学校へ行こう!①『お久しぶりです』
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9月下旬。
ようやく残暑も超え、風景は徐々に本格的な秋へと移ろいつつある。
新たな季節の始まり。
それは同時に新たな学期の始まりでもある。
そして英人たちの通う早応大学も、その例外ではなかった。
「――なんか、久しぶりにキャンパスに来た気がするな……。
実際はファン研の部室に何度か出入りしたりはしたのだが」
そんな秋の朝日を横顔に受けながら、早応大学名物の並木道を登るのは八坂 英人。
28歳の経済学部二年生である。
本日は秋学期初日。
大半の学生にとっては、およそ二ヶ月ぶりの講義だ。
そのせいかキャンパス内を歩く学生の数もいつもより格段に多い。
ただ単に休み明けだから、というのもあるのだろう。
しかし基本的に大学の講義というものは、初回に教授が全体の大まかな流れを説明するものと相場が決まっている。
講義内容はもちろん、評価の基準や使用する教科書、果てはレジュメをダウンロードするためのパスワードまで……。
つまり初回の講義というのは、単位を求める学生にとってかなり大事なものなのだ。
なので普段はサボっているような学生でも、この日だけはこぞって真面目に講義を受けに来るというわけだ。
「フフッ。こんなに人がたくさんいると、なんだかワクワクしますね」
そんなことを考えながら歩いていると、横からやや独特な発音の出だしをした、綺麗な声が響いてくる。
それは絹のような白い髪と金色の瞳を持った北欧の美女、カトリーヌ=フレイベルガだ。
口元に手を当てながら微笑む姿は、ハッとする程に美しい。
「んーまあ分からないでもないな。
花火大会やら何かの大会やらのイベントで人がたくさん集まって来るのを見ると、別に自分と関係なくても少し興奮するし」
英人は彼女の方へと顔を向け、答える。
春学期の事件以降、同じマンションに住む彼女とはこうして一緒に通学している仲。
なんだか現実感ないな、と英人は思いつつも彼女と歩幅を歩いていく。
「デスよね!
それに私、お祭りとかも大好きですよ。
ラトビアのお祭りはもちろん、日本のも!」
「へぇお祭りも……祭りと言えばそういや『田町祭』も、そろそろだったな」
「ア……そう言えばもうすぐですね」
英人の言葉に、カトリーヌはハッとした表情を見せる。
『田町祭』、それは早応大学にて毎年十一月下旬頃に開催される学園祭のことだ。
都内にある田町キャンパスで行われるため、そう呼ばれている。
たかが学園祭、そう言い切ってしまえばそれまでだが、このそれが『田町祭』となると話は別だ。
なにせ四日間の開催で総来場者数はおよそ二十万人と学祭の中でトップクラス。
さらには多数の芸能人ゲストそして『ミス早応』など話題性も高く、大学がやるイベントとしては国内随一といってもいいレベルなのだ。
しかし……
「とはいえ、俺たちにはあまり関係のない話か。
ファン研で出し物をやるわけではなさそうだし」
「ソウですね……」
カトリーヌはやや落ち込んだ表情を見せた。
こういう時、ファン研のような弱小サークルは辛い。
以前は同人誌作ってを配布したりしていたらしいが……部員が四人しかいない今の状況だとそれすら辛い。
そもそも代表である薫からは未だに『田町祭』の「た」の字すら聞いていない。なので今年もナシなのだろう。
「ま、どうせ『田町祭』期間中はこのキャンパスも休みになるわけだし……サークルの皆で遊びに行ってみるか!」
励ましの意味も込め、英人はカトリーヌに提案する。
例え出す方に回らずとも、祭りは祭りだ。参加するだけでも十分楽しい。
「……! ハイ! とってもいい提案です!」
カトリーヌはそれに、満面の笑顔で答えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――では今日の講義はここまで。
次回からは各自レジュメをダウンロードして持ってくるように」
教授の言葉と共に、教室内の緊張した空気が一気に解放される。
時計を見ると、時刻は午後二時を少し回ったところ。三限終了のチャイムまで20分以上の時間がある。
このように教授が早めに切り上げるのも、初回の講義ではよくあることだ。
(隙間時間が出来ちまったな……)
英人は筆記用具を片づけながら、この後の予定を考える。
今日は美智子の家庭教師の日。
だが今から向かったら早く着きすぎてしまう。
おそらく美智子の方もまだ学校から帰ってきていないだろうし、都築家に上がり込んでそれを呑気に待つのもさすがに迷惑だろう。
(となると……部室に顔を出すかな)
今日は部員全員が集まる活動日ではないが、基本的に部室は開放されている。
なので基本的には部員たちは好き勝手に使っているのだ。
(とりあえず時間まで今日教える所の再確認でもするか。
ついでに泉代表がいたら、『田町祭』の件も話しておくか)
頭の中でひとまずの結論を導き出した英人は、いそいそとノート類を片付け座席から立ち上がる。
そして出口に向かって振り向くと――
「あ……」
「ん? おう」
艶やかな黒髪を携えた、絶世の美女がその表情を固まらせたまま立っていた。
その少女の名前は東城 瑛里華。
昨年のミス早応グランプリである。
「え、えーと久しぶり」
「ああ、沖縄以来だな。
元気してたか?」
「ま、まあ一応はね……そっちは?」
「見ての通りさ。
というかお前も同じ講義受けてたんだな。まあ同じ学部だし当然と言えば当然か」
「そ、そうね……」
瑛里華は必死に言葉を絞り出している様子ではあるが、その綺麗な瞳が泳いでいる。
普段の強気な彼女らしくない。
「……どうした?」
「いや別《なーに大したことないさ。夏休み明けだからちょっと英人さんとの距離感を探っているだけだよ。
ほら、『私』ってガードは固いけど攻めはクソ雑魚だろう?
今の講義だって勇気出して隣に座ればいいのに、後ろの席からボーっと見つめてばっかりで――》……アンタは黙ってなさい」
瑛里華はバッグを強く叩く。
どうやら瑛里華の分身である「そいつ」の鏡がバッグの中から喋っているらしい。
「お、『そいつちゃん』も久しぶりだな」
《おお! 名前を覚えてくれていたのかい!
いやー愛する男性の記憶に刻まれるとは、こうも嬉しいものなのだな『私』よ!》
「……」
瑛里華は無言でバッグの中に手を入れる。
《ちょっ何その力!?
分かった黙るから握りつぶさんといて!》
そしてようやく「そいつ」は黙った。
「……いいのかよ?」
「……周りを見なさい」
瑛里華に言われるままに、英人は教室内を見渡す。
「ねぇ、あの二人って……」
「ああ、いつもの奴だ……しかも新学期初日から」
「まーた喧嘩でもしてるのか?」
「これもう半分夫婦だろ」
するとそこでは、生徒全ての視線が二人に注がれていた。
そしてヒソヒソと話し込んでいる。
確かに、ただでさえ有名人である瑛里華が大声を上げればそうなってしまうのは道理だろう。しかもその相手は英人だ。
春学期以降二人が言い合う姿は度々目撃されており、最早この組み合わせは大学内においては定番となりつつある。
「……出るか」
「ええ」
英人の口からぼそりと漏れた提案に、瑛里華は深く頷いたのだった。