学校へ行こう!⑨『だけど……私は負けないよ』
「……え、は?
何言ってんの先生?」
英人の言葉に、美智子と名乗る少女はポカンとした表情を見せる。
「何って、別に今言った通りさ。
君は、俺の生徒ではない。
それ以上でもそれ以下でもない」
「生徒じゃないって……ひどいよ。
私、都築 美智子だよ? れっきとした家庭教師の生徒の。
まさか、忘れちゃったの?」
少女はわざとらしく瞳を潤ませるが、動揺の震えは隠せない。
「ふっ……何が目的かは知らんが、コスプレ喫茶の受付の仕事は無事に終わったのかい?」
「っ!?」
そしてお構いなしとばかりに畳みかけてくる英人の前に、少女は思わず言葉を詰まらせた。
英人はさらに言葉を続ける。
「図星か。
それに『対象が24時間以内に着た服を着用することで、全く同じ姿になれる能力』か……中々面白い『異能』を持ってるな。
なるほど、確かにその衣装は彼女が今日身に付けていたもの。発動条件を満たすにはもってこいだ」
「ど、どうして……!?」
まさか見破られるとは思ってもみなかったのだろう。
少女は机から立ち上がり、青ざめた表情で英人の顔を見つめる。
「なに、簡単なことだ。
俺も君と同じように『異能』、つまり特殊な力を持ってる。
それも相手の『異能』が分かるという能力をな。
だから君の変装も見破ることが出来た」
「なっ……!?」
「まあそれ以前に違和感ありまくりだったのも確かだがな。
いくらなんでもあんな色仕掛けはしないだろうし。
……とはいえ、ここまでしなきゃ確証を持てなかった時点で俺もまだまだだ」
英人はため息をつき、椅子に深く腰掛ける。
その横顔には、近しい人間を信じ切れなかった後悔が滲んでいた。
「……もし私が都築 美智子じゃないとして、アナタはどうするつもり?
ここで私をとっちめる?」
「いや、何もしない。
当の本人は無事なんだろ? だったら俺からはもう何もないさ」
「なんでそんなことが分かるのよ!?」
声を荒げ、少女は詰め寄る。
しかし対する英人はこともなげに言葉を続け、
「だって君は、本気で美智子に成りきろうとはしてなかった。
ただその姿だけ使いたいように……つまりは、俺を試したかったんだろ?
彼女を大切に思っているいるからこそ」
そしてフッと笑った。
「ぐっ、それは……」
その言葉に、思わず少女は一歩後ずさる。
冷汗を浮かべ憔悴しきったその表情は、美智子のカタチであっても本人のそれとは全くの別物。
つまり少女は無意識の内に、都築 美智子であることを放棄してしまったのだ。
「安心してくれ、ここでのことを言いふらすつもりはない。
もちろん、美智子本人に対しては特にな。約束するよ。
だからもう、ここいらで終わりにしよう」
「……」
「な?」
ゆっくりと語りかける英人。
対する少女の頬には、一筋の汗が伝う。
僅かの間彼女は黙り込んだままだったが、
「……分かったわ。
いえ、分かりました。
そうですね、ここで終わりにしましょう」
遂には観念したようにその口を開いた。
そして再び机の上へと力なく腰掛ける。
肩の力が抜けたのか、その両腕をだらんと垂らしながら。
「ありがとう」
「礼を言われる筋合いなんてありません。
私から仕掛けたことなんですから」
「ちなみに、今美智子は?」
「クラスメートと仲良く片付け中ですよ……まあ私がそうなるように仕向けたんですけれど。
おそらく美智子さんは今嫌な思いをしてるでしょうね。好きな人との時間が奪われたって。
……思えば、悪いことをしちゃったかなぁ」
少女は、気の抜けた表情でぼぉっと天井を眺める。
彼女の言う「好きな人」とは、もちろん英人のこと。
それは彼女含めたクラスメートには自明のことであって、
「……そうか」
もちろん当の英人も感づいていことであった。
だからその相槌には、さしたる驚きもない。
「そしてアナタの推理ですけど、大正解です。
私はアナタを試すために美智子さんの姿に変身しました。
恋する相手として本当に相応しいかどうか、それがどうしても知りたかったから」
そしてその横顔を、今度は鋭い目つきで少女は見つめる。
やや突き刺さる視線だが、それは妬みや憎しみと言うよりも、お節介に近いもの。
「それで、俺は君のお眼鏡にかなったのかい?」
「……よく、分かりません。
そりゃあ初めて話を聞いた時は『そんなの、ちょっとした気の迷いに違いない』と思いましたよ?
