いちばん美しいのは、誰⑦『自宅凸』
「何だか、すごいことになっちゃったね~」
「もう! まったく訳が分からないですよ!
今更出ろと言われたってどうすればいいんですか!」
芸能プロデューサーYoShiKiによる衝撃の発表から数時間。
真澄はむくれながら箸でご飯を口に運んでいた。
「で、どうすんだ真澄ちゃん?
時間もないし、決めるなら早い方がいい」
テーブルを挟んだ向かい側に座る英人が、真澄に尋ねる。
ちなみに今夜は友利と英人がやって来たということで、せっかくだからと白河家で一緒に夕食をとることになった。
なので本来ならばもう少し和気あいあいとした雰囲気になるはずだったが、あの発表のせいでどうも空気がギクシャクしてしまっている。
「うーん、どうしましょう……」
悩みながら、真澄は茶碗を下ろす。
あの放送の直後にミス早応(現在はクイーン早応)の公式ページは更新され、詳細なルールが公示された。
主な変更点は二つだ。
・新たに参加者として白河真澄、東城瑛里華の追加(三年前のグランプリは卒業済なので不参加)。
・これまではウェブ投票のみであったが、今回より現地投票との合算方式を採用。
またその比率も二対八と現地投票重視にする。
現地投票の仕組みは来場者全員に専用の投票用紙を配り、投票してもらうというもの。
例年の来場者数を鑑みるとおよそ二十万以上の票数が見込まれる。
とても学生団体が捌けるような規模ではないが、YoShiKiの辣腕と人脈が介入すれば可能なのだろう。
さらに期間中はテレビカメラも入るという力の入れよう。
ここまで外堀を埋められてしまうと、真澄としても素直に「辞退します」とは言えなかった。
「もう運営側からは連絡とか来てんの?」
「はい、さっきメールで。
期間中の段取りだったり注意事項だったりがびっしりと」
「参加の是非を確認するものじゃないあたり、強引だな。
勢いで丸め込む気満々じゃねぇか」
英人は呆れたように、真澄特製の味噌汁を口に運ぶ。
体の芯にすっと染みるような、さっぱりとした風味。
家庭料理の中でも最もシンプルなものの一つだが、それでも月奈に日葵に真澄――三者三様の特徴が出ているのは面白い。
「……どうです、英人さん?」
「ん、うまいよ。
前回よりも」
「えへへ、よかったぁ……」
英人の言葉に真澄は頬を綻ばせる。
友利はその様子を横目で見ながら、
「なんだか二人、夫婦みたい~」
「え!? そうですか友利ちゃん!?
いや困ったな~! どうしましょうお父さんお母さん!」
「ははは、さすがは真澄の友達だな。
いい目を持ってる」
「まあそう見えてしまうのも致し方ないわよねぇ、真澄?」
うんうんと感心したようにうなずく真澄の両親。
真澄はわざとらしくいやいやと照れ顔を横に振る。
「えぇ!? もう二人とも何言ってるんですか~!
ねぇ英人さん?」
「あ、ご飯おかわり」
「英人さん!?」
まさかのスルーに真澄は思わずガーン、と驚く。
この男、食事の時は意外と集中するタイプなのだ。
ちなみに英人の両親の様子はと言うと……
「ささ、玖郎さん。
こっちの揚げ出し豆腐は私が作りましたから、どうぞ食べてください」
「お、そうか……うん、おいしい!
やはり日葵さんの飯はいつ食べても最高だな!」
「ふふふっ、ありがとうございます」
ひたすらに二人だけの世界に入り込んでいた。
元々の相性が良かったのか、日常生活においても結構な頻度でこのような状態になる。
(家族ぐるみの付き合いとは言え、他人の家なんだから少しくらい控えてくれよ……)
英人が呆れながら箸を進めていると、
「……ふふっ。やっぱりいいですよね、こういうの」
優しく微笑みながら、真澄が話しかけてきた。
「ん?
……まあ、確かにそうだな。
慣れ親しんだ光景だけど、こういう団欒があるのは幸せなことだ」
「ですね……うん、決めました」
「出るのか、クイーン早応」
決心したように真澄は深くうなずく。
「はい。
正直不本意ではありますが、こうなってしまった以上は仕方ありません。
覚悟を決めます」
「……そうか。じゃあ俺も出来るだけのサポートをするよ。
その覚悟に応えるために」
「ふふっ、英人さんたらちょっと大げさ。でも、ありがとうございます。
おかげで俄然やる気が出てきましたよー!
