剣客稼業~隙あらば他人語り~④『悪魔の目にも涙』
事件発生の翌日。
神奈川県内でも同様の殺人事件が発生したことを受け、警視庁は神奈川県警側の捜査員を取り込む形で合同捜査本部を設立することとなった。
設立にあたってはまず当事件を全面的に指揮する捜査本部長より激励の訓示があり、その後警視庁との間で情報交換が行われる。
とはいえ目新しい情報はなく、
・都内で被害のあった三人は事前情報の通りいずれも10~20代の若年男性。
・所属しているチームこそバラバラであるが、被害者全員が半グレ集団に所属している「不良」だということ。
この二点が再確認されたのみだった。
色々不明点の多い事件ではあるが、捜査本部としては半グレ集団同士の抗争及び「不良」という人間自体に恨みを持つ人物の犯行という二つの方針で捜査していくことに決定。
義堂は横浜で発生した事件に対する捜査の主要メンバーとして早速現場付近の調査に出向くこととなった。
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「……昨日の今日とは言え、中々目ぼしい情報は出ませんねえ」
足立が自身の肩を揉みつつ零す。
捜査を開始してから早数時間、時刻は既に午後4時を回っていた。
平日の中途半端な時間とはいえ繁華街の中心地であるため、人通りは多い。
現場は依然としてブルーシートで封鎖されており、今朝のニュースで事件を知った一般市民が時折立ち止まっては外から様子を眺めていた。
その中で二人は昨夜に引き続き周辺で聞き込みを行なっていたのだが、やはり成果は上がらない。
「まあ遺族に対する聴取は後日だからな……今はこうするしかない」
現時点でこの事件において確実なのは、被害者の存在のみ。
本来なら被害者の人間関係から辿っていくのが唯一の希望なのだが、遺族の感情を考えると昨日の今日での聴取は厳しい。
(……いや、待てよ? 遺族から聞けないなら……)
義堂は何か思いついたのか、おもむろに足立に尋ねる。
「なあ足立、平田の所属していた半グレ集団の名前って確か『ルシファー』だったよな?」
「え、ええ、そうですけど」
「そいつらが普段たむろしている場所って分かるか?」
「厳密な場所までは不明ですが、この付近で活動しているわけですから少し聞き込めば特定できると思います……義堂さん、まさか」
顔を僅かにヒクつかせて答える足立に、義堂はフッと笑う。
「ああ、これからその『ルシファー』とやらに聞き込みに行く」
「いやいやいきなりはまずいですって! 多分相手もメンバーが殺されて気が立っているはずですし!
いくら僕たちが警察と言ってもちょっと危険ですよ!」
足立は慌てた様子で義堂の行動を制そうとする。
「そうか? まあ怖いのなら俺一人で行くから心配するな。
代わりに藤堂さんへの報告を頼む」
しかし足立の必死の抗議も、義堂には逆効果だった。
優秀な警察官であることには疑いはないのだが、こういう場面で見せる無鉄砲さはキャリア警察官らしからぬ義堂の大きな特徴であろう。
「そういう意味で言ったわけではないんですが……ああもう、分かりました! 僕も同行しますよ!
ですが危なくなったら即撤退か応援要請! いいですね!」
「あ、ああ。分かった」
義堂は本気で一人で行くつもりだったが、足立の剣幕に押され結局は二人で向かうことにした。
………………
…………
……
『ルシファー』の溜まり場自体は、その後の聞き込みですぐに特定できた。
しかし基本的には夜にならないとメンバーが集まらないということなので、義堂と足立は外で夕食を食べつつ一旦待機。
メンバーの集まる時間まで待つことにした。
そしてファミレスから出ると時刻は夜の19時30分、日はすっかり暮れている。
二人は早速溜まり場と言われる場所へと向かった。
そこは繁華街の外れ、雑居ビルの地下にある元々はライブハウスであった施設だった。
碌にテナントも入っていないのだろう、建物自体は廃墟のように寂れている。
しかし地下に続く階段の奥からは微か明かりが漏れているのを見る限り、どうやら人はいるようだ。
「ここ……ですよね?」
足立が緊張しながら言う。
こういう所へ向かうのは初めてなのだろう、肩が小刻みに震えていた。
「どうやらそのようだな……行ってみよう」
義堂を先頭にして、ゆっくりと地下へと続く階段を降りていった。
入り口のドアをノックして開けると、そこにはいかにも不良といった風体の若者が十数人ほどたむろしていた。
義堂たちが入ってきた瞬間、彼らは一様に睨みつけてくる。
「なんだぁ、あんたら?」
その内の一人が義堂に近づき、下から覗き込むようにしてガンを飛ばす。昔からよくある不良の威嚇方法だ。
しかし義堂はそれに対して特に動じることはなく、近づいてきた不良に警察手帳を提示した。
「俺は神奈川県警の義堂というものだ」
「け、警察だぁ!?」
義堂が警察であることを明かした瞬間、不良たちは一斉に警戒の色を強め室内の空気が張りつめた。
既に金属バット等の武器を手に持つ者もいる。
しかし義堂はそれに対しても臆することはなく、言葉を続けた。
「昨日、君たちのメンバーである平田伸二が殺害されたという事実は既に知っていると思う。
