輝きを求めて⑪『じゃあ俺も』
「ちょ、それってどういうことだよ清治!」
教室内を包む喧騒の中、泰士は椅子から勢いよく立ち上がって声を荒げる。
清治と同様にトップカーストに属しているはずの彼が慌てるのも無理はない。
『ハロウィン会』の日に全校生徒の前で愛の告白をするという前代未聞の提案。そして、そこには他でもない清治自身が出場するという事実。
つまり、それは――
「どういうことも何も、当日は俺も皆の前で告白するってことさ。
なんなら言い出しっぺではある以上、トップバッターをやっても構わない。
最悪、出場者が俺だけになることもね」
浅野 清治という人物に、意中の相手がいることを示していた。
成績優秀でスポーツ万能な上に、さらには芸能界でも通用しそうな甘いルックス。
これまで数多の女子生徒からの告白を断り続けてきた完璧超人に、実は好きな相手がいたとは。
衝撃の事実に、クラス内の動揺は収まる気配を見せない。
さらにその波紋は隣の教室にも伝播したようで、いつの間にやら集った別クラスの生徒たちも、ドアの隙間から話の行く末を見守り始めている。
「でもお前なら、別にわざわざそんなことしなくでも……」
「いや俺だからこそだよ、泰士。
少し自慢っぽくなってしまうけど俺自身、自分の持つ影響力は分かってるつもりだ。
だから変に隠すよりも、こうした方がお互いのためになると思ったんだ」
「なるほど……それで出た結論が『青春の叫び』、だったか?
お前らしいと言えばお前らしいけど……そんなこと、よく考えるよなぁ」
泰士は頭をボリボリと掻きながら、再び自身の席に座る。
確かに、清治の言う事には一理ある。
もし仮に彼が人目につかない所で普通に告白したとしたら、すぐにその噂は学校中に広まるだろう。それは確実に翠星高校における一大スキャンダルとなり、相手の女子生徒に対しても妬みや嫉みによって何らかの誤解なり追及なりが発生しまう可能性がある。
ならばいっそ最初から全てをさらけ出してしまうというのも、決して悪くない考えだ。
「ふ、誉め言葉として受け取っとくよ。
それで俺が告白するのは確定として、せっかくだから他にも参加者を募ろうと思ってね。だから今日こうして、発表に至ったというわけさ。
俺ら三年にとっては高校生活なんてもう殆ど終わったも同然だし、だったら各々の未練なりなんなりを発散させるイベントも必要だと思うんだ」
教室全体を見渡しつつ清治は言うが、一瞬だけその目を英人と合わせる。
おそらくは、先程の会話の内容も少なからず意識してのことなのだろう。
「おーいいなそれ! 面白そうじゃねぇか!
おい仲木戸、お前出てみろよ! もしかしたら奇跡が起こるかもしんねーぞ! ハハハハ!」
大声で笑いながら、振り返って後ろの席を見る廉次。
その先には彼がいつもイジッて遊んでいる、大人しめの男子生徒――仲木戸 智弘が座っている。
「いや、僕はそんな……」
突然の無茶ぶりにビクリと体を震わせつつ、縮こまる。
彼は見ての通りの控えめな性格をしており、そして運動音痴。
おまけに成績もギリギリ中程度と翠星高校における下位カーストを象徴するような人物だ。
なので廉次たちのような人間からしたら、恰好のマウント対象でもあった。
「いいから出てみろって、面白そうだし!
お前も好きな奴いただろ!? 確か……」
「ち、ちょっと!」
顎を撫でてわざとらしく思案する素振りを見せる廉次に対し、智弘は椅子からまるでジャンプするかのように急いで立ち上がり、それを制す。
当然だが、ここで放言されていいような内容ではないらしい。
「あ? いいじゃねーかよ別に……なあ浅野、こいつも出場決定ってことでいいよな!?」
「いや、まずは本人の意思が一番大事だから……。
まあ仲木戸君に限らず、希望者がいたら個別に俺の所まで来てくれると助かる。
もちろん他言はしないし、それでも抵抗があるようだったら、当日飛び入り参加という形で構わない。
どうだろう、みんな?」
清治は爽やかな口調を崩さずに言い切る。
しかしそんな彼の姿とは対照的に、クラスひいては学内の雰囲気は未だ戸惑いの色が残っている。
廉次が囃し立てるように面白い提案であることには間違いはないのだが、とはいえ話は個々の恋愛事情に直結するもの。
不安やら気恥ずかしさやらで二の足を踏んでしまっているのもまた事実であった。
「……質問、いいか?」
だがそんな緊張と不安の中、教室の片隅で一本の手が挙がる。
ここに至って、突然の質問。
一体誰が、と言わんばかりに教室の内外問わず全ての視線がその手の主へと集中した。
「……何だい、八坂」
それは3-Bのクラスにとっては意外、というより全くのノーマークであった人物。
その名は八坂 英人。
彼は同学年に特定の友人やグループもおらず、ましてや浮いた話など聞くはずもない。
そんな無いない尽くしの男子が一体何を聞こうというのか、ある意味興味があると言わんばかりに周囲の生徒たちは固唾を飲んで聞き耳を立てる。
「いや、単純に当日の段取りはどうするのかってのを聞きたくてな。
『ハロウィン会』の終わり際に、校庭に生徒集めてやる感じか?」
だが、出てきたのはは発案者に対する至極真っ当な質問のみ。
確かに意外でこそあったが、正直拍子抜けのする質問に生徒たちは小さくため息を漏らした。
「その辺りは先生や生徒会とも相談するけど……確かに当日については、俺もそうした方がいいと思ってる。
最初から告白して『ハロウィン会』全体が変な空気になるのもアレだし、やるとしたら終盤がベターだね」
「そうか……それと、もう一つ」
「何だい?」
「なぜ、発表したのがこのタイミングなんだ?
