いちばん美しいのは、誰①『満を持しての初登場』
お待たせしました、新章開始です!
――鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?
それは世の少女たちが、一度は鏡の前で思い浮かべたであろうおまじない。
勿論、その問いに答えてくれるような鏡など、この世にどこにも存在しない。
だが現代社会はそれに限りなく近いものを創造した。
イイね!
似合ってる!
めっちゃ可愛い!
可愛すぎる!
――溢れるほどの賞賛の言葉が、画面を埋め尽くしていく。
そう、誰が一番美しいは彼らが決めてくれるのだ。
誰よりもハート型のボタンを押されたものが、この世で一番美しい。
それは現代で最も単純で明快な方程式。
少し目を離した隙にも、どんどんその数が増えていく。
……ああこれで、私は一段と綺麗なった。
化粧をすべく、顔を上げる。
「世界で一番美しいのは、私」
鏡台の鏡は、固く閉じられたままだった。
――――
十一月上旬、東京都千代田区。
とあるオフィスビルの最上階にある大会議室に、彼らはいた。
「いやー疲れた疲れた!
まーでもいいもの見れたし、僕としては万々歳かな」
最奥の上座に行儀悪く座るのは国際テロ組織『サン・ミラグロ』総長、有馬ユウ。
十代にして組織のトップに立つこの少年は、京都おける混乱と狂騒を堪能し終えて満足そうに首を鳴らした。
いま、だだっ広い楕円形の円卓に座っているのは彼を含めて四人。
残る三人の内ただひとりが日本人で、それ以外は外国人だ。
「……して有馬様、第七位の彼は?
どうも姿が見当たりませんが」
まずはその中の一人、三十半ばあたりのやや褐色した肌が特徴的なラテン系の男が口を開いた。
「ん? ああ死んだよ。
あ、でもあれって死んだとカウントしていいのかな? ちょっと迷う。
とりあえずウチでの仕事はもう無理だろうね」
「……そうですか」
そう言ってラテン系の男は腕を組む。
超然とした態度こそ取っているが、既にその瞳からは死んだ仲間に対する興味は失せていた。
「ま、当初の目論見は達成したから別にいいけどね。あれは尊い犠牲ってことで。
それより、今日はこれで全員?」
「ええ。私を含め『使徒』は三人が出席です」
ラテン系の男は大きく頷く。
「二と四と六か……ちょうど偶数で面白いね」
「第一位は表の仕事の都合で海外出張中のため、現地からリモートにて参加のご予定です。開始時刻になれば繋がるかと。
そして第三位はいつも通り教会の地下に繋いでおります」
「第五位……『偏愛』は?」
「今日は欠席するとの連絡が」
ラテン系の男が言い終えると、有馬はケラケラと笑い始めた。
「ははは、いつもながら集まり悪っ。
我ながら問題児ばかり集め過ぎたね」
「笑い事ではありません、有馬様。
いくら表立った活動が難しいとはいえ、これでは組織内の統率に関わります!
今回は同胞である第七位も討たれたのです。内部を固める為にも、今こそ敵討ちの機会を!
正義の為、志半ばで散った彼の遺志を継がねばなりませぬ!」
ラテン系の男が握りこぶしでテーブルを軽く叩く。
その瞳は真剣そのもの、というより真剣以外の感情がなかった。
しかしそんな彼を嘲る様に、小さな笑い声が会議室に上がった。
「なーにが遺志を継ぐだよ。
さっきまで興味の欠片もないっつー目ぇしてただろうが」
声の主は四十あたりの、派手な柄のスーツを着たスラブ系の赤髪の男だった。
使う分量を間違えているのか、その体からはキツめの香水の臭いが立ち上っている。
「興味云々は関係ない。
正義は正義だ」
「ったくごちゃごちゃと小難しいこと言いやがって。
要は好き勝手やりたいだけなんだろ?」
「……今の話の何処を聞いたら、そうなる」
「あ? ちげーのかよ。
ったくこれだからガリ勉野郎はよ。ホント話しててつまんねぇな」
スラヴ系の男は苛立ったように脚を放り出し、テーブルの上に組んで乗せる。
今ここにいる人間の中で最年長であるはずの男が、もっとも行儀と品が悪い。
今度は小さな溜息が会議室に響いた。
「……あ?