あっ、でも一緒に田町祭を回る約束はなくなってませんからね!」
迫るように真澄はテーブルから身を乗り出す。
「ええ、いや普通に考えてそんな暇なくないか?
それに仮にもミスコンに出る人間が男と一緒に出歩くってのは……」
「いいんです、それで。
やると決めたからには私も本気を見せます!
よっしゃもう一回、女王獲ったるどー!」
ぐっ、と箸を握りしめて天井へと突き上げる。
一緒に回ることが何がどう本気繋がるのかは英人には分からなかったが、やる気があるというのならそれは結構。
微笑みながら大きくうなずいた。
「おう、頑張れ」
「すご~い。
真澄ちゃん頑張って~」
「いやいや友利ちゃんもファイナリストですからね?
ライバルライバル」
「あ、そう言えばそうだった~。
じゃあ私も頑張るね~」
友利ものんびりと両腕をぐっと引き締める。
その光景は瑛里華と響子の張り合いとは大違いだ。
「……締まらんなぁ」
毒気を抜かれつつも、安堵したようなため息が英人から漏れる。
そうだ、自分たちはこれでいいのかもしれない。
「おお、また女王を目指すのか娘よ!
父さんは誇らしいぞ!」
「いいわよいいわよ。
これを機にどんどんアピールしちゃいなさい!、真澄!」
「……なんか、イチャついている間にすごい話になってしまったなぁ日葵さん」
「でもこの子たちなら、きっと何とかしてくれますよ。
ほら玖郎さん、こっちのおひたしもどうぞ」
「おおすまないね……うん、うまい!」
両家集っての晩餐は緩い雰囲気のまま進行していくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
ごろん、と英人は自室のベッドの上に寝っ転がる。
生まれてから一人暮らしを始めるまでずっと使い続けてきた部屋。
とはいえ実家自体は英人も月に二、三度は帰っているため、あまり懐かしさはない。
ふと机に置かれた時計を見ると、夜の9時。
既に夕食の片付けも終え、あとはもう風呂に入って寝るだけだ。
(……クイーン早応、か)
英人は見慣れた天井を眺めながら、あの重大発表を思い返した。
歴代のグランプリすら巻き込んでの女王決定戦。
確かにエンタメという観点からすれば、十分やる価値があるものだと言える。
だが――
(しかし、あまりにも急すぎるし、雑過ぎる)
本番わずか二日前での大幅なレギュレーション変更。
既にウェブ上の投票は進んでいるし、何より出場者当人たちへの了承すら取っていない。
普通ならありえないことだ。
おそらくは検討する時間を与えないという考えからだろうが――それでも博打が過ぎる。
「……キナ臭いな」
英人の直感が、しきりに違和感を訴える。
それも芸能界における利害関係云々ではなく、もっと他の要素や悪意が絡んでいるのではないか、と。
その時、ポケットから唐突に男の声が響いてきた。
『なんというか、とんでもねぇ時代だなぁ後輩よ。
なまじ外面は煌びやかでも、一皮むけばしっちゃかめっちゃかじゃねぇか。
ま、面白くはあるがな』
「……いたのかよ」
『留守の家に居ても暇だし、そりゃあな』
英人は小型化した『聖剣』をポケットから取り出し、机の上に置く。
『いやー、ここがお前さんの実家かよ。
あの部屋よかむさくるしい感じがなくて、いいんじゃねぇか?』
「そうですかい」
『んだよ人がせっかく褒めてやったってのに。
もうちょい何かねぇのか』
剣に宿る『原初の英雄』はカタカタと刀身を震わせる。
これまで黙り続けてきた反動からか、覚醒してからの彼はとにかく喋る。
英人は正直、伝説の英雄がこのような人物だとは思ってもみなかった。落胆半分親しみ半分である。
『……ま、いいか。
しっかしすげぇなぁ、「くいーん早応」だったか? 中々面白れぇことをやる。
俺らの時代も誰がいちばんの美人だ、って話題もそりゃああったが、まるで規模が違う』
「こんなん俺らの時代でも滅多にねぇよ。
