京都英雄百鬼夜行㉑『百鬼夜行』
京都市内上空。
英人は神器のひとつである『水神ノ絶剣』を振り上げ、攻撃の体勢に入る。
狙うは『大封印』跡、溢れ出る『怪異』の群れ全て。
「『絶剣・龍哮千雨』!」
その叫びと共に、纏っていた水がさらなる上空へと打ちあがり、幾千もの雨の弾となって『大封印』跡へと降り注ぐ。
『千里の魔眼』とも連動させた、絶対命中の長距離範囲攻撃である。
「グッ!」
「ギャッ!」
「ち……厄介な」
『怪異』たちの断末魔の中、両腕でそれをガードしつつ酒呑童子は毒づいた。
『四厄』レベルであれば問題ないが、それ以下の『怪異』となると無傷とはいかない。
我先にとあふれ出た中級以下の『怪異』たちは、次々と水弾の餌食となり消滅していく。
『四厄』側としては、完全に出鼻を挫かれた形となった。
「ぐ……グ……!
あの男、よくも……!」
しかし彼等もまた京都に名を残す怪物。守勢のままで終わるはずがない。
水弾の雨の中、氷姫は苦痛と怒りに表情を歪めながらも何とか立ち上がる。
「殺す!!」
そしてその叫びと共に、周囲の水弾全てを凍らせ、さらに氷による防御壁を展開した。
無論それは瀕死の状態で作った、即席の代物。水弾の全てを完全に防いだ訳ではなかったが、それでも多少は勢いも弱まる。
『怪異』側にとっては、攻勢に回るには十分の間だった。
驩兜こと木蓮はニヤリと笑みを浮かべる。
「厄介な雨は弱まったか……感謝するぞ、『氷姫』よ」
「だがこのままでは後続の被害も馬鹿にならん。
……このまま突っ切るか」
「あーなら大丈夫、僕にいい考えがあるよ。
永木君、この剣借りるね」
そう言って永木が返答する間もなく有馬は剣を鞘から取り上げ、悠々と歩き始める。
「有馬様……?」
「こういうときは、悪の組織の持ち味を生かさなくっちゃ。
ほら」
ほくそ笑む有馬。
その視線の先には、地面にへたり込む湊羅の姿があった。
「ちっ……!」
英人は歯噛みしつつ、有馬に向かって水弾を集中させる。
「ぐ、グゥゥゥゥ……ッ!」
「お、頑張れ頑張れ『氷姫』ちゃん。
憎き彼に意趣返しをしたいのならね」
だがその迎撃も、思うような効果を上げられなかった。
自らの身体に傷を負わせた相手に対する憎しみと怒りが、氷姫に通常以上の力を発揮させたのだ。
これでは湊羅に近づく有馬を撃退出来ない。
『ちょ、このままじゃまずくない!?』
「分かってる!」
英人の目を通して同じ光景を見ているミヅハが脳内で喚くが、構ってる暇などない。
再び『水神ノ絶剣』を構え直し、
「『絶剣・熾天蒼翼』!」
自身の背中に高密度の水で出来た、三対六枚の大翼を展開させた。
そして翼は大量の水を後方に噴射、『大封印』目指し英人の身体は一気に加速する。
(消費はデカいが、『魔素』の多い京都ならいける……!)
風を切る音が、英人の騒々しく耳に騒々しく響く。
遂にその速度は音速すらもゆうに超え、ものの数秒で英人を湊羅の下へと運んだ。
「……随分と、お早い到着だね。
焦った?」
「安心しろ。
次はお前たちが焦る」
「言うねぇ……っと」
そう笑ったのも束の間、水の翼による斬撃が有馬へと殺到する。
有馬はひらりと浮くように跳躍し、一回転しながら着地した。
「ふぅ、危ない危ない……全く、こういう時の君は抜け目ないね。まあいいけど。
それよりほら、厄介な雨は解除してやったよ。後は君たちの番ねー」
「心得た」
有馬の声に答えるように、酒呑童子を筆頭に『四厄』の面々は英人の前に立ちはだかった。
そのうち『氷姫』だけは瀕死の重傷を負っているが、驚異の生命力によりいまだ命永らえている。
つまり、現状は実質四対一の状況。
ただでさえ不利であることに加え、穴からは後続の『怪異』たちが大量に溢れ続けている。
このまま時間を掛ければかける程、ジリ貧になる事は確実だった。
それを悟ってか、湊羅は申し訳なさそうに口を開く。
「ご、ごめんなさい。
私がだらしないせいで……」
「気にするな。
さっきの攻撃も、決定打にならなかった以上どのみち接近する必要があった。
それより、まだやれるか?」
「う、うん……!」
湊羅は英人の言葉に応えるように、ゆっくりと立ち上がった。
脚はまだ恐怖に震えているが、力だけは何とか入る。
何より、ここまで助けてもらって何もできずというのは、湊羅自身が許さなかった。
これで、状況は四対二。
「殺してやる……!」
その中で怒りに表情を歪ませた氷姫が真っ先に動いた。
まずは自慢の氷で傷口を塞ぎ、止血。そして周囲に大量の巨大な氷柱を展開させ、一気に射出する。
「『絶剣・四川流壁』!」
対する英人は、重力に逆らい流れる四本の大河を地中から展開。その全てを防ぎきった。
「小癪な!」
負けじと氷姫はその川を凍らせに掛かるが、雄大な大河の流れの前では氷塊を言えど無力。
氷が生成された傍から上空へと流されていく。
氷姫は思わず歯噛みした。
「く……!」
「そのまま凍らせていろ。後は俺がやる」
「!? あんた……!」
「肩慣らしにはちょうどいいさ」
そう言って呼吸一つ、酒呑童子は拳を大きく振り上げ、大量の闇の『魔力』を込める。
そして川を流れる氷塊に狙いを定め、
「『深淵豪打』!」
思い切り、その拳を叩きつけた。
大量の闇の魔力と運動エネルギーを受けた氷塊は砲弾となり、大河の壁を貫く。
「ち……」
英人は『絶剣・四川流壁』を解除し、直接氷塊を切り裂いて直撃を防いだ。
そして二つに割れた氷塊は、轟音を鳴らしながら後方の木々をなぎ倒す。
たった一つの攻防で、周囲の地形すら変わってしまう。
まさに、超常の戦い。
(た、戦いのスケールが違う……)
その凄まじいまでの迫力に、湊羅はただひとり圧倒されていた。
対する有馬は、バンバンと手を叩いて大笑いをする。
「ハハハハハ! そうそうこれこれ!
