いちばん美しいのは、誰⑪『ライバル参上』
翌日、木曜日。
田町祭初日の朝は、すっきりとした秋晴れだった。
駅からキャンパスまでをつなぐ通学路では、既にいつもよりも多くの人が行き交っている。
「……おーい! こっちだこっちー!」
キャンパスへと続くメインのルートから一本外れた道で、銀髪の美女が大きく手を振って声を上げた。
ファンタジー研究会代表、泉薫だ。傍らにはカトリーヌと美鈴の姿も見える。
「あれ、また俺が最後でしたか。
……いちおう15分前なんですけど」
「全く君の遅刻癖には驚かされるよ。
今日は祭りだ。早めに来て当然じゃないかい?
私なんか楽しみで四時間くらいしか眠れなかったぞ!」
(……子供かよ。
つーか四時間って絶妙にツッコミづらい時間だな)
もちろん面倒は嫌なので口には出さない。
「おはようございます、英人さん」
「オハヨウです!」
「ああ、二人ともおはよう」
気を取り直して美鈴とカトリーヌに軽く挨拶を返すと、薫は面白くなさそうな反応を見せた。
「むむむ……なんだかこの流れが定番になってきてるな。
八坂君、私もおはようだ」
「ええ、おはようございます」
素直に返され、薫は言葉を吟味するように腕を組む。
「……うん、こういうのも悪くないな
これからは意地悪せずもっと素直にいこう」
「……意地悪してる自覚はあったんすね」
ともあれ薫の機嫌も直り、一行は田町キャンパスへと歩き始めた。
「……ソレにしても人多いですね、まだ平日なのに」
「ほとんど早応生ではあるけどな。準備やらで基本全てのキャンパスから学生が集まるし。
後は他大学の学生や高校生もちらほらってとこか」
「午後はもっと混むだろうね」
ふふっと小さく笑いながら、薫は幅の広い歩道を人ごみに紛れながら先導していく。
港北キャンパスと違い、田町キャンパスには並木道のような直通の専用道路はない。
サラリーマンよろしくビルに挟まれたビジネス街の中を進んでいくのだ。なので学生が群れをなす姿というのは、いっそう際立って映る。
しかしその集団の中においても、
「……ねぇ。
あの人、白河真澄と一緒に写ってた人じゃない?」
「あ、ホントだ。
確か三十くらいで大学生やってるっていう……」
「つーか今日も女連れかよ……なんだあの交友関係」
英人の存在は悪い意味で注目を集めてしまっていた。
港北キャンパスに学生にとっては既に見慣れた光景であるが、今日は他キャンパスの学生も多い。
英人の身体に、いつも以上の嫌な視線が突き刺さる。
「……大丈夫かい、八坂君」
「もう慣れっこなんで」
「まあ、君が世の一般男性よりもいくらか美女との縁が多いのは私も認めるよ。女たらしなのもね。
でもこういうのは、あまり好ましくないなぁ……だろう?」
薫は横目で美鈴とカトリーヌに目配せする。
「……ですね」
「ハイ」
すると二人は小さく頷き、まるで示し合わせたかのように英人の両脇へと立った。
「ん、なんだ?」
「英人さん、行きましょう!
カトリーヌさん!」
「ワカリました!」
「え、ええ!?」
美鈴の掛け声とともに二人は一斉に英人の両手をつかみ、引っ張る。
さらに後ろからは、
「さあさあ八坂君、我らファン研メンバーの結束の固さを見せてやろう!
何、どんな冷たい視線が浴びせられようと結局は楽しんだもの勝ちさ!」
薫がニンマリとした笑顔で英人の背中を押す。
「お、おおぅっ!?」
戸惑いつつも、手を引き背中を押す美少女たちに合わせ走り出す英人。
突然のことに周囲の人間たちも唖然とした表情を見せる。
「はははは!
どうだいどうだい、美少女三人に連れまわされる気分は!」
「ま、まあまあですかね!」
「……いや、そこは最高を言ってくれたまえよ」
「怖いから急に耳元で真顔になるのはやめてください」
とにかく、初日の朝はハチャメチャな形で幕を開けたのだった。
◇
「ご来場ありがとうございまーす!
学生の方は学生証の提示を!」
そうしてキャンパスの入り口までたどり着くと、そこでは入退場を管理する特製の天幕が張られていた。
中ではスタッフの学生たちが大量の来場者をテキパキと捌いていく様子が見える。
「学生証ね……はい」
「ありがとうございます!
ではこちらの投票用紙をどうぞ!
