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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第五部:元『英雄』の戦う理由
169/314

京都英雄百鬼夜行㉘『男の名』

鹿屋野かやのの、正当な初代……!?

 そなたが……!?」


 鹿屋野大社、本殿。

 京都の呪術を司る『護国四姓ごこくしせい』の本拠地において、現当主・鹿屋野杜与(とよ)は驚愕の表情を浮かべていた。


「そうだ。

 驩兜かんとうという忌み名は、こ奴らの祖先が勝手につけたものよ。

 本来であれば、我こそがこの社に君臨するに相応しい」


 そしてその問いに答えるのは驩兜かんとうこと、鹿屋野木蓮(もくれん)

 彼はまるで埃を払うように小さく手を仰ぐ。

 すると本殿を侵食しつつあった樹木がさらに成長速度を速め、杜与たちの周囲を囲みだした。


「くっ、貴様……!」


 それを見た赤い和服を着た宗家の男が立ち上がり、木蓮に向かって呪術を放つ。

 しかし。


「なんだ、これは。

 あまりにも貧弱すぎる」


「な……!」


 木蓮を覆う太い樹木の束が、事も無げにそれを弾き返した。

 そして直後、男の体を木の槍が貫いた。


「が、は……!」


「去ね」


 木蓮がそう呟くと木は大きくうねり、男の身体を宙へと放り投げる。


 飛び散る血と臓物。

 まるで見せしめのように、その体は板の間の上を転がった。


「ば、馬鹿な……」


「あ、『赤衣あかえ』の呪術師を、こうも容易く……!」


 その光景目の当たりにした宗家の間に、動揺が広がる。


「『赤衣』……成程、懐かしい。

 呪術師の序列についても、我が整備したものだったな。

 上から順に紫、青、赤、黄、白、黒……冠位十二階を模して作ったものだが、今も続いているとは」


「そなたが、今の鹿屋野の土台を形作ったと……?」


「土台? 莫迦を言うな。

 我が作ったのは、この鹿屋野の全てだ」


 その言葉に、室内には大きなどよめきが広がった。


「全てやと……?

 出まかせを言うんも大概にせい!」


「せや! 誰が『四厄しやく』の戯言など聞くか!」


 金麗きんれいぎんれい麗は場を収めようと声を荒げるが、一度広がった動揺の波は中々落ち着かない。


「しかし……!」


「しかしも何もない! 

 杜与、お主はそれでも鹿屋野の当主か! いいから早――」


 瞬間、銀麗の胴体を蛇のようにうねる木の根が貫いた。


「……いい加減五月蠅いぞ、貴様」


「ぎ、銀麗!」


 力なく倒れる銀麗に金麗が必死に声を掛けるが、内臓を抉られ既にこと切れていた。


「他愛もない。

 しかし先程の反応、貴様等はどうやら知っておったようだな。

 鹿屋野家、ひいては『護国四姓』の本当の歴史を」


「本当の、歴史……?」


「杜与っ、聞くでない!

 これはこちらを惑わす奴の術じゃ!」


 金麗は杜与を叱咤するが、どこからともなく伸びた木の根がその体と口を拘束する。


「ぐ、ぐ……!」


「だから、五月蠅いと言ったぞ?

 だが、まあ証人としては役立つだろう。死なぬ程度に、生かしておいてやる」


「き、金麗様まで……!」


「ひ、ひいいぃ!」

 

