いちばん美しいのは、誰⑥『まさかの年下』
「……で、そちらさんは何か用?」
驚いた様子の響子に、英人はやれやれと声をかける。
なんというか、さすがミス早応のファイナリストだけあってこれまで会った全員のキャラが濃い。
残りの少女たちもそうなのだろうか、と英人は頭のなかでため息をついた。
「え!? ……ま、まあ用ということもないんだけど。
今年のファイナリストとして昨年のグランプリには挨拶をしておこうかなーと思って。
ワタシ、けっこーそういうの大事にするんで」
「そう……」
英人は興味なさげに頷く。
いち男性としては女同士のマウントの取り合いに首を突っ込むメリットなどないに等しい。
とはいえここまで直接ぐいぐい来るとのは珍しいので、瑛里華にいちおう尋ねてみる。
「もしかして、前から知り合い?」
「え、ええ……語学で同じクラスだったのよ、一年の時ね」
「へぇ」
「そうそう。いやー今思えばすごい一年だったなぁ。なんせ自分のいるクラスからグランプリが出たわけだし。
おかげですっごーくチャホヤされてたでしょ? 見ててすごかったわぁ」
不敵な笑いを浮かべながら話す響子の姿に、瑛里華はようやくその綺麗な瞳を鋭くさせた。
「……何、妬いてるの?」
「べぇっつにぃ?
ま、でもよくもあれだけ媚を売れるなぁって。同じ女としてちょっと行き過ぎかなーと思ったりするワケ。
ほら勘違いした男が出てきても困るでしょ?
……例えば、ストーカーされたりとか」
その言葉は、明らかに四月の事件のことを指していた。
瑛里華はその整えられた眉をピクリと動かす。
「……回りくどいわね。
そんなに悔しいなら去年出ておけばよかったじゃない。
今更突っかかったって何の意味もないわよ?」
「そうね。
でもその代わり、今年のグランプリはもらうわ。
こう見えてワタシ、現実主義なので。自分のレベルがどの程度か位は把握してるの。
……一年よ。一年もの間、私は準備した」
響子は先程までの飄々とした表情を一変させ、睨むような眼光で瑛里華に詰め寄る。
瑛里華も負けじと睨み返す。
「……そ、頑張ったのね。偉い偉い」
「去年退いた分、今年は何をしてでも獲る。
そのために――」
響子は組み付くように瑛里華の肩に腕を回す。
「ちょっ!?」
戸惑う瑛里華。
そして響子はスマホを取り出し――
「はい、チーズ!」
自撮りの要領で写真を撮った。
「…………は?」
「だから言ったじゃん、何でもするって……ハイ投稿完了。
ごくろうさまー」
そう言ってヒラヒラと手を振りながら去っていく響子。
まさか、と思い瑛里華がSNSで彼女の公式アカウントを見てみると、
『じゃーん!
大学でぐーぜん昨年グランプリの東城瑛里華さんに会っちゃいました!
もうめっちゃカワイイ! 綺麗!
ファッションといい生き方といいめっっっちゃリスペクトしている人です!
いよいよ田町祭りも目前だし、ワタシも頑張らなくちゃ!
応援よろしくね!
#ミス早応』
「うわ……」
画面を見ながら、瑛里華は心底めんどうそうな表情を浮かべる。
しかし彼女の心情とは裏腹に、その呟きは凄まじい勢いでいいねを稼いでいた。グランプリ効果だろう。
英人は腹黒いファイナリストの後ろ姿を眺めながら、頭を掻いた。
「……なんつーか、エラいのに絡まれたな」
「ま、女の闘いってやつね。
全く、今年は関わってないってのに」
瑛里華は呆れたようにため息を吐く。
正直なところ、上昇志向の強い彼女にとってはグランプリの称号など通過点に過ぎない。
それを今更巻き込まれても、というのがこの学年一の美少女の本音だ。
「有名税ってことだろ。
現にお前の知名度って大学生のレベルを完全に超えてるし」
「……それを言うならアンタもじゃない?
