつかない。
ちょうどよい当て馬として彼女が選ばれてしまったのだろう。
「まぁ多少のギャラも出ましたし、ある程度は割り切ってます。
それに、今どき弁護士といっても安泰とは程遠いですからね。
大手の事務所に入るにしてもフリーでやるにしても、ここで多少なりとも名を売っておくのは悪くない選択肢です」
「結構強かだな。
いや、たくましいというべきか」
「まあ、もともと家があまり裕福な方ではありませんでしたから……。
学費や時間を無駄に出来ないってだけです」
「でもすごいですよ、目標がしっかりしてるって。
後輩だけど尊敬しちゃいます!」
「白河さんは、ないのですか?」
律希が尋ねると、真澄はよくぞ聞いてくれましたとばかりにドヤァと笑い、
「(英人さんの)お嫁さんです!」
自信満々に答えた。
「そ、そうですか……」
「大学生にもなってそこまではっきり言うって、やっぱり真澄先輩すごいですぅ……」
あまりの断言っぷりに二人は感心とドン引きが入り混じったような表情を浮かべる。
英人はその様子を呆れながら見つつも、
(でも俺もそろそろ、考えとかないとな……)
自身の将来について少しばかり考え始めるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方、とある大教室では。
「――では皆さん、これより映画研究会による発表を行いたいと思います!
タイトルは『四丁目の子羊たち』、ごゆっくりお楽しみください!」
映画研究会による新作映画の特別上映が行われようとしていた。
最大で三百人は入るであろう席はほぼびっしりと埋まっており、後方には立ち見の観客も見える。
それもそのはず、映画研究会は戦前からある歴史の長いサークルであり、田町祭における発表会は一種のブランドとなっているのだ。
発表された作品はDVDとしても発売され、時には映画関係の業界人も見に来るという。
部員の合図とともに照明が落とされ、室内には真っ白なスクリーンだけが浮かぶ。
由緒ある早応大学映画研究会の新作に、会場の誰もが息を呑んで待った。
まず映し出されたのは、繁華街の外れのような場所だった。
しかし焦点はぶれており、まるで盗撮でもしているかのように画面は常に揺れている。
まさかモキュメンタリ―だろうか、と観客が思っていると、カメラはとある少女の前で立ち止まった。
『……やぁ、君かい?』
『……はい』
少女は不安げに返事をする。
『まずは……』
『ああ、前金だね……はいこれ』
『ありがとうございます』
少女は茶封筒の中身を確認すると、それをバッグにしまった。
これはまるで……と観客が思った時。
「お、おい! なんだあれ!
聞いてないぞ!」
「わ、分かりません……」
「いいから映像止めろ!」
研究会のメンバーたちが慌ただしく動き始めた。
なんらかのトラブルが起きたのか、と場内は一時騒然とする。
なおも続く映像。
そしてカメラは徐々に上を向き――
『じゃあ……行こうか、リツちゃん』
『はい』
スクリーンには、中年男性とのパパ活にいそしむ久里浜律希の姿が映し出された。