輝きを求めて㉑『杉田廉次に普通の過去……!』
『人狼』こと杉田 廉次は、翠星高校においては所謂「不良」キャラで通っている。
と言っても漫画やアニメに出てくるような札付きのヤンキーではなく、ただ不良っぽい雰囲気を演じているに過ぎない。
ハッキリ言ってしまうと彼は「不良」でもなんでもない、ただの普通の人間なのだ。
父親は大手電機メーカーに勤めるサラリーマンで、母はどこにでもいる専業主婦。
金持ち、とは言わないまでもそれなりに余裕のある環境でほとんど不自由なく廉次は生まれ育ってきた。
無論そこに不良となるような要素はない。事実、中学校の半ばあたりまではちゃんとやっていた。
しかし中学の後半あたりから歯車は狂いだす。
きっかけは、少しばかり遅い反抗期だった。
父母の支配から抜け出したい、普通である事をやめたい――そんな願望が、廉次を「不良」という言葉へと導いたのだ。
廉次は早速制服を着崩し、整髪料で髪を尖らせた。美容院にも行った。
言動も今まで以上に高圧的なものに直し、誰に対しても尊大な態度をとった。
もちろん、それだけではただの爪弾きものになりかねない。
なので学業の方も努力し、学年での上位をキープして周囲の雑音を黙らせてきた。
するとどうだろう、その学校自体が真面目で大人しい校風だったことも相まって、すぐさま学年でトップの発言力を持つまでに至った。
これまでクラスメートたちが自分に向けていた目の色が、がらり変わる。どんどん自分に畏怖と尊敬の念が集まってくる。
まぎれもなく、当時の彼はその中学においては「王様」だった。
そしてこの時の歪んだ成功体験こそが、杉田 廉次という人間を形作ったといっていいだろう。
ともかく3年間の中学生活も無事終わり、舞台は翠星高校へと移る。
ここは県内でも有数の進学校ではあったが、もちろんここでも彼のスタンスは変わらない。
ただひたすらに「不良」を演じ続け、廉次は学内での地位を確立していく。
しかし、何事にも上は存在した。
浅野 清治――勉学も容姿もスポーツも何もかもがトップクラスの男がいたのである。
この男の前では、いくら不良ぶっていても霞む。
圧倒的なステータスの前では、「不良」のブランドなど何の意味もなかったのだ――
――――――
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――
「――そして結局は高校三年間、廉次はずっと二番手以下の地位に甘んじることになってしまった。
おかげで『――ウルセェッ!』……何だよ、ここからが面白いのに」
廉次の怒声に話を遮られ、有馬と呼ばれた少年はやれやれと首を振った。
「ウルサイ、ダマレ……!」
「はーあ、人がせっかく君の半生を振り返ってやってたのに。
いくらなんでも言い方きつくない?」
「誰ガ、ソンナコトヲ頼ンダ……!」
「別にいいじゃない。
お世辞にも順調といえない人生だからこそ、僕も力を貸す気になったんだからさ。
ピンチの時こそ、再確認は大事だと思わない?」
「ダマレト言ッテル……!」
廉次は、苛立ちに声を震わせる。
「そんな怒んないでよ。これでも僕、君に力を上げた側なんだけど?
それをほとんど活かせないままこうなったのは、他ならぬ君自身の失態じゃないか。
一応は不良を気取ってた癖に、喧嘩弱すぎ」
「ウルセェッ……!」
「ま、苛立つのも分かるけどね。
それに相手が彼じゃ、ちょっと厳しかったか……それなら仕方ない。
よし。僕が哀れな君に、また手を差し伸べてあげよう」
「チカラヲ、クレルノカ!?
アノ……『転生石』トカイウヤツヲ!」
有馬の言葉に、廉次は僅かに前へと乗り出す。
体の痛みを一瞬忘れる程、今の彼は力を欲していた。
しかし、有馬を首を振ってそれを否定する。
「いやいや……君を『人狼』にした時も説明したけど、それあくまで『転生』だからね? 二度も三度もやるもんじゃないって字面でわかるでしょ?
それに『転生石』はただでさえ貴重なんだ、無駄遣いなんてしたくない」
「ダガ……ッ!」
「まま、そう焦んないで。
新たな力はあげられないけれど、傷くらいは治してあげるからさ」
そうして有馬は廉次に向かって手をかざす。
するとそこからは緑色の光が溢れ、廉次の傷を徐々に修復していった。
「オオ……!」
その光景に、廉次は思わず感嘆の声を漏らす。
そして一分もしないうちに、廉次の肉体は完全に回復した。
「ん、とりあえずこんな感じかな。んじゃ第二ラウンド頑張ってよ。
このままだと、正直僕も面白くないからさ」
「ダガ、ヤツに勝ツニハコレダケジャ足リナイ。
ヤハリ、新シイチカラヲ」
しかし傷が癒えてもなお、廉次は力を求めてすがってくる。
有馬はその様子を冷ややかな目で見、
「……ハァ。あのね杉田 廉次君。
力ばかりにこだわってないで、ちゃんと頭を使わないと。
別に彼を倒すにしても、わざわざ真正面から向かってく必要ないでしょ?