昨夜から盛り上がってるわよ、三人で仲良くスイーツを食べてる姿」
「ああ……」
知ってたか、と英人は軽く額を押さえる。
「ま、写真見る限りおおかた盗撮された、ってとこでしょうけど。
でもいいの? ほっといて」
「少なくとも俺には実害は出てないしなぁ」
「呑気ねぇ……あ、ていうかアンタあの白河真澄と知り合いだったのね!
何で言ってくれなかったのよ!」
瑛里華はハッと思い出し笑いならぬ、思い出し怒りで英人に詰め寄る。
「いや別に言う必要もなかったかな、と。
プライベートな話だし」
「むむ……!」
瑛里華が反論できずに唸ると、英人のスマホがメッセージアプリの着信を知らせる。
開くと、「無事引っ越し完了しました~!」と真澄と友利が白河家でくつろいでいる画像が送られてきていた。
「うお、もう来たのか。
とりあえず俺はもう帰るから、また今度な」
「あ、ちょ……! も、もう!」
何事もなかったかのように颯爽と去っていく男の背中を、瑛里華は歯噛みしながら見つめる。
『……うーん、さすがは伝説のグランプリ。
これは強敵ですなぁ』
「うっさい!」
『そいつちゃん』からの痛烈な指摘に、瑛里華はぷぃっと顔を背けるしかなかったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
横浜市、と一口に言ってもそれは色々だ。
みなとみらいや元町・中華街といった有名どころはもちろんのこと、野毛や黄金町といったディープな繁華街。
さらには鶴見線沿線の工業地帯、山下ふ頭あたりの港湾地域や八景島と言った臨海エリアもある。
むろん市内には海だけでなく山もあり、内陸側の殆どはベッドタウンとしての住宅地が広がっている。
英人と真澄の実家があるのは、その一角だ。
「……なんか、平日に帰ってくるのは久しぶりだな」
頭をかきながら、英人は見慣れた家屋を見上げる。
それは最寄り駅から歩いて十分、今年の初めまで英人が両親とともに暮らしていた実家である。
築三十年以上、外観も内装もどこにでもある一般的な一軒家だ。
英人はさっそく、鍵を取り出して中に入る。
「ただいまー……っと」
平日の昼間をいうこともあって、あまり物音は聞こえてこなかった。
リビングの方から微かに足音が聞こえてくるくらいだろうか。
それは徐々に近づいて来て――
「あら、おかえりなさい英人さん」
エプロンを身に着けた女性が、柔和な笑みを浮かべて出迎えてきた。
明るい茶髪が特徴的な二十代半ばほどのおっとりとした主婦である。
母なのに、外見は二十代――そう見えてしまうのは、決して彼女が若作りだのアンチエイジングだのをしているからではない。
「ただいま、日葵さん」
八坂日葵、二十七歳。
彼女は父である八坂玖朗の再婚相手であった。
――――
「はいどうぞ。
英人さんが帰ってくると聞いて、お菓子焼いてたの」
「ども」
ニッコリと笑いながら、年下の母親は大皿いっぱいのスコーンをテーブルの中央に置く。
整った形に、食欲をそそる甘い匂い。
調理師免許を持っているだけあってそのクオリティは高かった。
彼女と玖郎が再婚したのは、英人の帰還よりもさらに二年前。つまり今から四年前のことだ。
元は料理教室の講師で、当時の父が気晴らしにと通い始めたのが出会いのきっかけだったという。
「……うん、おいしいです」
「――!
でしょ、でしょ!」
英人の言葉に、日葵はパァっと顔を輝かせた。
見ての通り、彼女は初夏の向日葵のように明るく温かい女性だ。
母を失い、息子すらも行方不明になってしまった当時の父にとって、その朗らかさは救いとも言えたのだろう。
日葵自身も、一人で家を守り続ける彼の実直さに惹かれたという。
とにかく高校卒業直後に亡くして以来、彼女が英人の二人目の母だ。
「……それで、一人暮らしの調子はどう? うまくいってる?