 鹿屋野家の長老すらもまるで赤子扱い。

 その様子に宗家の人間たち一部はすくみあがり、数人が逃げようと戸に向かって走り出す。


「――駄目ですよ、このお方の前で粗相など」


 しかし突如として現れた青衣の男の手によって、無残にも切り裂かれた。

 さらには夥しい数の樹木が瞬時に入り口を塞いだ。これでもう逃げ場はない。


「おお、来たか」


「お待たせいたしました、初代様」


「そなたは永木ながき陽明ようめい

 もしやとは思いましたが、まさか貴方がこの鹿屋野家を裏切るとは」


 その姿を見た三間みまが、眉を顰める。


「裏切る? それは心外ですね静江しずえ様。

 裏切ったのは他でもない、貴方がた鹿屋野家の方ではないですか。

 おそらく貴方も薄々気づかれているのでしょう? この家の本当の歴史を」


「……」


 三間は静香に永木を睨む。

 そしてその沈黙は半ば問いを肯定しているも同然だった。


 木蓮はニヤリと笑い、口を開く。


「……どうやら、役者はそろったようだな。

 ではようやく話し始めるとしよう」




「――我ら『護国四姓』の、本当の始まりについて」






 ――――――





 千年前。


 この京都がまだ、平安京と呼ばれていた頃。

 三体の『怪異』の大将が都を荒らしに荒らし回っていた。


 その『怪異』の名は酒呑童子しゅてんどうじぬえ氷姫コオリビメ


 そう『四厄』とは元々、『三厄さんやく』だったのだ。


 そしてこの『三厄』が突然現れから数年、京の都は滅亡の危機に瀕していた。

 かねてより『怪異』を退治する呪術師こそいたが、まるで歯が立たない。

 それほどまでに彼らは従来の『怪異』たちとは一線を画す存在だったのだ。


 このまま、この日ノ本は『怪異』が跋扈する世となるのか――そう民の心が絶望の淵にあった時、京都に一人の傑物が生まれた。

 その名は永木ながき 木蓮もくれん。当時の呪術の大家、茅木かやき家の分家筋に血を引く嫡男であった。


 そしてその男は一言でいうなら、呪術の天才だった。

 幼少期より呪術の扱いに卓越しており、周囲の人間誰もがその神童ぶりに舌を巻いた。

 僅か齢十にして永木家の奥義を体得し、さらに十五となる頃には京都で並ぶ者のない程の才覚。

 千年に一人の大天才――宣伝的な意味合いもあったが、そう呼ばれるようになったのも半ば必然であったろう。


 そして齢二十となった頃。

 数多の経験を積み、名実ともに京都呪術界の第一人者となった彼はついに行動を起こす。

 それは呪術師一族の垣根を超えた、『三厄』に対抗するための組織作り。

 そう、つまりは『護国四姓』の雛型だ。


 北に永木家を中心とした呪術師の研究・育成機関を置き、対『怪異』の前線基地とする。


 東には土着の『異能者』一族、御守みもり家をそのまま配置。


 南では浄化、治癒の得意な一族を集結させ、後方支援に特化。


 そして西にはどの一族にも属さないが特殊な力を持った人間を集め、訓練場所とした。


 つまり鬼門となる北東方面に主力となる呪術師一族や御守家を重点的に配置し、反対方向である西南方面において後方支援と予備戦力の拡充を行う。

 さらには各家でバラバラだった呪術についても一つに纏めて体系化し、新たな術式を構築した。


 これらの改革により対『怪異』の戦闘効率は飛躍的に向上し、ついに一度は『三厄』を都の外までまで追い返すことに成功したのだ。


 これは三十年来の快挙だった。

 都中の民が、貴族が、ひいては皇族までもが、木蓮の偉業を称えた。

 その名声を留まることを知らず、ついには新たな姓の下賜、果ては官位と入朝までもが約束された。


 最初は呪術一家の分家筋にしか過ぎなかった男が、己の力一つでここまで上り詰めたのだ。一体誰が想像しただろうか。

 だが木蓮には初めから分かっていた。血や伝統ではなく、力こそが求められる時代が来ると。だからこそ己の道は今、栄光に彩られている。


 貴族となり、大臣となり、果ては最上の栄華まで――その力ゆえ、彼にはその先に広がる景色の全てがはっきりと見えていた。

 そして後は『三厄』さえ完全に倒してしまえば、それは確固たるものになる。


 そう、その筈だった。



『――行け!

 今なら敵の警戒は薄い、一気に蹂躙せよ!』


 それは永木木蓮が『三厄』討伐の準備をようやく終え、いざ明日攻めこもうかという矢先の出来事だった。

 その前夜、『三厄』が大量の怪異を引き連れ侵攻してきたのだ。


 突然の奇襲だった。

 先の撃退で、しばらくは大きな活動は行わないだろうと予測していたからだ。

 永木木蓮を中心とした呪術師たちは何とか際で食い止めたが、それでも一度握られた主導権は中々覆らない。

 突破されるのも時間の問題か――誰もがそう思った時。


『――これはまた、結構な修羅場だ』


 そこには、一人の男が立っていた。


 その男は坂東から来たという流れの武芸者。

 しかし鎧や兜などは持たず、ただ一本の太刀だけをいつも肩に抱えている変わり者だった。

 当時は西の訓練所に居候していたという。


 男は『怪異』の軍勢を見るなり小さく口角を上げ、太刀を抜く。


 そこから先の光景は、常識を遥かに超越したものだった。


 その男は太刀一つで『怪異』の群れを悉く斬り伏せ、一気に戦況を覆してしまった。

 男が太刀を振れば『怪異』の身体が裂け、横に薙げばその首が飛ぶ。

 それは達人、天才――そんな言葉すら陳腐に思えてしまうような圧倒的な力だった。そして男はついには『三厄』とも対峙し、傷を負いながらもたった一人で倒してしまう。

 

 その男の名は、一秀かずひで

 そしてこの夜より京都全ての尊敬と羨望は、一気に彼ひとりへと集中したのだ。


 当然、木蓮の心中は怒りと嫉妬に震えた。

 本来彼のように呪術師や異能者を取りまとめる存在がいなければ、もっと早くに京都は壊滅していた筈なのだ。

 この男は後からやってきてその手柄を横取りしたに過ぎない。


 そして一秀の名と反比例するように、ついには家中での木蓮を見る目が少しずつ変わり始めた。

 他の家の者は勿論、同家の物ですらも徐々に彼の魅力と力に惹かれていく。

 まるで一秀こそが京都を護るに相応しいとばかりに、誰も尊敬の念を込めてこちらを見ようともしない。


 さらにそんな中、朝廷から一つの勅が下った。

 内容は一秀に対する「刀煉とねり」姓の下賜と、木蓮のすら超える官位の贈呈。


 千年に一人と呼ばれた天才が積み重ねてきた物が、流れの武芸者によって奪われた瞬間だった。





 ――――――




「――だがそれ以上に腹立たしかったのは貴様等よ、茅木家!