だからこういう時は――」
溜息をつきながら後ろを振り向く。
「まずは近しい人間を、狙い撃ちにするものさ。
あそこにいるようなね」
「あっ……」
そこには、廊下の曲がり角から二人を覗く女子生徒の姿があった。
「!? 誰ダ!」
思わず声を荒げる廉次。
しかしその女子生徒は一瞬だけ彼と目を合わせると、すぐさま走って逃げ出した。
「ほら、君が大声上げるから逃げちゃったじゃないか。
と言ってもそんな姿をしてれば、大体の人間は逃げるだろうけど……ま、それはひとまず置いといて。
確かあれ、桜木 楓乃とかいう彼の可愛い後輩だよ。人質なりなんなりにするには、ちょうどいいかもね」
「!? 本当カ!?」
「ああ。
にしても君はラッキーだな。こんなの彼を倒す絶好の反撃チャンスじゃないか。
いやあ、ツイてるよ」
「ソウカ……!」
有馬から放たれるのは、まるで悪魔の囁きとも言える言葉。
それを聞いた廉次はニヤリと笑い、立ち上がる。
すでに彼の胸中には、英人に対する恐怖心はない。
むしろそれが開き直りと共に反転し、自らを虚仮にした相手に対する恨みのみが醜く膨れ上がっていた。
そして廉次はその感情を原動力に、楓乃が逃げた先へと歩を進め始める。
「お、やる気だねぇ。
楽な相手だと分かった瞬間そうなるの、嫌いじゃないよ」
「……行ッテクル。
アノ女、アイツノ目ノ前で八ツ裂キニシテヤル!」
「はいはい、いってらっしゃい」
有馬はそれをヒラヒラを手を振って見送る。
しかし既に廉次の興味は楓乃へと移っており、もはや一瞥もくれない。
そして有馬はただ一人、廊下に取り残される。
「……ま、立ち直ってくれたし良しとするか。
しかし『人狼』に転生し、それに傷を全快させてまでやることはか弱い少女を嬲るだけ、か……うーんやっぱここの人間、ちょっと弱すぎじゃない?」
その呟きを聞く者は誰一人としていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁっ、はぁっ……!」
本校舎と東校舎を繋ぐ連絡路を抜け、楓乃はひたすら廊下を走る。
(まさか、こんな時にバッタリ出くわすなんて……!)
息を切らしつつ己の不幸を呪うが、当然それで事態が好転することなどありえない。
今はひたすら、後ろから迫る化け物より逃げる他なかった。
(せっかく先輩用の武器を持っていこうとしたのに、いくらなんでもタイミング悪すぎ!)
元々楓乃は英人の指示で一旦校舎へと戻っており、指定された品を回収して帰る途中であった。
それは『人狼』相手にも有利に戦える可能性のある代物なのだが……この状況では、戦うどころか英人に渡す前に殺されてしまう。
(逃げ切るのは多分ぜったい無理!
どこかに隠れないと!)
楓乃はそう判断し、駆け足で目的地を目指す。
その場所とは、図書室。つい先ほどまで楓乃がいた所だ。
放課後である今、本来ならば鍵が掛かっているはずだが英人が『再現』したスペアキーのお陰で開けることが可能となっている。
というより、ほとんどの教室に鍵が掛かっている状況で他に逃げ場などない。
楓乃は全速力で図書室まで直行し、再び鍵を開けて中に入る。そして急いで扉の鍵を閉め、一息ついた。
「はぁ、はぁ……とりあえず、これで安心」
肩で息をしつつ、楓乃はよたよたと室内を歩く。
「……一応、準備室の方で隠れとこう」
そしてそのまま、図書準備室へと入った。
瞬間、楓乃の体にはおぞましいまでの寒気が広がる。
「うぅ……!」
前回は遠くにいたこともあって全貌は明らかではなかったが、今回は『人狼』という化物を間近で見てしまった。
その光景を思い出し、楓乃の体は思わずすくむ。
「そうだ、先輩に連絡……」
しかし、このままこの部屋で座り込んでいるわけにもいかない。
楓乃は震える手で携帯電話を取り出し、英人に連絡を取ろうとする。
しかし、その時。
――バガァン!
まるで大砲でも打ち込まれたかのような、豪快な破壊音が図書室の方から響いた。
おそらく、何かが蹴破られでもしたのだろう。少し間をおいてガランガランという金属の板が転がる音が聞こえてくる。
(まさか、扉を……!?)
突然の出来事に楓乃の背筋は凍るが、悲鳴の漏れそうな口を必死に押えてその場をやり過ごそうとする。
(お願い、早くどこかに行って……!)
「……匂うな、此処カ」
しかし次に聞こえてきたのは、化物の残酷な呟きだった。