真澄ちゃんから聞いた限りじゃあそれなりみたいだけれど」
「まあ一応は。
何とかやってます」
「本当は母として私が行ってあげればよかったのだけど、ちょっと忙しくなっちゃてね~。
その代わり、次はちゃーんと私が行きますからね!」
「は、はぁ」
ぐいぐいと詰め寄ってくる日葵に、英人はたじろぎながら答える。
今の彼女は一応は専業主婦なのだが、面倒見のよい性格もあって今でも学生時代の友人や知り合いの店にヘルプで働くこともある。
それはそれで美点なのだが、行き過ぎると――
「うんうん、やっぱり私の判断は正解だったようね!
血の繋がらないとはいえ、息子を家から追い出すのは苦しい決断でしたが……これもまた母の務め。
亡くなられた月奈さんのためにも、英人さんを『子供部屋おじさん』にするわけにはいきません!」
こんなちょっとズレたことをやってしまう。
実家が完全な通学圏内なのに一人暮らしを強いられているのは、だいたいこの人のせいだ。
(……もっとも、せっかく再婚したのに俺が家に居ててもって感じではあるが)
「大学行って、一人暮らしもして……うん、順調。
月奈さん、英人さんは私が立派な社会人にしますからね!」
「はいはい」
ため息を吐きながら、英人は力なく返事をする。
なんともちぐはぐなアフタヌーンはこうして過ぎていくのだった。
「……あ、そういえば明後日から学祭よね?
せっかくだし今年ものぞいてみようかな」
洗い物を終えた日葵がパタパタとキッチンから出てくると、期待まじりの声で尋ねてきた。
「え、来るんですか?」
「む、なんですかその表情は。
母が息子の通う大学に顔を出してはご不満?」
「いやそんなことはないけれど……」
英人は思わず髪をかき上げる。
ただでさえ期間中は予定が詰まっているのだ。これ以上入ってこられてもそれはそれで困る。
「ならいいじゃないですか。
もちろん、案内は任せていいのよね?」
「いや、もう真澄ちゃんとかと回る予定入ってるんで無理です。
それに昨年も行ったんだし案内は不要でしょ?」
「えぇー!」
ガーン! という擬音が聞こえてきそうな勢いでショックを受ける日葵。
まさか本気で案内させようと思ってたのか、と英人が呆れた時。
『さあ今回はゲストとして芸能プロデューサーYoShiKiこと、平塚能芸さんに来ていただきました!
今日はよろしくお願いします!』
『ヘェ―イエブリワン!
自他共に認めるエンタメ界の風雲児、YoShiKiでぇーす! はいヨロシクゥ!』
ラッパーかと見紛うような陽気なテンションの男がテレビ画面を彩った。
肩書を見るにいわゆる「業界人」という類の人間らしい。
『YoShiKiさんはこれまでも数多くのブームを引き起こした仕掛け人として有名ですが、今回もまた何かを仕掛けようと?』
『もちのロンロンロンリネスパーティナイト! その通り!』
「……ん、ん?」
いわゆる「YoShiKi節」に、日葵は頭上に「?」を羅列させる。
「最近ちょくちょくテレビで見るけど、なんと言うかその場のノリで喋ってますよね、絶対。
まああれもある意味才能だけど」
『いまボクちゃんが絶賛プロデュース中のアイドル、「Queen's Complex」略してクイコンの来夢チャンが今ミスコンに出てるんだけど、皆さん知ってる?』
『ええ確か現役早応大生アイドルとして話題になっていて、今年のミス早応にも出られているとか』
『そうそう爽快シャイニングサマー!