投票場所は南校舎の二階です!」
「ども」
渡された黄色い紙を持ちながら天幕を出、同様に入場を終えたファン研の面々と合流する。
「……お、来たか。
しかし今年はすごいな。あんなしっかりとした入り口まであるとはね」
「確か去年まではなかったですよね?」
「ああ。
つまりそれだけ力が入っているということだな……ほら、このクイーン早応とやらで」
薫は「クイーン早応 投票用紙」と書かれた黄色い横長の紙をひらひらと見せつける。
わざわざ「学生用」とはっきり印字されている辺り、一般客とは明確に区別されているのだろう。
「確か……テレビも入るんでしたよね?
ちょっと緊張します……」
「ふっ、何を言ってるんだい。
美鈴君ほどの美貌があれば、何も臆することはないさ……それより、もう誰に投票するかは決めているのかい?」
薫が尋ねると、英人はうーんと首を捻った。
「まだ決まってませんね。
今のところは小田原さん辺りになるのかな……一応知り合いだし。みんなは?」
「私も特には……。
知ってる人といえば高島さんくらいですかね? 直接お話したことはないですけれど」
「ワタシもですね……。
だからもう少し様子を見てから決めようと思います」
「私はもちろん玲奈に入れるよ。
まあ裏書の注意事項を見た感じ、学生票は0.5票としてカウントされるみたいだからね。
内輪の組織票を防止するための措置だろうが、あまり気負わずに入れてしまえばいいさ。
それより……」
中庭に出た薫は興奮しながら敷地内を見回す。
カラフルな看板に巨大なステージ、さらには忙しなく行き交う学生たち。
そこは既にいつものキャンパスではなくなり、れっきとしたお祭りの会場へと変貌を遂げている。
「私たちは私たちで、この一大イベントを楽しもうじゃないか!」
「ですね」
薫のテンションに引っ張られるように、英人も心を躍らせていく。
「楽しんだもの勝ち」――かつて『聖剣』はそう言った。そして薫も。
色々と不安や問題もあるが、今はこの状況を出来る限り楽しもう。
「サァ、行きましょう!」
「英人さん!」
カトリーヌと美鈴も笑顔で手招きしてくる。
「……ああ!」
英人は小さく笑い、彼女たちと共に祭りへと参加するのだった。
――――
「……で、まずはここですか」
「うむ、美鈴君たっての希望だ!」
テンション高めの薫をよそに入口の看板を見ると、そこには「オカルト研究会」の文字が。
確かに、美鈴が希望するのも頷ける。
「すみません、私の好みに付き合わせてしまって……」
「別にいいよ全然。
というかうちの大学にもオカルト研究会、あったんだな。
いやそりゃあるんだろうけどさ……」
そう言いながら英人は扉の隙間から中を覗く。
予想通り、中は薄暗い。しかも良いスピーカーでも置いているのか、とんでもない音圧をした謎のBGMが教室全体を揺らしていた。
常人なら5分すら居たいとは思わないだろう。
「もうこの教室自体が怪奇現象だろ……」
「マ、マア、とにかく入ってみましょう」
カトリーヌの言うまま、一行はとりあえず中へと入ってみる。
「こ、これはすごいね……」
その異様ともいえる光景に、さすがの薫も絶句した。
紫色に暗く照らされた室内に、まるで脳を侵食してくるような怪音楽のリフレイン。
はっきりいって、高揚感よりも不快感が大幅に勝る空間だ。
「うお、中は想像以上だな……カトリーヌも大丈夫か?」
「エ、エエ。何とか、です」
強がって笑ってこそいるものの、その表情は既に青ざめ始めている。
彼女だけでもさっさと避難させよう、と英人が思った時。
教室の奥から研究会の代表と思われる青白い肌をした男が出てきた。
「早応大学オカルト研究会にようこそお越しくださいました皆様。
今年の我がサークルのテーマはズバリ『洗脳』!
どうです、この雰囲気! 思わず頭がおかしくなっちゃいそうでしょう!?
さぁ気にせず存分に思考のタガを外してください!」
誰も聞いていないのに高らかに宣言するオカ研代表。
薫、英人、カトリーヌは唖然もとい真顔になるが、美鈴だけは冷たい目で彼を見、
「やはり……相容れませんね」
そう小さく吐き捨てた。
「んん? そう言う貴女は秦野美鈴さんじゃないですか。
どうです? ファン研を捨ててこちらに入部する気にはなりましたか?」
(よく分からんが因縁あんのかこの二人)
英人がそう思うのをよそに、美鈴は淡々と話し始める。
「いえ、まったく。
UMA、宇宙人、超能力、陰謀論……その種類こそ多岐にわたりますが、一言で言うならオカルトとは秘匿された神秘。
つまりは未知なるものに対する探究心こそが核心なのであって、決して人を惑わしたり怖がらせたりすることが本質ではありません。
これはオカルトではなく、その皮をかぶっただけの紛い物に過ぎない」
「ほ、ほう……! 言うじゃないか……だが現実を見たまえ。
我々はこの田町祭という栄えある舞台で大々的に成果物を発表できているが、今の君はただのいち観客だ!
