輝きを求めて⑮『夜が来る』
「浅野先輩が、ですか……!?」
その問いに、楓乃は思わず疑問の声を上げる。
それも無理はない。彼は英人のクラスメートであるし、そもそもが学内の有名人だ。
それが『ハロウィン会』当日という大事な日に限って、見失うなんてことがあり得るのか。
「ああ、ウチの教室にいなくてな。
それで三年のフロアも一通り探してみたんだが、見つからず仕舞いだ。
そっちに行ってたりしないか?」
「いえ……。
そもそも私、つい先ほど目覚めたばかりですから」
「そうか……」
英人は顎に手を当て、困ったように表情を歪める。
「とにかく、早めに見つけた方が良さそうですね……。
でもその前に先輩、日付がいきなり飛んだ原因に心当たりとかって」
「正直言って全然分からん。
いや、動機自体は想像がつくんだが……どうもこの現象自体がこの世界のルールと矛盾している気がしてな」
「矛盾?」
楓乃は首を傾げる。
「ああ。
お前も分かっている通り、この世界はあくまで『11年前の翠星高校』を忠実に再現したものだ。
その証拠に俺ら以外の生徒たちや教師は真っ当に学園生活を送ってるし、仮に何かしらイレギュラーが起きても次の日には元通りになってる。
つまりある意味でこの世界は、決して創造主の都合よく出来ていないんだ」
「確かに……少なくとも日中に関していえば、浅野先輩の件以外大した変化もないですし」
「そうだ。
それに『青春の叫び』の件だって、俺らに容易く介入を許しちまう始末。
だからこれらの状況を鑑みるに、この『異能者』はあくまでフェアというか、ルールを重んじるような誠実な人間であるはずなんだ」
「なるほど……」
「つまりそんな真面目な人間が、多少不利になったからと言ってすぐさま日にちをスキップさせたりするのだろうか?
俺はそこが引っ掛かるんだ」
「確かに……。
都合のいい日まで強制スキップなんて、ズルもいいとこですもんね」
楓乃はしきりに頷く。
おそらく、この日付スキップに確たる動機があるとすれば、それは英人たちからの妨害を防ぐためだろう。
そして犯人はこの邪魔が入らなくなった八日間、自身に有利になるように諸々を調整したはずだ。
となると、現在の急務は容疑者である清治といち早く接触すること。
「まあ『異能者』の性格はともかく、今は浅野を見つけるのが最優先だ。
手分けして探そう。俺はこのまま本校舎の方を探す」
「じゃあ私は東校舎の方ですね」
「ああ、それで一通り探したらまたここに集合。
もし浅野を見つけたら連絡くれ」
「はい!」
そして二人は一斉にそれぞれの目的地へと向かって駆け出す。
太陽は既に沈みかけており、日の光が完全になくなるまではもう幾ばくも無い。
ここに、全校生徒の命運を懸けたかくれんぼが始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「浅野先輩? いや見てないっスけど」
「知らないよー。
というか基本カラみないし」
「それより浅野先輩、誰に告るんですかね!?
やっぱ山手先輩か石川先輩のどっちかとか!?」
「くそ……、どこだ……!」
『ハロウィン会』の準備に勤しむ生徒たちの波をかき分けながら、英人は廊下を急ぐ。
これまでにも何人かの生徒に清治の行方を聞いてみたものの、まるで手掛かりナシ。
最早いちいち聞き込みする時間も惜しくなり、英人はひたすら足による捜索を続けていた。
(これで3階も捜索終了……つまり教室にはいないってことか。
まあウチのクラスにいないのだから、他学年のフロアにいないのも当然っちゃ当然だが)
そして英人は急ぎ足で階段を降り、二階へ。
ここは職員室等や視聴覚室等、会議室等が揃っているフロア。
英人は迷わず、職員室のドアをノックした。
「ん、八坂か……急にどうした?」
中ではちょうど本日の事務作業をこなしていた担任が、首を傾げつつ応対してくる。
「ええ、実は浅野を探してまして……」
「浅野が?
アイツ確か、今日やる『青春の叫び』とやらの旗振り役じゃなかったか?
それが行方不明って……」
「てことは先生も、特に彼からは聞いてないと」
「ああ。
しかも6時に始まる予定だってのに……。
それが直前でいなくなるなんて、いつもの浅野らしくないな」
「6時、ですか……!?」
担任の言葉に、英人は思わず聞き返す。
確か21日の時点では、『青春の叫び』の開始時刻は午後7時からだったはずだ。
「ん、お前浅野から聞いてなかったのか?