だって相手は10歳以上年上の大学生とか言うじゃないですか。
誰だって美智子さんは悪い大人に誑かされたのかと考えちゃいますよ」
「フ、だろうな。
俺もそう思う」
「でしょう?
でも今日の美智子さんの表情を見て、そしてこうして間に割って入ってみて……それが分からなくなってしまいました」
少女は左足を上げ、膝小僧に顔をうずめる。
「分からない?」
「はい。本来なら、ここでアナタの本性を暴く予定でしたから。
この姿で誘惑し、都合よく手を出して来たら大声を出して人を呼ぶという具合に。
衣装を脱げば変身も解除されるので、アナタの言う『異能』の存在もバレずに済みますし」
「また無茶な計画だな……いくら変身してると言っても、自身を危険にさらすことには違いないだろう?」
「別に、それでもいいと思ってました。
最悪助けなんか来なくても美智子さんが被害に合わなければそれで良いって。
……でも結局襲われることもなく、さらには正体も見破られてしまった。
そして今、こうして貴方と話してる」
ストッキングに包まれた膝の向こうで、少女は歯噛みする。
その瞳に涙を滲ませながら。
「……ホント私、一体何をしてるんだろ?
美智子さんのことを思ってやったことのはずなのに、逆に迷惑をかけちゃってる。
うぅ……っ!」
ストッキングの生地に、ポツポツと広がっていく染み。
その色の深さがそのまま、少女の想いの深さを示しているようだった。
「まさか、君は」
「ええそうですよ。
私は美智子さんのことが好きです。それも恋をしています。
おかしいですか? 女の子が女の子にって」
少女は潤んだ瞳で英人を見つめる。
「……どうだろうな。
同性にそんな感情を持った経験がない以上、なんとも言えん。
でも――」
「でも?」
「好きになっちまったもんは、しょうがないさ」
そして英人は振り返り、フッと微笑んだ。
「しょうがないって……なんですかそれ?」
対する少女は怪訝な表情を浮かべる。
「ハハ、我ながら訳の分からんことを言っちまってるな。
でもまあなんと言うか……本気で好きなら、それはそれで結構な事じゃないか。
だから俺は周りの目なんかあまり気にする必要はないと思っただけさ」
「でも私は今、アナタにとてつもない迷惑をかけようとしましたよ?
それも警察沙汰になるくらいの」
「でも、結局はそうならなかった。
なぜなら君が本気で美智子のことが好きだから。
もしそういった感情がなかったら、今頃大問題になってたはずさ。俺がいくら拒絶しようともね」
英人はゆっくりと机に頬杖をつき、柔らかい表情で少女に語りかける。
彼の言う通り、少女の目的が例えば金や冤罪目的だったら同じ教室に二人きりの時点でアウトだった。
文化祭終了後の空き教室という恰好の舞台、よほどのことがなければ少女の言い分が押し通ってしまうだろう。
だが少女の目的がそうでなかったからこそ、何も起こらずに済んだのだ。
「……お金目的だったら、アナタみたいなアラサーで学生やってる人なんて狙いませんよ」
「結構痛い所を突くな。
ま、事実だが」
そう自嘲しながら答える横顔を、少女はジト目で見つめる。
西日に照らされているからか、やや幻想的な雰囲気を纏ってはいるがそれはどこからどうみても普通の男性。
先入観で認識が歪んでしまっている可能性もあるが、顔も服も雰囲気も特筆すべき特徴があるとは思えない。
「本当、ただのアラサーの独身男性。
しかも定職についているわけでもなくて、なぜか学生をやっている。
なんで美智子さんは、アナタのことを好きになったんだろう?」
「そればっかりは、本人に聞いてみるしかないだろうよ」
その言葉に、少女は僅かに笑いながら首を振る。
「それは無理ですね。
だって美智子さんのことですもの、真正面から聞いたりなんてしたら恥ずかしさで爆発しちゃいますよ」
「だろうな。
今日の様子を見る限り、俺もそう思うわ。
別に無理して聞くモンでもないが」
「ですね……でも美智子さんのことはいいとして、アナタはどうするつもりですか?
