学校へ行こう!④『祭りだ祭りだァ!』
「ここか……」
10月初旬。
いよいよ冷えてきた空気の中、英人は校門の外から校舎を見上げる。
目に入るのは、色とりどりの宣伝ポスターが張られた教室の窓。
そして視線を校門に落とせば、『十月祭』と大きく書かれた看板が目立つように飾られている。
彩那と会った日から数えてちょうど一週間。
本日は早応女子における年に一度の文化祭――『十月祭』の開催日である。
(思えば、こうして直接来るのは初めてか)
英人は校門を出入りする人の流れを見つめながら、先週のことを思い返す。
まさか初対面の女子高生からいきなり文化祭に誘われるなどとは思っても見なかった。
あんまりにも突拍子のない話なので、とりあえず断ろうとしたが……結局は彩那に押し切られる形となり、今に至る。
そもそも女子高の文化祭って一般人(特に男)が気軽に入れるものなのだろうか?。
そういうのは基本的にチケット等を使った招待制で、許可されてない一般人は入場出来ないのが一般的なはずだ。
しかし調べてみると、どうやら早応女子に関しては少し事情が違うらしい。
さすがに許可のない一般人(学生以外)相手には規制が掛かっているが、現役の早応大生はフリーで入場できるようなのだ。
つまり、英人はそのまま入場してしまっても何の問題もない。
(とはいっても、なあ……)
英人はチラリと周囲を見渡す。
そこにいるのは同年代の他学生と、ここへの受験を検討している親子連ればかりだ。
英人と同年代の男はほとんど見かけない。いたとしても教職員位なもの。
この状況、考えてみれば至極簡単なことだ。
いくらフリーとはいっても、男子大学生がわざわざ女子校に顔を出す正当な理由はない。
というより親族とかではない限りは普通近づきもしない。
つまり、一歩間違えればただの変質者。
その証拠に、そろそろ警備員や他の入場者からの視線が痛くなってきた……。
「あっ、八坂さーん!
こっちでーす!」
そして警備員が動き始めようとした寸前、快活な叫び声が門の中から響いてくる。
手を振りながらこちらに向かって来るのは、英人を『十月祭』に招待した張本人である綾瀬 彩那。
こんなこともあろうかと、彼女とは事前に待ち合わせの約束をしておいたのだ。
間一髪助かったと思いつつ、英人は手を振り返す。
「いやー遅くなってすみません!
出し物の準備に手間取っちゃいまして……待ちました?」
「いや大丈夫。そこまで待ってはないよ」
「そ、そうですか……」
彩那はホッと胸を撫でおろす。
実際、待っていた時間は10分にも満たない。
予想以上に周囲の目線が鋭かっただけだ。
「んじゃ、早速だけど案内頼むわ」
「はい! お任せ下さい!」
彩那はビシッ! っと敬礼をして答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
英人は彩那と共に、早応女子の廊下をゆっくりと歩いていく。
「2年A組出し物やってまーす!
今年は占いの館でーす!」
「テニス部名物フランクフルト、校庭で発売中!
美味しいよー!」
「文学部の新作発表してまーす!」
響いてくるのは、少女たちの軽快な宣伝文句。
一般客を一人でも呼び込もうと、どこも一生懸命にアピールしている。
「……意外と、文化祭の雰囲気ってどこも変わらんもんだな。
女子校や男子校ってなんか独自の文化が発達してるイメージがあったが」
「へーやっぱりそうなんですか?
というより八坂先生って共学出身!?」
「ん? ああ高校はれっきとした共学校だったよ」
「そうだったんですねー。でも私らだって、結構盛り上がってるでしょ!?
なんてったって『十月祭』では出し物への投票がありますからね。
特に上位3団体には図書券等の賞品も出たり、部活の予算にも影響しますからどこも客寄せに躍起になるんですよ!」
「なるほどなぁ」
出し物の順位を決める、というのはどこの文化祭でもやってそうなことだ。
しかし賞品が出たり予算にまで影響するというのは中々ない。
早応女子のような金のある私学だからこそ出来る芸当なのだろう。
「でも八坂先生が共学出身ってなんか意外だったかも!
なんか男子校出身っぽい雰囲気あるし!」
「なんじゃそりゃ……まあ実際帰宅部だったし、高校生っぽいこともあまり出来てはいなかったが」
「ふーむなるほど、共学は共学で色々あるんですねぇ。
……それより、『アレ』はどんな感じだったんですか『アレ』は!」
彩那は期待感MAXといった面持ちで英人に詰め寄る。
「『アレ』?」
「そんなん決まってるじゃないですか……恋愛ですよ、れ・ん・あ・い!」
「ああなるほど……」
英人はようやく合点がいったと頷く。
確かに、女子校の生徒にとって共学校の実態は気になる所ではあるだろう。
「どうなんですか!? やっぱカップルばっかなんですか!?
