いちばん美しいのは、誰④『スイーツ三昧』
「どうも初めまして~。
文学部二年の小田原友利って言います~」
ウェーブのかかった明るい茶髪を揺らしながら、友梨はペコリを頭を下げた。
その声は見た目同様ゆったりとした優しいトーンで、聞いているだけで眠気を誘う。
今この四人掛けのテーブルには英人、真澄を加えた三人。残り一つの席は荷物置きとなっている。
「俺は経済学部二年の八坂英人だ。よろしくな」
「よろしくお願いします~。
……あなたが英人さんなんですね。真澄ちゃんからお話はかねがね~」
「ん、そうなのか?」
英人が隣に座る真澄へと振り向くと、彼女はバツが悪そうに頬をかいた。
「ま、まあ……いろいろと。
それより、本題に入りましょう本題!」
「お、おう。そうだな。
とりあえず昨日の話をまとめるに、小田原さん、どうやら君宛てに殺害予告が来ているとか」
「ええ。
いま画面をお見せしますねぇ。えーと……はいこれです~」
見せてきたのは、SNS上でのダイレクトメッセージだった。
そこには昨日見せてきたものと同じような罵詈雑言が並べたてられている。
それも少数ならまだしも、かなりの数でだ。
「単発でのメッセージがこんなにも……おそらくは捨てアカだろうが、すごい量だな。
ブロックはしないのか?」
「そう思ったんですけど、『ブロックしたら家まで行って殺す』って来ちゃって……。
怖くて出来ないんです」
確かに履歴を見ると、そのようなメッセージもいくつか見受けられる。
「それに、こんな写真まで……」
さらに友梨が見せてきたのは、メッセージに添付された一枚の画像だった。
そこにはベンチに座る彼女の姿が遠くから写されている。明らかに盗撮されたものだ。
「これは、田町キャンパスの写真か……?」
「はい。ちょうど中庭にあるベンチです~。
着ている服を考えると、多分送ってきたその日に撮ったんだと思います」
友梨は優しく笑いながらも表情に若干の不安の影を滲ませる。
いくらおっとりとした性格の持ち主でも、さすがに盗撮されているとなればいち女性として気が気ではないだろう。
「撮ったのはうちの関係者……とも言い切れないか。
キャンパスに入るだけなら別に一般人でも可能だしな。
写真はそれ一枚か?」
「はい~、今のところは」
「むむむ、許せませんね。
友利ちゃんに向かってこんなストーカーまがいのことをするなんて」
真澄は画像を見ながら眉間にしわを寄せる。
「う~ん。やっぱりわたし殺されちゃうのかなぁ?
どうしよう真澄ちゃん」
「大丈夫ですよ友利ちゃん!
私と英人さんがついてますから!」
「そうなんだ~。わぁ頼もしい~!」
えへんと胸を張る真澄に、ぱちぱちと呑気に拍手する友利。
わりと深刻な話をしているはずなのだが、まるで時間すら間延びしているようなゆるふわ空間がいつの間にか出来上がっていた。
(油断してるとこっちまで飲み込まれるな……)
英人はひとまずアイスコーヒーをひと口。再び口を開く。
「確か、君はミス早応のファイナリストだろ?
そっち方面に実害は出てないのか?」
「いちおうは~。
たまに変なのは来ますけど、それはいつものことですし」
「そう言えば私の時にも来ましたね、そういうの。
まあ宣伝用の公式アカウントでしたし、来るときは来ますよ。
ですがそれを差し引いても、これは異常です」
「だな。
大学内とはいえ写真まで撮られている以上、イタズラの領域は超えつつある。正直な話、もう警察に相談したっていいくらいだ。
すぐに捜査、とまではいかないだろうが、やっとくに越したことはないぞ?」
英人が至極真っ当な提案をすると、友利は難しそうな表情で視線を下げた。
「警察、ですかぁ…………」
「何かマズいか?」
「……いえ。
いちおう、考えておきます」
そう言って、友梨は紅茶のカップに口を付けた。
やけに歯切れが悪かったが、ミス早応に出ている以上大事にしたくないという気持ちも分からないでもない。
そこまで考えて、ふと思い浮かんだ疑問を英人は口に出した。
「そういえば……なんで今回出場することにしたんだ?」
「友達に勧められてです~。
わたし自身は出る気はなかったんですけど、あれよあれよという間にこうなってしまって~」
「私の時もそうでしたね。
いや~詩織ちゃんたらひどいですよ! おかげでいろいろ忙しかったんですから」
二年前のミス早応を思い出し、真澄はむむ、と唸る。
どうやらその詩織とかいう友人が黒幕のようだ。
(ま、贔屓目に見ても凄まじくレベル高いからな。
友達としては推したくもなるか)
英人はそう思いながらグラスを置き、話の総括へと戻った。
「とりあえず、犯人の特定が難しい以上はどうにもならん。
実害が出ていない以上警察も動くに動けないだろうから……そうだな、現状は自衛という形での対策が最善だろう。
確認するけど、いまはひとり暮らしなんだよな?」
「はい」
「そうか……」
英人は顎を撫で、真澄の方をチラリと見る。
すると彼女はその意図を察したようにうなずいた。
英人は再び友梨へと向き直り、
「じゃあ少しの間、真澄ちゃんの家に泊まるっていうのはどうだ?」
「真澄ちゃんの、家に……?」
「はい!」
ポカンとした表情の友梨に真澄が満面の笑みでうなずく。
「家は横浜の方だから少し遠くなるが、通えないって程じゃない。じっさい真澄ちゃんは毎日通ってるしな。
あとはおじさんとおばさんが了承するかだけど……」
「……あ、いまお母さんに連絡してオーケーもらいました!
