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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第四部:元『英雄』の新学期
117/314

輝きを求めて⑦『ポケットを叩いたら鍵が二つ』

「不良、って言うものだから一体何をするのかと思ったけど……」


 英人の『異能』授業からおよそ一時間。


 午後の6時を回ろうかという時計を前にして、楓乃は小さくため息をつく。

 ちなみに二人の居場所は、先程と同じく図書準備室。


「まさか、ただひたすらこの学校に残り続けることだったとは」


「不満か?」


「いやそういうわけじゃ……」


 とは言うものの、楓乃はやや不満を込めた瞳で呑気に読書を続ける英人を見つめる。


 タイムスリップという超常現象に、『異能』という非日常の概念。


 確かに不安こそあったが、人生で初めて目の当たりにする事象を前にして、どことなく心が踊った部分があったのもまた事実。

 なので今の地味な光景に、肩透かしを食らった感は否めなかった。


「でも次に打つ手としちゃ順当だろ?

 校門を出た瞬間、次の日の登校時間にジャンプする現象……ならば逆に、学校から一歩も出なかったらどうなるか?

 この空間のルールを知る上で絶対に外せない検証だ」


「まあ確かにそうですけど……」


 納得いかない思いはありつつも、楓乃は素直に頷く。

 英人の言う通り、地味ではあるが必要な作業であることに間違いはない。


「まあ帰らないことで、お互いの家族に心配はかけてしまうだろうがな。

 ま、そこは学外に干渉できない以上、考えていても仕方ない。

 『外』の俺たちに対処は任せてしまおう」


「『外』……。

 つまり学校外で生活している私たちのことですね」


「ああ。俺らが意識できていない間に活動している人格だ。

 現状、俺らの中にはそういう別の人格いると仮定している。

 まあ逆の視点から言えば、その『外』の人格に俺らが寄生しているとも言えるが」


「……でも何で私たちだけが、元の人格を持ってこれたのでしょう?

 他の生徒はそんな様子を全く見せないのに」


 楓乃は腕と足を組み、考え込む。


「それは今のところ分からん。

 だが、そここそが大きな手掛かりになり得るとも考えている」


「でも、お互いこの学校に知り合いが多かったわけじゃないし……まさか、私か先輩がこの状況を作ったと?」


「……それも現状ない、とは言い切れないな」


 そして英人は本を閉じ、パイプ椅子から立ち上がった。


「だからそれを探るためにも、地道に検証をやってく必要がある。

 だがその前に、一旦鍵を返しに行かなきゃな」


「あっそうか……図書室って6時までだったっけ」


「半ば放任状態とはいえ、鍵がないと騒ぎになられても困る。

 この後のためにもちゃんと返しておかないとな」


 英人は机に置いてあった鍵を掴み、チャラチャラと鳴らす。

 それは「図書準備室」と書かれたタグのついた簡素な鍵であり、古いせいか所々メッキが剥げかかっていた。


「でも、ここを出たら次はどうするんですか?