正直、やや急すぎる気もするが」
英人の言葉に、周囲の生徒たちは一瞬空気が静止したかのような錯覚を覚えた。
その疑問は分からないでもないが、彼のようなカースト外の人間があえて触れるような類のものでもない。
見ようによってはある種の反逆とも言える行為に、教室内は沈黙をさらに深くする。
「確かに、急すぎる感は否めなかったね。そこは謝罪する。
でもその分、俺が先頭に立って段取りはしていくつもりだ。
時期が時期だし、皆の手は極力煩わせないようにする」
「まあそれは結構。だが今、そこまでして想いを伝えたいのか?
時期のことを言うなら、別に受験が終わった後でもいいだろう?」
「いや。今じゃなきゃ、ダメだ。
確かに君の言い分にも一理ある。でもこればっかりは、自分でも気持ちが抑えきれなくてね」
英人からの追及に、清治は真剣な目つきで答える。
交錯する二人の視線、その行方を生徒たちはいつしか息をするのも忘れて見守っていた。
「……そうか。
まあ悶々としたまま入試を迎えたくないという気持ちは、何となくわかる」
「そうか。そう言ってくれると、助かる」
清治は小さく微笑む。
このような重い緊張下でも、爽やかな表情を崩さないのは流石と言うべきか。
「……だが俺からも一つ条件、というより頼みがある」
「ん? 何だい?」
「当日までの準備、俺にも協力させてほしい」
「……え?」
その言葉に清治は笑みを消し、キョトンとした表情を浮かべる。
生徒たちに至っては、もはや唖然とした表情だ。
「何だよ、不満か?」
「いやそういうわけじゃ……でも、どうして?」
「どうしても何も……俺も告白するからに決まってるだろう?」
そう言って、悪戯っぽく笑う英人。
教室内には、本日二度目となる爆発が巻き起こった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻、16時21分。
「はあああぁっ!?」
「ちょ、何だよいきなり……うるせぇな。
隣、図書室だぞ?」
簡素なパイプ椅子から立ち上がり、楓乃は絶叫にも似た声を張り上げる。
おそらくはそこそこ長い図書準備室の歴史の中で、室内に響いた音としては断トツトップとなる音量であろう。
とはいえ彼女からしてみれば無駄に図書準備室で一人待たされた挙句、待ち人が勝手に『青春の叫び』なるイベントの出場を決定してしまったという状況。
機嫌を悪くするのも当然と言えば当然だ。
「いやそうは言っても……ああもう、そういうのって一回相談するものじゃないですか?」
「そりゃあ俺だって、出来ることならしたかったさ。
だがあの特殊な状況を考えると、間を開けてしまうのが一番良くないと思ってな。その場でこちらからも仕掛ける必要があった。
さすがの浅野も、あの空気じゃ断ることなんて無理だろうし」
「ああ、この何か正論を言ってるようで、どんどんこちらを置いてけぼりにする感じ……懐かしくも憎たらしい。
ホント先輩って、変わらないですね」
と何やら自己完結しつつも、楓乃は不機嫌な表情のまま再び席につく。
「まあ勝手に決めたことは済まないと思ってるが、そんなに怒らんでも」
「……いえ、もう怒ってませんよ?」
「……はあ」
昼間見せた妖艶な笑みを浮かべる楓乃を、英人は気の抜けた返事を使って事なきを得ようとする。
何となく、深堀してはいけないものだと直感が告げていた。
が、そんな様子の英人を見て満足したのか楓乃はその笑みを解き、
「……はぁ、冗談ですよ。もう怒ってないのは本当。
でも次からは一言だけでもお願いしますね。
ほら、メアドも登録してるでしょ?」
溜息交じりにそう告げた。
どうやら、今のは(おそらく)半分ほど演技だったようだ。
「ああ、極力そうする」
「極力?」
だが、再びモードチェンジ。
さすがトップ女優だけあって、切り替えが尋常じゃなく早い。
「いやこの世に絶対は……ああ分かったよ、約束する」
思わず「ない」まで言い切ろうとしたが、さすがにキレそうなのが英人にも分かったので何とか留まる。
「宜しい。
全く……面倒で頑固な先輩を持つと、後輩が苦労するんですよ?」
(今のって、俺が悪いのか……?)