我々はその捜査の一環でここに来たんだ。決して君たちを今ここで逮捕するために来たわけじゃない。安心してくれ」
しかし義堂の言葉を信用できない、とばかりに不良たちは警戒を緩めない。
その様子を見た義堂は思い切った行動に出た。
「犯人逮捕のためには君たちからの情報提供が必要なんだ……どうか、協力してほしい」
「え、ちょっ……ぎ、義堂さん!?」
足立が驚いたのも無理はない。
捜査の協力を仰ぐためとは言え、トップエリートである筈のキャリア警察官が不良達に向けて深々と頭を下げているからだ。
不良たちも予想外の行動に戸惑いを隠せない。
室内に一瞬静寂が流れた時、
「……はっ、面白れぇ刑事だな。
でもあんたも警察だったら、最近は俺たちのことをメチャクチャに取り締まっていたってことくらいは知ってんだろ?」
奥から声と共に一人の人物が歩いてきた。
義堂は頭を下げたまま、顔だけ上げてその姿を確認する。
最初に目に入ったのは、尖った金髪にピアスと黒を基調としたファッション。
さらに所々にある派手な装飾や金色のネックレスやチェーン類からはかなり刺々しい印象を受ける。年齢はおそらく10代後半から20代前半くらいだろう。
しかし何十人もの不良たちを束ねているという自負と実力からか、同年代の若者からはとても感じられないような威厳と貫禄を放っていた。
「まあ犯罪を起こした奴をパクっちまうのは、まだ百歩譲って分かる。
しかしただ群れてるだけの連中に難癖付けてパクっちまうのは筋が通らねぇよなぁ。あぁ?」
リーダーと思われる男は言葉を続ける。その声色には明らかに憤怒の感情が混じっていた。
それに対し、義堂はひたすら頭を下げ続けた。
「そして今度は『捜査に協力してください』、だと?
そいつは少し都合が良すぎるんじゃねぇのか?」
このリーダーの言う通り神奈川県警では現在繁華街における取り締まりを強化しており、『ルシファー』のメンバーも多数検挙しているという話も聞く。
管轄外である義堂には直接関係のない話ではあったが、彼らから見れば一緒くたにされても文句は言えない。
「そのことは私も重々承知している。
だが今回の事件、犯人に辿り着く為にはどうしても被害者の詳細な情報が必要なんだ。
特に日頃から付き合っていた君たちからの情報は絶対に……だから無理を承知で頼みたい」
改めて深々と頭を下げる義堂。室内には再び沈黙が流れた。
義堂の行為は明らかに下手に出ているものだが、その終始一貫した態度は有無を言わさぬ異様な雰囲気を放っている。
そもそも頭を下げるという行為は本来降伏を意味するはずである。なのにその微動だにしない姿は、まるで相手を脅迫するかのようにその空間を支配していた。
義堂の姿を見て、リーダーの男は観念したかのように溜息を漏らした。
「……はっ、分かった分かった、俺の負けだよ。たいしたタマだぜアンタ。
俺はここのリーダー、染谷龍二だ。
ようこそ、『ルシファー』へ」
染谷はハンドサインで指示をし、不良たちに武器を降ろさせる。
「……ありがとう。協力感謝する」
それに対し義堂は頭を上げ、笑顔で答えた。
「――んで、何を聞きたいんだ?」
染谷は溜まり場の奥にあるやや年季の入ったソファーに足を組んで座り、義堂に尋ねた。
室内は先程までとは打って変わり、不良達からの警戒の視線はなくそれぞれが自由に過ごしていた。一見メンバーを野放しにしているようにも見えるが、「敵意はもうない」というリーダーの意向を全員が徹底しているともとれる。
染谷の統率が行き届いているよい証拠だろう。
しかしメンバーの一人である平田伸二を失ったショックからか、その様子はどこか悲しく、張り詰めたような空気が室内に漂っていた。
「こちらが聞きたいことは二つ、事件当日の平田伸二の足取りと彼の普段の様子についてだ」
「当日の状況はともかく、普段の?」
そんな情報が捜査に必要なのか? と言わんばかりに染谷は疑問の声を上げる。
「ああ。普段の被害者の性格や行動を知ることで、犯人の動機を推理することができるかもしれない。
だからできる範囲で教えてほしい」
「そういうことならまあいいか……んじゃまず昨日の状況についてだが、それは俺たちにもよく分からない。
あいつは元々一ヶ所に留まってられないというか、散歩好きな奴だったからな。
ここにも多少顔を出すくらいで、大体はこの辺りをほっつき歩いてたよ。
だから昨日のことについてはアンタらの方が詳しいと思うぜ?」
「なるほど」
義堂の横で足立は証言をメモに取っている。
「それで、いつものアイツについてだが――
………………
…………
……
「――以上、俺から話せるのはこれぐらいだ」
聞き取りが終わる頃には、時計は10時を回っていた。
平田の話をしたことで、周り不良からはすすり泣く声が聞こえている。
染谷も涙こそ流していないが、その瞳は若干潤んでいた。
「辛い中、話してくれてありがとう。ご協力感謝する」
義堂は座ったまま礼をする。
「……なあ、義堂さん」
頭を下げたままの義堂に対し、染谷はぽつりと零す。
義堂は頭を上げて、彼を見た。
「アイツ……シンジはよ、そりゃあ確かに『不良』かもしれねぇさ。
でもやっぱり殺されちまうのは……そいつは違ぇと思うんだよ」
「……ああ」
「だから、奴が死んで悲しいっつーよりも、悔しくてたまんねぇ……!