もしや、このまま宙ぶらりんのままにしておくんですか?」
再び少女の視線が鋭くなる。
愛する人の恋の行方、気になるのは当然だ。
「そのことだが……」
そんな彼女の視線を感じ取ってか、英人は椅子から立ち上がり少女に向き直る。
「そう遠くないうちに必ず、決着をつける。
それがどんな結論になろうともだ」
「今すぐじゃ、駄目なんですか?」
そしてそれに対抗するように少女も机から立ち上がり、英人と見つめ合った。
好きだからこそ、退けない。
そんな思いが、視線に乗って英人を突き刺す。
「悪いな、つまる所こいつは俺自身の問題でね。
これを解決しない事には、次に進めそうになくてな」
「問題……?」
そう疑問に思う少女であったが、一瞬英人の瞳に過った悲しみの感情を見逃さなかった。
「もしかしてアナタ、過去に……?」
「ちょっとな。
まあ短い間だが、妻がいた」
英人は首元をまさぐる。
取り出したのは、ネックレスに繋がれたホワイトゴールドの指輪だった。
「それって……」
「薬指につけたままにしとくのもどうかと思ってな。
こうして首に下げてる」
「まさか、その人は……」
「死んだよ」
「……!」
少女は思わず口元を押さえる。
「まあ、過ぎたことさ。
死に際の彼女もそう言ってたように、早く踏ん切り付けて前に進んだ方がいいのかもしれないが……それがどうにも難しくてな」
「……やっぱり今でも、愛しているんですか?」
「そうでないと言えば、多分嘘になる。
彼女との思い出は今でも飛び切り鮮明に思い出せるしな。
だからこそ少し辛い部分もあるが」
英人は指先で指輪を弄ぶ。
「……」
その手元を黙って見る少女。
かつての最愛の人を語る彼の表情は如何ほどのものか。
少し、気にはなった。
だが思い切って視線を上げてそれを勇気は、今の彼女にはなかった。
「けどもう二年も経ったしな。
いい加減そろそろ踏ん切りを付けなきゃいけない。
どうしたらケリがついたことになるのかという問題はあるが、とにかくそうしなきゃ俺は次に進めないんだ」
「じゃあ、その踏ん切りがついたら」
「ああ、その時はちゃんと彼女と向き合う。
けどたとえ振るにしろ、過去としっかりと決別した状態でやりたい。
そうじゃなきゃ彼女の気持ちに応える資格がないと思うし、何より俺自身が納得できない。
だからその時間をもう少しだけ、もらいたいんだ」
「……」
「ダメか?」
優しい口調で、英人は言う。
それは懇願の意思も含んでいたが、微かな苦悩の色もある。
そう彼もまた、恋や愛といったものに思い悩む人間であった。
(本来なら、私に許しを得る必要なんかまったくないのに……)
少女は僅かに唇を絞める。
はっきりいって、自分は部外者。
それは今日の二人を見て嫌という程に痛感した。
こんなことをしたのも、それにショックを受けたからというのがある。
でもこの男はそれを責めることなく、むしろ逆に猶予を願おうとしている。
別に、そんなの好きにすればいいのに。
だって都築 美智子は本気でアナタに恋をしているのだから。
なのにわざわざ第三者にまで下手に出る。
本当に、不器用な男。
妬ましく忌々しくって、でも少しだけ羨ましい。
「……分かりました、信じます。
とりあえず、ですが」
そして少女は、決心して言葉を紡ぐ。
「ありがとう」
その言葉に、英人は柔らかく微笑んだ。
「でももし踏ん切りがつく前に美智子さんが告白して来たらその限りではないですよ?