友梨ちゃんさえよければ今日からでも大丈夫ですよ!」
「はえーなおい」
真澄はドヤ顔でメッセージアプリのトーク画面を見せる。
対する友梨はわーすごーいと拍手をしていた。
「……まあそういう訳だけど、どうだ?
あとは君次第だ」
「そうですね……では、お言葉に甘えます~。
でもさすがにいろいろと準備をしなくちゃなので、明日以降になると思いますけど」
「じゃあ私はそれまで家の方を片付けとくね!
いやーなんか楽しくなってきた!」
「私も~!」
二人は笑顔できゃいきゃいと盛り上がる。
事実だけ切り取ればただのお泊まり会なので当然と言えば当然だろう。
とにかく、これで話はまとまった。
「じゃ、今日のところはこんな感じか」
「ですね……あっ英人さん、この後予定とかありますか?」
「んー?」
真澄にそう尋ねられ、英人はスマホの画面を確認する。
表示されている時刻は14時43分。薫とのサシ飲みまではそれなりに時間がある。
「まあ、6時くらいまでなら」
そう答えると、二人は明るい表情で笑い合い、
「「じゃあ一緒にケーキ食べに行きましょう!」」
といかにも女子らしい提案をぶつけてきたのだった。
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「……で、夜までスイーツ三昧だったと?」
「まあ、そんな感じです」
そして夜。
当初の約束通り、英人と薫はいつものバーカウンターに並んで酒を嗜んでいた。
やや暗めの照明も手伝ってか、英人の顔には少しばかり疲労の色が見える。
「いやあ真澄ちゃんはともかく、小田原さんが食べる食べる。
別に甘いものが嫌いというわけじゃないけど、あれは見てるだけで胸焼けがしましたね。
つられてこっちも結構食べてしまったし」
「ああ、だから今日は塩気の効いたレッドアイと」
「ええ」
小さく返し、英人はジョッキに入ったビールとトマトジュースのカクテルを呷る。
クリームやらフルーツやらで甘ったるくなってしまった舌には、このほどよい塩味が心地いい。
「まあそれはいいんだが……ふむぅ」
「? どうしたんですか、いきなり腕なんか組んで」
難しそうな顔をする薫に、英人は首を傾げた。
「いや、まさか一昨年のミス早応が幼馴染だったとはね……。
しかもその伝手で今年のファイナリストとも知り合いになったときた。
……なんと言うか君、見境がなさすぎないかい?」
「いやなに言ってんですか」
「だってそうだろう。
昨年グランプリの東城瑛里華とは既にツーカーの仲だし、これで小田原友利がグランプリになればほら、三年連続じゃないか。
いくらなんでも贅沢過ぎるぞ!」
ヤケ飲み、といった感じで薫はグラスを一気に空にする。
だんだんエンジンがかかってきてしまったようだ。
「贅沢って言われても……偶然こうなっただけですし。
ナンパでもしたってんなら別ですけど」
「ナンパしてないのにこうなっている方が、余計たちが悪いと私は思うけどね。
なぁ、マスターもそう思うだろう!?」
「ええ、おっしゃる通りかと」
「えぇー……」
ほらやっぱりそうだろう? と薫は得意げな顔を見せる。
どうやら今日は四面楚歌の状態で飲むことになるかもしれない。
「……よし。ここは上級生として、今年のファイナリストのプロフィールをチェックしておかねば。
アラサーすけこましの毒牙に掛かってしまう前にね」
「すけこましって」
英人の年代ですら死語になりつつある言葉に、アラサー男は肩をすくめる。
それを横目に薫はスマホの画面をスクロールしていく。おそらくはSNSの画面だろう。
「なになに……他には一年の登戸ひよりに二年の久里浜律希と辻堂響子。
ほう、この矢向来夢という一年はアイドルもやってるのか……ん?」
しかしとある場所で急にその指を止め、表情を硬くさせた。
「ん、何かありました?」
英人が尋ねると、薫は静かに画面を向けてくる。
「……これ、君だよね?」
「……!」
見た瞬間、英人も同様に表情を険しくさせた。
表示されていたのは、真澄や友梨と一緒にスイーツを楽しむ、午後の姿を写した画像。それが数多の呟きとなって拡散されている様子だった。
所謂バズったというやつなのだろう。
こうして見ている間にも、ハートや矢印の横にある数字が凄まじい勢いで増加を続けている。
「……成程。
そこまで、やるか」
英人の口からは思わず、言葉が漏れる。
それは見えざる敵からの痛烈な先制攻撃であった。