 警備員や先生の巡回もあるだろうし、隠れるとこなんて……」


「なければ作るのさ、こんな感じに」


 そう言うと英人は鍵を両手で掴み、思いっきり折り曲げた。


 古くなっていたせいか、さしたる抵抗もなくぐにゃりと二つに曲がる鍵。

 さらにそれを逆方向へも折り曲げること数度、最終的には真っ二つに割ってしまった。


「ちょっ、先輩。

 そんなことしたら……」


「『再現』」


 慌てる楓乃を尻目に、割れた鍵を左右の手に握りこんで『再現』の力を発動。


「ほれ」


「あっ……」


 そして再び拳を開く英人。

 その手の平の上には、綺麗に元通りとなった鍵が二つ出来上がっていた。


「さっきのプリントの応用だ。

 二つに割って、その両方を元通りに『再現』すればあっという間に合鍵の完成さ」


「うわぁ、本当にコピーしたみたいに。

 確かにすごいことにはすごいけど……なんだか使用法が小悪党みたいというかなんというか」


 楓乃は左右の手をまじまじと見比べる。

 タグの有り無しこそあるが、鍵本体はどちらも形状やメッキの剥げ具合ともに瓜二つだ。


「人がせっかく用意したというのに、お前という奴は……。

 とりあえず、後はこっちのタグが付いた方を返せば成立だ。

 これで、隠れ場所の心配せずに済む」


「ふふ、ですね。

 じゃあ早速行きましょうか」


「ああ」


 英人は合鍵をポケットに入れ、楓乃と共に図書準備室を後にする。


 既に下校時間間近ということもあって、図書室の方に人は全くいない。

 そして基本的に図書室は鍵を掛けていないので、戻ってくる際は準備室の鍵だけを持っていれば大丈夫だ。


「……なんかこういうの、昔を思い出しますね」


「ん? お前準備室の合鍵なんて作ってたのか」


「いやそういうことじゃなくて!

 ただ単純に、夕方の図書室を八坂先輩と一緒に歩いてたなって。

 あの頃の私たち、よく下校時間まで図書室に残ってたし」


「……確かに、そうだったな」


 英人はそっと振り返り、室内を眺める。


 朱の濃い夕日が、木製の大テーブルを照らす光景。

 確かにこの頃は、毎日のように図書室に夕方まで残っていたことを覚えている。


「あ、今の顔良いですね。

 渋いというかなんというか、やるせなさみたいなのが良く出てる。

 今後の演技の参考にしますね」


「おいおい」


 そして彼女と、他愛のない会話もよくしていた。

 これはこれで、学生時代のよい思い出なのかもしれない。


 そんなことを思い出しながら本物の鍵を係の人に返却し、図書室の扉を出る。


「あ、君達は……」


 すると廊下には、英人のクラスメートである浅野アサノ 清治キヨハルの姿があった。

 隣には同じグループに所属する山手ヤマテ あざみの姿も見える。


「ん、ああどうも」


 それは英人にとっても意外な出会い。

 記憶では、確かに優等生である彼も時々図書室に顔を出していた筈。

 だが下校時間直前に真正面から鉢合わせるのは珍しい。


 なので正直どう対応していいか分からなかったので、適当な返事をしてしまった。

 楓乃の方もそれに続く。


「ど、どうも」


「ああ……君達も、もう帰りかい?」


「まあ、そんな感じ」


 君達も、ということは彼もそろそろ帰るつもりなのだろうか、と英人は考えたが話が長引くのも嫌なので口には出さない。


「そうか……まあお互い学生だし、遅くならないようにしないとな。

 あと、桜木さんの方はもう大丈夫かい?」


「大丈夫?」


 楓乃は首を傾げる。


「いや昨日来た時、ここにいるのを見てさ。

 元気なさそうにしてたから」


「ああそれでしたら、もう大丈夫です。

 心配してくれてありがとうございます、浅野先輩」


「いやいや。でも大丈夫そうなら良かった。

 とはいえもしまた悩み事が出来るようなら、遠慮せずに周囲を頼った方がいい。

 教師陣もそうだし、俺たち三年だってまだこの学校にいる訳だしね。

 な、八坂君」


 清治は楓乃に柔らかく微笑みつつ、英人に視線を送る。

 それはある意味では、他人に有無を言せないような善意の重圧。


 かつてはうざったいと思う時もあったが、今改めて考えるとこれはこれで必要な役回りだったのかもしれない。


「ああ、そうだな」


 そんなことを思いつつ、英人は頷く。


「そういうわけだ、桜木君」


「は、はぁ」


 そして楓乃の返事を境に、なんとも言えない空気が流れる。


「……それより浅野君、早く本返さなくていいの?

 もう閉まっちゃうよ」


 だが痺れを切らしたあざみに袖を引かれると清治はあっと声を出し、


「そういえばそうだった。

 それじゃ僕らはこれで!」


 そして図書室の中へと消えていった。

 それを少しだけ見送り、英人と楓乃は廊下を歩きだす。


「……あの人、浅野先輩で合ってますよね?