なんだそれ、舐めてんのか?」
スラヴ系の男は眉を吊り上げ、その溜息の主を見る。
「……いや。
ただヴェガさんも大変だなって」
その男は、おそらくは二十代前半の日本人だった。
不規則に垂れ下がった黒髪は柳のようであり、隙間から覗く瞳は沼のように濁っている。
彼は左手で前髪をねじりながら、アイスティーの中へ都合八個目となるガムシロップを入れていた。
「うわ、いつみても気持ちわりぃなそれ。
いい加減どうにかなんねぇのか」
「……糖は脳のエネルギー源です。だからいくら摂取してもいい。
六位さん、アンタはただでさえ馬鹿なんだ。僕より糖分取った方がいいですよ」
「…………あ?」
瞬間、テーブルに亀裂が入った。
「あーあ、壊しちゃった。
それ、弁償ですよ?」
「は? 何言ってんだ。
テメェが変なこと言うからこうなったんだろが。お前が弁償しろ。
それにさっきから年上に対する口調がなってねぇぞコラ!」
スラブ系の男はこめかみに大きな青筋を立て、殺気の孕んだ視線を突き刺す。
そのまま一触即発の状況になると思われたが、
「――やめてよ。
僕の前で、そんなチープな喧嘩見せないでくれる?」
有馬の一言が、冷えたナイフのようにその空気を切り裂いた。
「え、あ、いや……」
「君たちがここにいるのは、僕が面白いと思ったから。
じゃあつまらなかったらどうなるかなんて、馬鹿でも分かるでしょ?
大人なら、ちゃんと期待に応えてくれなきゃ」
深淵の闇のような漆黒の瞳が、赤髪と黒髪の二人を飲み込む。
その果ての無さに赤髪は黙り込んで脚を下ろし、黒髪は姿勢を正す。
そうして静かになった会議室に、テレビ電話の着信音が鳴った。
『――時刻ちょうど、か。
遅れて済まんな、総長』
「そうだよー。
君ってば重役出勤」
『ふっ……で、今日の議題は何かね?』
「それなんだけど、どうやら鵠沼君が面白いことをしてくれるんだってさ。
ね?」
有馬が視線を向けると、黒髪の日本人――鵠沼悟が九個目のガムシロップを開けながら、小さく頷いた。
「はい。
近々祭りがあるので、そいつをもう少し盛り上げてやろうかと」
『……祭り、か。
それでどのように盛り上げるのだ? 第四席よ』
画面越しからの問いに、鵠沼はニヤリと口角を上げる。
「女どもの……その果てすらない、承認欲求にて」
その呟きは、耳に張り付いて離れないほどに粘着質だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十一月中旬。
日曜日の朝を迎え、英人はのんびりと休日を堪能していた。
テレビではワイドショーが放送されている。
『となると、今回教皇が来日されるのは実に四十年ぶりのことになるわけですか』
『ええ。ピウス十四世以来の快挙となりますね』
『成程……それで、このタイミングでの来日の目的とは一体?』
『今回は日本だけでなくアジア各国を歴訪なさる予定ですので、その一環でしょう。
特に人民共和国では信徒が増加してますからね。
現状両者の間に正式な国交こそ樹立していませんが、今回のアジア訪問はそれに向けた布石という部分もあるでしょう』
『なるほど。我々はちゃんとアジアにも関心を向けているぞ、と』
『ええ。
ですから我が国は――』
その後も各専門家やらコメンテーターやらがああだこうだと意見を出し合っていく。
むろん確たる結論はでない。いつもの光景だ。
「……ま、結論が出たら出たでアレだが」
英人がチャンネルを変えようとリモコンを手に取ると、台所の方から何やら声が聞こえてきた。
異世界により付いてきた神器『水神ノ絶剣』に宿る精霊、ミヅハのものだ。
「ちょっと契約者! 水羊羹切らしてるんやが!
まさか食っちまったってのかい!?」
彼女はいつもながらの語尾の安定しない口調で冷蔵庫を見ながら叫んでいる。
「いや食ってねーよ。
それより近所迷惑だから声のトーン下げろ」
「いんやこれが黙っていられるかい!
