いちばん美しいのは、誰⑫『開き直ってカミングアウト』
「な、なによいきなり……」
突然の乱入者に、響子は思わず声を震わせる。
驚いているのは周囲の観客も同様だった。
昨年グランプリのいきなりの参上。是が非にも注目は集まる。
だが瑛里華はいっさい臆することなく、ゆっくりとステージへ向かって歩き始めた。
「昨日の記事、見たわ。
裏アカウントとはいえ随分と言ってくれたじゃない」
彼女が進むたびに、群衆が二つに裂けて道が開かれる。
最高峰ともいえる美貌と迫力のあるオーラに、誰しもが退かざるをえなかった。
「う……」
「せっかくだし今ここで読んであげる。
えーと、なになに……『東城瑛里華はおじさん好きの恋愛弱者。しかも癇癪持ちのヒステリー女』。
『高島玲奈はコネに物言わせて絶対に票を買っている』『久里浜律希は真面目な風を装ってるけど裏でメチャクチャ遊んでる』
『登戸ひよりはパパ活常習犯』『小田原友利、アイツ絶対IQ20』……はっ、よくもまあここまで言えたもんだわ。
それにまだまだあるわね。
教授、芸能人、同じ学部の友達――」
「もうやめてよ!」
響子は勢いよく立ち上がり、瑛里華の言葉を遮った。
「……なによ、あんたまで……!
そんなに私を追い詰めて楽しい……いや、楽しいでしょうね。
今まで自分にちょっかいかけ続けてきた女が落ちぶれていく様なんて、そりゃ愉快よね!」
「……」
「もういい! もうやめる!」
響子は目頭に涙を溜めながら、ステージを後にしようとする。
しかし、
「ちょっとなに帰ろうとしてんの。
まだフリートークの時間は終わってないでしょ」
「…………は?」
唖然とする響子に対し、瑛里華は続ける。
「どんなことをしてでもグランプリを取る、アンタそう言ってたじゃない。
なのにちょーっと悪口がバレたくらいで舞台を降りる?
いくらなんでも諦めが早すぎるでしょ。まだ今日は初日よ?」
その言葉に響子は拳を握って全身をわなわなと震わせた。
「……何言ってんのよ、東城。
分かるでしょこの状況! もう私は終わりなの! それも自業自得で!
いまさら無様にあがいたからってどうなるってのよ!」
瑛里華はその様子をただ静かに見守る。
「そうよ私はあんたの知っての通り、性格最悪の女よ。
私よりも可愛くてチヤホヤされてる奴がいるなんて許せないし、どうしようもなくイライラする!
でも表に出すわけにもいかないから、いつもは必死に隠して、誤魔化して!
そのストレスを裏アカで発散してきたの!
だけどそれがバレた以上、こんな私なんかに誰が投票するってのよぉ……」
ついには膝を落とし、泣き崩れる響子。
緊迫した空気となる中、瑛里華は静かに口を開いた。
「……そんなアンタなんかでも、意外と投票してくれる人はいるんじゃない?」
「……んなわけ、ないでしょ……」
「そう?
一応はファイナリストなんだし、見た目が好みということで入れる人も一定数いると思うけど。
それにバレたといってもフォローもフォロワーもほとんどいない裏アカじゃない。
内容も殺害予告みたく100パーセント法に触れるようなものでもないんだし、問題ないでしょ」
「でも……」
「それに私、こんな人を知ってる」
「え?」
響子が顔を上げると、瑛里華は遠い目をしながら語り始めた。
「その人はね、年齢的なこともあってか周囲から浮きがちな存在だった。
サークルくらいにしか話し相手はいなかったみたいだし、まあほとんどぼっちね。
それだけでもちょっとアレなんだけど、ある日ふとした誤解からとんでもない濡れ衣を着せられることになってしまったの。
――女子一人取り残して、ストーカーから逃げた臆病者ってね」
「……!」
その話に、響子は目を見開く。
事情を知る英人たちも同様だった。
「……八坂君、これって」
「ええ。
でも今は彼女に任せましょう」
英人は乗り出した体を引っ込め、静かにその様子を眺める。
「――当然、その日から彼に対する評判はひどいものとなったわ。
当事者からは会うたびに詰問されるし、キャンパス中の学生から冷たい視線や陰口にさらされ続けた。
誰がどう見たって終わったような環境。
こんな地獄の中で、彼はいったいどうしたと思う?」
響子は答えない。
「通学を続けたのよ。いつも通りね。
たとえどんなに周囲が冷たくとも臆さず、怯まず、そして逃げすに彼は彼自身の日常をひたすらにこなし続けた。
そうして周りの意識を徐々に変えていったのよ。
女を置いて逃げた臆病者から実はすごい奴なんじゃないか、って感じで。
……ま、今でも多少浮いているのは否定できないけどね」
瑛里華は少々照れ臭そうに髪をかき上げた。
「だからあんたも弱音吐くヒマあったらそのくらい突き抜けてみなさい。
案外、世間ってそういう開き直りに弱かったりするから」
「東城、あんた……」
瑛里華はふふっと小さく笑って観客の方へと振り向き、
「それじゃ……あ、お騒がせして申し訳ありません。
もう終わりましたので、引き続きステージの方をどうぞ」
ぺこりと頭を下げて颯爽とその場を去っていった。
後には無言のファイナリストと観客たちが残るのみ。
響子はふと視界の端に英人がいることに気づく。
「……そっか。
だから、好きになったんだ」
それは風の音にかき消される程度の呟き。
次に響子はマイクを持ち上げ、大きく息を吸った。
「……えーと確か、何の話だったっけ?
ああそうそう、マイブームか!
それで私なんだけど、実は…………裏アカウントでストレス発散するのにハマっちゃってます!」
その開き直りともとれる第一声を聞いた周囲の反応は、まさにドン引きだった。
全員が目を丸くして彼女を見る。
「え、えと……」
「これがけっこーやめられなくて!
まあちゃんと鍵付きのアカウントでやったんだけど、バレる時はバレるものなんですね。
ほんとネット社会って怖いなーって!
そう言えばみんなはどうです、裏アカ。持ってたりとかする?」
「い、いやくるむはそんなんやるワケないし……」
「じゃあ登戸さんは?」
「え、ええ……や、やってないよぅ」
しかし破れかぶれとも言える彼女の言動は、間違いなくステージを支配し始めていた。
すると初めは唖然としていた観客たちもだんだんとノッてくる。
「おい! さっきまでの弱気はどうしたんだよ性悪女!
まずは謝れや!」
「そうだ開き直るな! 辞退しろー!」
「ああもううっさい!
まあ確かに悪口を行ったことは謝るわ、ゴメンなさい。
でもこれだってホントの私。バレたからには全力で見せにいっちゃうから。
ご来場のみなさーん、こんな私で良かったらぜひ投票してねー!」
笑いながら響子が大きく手を振ると、ネットの炎上よろしく観客からはドッと反響が返ってくる。
無論否定的なものも多いが、中には「あれはあれでアリ」みたいな声も。
ともあれ先程までステージ全体を包んでいた静寂は吹き飛び、にわかに盛り上がり始める。
「な、なんかすごいな、これは……」
「ええ。
……でも、こういうのも嫌いじゃないですよ、俺は」
その光景を見、英人は静かに笑ってプラ製の椅子に腰を落とすのであった。