爛れた高校生活を送ってしまいがちなんですか!?」
「なんだそのよく分からない偏見は……。
別に普通だよ普通。相手がいる奴もいればいない奴もいる。
女子校とかに比べりゃ確かに比率は高いかもしれんが……少なくとも半分はフリーだったかなぁ」
自身の高校時代を振り返りながら、英人はそう答える。
正直言って、このあたりの話は学校によるとしか言えないだろう。
校則や偏差値、その学校独特の雰囲気……それらによって生徒間の恋愛事情など容易に左右されるものだ。
また英人の母校はそこそこ偏差値の高い進学校だったこともあり、恋愛はそこまで活発ではなかった。
「ふーむ、何かガッカリしたような安心したような……。
一口に共学と言ってもそんなもんなんですねぇ」
「ま、女子校だろうが共学だろうが出来ん奴は出来んよ」
「ひどっ!? せっかく全国の女子校生徒がその現実から必死に目を逸らしてたのに!」
「でも君のクラスメートにも彼氏持ちがいないことはないだろ?」
「ま、まあそれはそうなんですけど……むう、そう言う八坂先生はどうだったんですか」
彩那は恨めしそうに英人をジト目で見つめる。
「まあその辺りはどうでもいいだろう……ほら、ここでいいのか?
確かクラスって2年D組だろ?」
「えー、そこ誤魔化さないで下さいよー。
せっかく八坂先生の恋愛遍歴を聞くいい機会だったのに」
しかしその視線をサラリと受け流し、英人は「2-D」と書かれた教室の前で足を止めた。
ここも他の教室の例に漏れず、テープやらリボンやらで様々な装飾が施されている。
そして入り口の立て看板には――
「……『コスプレ喫茶』?」
「はい、その通りです」
「……こう言っちゃなんだが、ベタだな。
こんなん俺の頃からあったし」
「そう言わないでくださいよー。
『メイド喫茶』や『執事喫茶』だのをやりすぎたせいで、もうネタがないんですよ。
だからもうテーマを決めるのすら面倒になって、ド直球に『コスプレ喫茶』になっちゃったんです」
「クラス会議でなし崩し的に決まっていった光景が容易に想像できるな」
英人は呆れたように一つ溜息をつく。
「う、実際そんな感じで決まっただけに反論しづらい……。
でも力はちゃんと入ってますから!
ほら、さっさと入っちゃいますよ!
晶子ちゃん、おひとり様ご案内ねー♪」
「……はい」
受付をしていた地味目な女学生を横目に、彩那は英人の体を教室に押し込む。
「ちょっ、わざわざ押さんでもちゃんと入るって……」
「いいからいいら。
つづみんもお待ちかねですし!
みんなー! きたよー!」
「「「「「いらっしゃいませー!」」」」」
そして教室へと入った瞬間、女生徒たちの声が一斉に英人を出迎えた。
そこは学校という日常に突如出現した、まさに非日常とも言える空間。
メイド、執事はもちろんチャイナドレスやアオザイのような民族衣装、さらには各アニメやマンガのコスプレまで。
そんなレパートリー豊かな女生徒たちが元気に来場者たちをもてなしていた。
「……まあ予想してた光景ではあるが」
「えー、なーんか思ったより反応薄いですねー。
ここ一応女の花園ですよ?
それより……あれ? つづみんは?」
彩那は英人の背中からひょっこり顔を出し、教室内を見回す。
しかし現在接客をしている女生徒の中には美智子の姿はなかった。
彩那はもう一度声を上げる。
「おーい、つづみーん!
八坂先生きたよー!」
「ん、その声は彩那ー?
ちょっと待って、今美智子引っ張りだすからー!」
するとカーテンで仕切られた一角から、別の女生徒の声が返ってくる。
どうやらあの中に美智子がスタンバっているらしい。
「ほら、恥ずかしがってないで覚悟決めな!
せっかくいいスタイル持ってんだから!」
「だからってこんな衣装は……いやー!」
「ここまで来てアンタは……あ、あの人もうどっか行っちゃった」
「え!? それはダメっ――」
そして何かを引き留めるように、美智子がカーテンから勢いよく飛び出す。
「……よう」
「あ」
しかしまだ教室にいた英人の姿を見た瞬間、美智子の表情は固まった。
その姿は、肩を丸ごと露出したボディスーツにストッキング。
さらにその頭には可愛らしい猫耳が生えている。
それはいわば『バニーガール』ならぬ、『キャットガール』であった。