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異世界の英雄よ、現実世界でもう一度   作者: ヘンリー
第一部:元『英雄』のキャンパスライフ
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なんで私が早応大に!? ⑤『事案発生』

 昨夜の美智子の件から一夜。


 英人の方では特に目立った動きはなく、今日も今日とていつも通りのキャンパスライフを過ごしている。


 とはいえ美智子と夜の繁華街を一緒に歩いている所を見つかったわけなので、都築家の方から何らかのリアクションがあるかと思って身構えてはいた。

 誤解ではあるが状況が状況。英人が連れ回したと疑われてバイトをクビにされても文句は言えない。


 ……このまま、何もありませんように。


 そう思いながら英人はこっそり眺めていたスマートフォンをスリープ状態にし、ポケットにしまった。


 今日の講義はいま受けている五限まで、ちょうど6時に終わる予定だ。

 もちろんそのまますぐに帰っても良いのだが、自宅と大学の往復のみというのも少し寂しい。


(……今日はせっかくだし少しサークルに顔を出すかな)


 そのようにこの後の予定を決めた瞬間、しまったばかりのスマートフォンが振動を始めた。

 すