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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第五部:元『英雄』の戦う理由
157/314

京都英雄百鬼夜行⑯『鹿屋野家当主の御成ーりー!』

 人払いの結界も消え、夜の京都に徐々に活気が戻り始めた頃。


「……」


「……」


 英人たち三人は横並びになって黙々と市街を歩いていた。


(気、気まずい……)


 湊羅そらは時折二人の様子を横目で確認しながら、なんとか二人の歩幅についていく。


 八坂英人が突如として現れてから数分。

 とりあえず美智子を宿まで送り届けることにはなったものの、肝心の会話がほとんどない。

 ただそのまま、三人にとって重苦しい時間だけが過ぎていく。


「……何から聞きたい?」


 ようやく英人が口を開いたのは、三つ目の赤信号で立ち止まった時だった。


「……分かんない。

 でも聞けるだけ、聞きたいかも」


 その言葉に、美智子は信号機を見つめたまま返事をする。

 人払いの結界の影響か、車道では不思議と車通りが少ない。会話するには、ちょうどいい無音。


「そうか……じゃあ話せるだけ、話すとする――」


 そして英人はゆっくりと、美智子にも分かりやすいように説明を始めた。


『異能』と『異能者』のこと。

 自身がその『異能者』であること。

 時折、国からの依頼で様々な『異能』犯罪を解決してきたこと。

 そして今、『異能者』のテロリスト集団がこの京都で何かしようとしていること。


 それらの事実を、英人は淡々と述べていく。

 普通であれば、信じられる筈もない。

 だが英人が真剣に話してくれている姿を見ると、不思議と美智子は全てを疑いなく受け入れられた。


「それで、さっきの学ランの子が言ってた……」


 そして、だからこそその問いも聞こうと思えたのである。


「妻殺し、か?」


 その返事に美智子は一瞬ビクリとしつつも、小さく頷く。


「結論から言うと……事実だ。

 俺はかつてとある女性と結婚していて……そして、その人を殺した」


 美智子は思わず「何で?」と口から零れそうになるのを、必死に飲み込んだ。


 もちろん本当はすごく気になる。

 でも興味本位でそれを掘り起こすような行為だけは、美智子には出来なかった。


「……今から、二年ほど前だ。

 その時の俺たちは夫婦でもあり、そして同僚のような間柄だった。カッコつけた言い方をすれば戦友だな。

 で、だ。当時とあるデカい仕事を俺たちのチームが受け持っててさ、それがいよいよ最後の大詰めとなった時――」


 だが英人はその歩みを止め、立ち尽くしたまま喋り続ける。

 その拳は骨の軋む音がはっきりと聞こえる程、強く握りしめられていた。


「……そう、それは不慮の事故なんかじゃあなかった。

 俺は、俺は紛れもない自分の意思で彼女を――」


 一体、彼の中には今どんな感情が渦巻いているのだろうか。

 その光景に、横から見ていた湊羅が圧倒されていたその時。


「……もういいよ、先生」


 美智子がその右拳を、そっと掴んだ。


「美智子」


「もう話さなくてもいいよ、先生。

 私これ以上聞きたくないし……それに、それ以上に、」


 美智子は潤んだ瞳で英人を見上げる。


「先生の苦しむ姿、見てられないもん。

 だからもうやめよう?」


「でも」


「いいから」


 ほぼ同じ視線の高さで、二人は見つめ合う。

 片方の目は涙に塗れ、もう片方の目は涙などとうに枯れたてたかのように渇いている。

 そしてしばらくの沈黙が流れた後、


「……ああ、分かった」


「うん」


 その返事に、美智子は笑って頷いた。


「じゃあ、行くか」


「だね」


 そして英人が再び歩き始めようとすると、まだ手が繋がれたままだったことに気付く。


「おっと、悪い」


 英人が手を離そうとすると、美智子は慌ててもう片方の手を添えてそれを阻止した。


「あ、待って待って。

 せっかくだしこのままで行こうよ」


「はぁ?」


「ほ、ほら先生って今ちょっと情緒不安定でしょ?

 だからこうやってちゃんと繋いでおかないと」


 そう言って美智子は玩具を手放さない子供のように、ぎゅっと手に力を込める。

 英人はため息交じりに頭を掻き、


「はぁ……分かった分かった。

 しょうがない、宿までだぞ?」


「うん!」


 そして二人は、今度は手を繋いで京都の街を練り歩くことになった。


「そうだ、せっかくだし昔の事件の話、教えてよ」


「ん? そうだな――」


 打ち解けられたお陰か、先程よりも会話を弾ませながら二人は歩く。

 湊羅はその様子を横目で見て安堵しつつ、


(……もしかしてこれ、私いない方がよかったりする?)