さすがに勇気を出した女の子を待たせるのは良くないと思います」
「分かってる。
その時迷わないためにも、早く自分ケリをつけないとな」
「……もし彼女に不義理なことをしたら承知しませんからね」
少女はジト目で英人を睨む。
だがその視線は先程までとは違い、負の感情が薄いもの。
「ああ。その時こそ遠慮なく俺を豚箱にぶち込んでくれ」
「ええ。覚悟して下さいね。
女の恨みと妬みは、男の人が思うよりもずーっと根深いんですから」
「そりゃ、気を付けないとな。
前科までついたらただでさえ辛い就職に響く」
「ふふっ、そうですよ」
悪戯っぽく笑う少女。
そしてふと横目を移し、黒板の上に掲げられた時計を見る。
「おっと、もうこんな時間。
あっちでもそろそろ片付けが終わる頃ですし、私はもう消えるとします。
『本物』が帰ってくる前に」
「っと、もうこんな時間だったか。
そうだな、こんな場面を『本人』に見られでもしたら大変だ」
「ですね。
あと出る前に一言……ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
少女は猫耳を外し、深く頭を下げる。
「ふっ、全くだ。
最初見た時は本当に混乱したよ、一体何が起こったんだってな。
心臓に悪いから俺以外にはやらんでくれよ?」
「当然です。こんなの美智子さん絡みじゃなきゃしませんって。
……それじゃ」
「ああ」
そして少女は振り返り、教室を後にする。
パタパタと早足で遠のいていく足音を聞きながら、英人は再び机の上に疲れたように腰かけた。
「しかし踏ん切り、か……」
英人は首を横に向け、窓の外を眺める。
そして指輪を左手で握り、再び目を瞑った。
『――結婚指輪、ですか? 創二さん』
『ああ。僕の「創成」の力で作ってみたんだ』
『おぉ……! 綺麗な指輪ですね、ヤマキタ卿』
『はは、元々は僕が身につけてたものと同じデザインなんだけど、そう言ってくれるなら嬉しいよ。
せっかく結婚したんだし、二人でつけてみるのもいいと思ってね』
『ヒデトたちの国では、こういう風習なのですか?』
『厳密にいえば違う国のだけど、まあ今は日本でも根付いている感じかな。
夫婦同士、同じ指輪を左手の薬指につけるんだ』
『なるほど、愛し合う者同士が同じ物を身に着ける……素敵ですね。
ヒデト、ここはヤマキタ卿のご厚意に甘えて是非』
『お、おう』
『是非』
『いや随分食い気味だな……まあ断る理由はないけれど。
じゃあ創二さん、この指輪ありがたく頂戴します』
『ああ……そうだ、せっかくだし彼女の分は英人君がつけてあげたらどうだい?』
『え』
『いい提案ですね。
さあヒデト、お願いします』
『いやお前……』
『さあ』
『はいはいわかったよ……お、さすが創二さん。ピッタリだ。
ほら、つけたぞ』
『ありがとうございます。
フフ、綺麗……』
『創二さん、本当にありがとうございました』
『いいのいいの。
こんな時代と世界だからこそ、こういうのは大事にしたいからね』
『そうですね……。
本当に、色んなことがありました。でも、それも後もう少し』
『ああ。だからこそ僕たちの力でこの大戦に決着をつけなければならない』
『はい』
『ええ、そうですね。
ですが同時に私は、この時代に少しだけ感謝もしているのです。
少々不謹慎ではありますが』
『え?』
『何故なら――』
『貴方という人に、逢えたから』
――――
「――今なお鮮明に思い出せる、か。
能力の賜物とはいえ、なんとも未練がましいことだ」
英人はゆっくりと瞼を開く。
瞳に映りこむ景色は変わらず、放課後の教室のまま。
そして廊下の方からは、小走りでこちらに向かう足音が聞こえてくる。
おそらくその主は、とある恋する少女なのだろう。
そう、他ならぬ自分自身に恋をする、気まぐれで恥ずかしがり屋な。
「本当、人の『好き』という感情はままならないよな。
死に際ではああ言ってたが、今の俺をお前が見たらどう思うのだろうな?
なあ――」
英人は嘲るようにフッと笑う。
そして、
「『リザリア』」
最愛の人の名を呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー文化祭の後の授業はどうにもモチベが上がらんね!