 八坂先輩のクラスメートの」


「ああ。

 お前も覚えてたのか?」


「他学年でも話題に上るくらい有名人でしたから。

 まあサッカー部主将で成績優秀、それにイケメンとくれば当然か。

 おまけに性格についても、悪い評判は全く聞かなかったし」


「確かに、品行方正というか綺麗なエリートという感じだったな。

 もはや貴族と言ってもいいくらいかもしれん。

 まさしく、当時のあいつはここのスクールカーストのトップに君臨してたよ」


「……ちなみに、先輩は?」


 楓乃は悪戯っぽく横目で英人の顔を覗く。

 こんな感じに生意気言ってくるのも、英人にとっては久しぶりだ。


「分かってて聞いてんだろ、それ」


「ふふ、どうでしょう?」


「お前も立ち位置は似たようなもんだったろうに……」


「ふぅん。

 別に私は先輩と違って、少し本気出せばクラスの男子くらいどうこう出来ちゃいますから。

 ……ほら、こんな風に」


 そう言って楓乃はたたっと駆けて英人の前に立ち、眼鏡を取る。


「ん……」


「どうですか、先輩?」


 ふふ、と微笑みかける楓乃。


 高校生特有のあどけなさと新鮮さに、大人の艶。

 太い黒縁の伊達眼鏡という拘束具を捨て去ったその姿は、「美」という形容そのもの。


 11年後の女優『水無月 楓乃』ももちろん綺麗だが、今の彼女もまた趣の違った色香を醸し出してくる。

 それはまさに経験と実力、そして肉体が織りなす一つの芸術作品のようであった。


「うん、いいんじゃないか?

 将来はトップ女優になるかもな」


「あ、はぐらかした。

 他の人はいざ知らず、女優の私は誤魔化せませんよ?」


「はいはい。

 とりあえず係の人が図書室から出るまで、一旦近くの教室に隠れるぞ」


「全く……」


 小さくため息をつく楓乃。

 そして二人は近くの空き教室の扉を開いたのだった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「……八坂先輩、今何時ですか?」


「待ってろ……21時37分」


「はぁ……。

 まさか明け方までこの状態?」


「それを今確かめてるんだろうが」


「それは分かってますけれど。

 うーん、それにしても退屈」


 机の上に突っ伏せる楓乃。

 再び図書準備室に戻ってきてからおよそ3時間、ただひたすら待つという退屈な時間を二人は過ごしていた。


 もちろん外からバレないようにカーテンは閉め切り、さらに照明の類は完全シャットアウト。

 目こそいい加減慣れてきたが、やはり暗闇の中を何をするでもなく過ごすのはいくら楓乃と言えど耐えがたいものがあった。


「先輩、よく平気でいられますね」


「慣れだよ。

 昔、そういう経験をしたってだけだ。

 一晩くらいならどうということはない」


「ふぅん……」


 気の抜けた相槌を打ちながら、楓乃は僅かに体を縮こませる。

 まだ10月とはいえ、流石に夜になると制服のままでは冷えてくるらしい。


「冷えるか?」


「少しだけ」


 すると返事よりも前に、何か重たい感触が楓乃の背中に乗っかった。


「ほれ」


「これって……」


「ないよりかはマシだろ?

 それとも嫌だったか?」


 英人のの言葉に楓乃は一瞬呆けた顔をしたが、


「……いえ。

 ありがとうございます。先輩」


 その男子用のブレザーの襟を、大切そうにきゅっと握りしめた。


「ああどういたしまして」


「でも先輩、こういうのってやる方にも格が求めれらると思うんですよ?

 それこそドラマや映画に出てくる男みたいに」


「礼を言った後にケチつけるのか……」


「私、これでもトップ女優ですから」


「はいはい。

 まあ確かに日本有数の女優相手だと、カッコつけられる男も限られるってものか。

 俺如きで悪かったな」


「ふふっ、そうそう。

 普通は許されませんから」


 ――普通は、ね。

 そう楓乃が呟こうとした時。



「――オオオオオォォォッ!」



「「!?」」



 まるで獣のような雄たけびが、学校中に響き渡った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「ハァイ、ジョージィ……イケメン完璧超人で善玉の同級生だぞ」 「そんなこと言ってえげつない本性が隠れてるんやろ、騙されんぞ!!」
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