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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第四部:元『英雄』の新学期
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学校へ行こう!⑥『ジェネレーションギャップ』

「ああもうひどい目にあったよ……」


「はは、お疲れさん」


 コスプレ喫茶での寸劇からおよそ一時間。

 英人と美智子の2-Dの教室を出、廊下を二人並んでプラプラと歩いている。


 ちなみに美智子の服装はいつもの制服。

 さすがにキャットガールの恰好まま外を出歩くのは抵抗があったらしい。


 ちなみに何故二人が教室を出てほっつき歩いているかと言うと――



『あーそうだ。

 もうピークの時間過ぎたし、フロアはもう十分かもー。

 つづみんー、もう休んでいいよー』


『へ? いやまだ全然働いてないんだけど。

 結局先生と二人でお茶してるだけだったし』


『みんなもそう思うよねー?』


『おっそうだなー』


『うんうん。ずっとマンツーマンで接客して疲れただろうし、ここらで休憩が必要でしょー』


『あ、せっかくだしお客さんを案内してあげたら? 二人きりで。

 手が空いたしちょうどいいじゃん』


『いや言ってること矛盾してるって!』




 とクラスメートたちの見事なアシスト? によってなし崩し的に美智子が校内を案内することに決まったのだ。


 ちなみに唯香への早応大生紹介については、適当にはぐらかしておいた。

 悲しいかな、そもそも英人には紹介できるだけの人脈がなかったのだ。


 というわけで現在二人は何か当てがあるわけでもなく、ただぶらりと校舎の中を回っている状況だ。


 いつもの廊下の、年に一度の盛り上がり。

 もちろん色んな出し物がある。


 しかし選択肢が多すぎるせいで、当の美智子も何をどう案内すればいいのか少し分からなくなっていく。


「……ねえ先生」


 だからそんな状況を払拭しようと、美智子はおもむろに口を開いた。


「ん? どうした?」


「楽しい?」


「お前、またいきなり何とも言えん質問を……」


 英人は困ったように眉を吊り上げる。


「いやさ、せっかく招待したといってもただの高校の文化祭だし。

 先生には少し物足りないんじゃないかなーって」


「別に、そんなことはないさ」


「……ホントに?」


 やや怪訝な表情で、美智子は英人の顔を覗き込む。

 廊下の人口密度が濃いせいか、いつもよりその距離感は僅かに近い。


「ああ本当だ。

 確かにクオリティに関しては普通のイベントや大学の学際には及ばないけど、それでいいんだよ。

 特に俺ら以上の年代は、かつての高校生活を懐かしみたいだけだし」


「懐かしむ、ねぇ」


「今が大学生だからつい忘れそうになっちまうが、卒業してからもう10年も経つ。

 ……そう、もう10年だ。

 なんだかんだ言ってこの時間は大きかったよ、本当に」


 そして英人の瞳は一瞬、遠くを眺める。


「……」


 それは瞬き程の刹那。

 しかし確実に彼の目は此処ではないどこかを見ていた。


 だか今は消え、もうその余韻すらない。


 美智子は話題を少し変える。


「そっかー、先生ってもうそろそろ三十路だもんね!

 華の高校生活を懐かしんでも仕方ないか!」


「いや今年で29歳だからまだだよ。

 アラサーであることは否定せんけども」


「ふーん、その辺りの事情はまあどーでもいいけど。

 それよりさ! 先生の高校時代ってどんな感じだったの!?」


「俺の高校時代?」


「うん!」


 美智子は期待の籠った眼差しで、英人の横顔を見つめる。

 しかしそれとは対照的に、英人はやや困った表情を見せた。


「んー別に、言うほど大したもんでもなかったよ。

 俗に言うぼっちだったし。

 ぶっちゃけ文化祭や修学旅行とかの他は、図書館に通ってた記憶くらいしかないな」


「えーなにそれ。

 じゃあ部活は?」


「もちろん帰宅部だ」


「ありゃ……まあ私も帰宅部だし、人のことは言えないんだけどさ。

 でもなんかこう、なかったの?」


 美智子は何だか良く分からないジェスチャーで英人に訴える。

 せっかく話題にだしたのだから、何か一つでも聞きだしておきたいという所なのだろう。


「つってもなあ……」


 英人はさらに表情を困らせ、右手で頭を押さえる。


 灰色の高校生活であったことは確かだが、それ以上にはっきりと呼び起せる思い出がない。

 言うなれば高校時代の記憶が朧げなのだ。


 そもそも英人の完全記憶能力が開花したのは『異世界』に行ってから。つまり高校卒業以前の記憶は人並み程度しかないのだ。


 とはいえ人並み程度にあるのは確かなので、必死に思い返してみる。


 浮かぶのは、西日が差し込む図書室。

 いつもそこで本を読んでいた。


 そこには俺と、確かもう一人――


「ああそうだ。

 通ってた図書室に、面白い奴がいたな」


「面白い人?