くそ、私の好物を横取りしたのは誰じゃー!」
『……あぁ、それ俺だわ』
気怠そうな声の主は、豪華な装飾が施された一振りの西洋剣だった。
それはかつての『英雄』が使っていた聖剣『魔を断ち、光指し示す剣』。
千年前に『魔王』を滅ぼした伝説の武器であり、今は元の使い手たる英雄ナナシ=ゴンベエこと刀煉一秀の精神が宿っている。
京都の事件以降、彼は剣を通して時々口を開くようになっていた。
「はあああっ!?」
ミヅハは怒声と共にベッドに立てかけてある聖剣を拾い上げ、胸倉をつかむようにブンブンと振り回す。
『ちょ、揺らすな』
「うるさいわ!
『原初の英雄』ともあろう男が盗み食いなどしくさって! 恥を知れい!
てーか今のアンタにメシなどいらんだろうが! その姿でどうやって食ったんじゃ!」
『ふっ、別にどうというほどのものでもない。
食おうと思ったから食えた、それだけよ』
「……こ、このおおおおおぉっ! 契約者、こいつ今すぐ叩き折ろう!
いややっぱり除霊だ除霊! こいつは英雄じゃなくてただの悪霊やで!」
「はいはい……っと」
ミヅハの決死の訴えを話半分に聞き流しつつチャンネルを回していると、テーブルの上に置かれたスマホが振動する。
画面を見ると、メッセージアプリの通知が来ていた。
「うん……?」
「どした、契約者よ」
「ウチの母親からだ。
うーん、どうやら今の俺の暮らしぶりをチェックするために人を寄こすらしい。
だから来る前に最低限の掃除くらいはしておきなさい、だと」
「ん、チェックするのに掃除とは?」
ミヅハが首を傾げていると、部屋の中に来客を知らせるインターホンが鳴った。
「……おいおい、もう来たのか。これじゃあ掃除どころじゃないぞ。
とりあえずお前等は押入れの裏にでも眠ってろ」
「ちょぅ、首根っこを掴むな!
わたしゃこれでも神器だぞ!」
「今はただの居候な。
とりあえず大人しくしとけよー」
ミヅハを押し込むようにして『絶剣』に憑依させ、『聖剣』と共に押入れの奥へと放り入れる。
『おいおいこの五月蠅いのはともかく、俺もかよ。
もっと先輩を敬ってはくれんもんかね?』
「千年だんまりだったんだ。
数時間くらい余裕だろ……っと」
そのまま扉を閉めると、英人はようやくインターホンの通話ボタンを押した。
『……あ! 英人さん!
おはようございます!』
するとスピーカーから響いてきたのは、柔らかくも透き通った、可愛らしい声。
それは英人もよくよく知っている声だ。
「……あーやっぱりか」
『?』
「いやなんでもない。
話は聞いてるから、とりあえず上がって」
『はい!』
元気のいい声と共に通話を終え、さらに一分。今度は玄関の方のインターホンが鳴る。
扉を開けると、
「改めておはようございます、英人さん!
今日は宜しくお願いしますね!」
まるで白砂に覆われた浜辺のような美少女が、満面の笑顔を浮かべて立っていた。
胸ほどの長さの栗色の髪を一本に纏め、宝石と見紛うほどの円らな瞳で英人の顔を覗き見ている。
背は平均よりやや大きめという程度だが、青のワンピースからすらりと伸びる手足が普通のそれとは隔絶したスタイルの良さを主張していた。
「なんか悪いな、わざわざ来てもらって」
「いえいえ。私たちはもう家族みたいなものなんですから、いまさら遠慮なんていりません。
今後の為にも、むしろ喜んでやらせていただきます!」
「お、おう……」
なんか押しが強いな、と思いながらも英人は美少女を招き入れる。
彼女は、英人の実家の隣家に住む一人娘だ。
本人もそう言っていたように両家は兼ねてから家族ぐるみの付き合いがあり、幼い頃より一緒によく遊んだ仲でもある。
とはいえ歳は八つほど下なので、英人にとっては幼馴染と言うよりも妹と言う方が近い。つまりほぼ家族みたいなものだからこそ英人の母親も全幅の信頼を以て送り込んだのであろう。
英人との関係性は以上だが、さらにもう一つ、彼女を語る上で欠かせない事項がある。
それは――彼女が一昨年のミス早応グランプリだということ。
「さあ英人さん!
一緒に掃除、していきますよ!」
その美少女の名は、白河真澄と言った。