 同時に何とも言えぬような疎外感を感じていたのだった。




 ………………


 …………


 ……





 三人が再び歩き始めてからおよそ20分。

 英人たちはホテルの前に着いていた。


「ほら、着いたぞ」


「うん、ありがと……それで、先生たちはこの後どうするの?」


 名残惜しそうに英人の手を離した後、美智子は振り返ってそう尋ねた。


「どうするも何も、仕事だよ。さっきの件関連でな。

 せっかく『護国四姓』に招待されたんだし行かない手はない」


「もちろん会議には当事者の私も出席するよ。

 まあ一旦家には帰るけど」


「そっか……」


 美智子は不安そうな表情を浮かべ、俯く。


「とりあえず、今夜はもうこのまま寝ろ。

 そして明日からは……そうだな、出来るだけ人目のつかない場所は避けてくれ」


「あと、北東方面には絶対に近づかないようにね。

 連中そこで何かやるみたいだし」


「『大封印』、だったか」


「うん、伝承によると昔の強力な『怪異』が大量に封印してあるんだってさ。

 基本的に鹿野家が管理してるから私も詳しくは知ってるわけじゃないけど」


「『怪異』、か……」


 英人は顎に手を当て、考え込む。

 昨夜あった『影狼』程度の相手ならば造作はないが、湊羅たちの口ぶりから察するにおそらくその比ではないのだろう。

 あとは、数の問題もある。圧倒的な物量で押し込まれたらいくら英人でも被害なしで守り切ることなど不可能だ。


「まあその辺りは、今日の四姓会議で話題になると思うよ」


「だな……しかしそれにしても、」


 英人は顎から手を離し、美智子に目を向ける。


「安全を考えれば修学旅行なんて即刻中止して、さっさと東京まで避難してくれれば上出来なんだが……。

 でも流石に明日すぐに予定変更、ってのは無理か」


「まあ帰るのは明後日だしね。

 それにその有馬ユウ……だっけ? が言ってた日は三日後の夜でしょ? なら大丈夫だよ」


「確かにそれはそうだが……」


 英人は腕を組み、視線を落とす。

 美智子の言うように、彼らが予告通りに犯行を行うのであれば早応女子の一行には被害は及ばない。

 だがあの少年が言葉通りに動いてくれるとは、英人にはどうしても思えなかった。


 しかしそんな様子の英人を前に、美智子は嬉しそうな笑顔を浮かべ、


「心配、してくれるんだ」


「当たり前だろ」


「ふーん……じゃあ、こうだ」


 美智子は再び英人の腕を取り、今度はその手を両手でやさしく握った。

 冷たいような温かいような、自身のとは違う体温が、英人の手のひらに広がっていく。


「……ふふっ、さっき思いついたおまじない。

 こうすれば、先生落ち着くでしょ?」


「んーまあ、それなりだな」


「えーなにそれ。人がせっかく安心させてあげようと思ったのに。

 まあでもとにかく信じてるから、先生のこと」


 美智子は小さく微笑み、英人の瞳を見つめる。


「お前……」


「過去の先生がどんな人で、何をしたのかは知らないよ? 

 でも少なくとも……私の知ってる今の先生は、優しくて強い人だから。

 必ず私を守ってくれるし、あんなテロリストなんかには絶対負けない、でしょ?」


「結構な評価だが、間違っているかもしれないぞ?」


 その言葉に美智子はブンブンと首を振り、


「いーや、先生に限ってそんなことないね。

 何百億賭けたっていいもん。ほら、私の実家お金持ちだし!」


「でもお前の小遣いは百円単位じゃねぇか」


「う……と、とにかく私が信じてるんだから先生は絶対に勝つの!

 以上、この話はこれで終わり!」


 そして美智子は英人の手を離し、今度は湊羅の方へと振り向く。


「あ、湊羅もありがとね。

 おかげで無事に帰ってこれたよ」


「うん……でもえっと、呼び方」


「あ、名前で呼ぶのダメだった?

 なんかもういい感じかなって勝手に思ってたけど。

 私のことも美智子でいいし」


「そ、そう?