 貴様等は刀煉一秀の出現によって我の力に陰りが見え始めた途端、反旗を翻した!

 そして我を他の『怪異』同様、『大封印』の地下へと閉じ込めたのだ!」


 木蓮は怒りに声を荒げ、金麗の身体をさらに締め上げる。

 室内に響く乾いた音はおそらく肉と骨の軋む音だろう。


「分家筋の我に上に立たれることが相当面白くなかったのであろうな。

 我を封印し完全にその存在を抹消した後、帝より下賜された『鹿屋野』の姓まで横取りし、あまつさえ我には『驩兜かんとう』という忌み名を付けおった!」


 木蓮はゆっくりと一歩、杜与に向かって踏み出す。


「名を付けるとは、存在のあり方を確定させる最も原始的な呪術。

 そして『驩兜かんとう』とは古代中国における四罪の一つ。聖君に反逆した者の名だ。

 つまり貴様等の地位の安寧の為、我は反逆者の汚名を被らされたのよ」


「……そして、永き時が経った。

 人々は永木木蓮などという名をとうに忘れ、この都には『驩兜かんとう』という忌み名だけが残った。

 だが我はその忌み名を逆手に取り、邪気渦巻く地中で力を蓄えた。そしてついに最強の『怪異』へと変貌したのよ」

 

 木蓮はさらに歩を進め、杜与へと近づく。

 あまりに圧倒的な格の差。


 宗家の人間で彼を歩みを阻もうとする者は三間みま静江しずえただ一人だけだった。


「ここから先は行かせませんよ、『驩兜かんとう』」


 静江は木蓮を睨みつけ、術を展開する。

 すると木蓮の足元から幾百もの光の縄が伸び、その体に巻き付いて拘束した。


「ほう、中々の術だな。

 流石は『紫衣しえ』、当代にもそれなりの術者がいるものと見える。

 だが、到底我には通じんな」


 しかし木蓮が余裕綽々とばかりにニヤリと笑うと、光の縄は瞬く間に霧散してしまった。静江の顔が驚愕に歪む。


「これだけの術を瞬時に……!

 まさか術式を、見ただけで全て理解したというのか」

 

「先程も言ったであろう。

 我はこの『護国四姓』を、ひいては今日に至る呪術そのものを形作った男だぞ?

 この程度造作もない……さて、」


 木蓮は赤く染まった瞳で杜与の座る上座を睨んだ。


「その席をどいてもらおうか。

 そこは貴様には相応しくない」


「……それは、出来ませぬ」


「どけ」


 瞬間、木蓮の身体から夥しい量の邪気が放たれた。

 まるで黒い暴風とでも呼ぶべきそれは、瞬く間に杜与の全身を包み込む。


「……っ!」


 己の全てを、深淵から覗かれているような感覚。

 そんな本能に直接訴えるような恐怖が、少女の心臓を揺らした。

 しかし、それでも。


「……出来ませぬ。

 わらわは鹿屋野の七十代目。たとえ歴史が虚飾に塗れていようと、『怪異』と戦う責務があります」


 杜与は涙が溢れそうになる目で木蓮を睨み返す。


「……愚かなり」


 それを見た木蓮は静かに右手を上げ、術を展開しようとした。


「――よく言った、杜与」


 だがその時、太い樹木によって封じられていた筈の戸が弾け飛んだ。


「何……?」


 その場にいた誰もが、入口に向かって振り返る。


 そこには、一人の男が立っていた。


 その男は東京から来たというフリーの『異能者』で、ただ一本の西洋剣を肩に抱えている。

 今は期間限定の協力者と言う立場。


 しかし伝説の『怪異』の目には一瞬、違う人物が重なって見えていた。


刀煉とねり一秀かずひでぇ……っ!」


「……ふっ、どうしたいきなり。

 千年経って耄碌でもしたかよ」


「――お、オオオオオっ!」


 激昂した木蓮が、一斉に木の根の槍を差し向ける。

 しかし男は剣を一閃、それらを斬り飛ばし一直線に木蓮との間合いを詰める。


「ここで、終わらせる!」


「くっ、下郎がぁッ!」


「『絶剣リヴァイアス画竜点睛エストレイザ』!」


 その男の名は、八坂英人と言った。

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