そうは思わんかい、つづみん!」
「まあ確かに……」
『十月祭』から二日後。
後片付けも終わり、今日から通常の授業日。
ただの日常に戻った廊下を、美智子と彩那はゆったりと歩いていた。
「んでさ!
八坂先生との話、続き聞かせてよ!」
「えぇーなんでさぁ。
昨日だって話したじゃん。それで十分でしょ」
「だって初デートみたいなモンなんでしょ!?
だったらもう親友としては全部聞かなくちゃ!」
「そういうものかなぁ?
正直恥ずかしいからあんまり話したくないんだけど……」
美智子は疲れたような目で彩那を見つける。
なにせ文化祭当日の夜から、こんな感じでクラスメートからの追及がひっきりなし。
これが今後も続くと考えると、うんざりしてくるのも当然だった。
「いいじゃんいいじゃん!
それでなんかドキッとするシーンとかあった!?
ベタだけど、壁ドンとか!」
「いやフツーだったから。
あ、でも」
「ん? 言ってみ言ってみ」
「いや、ドキッとってゆーか、気になることがあったんだけどね。
文化祭からの帰り際にさ、先生が変なこと言ってたんだよ。
『少しだけ、待っててほしい』って」
「……ほう」
彩那は目を細める。
「どういうことなんだろ……ってちょっと彩那!?
何その怪しい顔は!?」
「いや別にぃー?
まあなんというか、うん。
ごっそさんって感じかな?」
「何だそりゃ……って、うわっと」
「きゃっ」
美智子が彩那に詰め寄ろうとした時、肩に何かがぶつかった。
慌てて声のした方向を見ると、そこには尻もちをついている少女の姿が。
それはいつも地味目な恰好をした、美智子のクラスメートだ。
「ゴ、ゴメンね!
大丈夫!?」
美智子は咄嗟にその少女に向かって手を差し伸べる。
「は、はい大丈夫です。
すみません、余所見しちゃってて……」
少女はその手を掴み、眼鏡を直しながら立ち上がる。
その身長は美智子と比べると頭一つ分は低く、それでいて華奢な体格だった。
「いや、余所見してたのは私の方だよ!
それよりケガとかはない!?」
「いえそんな……」
「そうだよーつづみん。
我がクラスの隠れエースにケガさせるとは何事だー。
つづみんがデートしてた間、ずっと受付で客さばいてたんだからなー」
彩那は囃し立てるように悪戯っぽく笑う。
「そういうのは話がややこしくなるからやめてって……うん、とりあえずケガはなさそう!
あとは……おっとここにゴミが付いちゃってる。
よし、ほら取れた」
「あ、ありがとうございます」
少女はやや頬を赤らめながら頭を下げる。
「いいよ、私の所為なんだし。
それじゃまた……彩那、行こっか!」
「うん」
そして再び歩き出そうとする美智子と彩那。
その様子を、少女は見つめた。
(……そう。
思えばなんてこともないものでしたけど。
そんな気まぐれな優しさと笑顔を、私は好きになったんです)
前を、想い人の体が横切る。
これまで交わしてきた会話など、今のようなものが精々。
おそらく彼女にとって、今の自分はいちクラスメートにしか過ぎないのだろう。
でもそれは、遠くから眺めるだけで満足してしまった私の責任。
同性だからと言い訳を続けてきたからこそだ。
でも。
「――あ、あのッ! 美智子さん!」
「ん? どしたの?」
でも、まだ諦めたくない。
「え、えーとその……」
「?」
彼女の気持ちは知っている。
これは最初から、万どころか兆に一つも勝ち目のない戦い。
「こ、この前、美味しいケーキ屋を見つけたんです。
だから――」
それでも。
「今度私と一緒に、食べに行きましょうっ!」
負けたくない。
もう少しだけ、自分の「好き」を信じていたい。
「……いいね、行こう!」
だって他ならぬ彼女が、そうなのだから。
~学校へ行こう! 編・完~
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
これにて学校へ行こう!編は完結です。
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そして新章ですが、土曜の更新をお休みして12月25日(水)に投稿予定です。
その代わり、【あの】スピンオフの更新を予定しておりますのでお楽しみに!