 じゃあ、どういたいまして美智子。

 あと、ラーメンありがとね。美味しかったよ」


 湊羅は頬を紅潮させながら、恥ずかしそうにそう答えた。


「うん。

 先生もそうだけど、湊羅もケガとかしないように気を付けてね……」


 小さく手を振った後、美智子は名残惜しそうに二人の顔を見つめる。

 しかしすぐにそれを振り払うように後ろを向き、


「じゃあね二人共、頑張って!」


 小走りでエントランスまで駆けていった。


「……じゃあ私も一旦家に戻るから、また後でってことで」


「分かった」


 美智子の後ろ姿を見届けた後、湊羅も東の方角へと去っていく。

 そして英人もその場を後にしようと踵を返した時。


「……もういいだろ。

 いい加減姿を見せろよ」


「……やはり、バレてたか」


「舐めんな」


 英人が右を向くと、夜闇から一人の男が姿を現わす。

 チェック柄のスーツに金髪の合衆国人、リチャード・L・ワシントンであった。


「済まない、悪気はなかったんだ。

 ただ、たまたま目についてしまってね。ついつい見とれてしまってた」


「本当かよ?」


 わざとらしく頭を下げるリチャードに、英人は悪態をつく。


「本当さ。しかしまあ何というか……あの少女の事といい、負けられない理由ばかりが増えていくな、八坂英人よ。

 せっかくこちらに戻ってきたというのに、難儀なことだ」


「別にそれは構わねぇよ、今更だしな。

 というかまさか会話の方も聞いてたのかよ?」


「耳の良さは生まれつきでね。嫌でも聞こえてしまった。

 まあ君についての事前知識は元々頭に入ってたわけだが……それでも妻のことだけは、初耳だったよ。

 少し悪いことをしたかな」


「言っとくが、これ以上お前に話す義理はないぞ?

 たとえ盗み聞きされたとしてもな」


 英人が横目で睨むとリチャードは僅かに口角を上げ、


「フッ、分かってるさ。

 それにいたずらに過去を詮索する気もない……元より私は未来にしか興味がないのだから」


「未来ね……それがアンタの戦う理由かよ?」


「ああそうだ。

 未来とは、無限の可能性だ。絶望の中にある希望だ。

 だからそれらを壊そうとする不届き者を、私は許すわけにはいかない」


 リチャードはそう言って英人の前に立つ。


 相対する英人の目に映るのは、いつも通りの不敵な表情。

 しかしその瞳の奥底では、強い感情が炎のように渦巻いているのが見えた。

 

「未来とは合衆国の、か?」


「ひいてはこの国、そしてこの世界の、だ。

 我が国は未だ世界の警察であるからな」


 そして僅かな沈黙の中、二人の視線が交差する。

 英人は北の方角へと振り返り、


「……行くか」


「ああ」


 二人は鹿屋野大社へと向かうのであった。


 



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 有馬ユウとの邂逅からおよそ一時間以上。

 鹿屋野家の総本山、鹿屋野大社には再び『護国四姓』の面々が集結していた。


 北は鹿屋野家長老、金麗きんれい銀麗ぎんれい及び『呪術師』の三間みま静江しずえ永木ながき陽明ようめい

 東は御守家百代目当主、御守みもり湊羅そら

 西は西金神社当主、刀煉とねり白秋はくしゅう及び仮弟子の義堂誠一。

 南は荼毘家六十二代目当主、荼毘だび光耀こうよう


 そして広間の中央には、二人の男が座している。


 一人は合衆国の『国家最高戦力エージェント・ワン』、リチャード・L・ワシントン

 そして、もう一人は――


「……八坂、英人様でございますね?」


 広間の奥、すだれの中から響く透き通るような声が、その名を呼んだ。

 英人は軽く頭を下げつつ、返事をする。


「ええ」


「静枝からすでに話は聞いてます。

 どうやら、東から来た『異能者』であるとか」


「そうです。

 それで貴方は、鹿屋野の当主というわけですか?」


 英人はそう言って簾越しにその人物を睨むと、金麗と銀麗が眉をひそめた。


「貴様、会って早々無礼であろう」


「この場にいることすら特例だというのに、立場をわきまえや」


「ばば様方、どうかお静まりを。

 わらわはもっと、この方と話してみとう存じます……さあ静枝、簾を」


「かしこまりました」

 

 そして静枝が簾をゆっくりと巻き上げ始めた。


「……そう言えば、自己紹介がまだでしたね。

 わらわこそは鹿屋野家七十代目当主――」


 簾が上がる毎に足元、胴、胸と、徐々にその姿が明らかになっていく。

 そして露わになった全貌は、


「鹿屋野 杜与とよにございます」


 おそらく10歳辺りの、年端もゆかぬ少女であった。


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