んで今年の運営なんだけどー、いまからサプライズ重大発表しちゃいまーす。
なんと実はボクちゃん影のプロデューサーとして、最初からガッツリ関わってました! テヘペロ!』
『え、えええっ!』
Y0ShiKiからのサプライズ発表に、スタジオの面々は驚愕する。
それは画面の前の二人も同様だった。
「え、えーと……そうなの? 英人さん」
「さ、さあ……」
『オゥみなさんベリーベリーサプライジング?
まぁバレないように細心の注意を払ってたからね。仕方ないネ!
でぇも、そんな退屈な時間もこれまで』
『こ、これまで……?』
『イエス!
というわけで来夢チャン、カモン!』
するとセットの裏から、アイドルらしい派手な衣装を着た美少女がやってきた。
『どうも~! 「Queen's Complex」ことクイコンの矢向来夢ですっ!
よろしくお願いします!』
サイドテールの黒髪を揺らしながら、何かの振り付けのような手ぶりで自己紹介を始める。
アイドルがよくやる奴だ。
『うーん今日もナイスだ来夢チャン! 眩しいね!』
『えへへ、ありがとうございます!』
『え、えーとYoShiKiさん?』
我に返った司会が尋ねると、YoShiKiは手を叩いて振り返った。
『おっと、いけナイトフィーバー摩天楼。本題に戻ろう。
まーこれまでボクちゃんは影として雌伏の時を過ごしていたけれど……今より、本気を出しまーす!
来夢ちゃんとともに、どんどん盛り上げてっちゃうよー!』
『も、盛り上げるとは一体……?』
『なんとなんとォー……早応大学における、真の女王サマを決めちゃいまーす!』
『は、はぁ……?』
司会は思わず間の抜けた返事を返す。
至極当然な反応だ。彼の言う女王はまさに今決めている真っ最中なのだから。
『とゆーのもボクちゃんさぁ、前から疑問に思ってたんだよねぇ。
大学のミスコンって毎年やるじゃん? ってことは大学全体でグランプリが最大四人いることになるわけだ。
これじゃあ誰が大学で一番カワイイか分からなくない? 女王じゃなくない?』
『そ、そう言われれば、確かに……』
『だ・か・らぁ~』
そう言ってYoShiKiはニヤリと笑い、スタジオの前に出て大きく両手を広げた。
『今年は過去のグランプリも含めた全ての美少女たちの中から、真の女王を決めちゃうよ!
つまり今年はミス早応ならぬ、「クイーン早応」ダァ!』
『クイーン早応、ですか?』
『イェア!
現在のファイナリスト六人に加え、これまでのグランプリも合わせた計八人で決選投票を行う!
新たに参戦するのはおととしの覇者白河真澄チャンと、昨年の女帝東城瑛里華チャンだァ!』
二人の名が発表された瞬間、隣の家からは「え、ええええぇぇっ!」という叫び声が木霊する。
それは本人にとっても、晴天の霹靂といえる宣言だった。
『さらに今年のテーマはズバリ「リアル」! つまりは現地投票での比率を増やすヨ!
そうだこれだけの美少女、Web上の画像で見るだけじゃもったいないと思わないか!?
だからこそぜひ直接見て、聞いて、感じてくれ!
ネットやSNSのみに頼らないそのリアルな感覚を以て、君たちが真の女王を決めるんだ!
ナァ、来夢チャン!?』
『はい! 来夢も精いっぱい頑張っちゃいます!
女王さまを目指して!』
『オーゥ素晴らスゥイ。ナイスな返事ィ!
さあさァ画面の前の皆さま、どうか刮目されたし!
ボクちゃんはこれから最高の舞台を用意する、いや、した!
そして最高の舞台にはもちろん最高の美女こそが相応しい!
そうだ、いい加減決めようぜ!』
YoShiKiはまるでオーケストラの指揮者のように腕を優雅に動かす。
事実、画面の前の視聴者ほぼ全ては今、彼の手の平にいた。
『サァ、この世でいちばん美しいのは、誰!』
スタジオに響く、高らかな宣言。
この瞬間、日本中の注目は八人の少女たちへと注がれたのだった。