なんでアイツが殺されなきゃなんねぇんだ……!」
「……」
肩を震わせながら発する染谷の言葉を義堂は静かに聞く。
「だからよ義堂さん、絶対に犯人を捕まえてくれ!」
「……ああ!」
その言葉に義堂は力強く頷いた。
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「結局、特に目ぼしい情報を得ることはできませんでしたね」
落胆した面持ちで足立が言う。
染谷からの聞き取りを終え、二人は一旦署に戻るため横浜駅に向かって歩いているところだった。
「ああ、だが全く無駄だったわけじゃない」
足立の言うように直接捜査の手掛かりとなるような情報こそ得られなかったが、溜まり場に乗り込んだ意義はあった。
平田伸二の普段の人となりを知ることが出来たのも勿論あるが、何より『ルシファー』の暴走を未然に防げたことが大きい。
というのも彼は『ルシファー』内部でも人望が厚かったらしく、メンバー全員が犯人に対する復讐心で燃えていのだ。リーダーである染谷ついてもそれは同じで、あからさまに態度で表すことこそなかったが、その強気な瞳の奥には深い悲しみと憎悪が渦巻いていた。
あのまま放っていれば、間違いなく暴挙に出ていただろう。
だから義堂は足立についての聞き込みを行いつつも「この事件は警察が責任を持って解決する。だから信じて待ってくれ」と染谷を説得し続けた。
そして最終的には染谷も納得し、しばらくの間は手を出さないことを確約してくれたのである。
「しかしすごいです義堂さん。
あんな不良たちを手懐けるなんて!」
足立は目を輝かせながら言う。
溜まり場の中では終始ビクビク怯えていたはずだが、抜け出した瞬間この調子だ。
何があってもすぐにいつものテンションに戻ってしまえるというのは、ある種の才能と言えるかもしれない。
「手懐けるなんて人聞きの悪い。海外の紛争地域とかはともかく、ここは日本だぞ?
言葉が通じるのはもちろんとして、同じ日本人である以上は誠実に話せばどんな人でも分かってくれるさ」
「そういえば義堂さんって海外でNGO活動してた時期もあったんでしたっけ」
「ん? ああ、まあな。
大学生の時に一年ほど休学してがむしゃらにやってたよ。あの時はまだまだ俺も青かったな……」
義堂は昔のことをしみじみと思い出しながら話す。
海外でのことを思い出しているからだろうか、足立にはその横顔がここではないどこか遠くを見つめているように感じられた。
「義堂さん……?」
義堂に声を掛けてみたが、反応はない。
依然として前方を眺めているままだ。
何かがあるのか? と思い同じ方向を向く。
するとそこにいたのは、黒ずくめの男だった。
顔はこちらからはよく見えないが、フード付きの黒ジャケットに黒のズボンを着用している。六月になろうかというこの時期にしては、不自然過ぎる恰好だ。
さらには肩に掛けたあの縦長のバッグ、長さ1メートル以上はあるだろうか。
ここで足立は事件の被害者のことを思い出した。
(確か四人の被害者は全員、「斬殺」されていた……!)
凶器はおそらく刀剣類。あのバックの中には十分収まるだろう。
「ぎ、義堂さん……!」
「ああ、今から奴を尾行する。妙な様子を見せたら即事情聴取だ。
念のため、応援を呼ぶ準備をしておいてくれ」
「了解です」
目の前に突然現れた容疑者候補に対し、二人は尾行を開始した。