既に私と君では、絶対的な差がついてしまっているのだよ!」
オカ研代表は焦燥した表情で叫ぶが、美鈴は氷のように冷たく笑った。
「随分と吠えますね。
その割には私たち以外にお客さん、来ていないようですが?」
「ぐ、く……っ! そ、それは……!」
「図星みたいですね。
本来、オカルトとは静かな情熱を持って探求していくもの。
ですがあなたは独りよがりで、ただオカルトを使って目立ちたいだけ。そのあるべき姿と真っ向から食い違っている。
だから私たちは同じ看板を仰げなかったのですよ。
さぁ皆さん、次に行きましょう」
「あ、ああ……」
「く、クソおおおおおぅっ!」
BGMすらかき消すような雄たけびを背に、一行はオカルト研究会を後にする。
「……八坂君。
私たちは一体、何を見せられたのだろうか」
「……正義と正義のぶつかり合い、ですかね?」
「ス、スゴかったんですね、オカルトって……」
満足気に微笑む美鈴に反し、三人は未だ真顔であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
校内を回り始めてから少々の時間が経ち、午後1時。
「いやーこういう模擬店で出る食事って、どうしてこうも魅力的なのだろうね。
味は普通なはずなんだがいつも以上に美味しく感じるよ」
中庭の隅に設置された休憩スペースで、一行はやや遅めの昼食を取っていた。
組み立て式のテーブルの上に並んでいるのは焼きそばやお好み焼きなど、定番のものばかり。
「祭りといったらコレ感はありますよね。
基本できたてですし、素人が作ってもそれなりにはなる」
各々が舌鼓を打っていると、大ステージの方から大きな歓声が上がった。
「ンン? なんでしょうか?」
「クイーン早応のアピールタイムだな。
この時間からだったか」
「ほう、どうやら玲奈も出ているようだね。
せっかくだし食べながら見てみようか」
一行は椅子の向きを動かし、ステージの方を見る。
ステージ上では既にファイナリストたちが自己紹介を終え、フリートークに入っているようだった。
周囲には詰めかけた一般客に加え多くの取材陣、さらには矢向来夢のファンと思しき集団もいる。
「――それでくるむは最近海外ドラマにハマっててー。
ちなみに高島さんはマイブームとかあります?」
「特にブームというほどでもないが……読書は昔から続けているな。
最近読むのは、そうだな……歴史系が多いか」
「私はお菓子作りがマイブームです~。
最近はマドレーヌを作りました。絶品ですよ~」
「ふわぁ、皆さんいろいろ趣味があってすごいですぅ。
律希先輩はどうですかぁ?」
「……あのね、そういうのはまず自分が言ってから人に振りなさい」
このようにステージ上では雑談が比較的穏やかに繰り広げられていたが、その中で口を開かずに終始俯いている少女がひとり。
「……ねぇ、あれって」
「ああ、裏アカで悪口言いまくってたっていう……」
「――っ!」
そんな言葉が観客の中から聞こえる度に、ファイナリストの一人である辻堂響子は体を大きく震わせていた。
「ああ……彼女の件は私もネットニュースで見たよ。
SNSの裏アカウントで悪口を言い続けていたんだろう? しかも他のファイナリストに向けて」
「みたいですね……」
英人は割り箸を置きながら、遠巻きに響子の様子を眺める。
昨夜の記事の件は、ネットを中心にかなりの物議をかのした。
YoShiKiの宣伝によってイベント自体に注目が集まってしまっていたのもあり、その炎上具合はもはや芸能人クラスのものとなりつつある。
「あれー、どうかしましたか辻堂さーん?
具合でも悪いですかー?」
ステージ上では、来夢が響子に話を振る。
裏アカの件を知っているかどうかは定かではないが、その行為は下手な追及より残酷と言えた。
「い、いえ……大丈夫」
「あっ、来夢先輩……今は止めておいた方がいいですよぅ。
ほら響子先輩にはいろいろありましたから……ね?」
ひよりは気遣うような視線と言葉を響子に向けるが、完全に逆効果だ。
匂わせることで自然と場の空気は裏アカの件へと持っていかれ、観客からの冷たい視線がますます増えていく。
(自業自得っちゃ自業自得だけど、これは……)
目も当てられなくなった状況に英人は思わず立ち上がろうとするが、その時。
「――ちょっと! せっかくのアピールタイムに黙っててどうすんの!」
観客の中から、突如として怒鳴り声が聞こえた。
その場にいる全員が声の主へと視線を集中させる。
すると、そこには――
「……と、東城」
「なっっさけない!
アンタその体たらくで私に勝つつもり!?」
昨年のグランプリ、東城瑛里華が腕を組んで立っていた。