 それって――」


 誰なの? 

 そう美智子が尋ねようとした時。


「あ、都築さん!

 コスプレ喫茶は休憩中?」


 よく通る、澄んだ声がそれを遮った。

 前を向くと、そこにはグレーのレディーススーツに身を包んだ女性が立っている。


「箱根先生……」


「ふふ、こんにちは」


 美智子の声に、箱根先生と呼ばれる女性は眼鏡越しに柔らかな笑みを浮かべた。


「ん? この人は?」


「あ、うん。ウチのクラスの担任」


「どうも。都築さんの担任をしてます、箱根ハコネ 真梨香マリカと言います」


 そう言って真梨香は栗色のポニーテールを揺らし、英人に挨拶する。


 立ち振る舞いや雰囲気から推察するに、年齢は20代半ばから後半といった所だろうか。下手をすると英人より年下かもしれない。


「そうでしたか。

 私は都築さんの家庭教師をやっております、八坂 英人と言います」


 とはいえそんなことを考えても自身が苦しくなるだけなので、英人も同様に挨拶を返す。


「なるほど、あなたが都築さんの言っていた家庭教師の……」


「ん? もしかして私のことを既に知ってらっしゃる?」


「ええ。都築さんの口から常々。

 とてもやり手の方だと聞いてましたから、一度お会いしたいと思ってたんです」


 真梨香は屈託ない笑みを英人に向ける。


「いややり手だなんてそんな……。

 ただの学生バイトですし」


「いえ、そんなことはありません。

 現に都築さんの成績は学年トップクラスに入るほど急上昇しているんですよ?

 これは間違いなく八坂さんのご指導の賜物ですよ!

 少し悔しい気持ちもありますけど、同じ教育者として尊敬します!」


「は、はあ」


 喋っている内に気が乗って来たのか、真梨香は目を輝かせながらズイズイと距離を詰めてくる。


「やはり何かコツというか、やり方みたいなものがあるのでしょうか!?

 もし企業秘密とかでなければ、是非ご教授の程をお願いしたいです!」


「いやいや、そんな大層なものじゃないですってば。

 使ってる教材も市販のものですし、やり方も普通ですし。

 なあ?」


「え!? ああうん、そうだね」


 英人の言葉に、美智子はビクリと震えながらも頷く。


「ですがそれだけとはとても……」


「意外とそんなもんですよ。

 でも一応ひとつだけ、心がけていることはありますかね」


「!? それは一体?」


「他ならぬ自分自身が勉強、ひいては学問を好きになることですかね」


 英人は僅かにその視線を真梨香から逸らす。

 彼女からの圧がすごいのもあるが、そもそもこんなセリフを顔を見ながら吐けるほど気障ではない。


「勉強を、好きに……」


「ええ、『好き』という感情は周りに伝播していくものですからね。

 そしてそれが深いほど、影響度も強まっていく。

 つまり生徒に対する姿勢と同様に、勉強や学問に対する姿勢もすごく大事ってことです」


 自分で言ってて気恥ずかしさがこみ上げてくるが、紛れもない事実だ。

 他者を巻き込むには、口うるさく言い聞かせるよりも自分の姿勢を見せるが吉――これは『異世界』で得た教訓でもある。


「なるほど……!

 教師である前にまず人間として、ですね! 為になります!

 ちなみに特にお好きな教科は?」


「世界史ですね。

 まあ歴史系は全般好みなんですけど」


「あ! 私も歴史大好きです!

 実は専攻が日本史でして――」


 そうして二人は歴史の話や教育論について盛り上がっていく。

 歳がある程度近かったせいもあってか、打ち解けるのにそう時間は掛からなかった。


「むむ、二人だけでなんかズルい……」


 そしてその様子をジト目で見つめる少女が一人。


 正直、見ていて面白くない。

 だが英人の楽しそうというか、安心したような表情を見てると茶々も入れずらい。


 これが、年齢の差という奴なのだろうか。


 17歳と28歳。

『10年という時間は大きい』――先程の英人の言葉が、どことなく重くのしかかる。



「……ライバル、多いなあ」


 そんな美智子の呟きは、文化祭の喧騒の中へと消えていった。


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