やっぱり戦いというのはこうでなくっちゃ! いやあ久々にいいもの見れたよ!」
英人は『四厄』たちの体越しに、有馬を睨む。
「あーあんまり睨まないで、怖いし。あと今回の君の相手はあくまで彼等だから。
せっかく解放してやったんだし、ちゃんと相手してやってね。
それじゃ永木君、後は頼んだ!」
「はい、有馬様」
永木が小さく礼をすると、有馬は闇に紛れて何処かへと消えていった。
無論英人には追うという選択肢もあったが、現状では目の前の敵を優先するしかない。
「我等が相手では、不満かな?」
「……いいや、」
英人は鋭い殺意を籠め、絶剣の切っ先を酒呑童子へと向ける。
「『魔人』、『合成獣』、『氷狼』……。
あっちの連中が相手だってんなら、俺が受けて立つ他ねぇさ」
瞬間、酒呑童子と鵺と氷姫の三体は、僅かに眉を上げた。
「ほう。
『神器』を使うからもしやと思ったが……貴様、こちら側の人間か」
「困った。
何故そんな奴が『神器』を持ったまま此処にいる。分からない、困った。
しかし、喜ばしい」
「ならば猶更……殺す!」
そして三者三様に戦闘態勢を整え、英人と対峙する。
そのいずれもが、今もなお『異世界』の歴史に名を残す伝説の『魔族』と『魔獣』。
さらに後方からは、『絶剣・龍哮千雨』の被害から逃れた『怪異』たちが山を覆わんばかりの勢いで集結してくる。
目に見えるだけでざっと千以上、しかもその勢いはまだまだ弱まる気配はない。
頭数を考えても、これだけの数の化物たちを完全に止めることなど不可能だ。
英人の脳裏に一つの選択肢が浮かぶ。
(伊勢崎村みたく、今度は街全体を水壁で囲むか……?)
しかしそれは英人の魔力の大半をつぎ込む行為あり、そのような状態では『四厄』たちを打ち倒せる筈もない。
どうしたものか、と英人が迷った時。
――ドドドドドッ!
凄まじい轟音が、市中の方から響き渡った。
英人と湊羅は思わず振り返り、『四厄』を始めとした『怪異』たちも目をとられる。
「壁……!?」
その光景はまさしく、英人が漏らした一言に尽きた。
京都市全体を、巨大な石造りの城壁と大門が囲んでいる。
その外敵を許さぬ威容はまさに、かつての平安の都そのものだった。
「あれは、鹿屋野の『護京方陣』……!」
「鹿屋野の……?」
「うん。
私も伝承として聞いたことがあるだけだけど……そういう術が、あるんだって」
湊羅はそう言って固唾を飲む。
「ほう。
千年経って都の景色も変わったと思っていたが、城壁は健在だったか。
ならば、こちらはそれを踏破するのみよ……行くぞ」
「そうだ食わねば暴れねば。
う、うう、ウ……オオオオオオオオッ!!」
酒呑童子の言葉に応えるように、鵺はその体を大きく変容させた。
虎、猿、蛇……さらには数多の『魔獣』の姿が混じる巨体に、大きく翼を羽ばたかせる。
「全部、全部氷漬けにして殺してやる……!
特にあの男だけは……!」
「ふむ、ならばあの男の相手は兄に任せよう。
そして我らはあの忌まわしき都を、血と怨嗟で沈めて見せよう」
木蓮は太刀の切っ先を城壁へと向ける。
しかしその時、いずこからか飛来した日本刀がそれを弾いた。
木蓮が目を向けると、そこには袴姿の老人がいた。
「……させんよ、貴様等如きにはな」
「ほう、兄は?」
「刀煉 白秋」
白秋の口から発せられたその名に、木蓮は眉を吊り上る。
「成程、そうか。
兄はあのろくでなしの末裔か!」
「刀煉の名は襲名制ゆえ、血の繋がりはない。
受け継いできたのは、この国を護るという信念ただ一つ……貴様にはなかったものだ」
「何……?」
顔に青筋を浮かべ、木蓮は白秋に向かって一歩踏み出す。
だがその時、大量の破魔矢が雨の如く周囲に降り注いだ。
「城壁から……鹿屋野の『呪術師』か!
小癪な真似を!」
「『護国四姓』……参る!」
そして刀を構え、白秋は木蓮に向かって対峙する。
同時に、英人たちも再び前方の敵へと狙いを定めた。
「俺らも、行くぞ」
「……うん」
相手は伝説の『四厄』に、大量の『怪異』たち。
彼らは京都市民140万を前に、今か今かと蹂躙の時を待ちわびている。
「抗うか、人間よ」
「……千年前そうしたからこそ、今ここに立てている」
「そうか、そうだったな」
酒呑童子は小さく笑い、静かに手を挙げる。
「――殺戮せよ」
今ここに、百鬼夜行の火蓋が切って落とされた。