ミスコンとしては確かにそこそこ知名度はあるが、テレビで堂々と宣伝かますとはな……明後日、いや明日からとんでもないことになるな、これは」
『結構なことじゃねぇか。祭りってのは派手な方がいいもんさ。
嬢ちゃん二人は大変そうだが、ま何とかなるだろ。
こういうのは楽しんだモン勝ちだぜ?』
「それはもっとも。
でもそうも言ってられない状況だってのは分かるだろ?」
英人は上体を起こし、机の上の『聖剣』を眺める。
古ぼけた学習机に乗る西洋剣は、それだけで違和感のある光景と言えた。
『……ま、奴の言ってることはてんで意味不明だが、ああいう享楽に生きるような連中の性根はよく分かる。
俺も多少はそのケがあるしな。
いいか、ああいう手合いは反るんじゃねえ、むしろ乗れ。
乗りに乗り切って利用してやるのが吉だ』
「利用する、か……」
『簡単なことよ。
奴より楽しめば、お前の勝ちだ』
そう語る『原初の英雄』の語尾は、諭すように静かだった。
「……」
『そもそもお前さん、肩ひじ張り過ぎだぜ。
この俺から見ても戦いやら事件やらの連続だったんだ、少しくらい遊んでもバチなんぞ当たらん。
お前の千倍は遊んできた俺が言うんだ、間違いねぇよ』
「……そうかい」
そう言って英人は再び寝転がる。
しばし部屋の中を流れる静寂。
すると『聖剣』はポツリ、と静かに過去を語り始めた。
『……俺のお袋はよ、俺を生んだ時に力尽きた。
親父もまだ幼い頃に死んだ』
「……そうか」
『まあ別に、あの時代じゃあ別段珍しいことでもねぇ。
家もなく、飯もない……それでも生きてこられたのは、俺に遊び心があったからさ。
絶望を笑い飛ばし、逆境すら楽しんじまうような、な。
魔王と戦った時もそうだった。
お前さんはどうよ?』
「……ひたすらに必死だったさ。
死なないように、死なせないように。
俺らはアンタほど、強くはなかったからな」
英人は天井を見ながら答える。
『聖剣』はかた、と震え、
『なら、もっと強くなるしかねぇなぁ。
そのために今を精いっぱい楽しめよ。
「さんみらぐろ」とやらとの戦いも控えてるんだろ?』
「別にやり合うと決まったわけじゃねぇがな。
だが、まあ……考えとくさ」
今を楽しむ。
別につまらない生活をしてるというわけではなかったが、だからといって楽しんでるかと言われればそうでもなかったかもしれない。
何か問題が起これば、体を張るのが常であったから。
徹底するかは別として、祭りの時くらいはいいのかもしれない――そんな考えが英人の頭に浮かぶ。
夜の静寂が、部屋を再び支配する。
しかしそれも束の間。
『……おい』
「分かってる」
二人は同時に不審な気配に感づく。
英人は『聖剣』携え、窓から颯爽と飛び出したのだった。
――――
気配の原因は、ものの数舜で見つかった。
「――おい」
「え!? うわ、何!?」
それは二十代前半の、おそらくは大学生の男だった。
彼は後ろから話しかけられると、よほど驚いたのか持っていたスマホをアスファルトへと落とす。
画面は写真モード。
盗撮していたことは疑いないが、そこまで取り乱すことかと思いつつも英人は言葉を続ける。
「いや、何を撮っているのかなと。
なにか珍しい虫でも?」
「いや、俺は……え? あれ? あれ?
何で俺……」
『……おい、様子がおかしいぞコイツ』
『分かってる』
念話で短く会話をし、英人は落としたスマホを拾おうと身をかがめる。
しかしその隙に、
「う、うああぁぁあぁっ!」
男は走り去ってしまった。
そのあまりに異様な姿に、英人は思わず眉をひそめる。
「マジかよ……」
『どうする、追うか?』
「いや、それよりも……」
英人は右目に『千里の魔眼』を『再現』し、周囲を見回す。
「……ったく、すげぇことになってんな」
舌打ちする英人。
拡大された視野には、なおも白河家と八坂家にレンズを向ける数人の男女の姿が映っていた。