想定以上に参加者が殺到したからってんで、時間確保の為やむ無く開始時刻を繰り上げたんだぞ」
だが無情にも担任の口からは、英人が知りえなかった事実が淡々と飛び出てくる。
若干面食らったが、これで清治が二人の不在をいいことに勝手な調整をしたことは確かになった。
「そう、ですか……いや、分かりました。
浅野についてはもうちょっとこちらで探してみます」
「おお、そうか。
まあこちらでも何かあったら知らせるよ」
「ありがとうございます。
では……」
結局手掛かりは得られなかったが、その確証が出来ただけでも十分。
英人は軽く頭を下げ、職員室を後にした。
………………
…………
……
「あっ八坂先輩!」
「悪い、遅れた」
「いえ、私もつい先ほど戻って来たばかりですから」
一通り本校舎での捜索を終え、再び階段の踊り場付近。
やや息を切らしつつ英人が駆けあがると、すでに自身の持ち場を終えたで楓乃が待機していた。
「そうか、こっちはダメだった。
そっちは?」
「いえ、私の方も全然……」
「そうか……」
英人は唸るように顔を上げ、大きく息を吐く。
いくら大きい校舎をたった二人で探すと言っても、彼らは学校内の地理に精通した生徒。
それがここまでやって手掛かりの一つもないというのは、英人にとっても流石に予想外だった。
「どうしましょう……後は校庭とか、体育館あたりですか?」
「そうなるが……だが校舎の外まで足を伸ばすとなると、二人がかりじゃな」
英人は顔を下ろし、眉間をさする。
翠星高校自体の敷地面積は平均程度のものだが、それでも全体を探すとなると二人では厳しい広さ。
夜までほとんど時間のなくなった今となっては、あまり効率のいい方法とは言えない。
(こうなったら、放送室にでも駆け込んで呼びかけるか……?)
英人の脳裏に浮かぶのは、最後の手段。
もはや全校生徒の注意を清治へと向け、代わりに見つけてもらうしかない――そう考えた英人の足が、放送室の方角へと揺れた時。
「あ、あの……」
その後ろから、不意に声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは深い黒色の髪をした少年。
シャツを第一ボタンまできっちりと閉め、ネクタイも曲がっていないその姿は生真面目さを思わせる。
そしてその顔の印象は、整ってはいるが完全に「普通」という言葉がピッタリなものであった。
「ん、何だ」
「いえ、先輩方って先程から浅野先輩のこと探してますよね……?」
ややたどたどしいと言うか、へりくだったように話始める少年。
態度からして、下級生あることには違いない。
「ああそうだが……まさか、浅野の居場所を?」
「は、はい!
さっき見たんですよ、浅野先輩が階段上がっていく所!
だから多分、屋上にいると思います!」
「っ!? 先輩!」
「ああ、これで……!」
突如出現した有力情報に、楓乃と英人は同時に顔を見合わせる。
それは手詰まりを感じていた折の、まさに渡りに船と言えるもの。
「すまない、感謝する!
ええと……」
「あ、ボク二年の有馬って言います」
「ああ、有馬君。ありがとう。
マジで助かったわ」
「いえそんな……でもお役に立てて良かったです。
それじゃあボク、準備がありますのでこれで……」
「ああ」
「ありがとうね、有馬君!」
そして有馬と名乗る生徒は小さく頭を下げ、階段を下りていく。
「それじゃあ先輩、早速行きましょう!」
「おお、そうだな……」
清治の居場所が判明した以上、善は急げ。
楓乃の言う通り早速屋上へと向かおうと、英人は階段に足をかける。
しかし、そこでピタリと一瞬立ち止まった。
(……あんな奴、ウチの生徒にいたか……?)
英人の足を止めたのは、微かな違和感だった。
この空間に来てから体感で数日。
学生生活を通して、英人はほぼ全ての学生の顔と名前を見て来た。
『完全記憶能力』が開花している現状、ここにきて名前すら初耳である生徒の存在などあり得るのか。
そう思い立った英人は踵を返し、四階の二年生フロアまで一気に駆け降りる。
だが既に人ごみに紛れてしまったのか、有馬の姿は既になかった。
「どうしたんですか、先輩!?」
上からは、後輩の催促が聞こえてくる。
「いや、何でもない……」
英人は何となく喉につかえるような思いをしながらも、再び上り階段に足をかけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
屋上へと出るドアを開くと、そこは既に夜空が支配する空間になりつつあった。
太陽は既に沈み切り、地平線から漏れ出る僅かな陽光だけが西の空を弱々しく染めている。
そしてその様子を、フェンスに寄りかかって見つめている一人の男子生徒がいた。
「……浅野」
それは、言わずと知れた翠星高校のトップカースト。
そして、今回の事件における最大の容疑者。
「ん……?
ああ八坂か。それに桜木さんも。
どうしたんだい、こんな所まで来て?」
だが彼自身はそれを知ってか知らずか、いつもと変わらぬ爽やかな笑顔を二人に返す。
「それはこっちのセリフだな。
発案者のお前が、直前になって何サボってやがる」
「はは、それは済まなかった。
でも一応段取りはちゃんとやっておいたから、どうか許してくれ。
それに――」
苦笑しつつ、清治は再び視線を西へと向ける。
「昔から好きだったんだ、ここから見る夕暮れがさ」
「浅野、先輩……?」
影に覆われて良くは見えないが、哀愁を纏った横顔を彼は見せる。
それは学生という身分と年齢では到底出せぬ雰囲気。
ブレザー姿からはあまりにもミスマッチなその姿に、思わず二人は声を漏らした。
「浅野、お前……」
「分かってる。
もう日も沈むし、いい加減準備に入るよ」
やや名残惜しそうに柵から離れ、二人へと近づき始める清治。
まるで示し合わせたかのように、彼が一歩一歩、歩を進めるごとに陽光が弱くなっていく。
「さあ俺達の『ハロウィン会』を、始めるとしようか」
そしてその言葉と共に闇が空を支配した瞬間。
10月29日の夜が、始まった。