「それで話は戻りますけど、これからどうするんですか?}
「ん? ああ。
とりあえずは、浅野相手に着かず離れずといったポジションをキープする感じだな。
彼が今までにない動き方をしてきた以上、注視しておく必要がある」
「……やっぱり、犯人は浅野先輩?」
妖艶な笑みは止め、真剣な目つきで楓乃は尋ねる。
「まあ容疑者ではあることに違いはない。
だが……」
「だが?」
「決め手がない以上、あまり下手な動きはしたくない。
というより、出来ない」
英人は頬杖をつき、小さく息を吐く。
「でも先輩だって、早くこの世界から出たいはずでしょう?
ならすぐにでも……」
「それは分かってる。
だがもし奴がこの世界を創った『異能者』だとして、それからどうする?
優秀な彼のことだ、下手な問い詰め方をすれば難なく躱される可能性が高い。
そして最悪、『異能』を使っての反撃すら考えられる。
不完全とはいえこの世界の創造者だからな、この翠星高校においては何でもアリと思っておいた方がいい。
事実、『人狼』の件もあったし」
英人は頬を支える手をずらし、顎を撫でる。
現状、英人と楓乃をこの世界へ呼び込んだ『異能者』は確かに清治である可能性は高い。英人としてもいち早く問い詰めて真実を明らかにしたい気持ちは山々だ
だがこれまでの検証で判明したように、ここ「翠星高校」には特殊なルールが蔓延している。
もし彼がこの「翠星高校」という世界を創ったのなら、自身の有利となるルールが他にもあるに違いないのだ。
もっともそれだけならまだいい方で、最悪それすら自由に作り替えられる可能性すらある。
「じゃあ、どうすれば……」
「ま、ここは長期戦だな。少なくとも今月末まで。
『ハロウィン会』に新イベントをぶつけてきた以上、浅野も当日までは大々的に動かないだろう。
だから俺は近くで探りを入れつつ、もし彼が犯人だと確信したらその思惑通りにならないように適宜妨害を行っていく。
もちろん、その他の諸々の準備だったり浅野じゃなかった場合の犯人捜しも並行してな」
「思惑、ですか……『異能』は抜きにして、浅野先輩の目的って何でしょう?
いきなり全校生徒の前で告白だなんて、正直狙いが……」
「さぁな。生徒の注目が一身に集まることに意味があるのか、はたまた別か……。
個人的には、昨夜の『人狼』の件が関わってる気もしないでもない」
「『人狼』……あっそうか、『ハロウィン会』って……!」
楓乃は何かに気付いた様に、ハッと目を見開く。
「ああ、『ハロウィン会』開催時間は当日の放課後から夜にかけて。
『人狼』の活動時間と重なるし、もし『青春の叫び』とやらをその最後にやるってんならドンピシャだ」
「それに、当日は仮装する生徒もいるから……!」
「さすがに学生レベルの仮装の中だと浮くだろうが、それでも『人狼』にとっては好条件だろうな。
生徒たちが数秒でも仮装と誤解してくれたなら、十分儲けものだ」
そう言って英人は腕を組み、パイプ椅子にもたれかかる。
事前知識があれば、常人でも仮装と本物の『人狼』の違いくらいは遠目でも分かる。
だがもちろんここの生徒にそんな知識はなく、さらにはハロウィンという特殊な空気が発見をさらに遅らせる。
その間に息の根を止めることなど、『人狼』にとっては造作もないだろう。
「……もしかして、私たちって今かなりマズい状態?」
「かもな。
でもま、ここは解決に向けて一歩前進したと考えよう。
こっちが真相に近づけば、相手が動いてくるのも至極当然だし」
「それは、そうかもしれないですけど……」
楓乃はふぅ、と溜息を吐き指で頬を撫でる。
思ったより事態が大事になりつつあることを悟り、彼女は徐々に心労が溜まっていくのを感じていた。
だというのに向かいに座る男は、こんなの日常茶飯事とばかりに超然と構えている。
これでも、芸能界でそれなりの修羅場は経験してきた。
そんな自分でも不安や緊張があるというのに、この人は――
漏れそうになる愚痴を押さえつつ、気分転換のため楓乃は少し話題を変えようとする。
というのもあと一点だけ、彼女にとって気になることがあったからだ。
「……そう言えば、先輩は当日誰に告白するつもりですか?
作戦とはいえ、一応は相手を考えといた方がいいと思いますけど」
「ん? そうだな……んじゃ」
少し悩みつつも口を開く英人に、楓乃は不自然にならない程度に聞き耳を立てる。
別に、今の彼の態度を見れば分かる。
今から言うのは、別に本気じゃない名前。
ただ、当日のその瞬間をやり過ごせればそれでいい相手。
それでも、やっぱり期待してしまう自分がいる――
「……あれ、お邪魔だったかな?」
だが英人が言葉を続けようとした時、準備室のドアがおもむろに開いた。
なんという、タイミングだろうか。
安堵と落胆、そんな二律背反な感情を楓乃は小さな息に込めて吐く。
そして僅かに笑って、顔を上げた。
「いえ、大丈夫ですよ――浅野先輩」
「……そうか、なら良かった。
いや実は、八坂に用があってね」
入ってきたのは、浅野 清治であった。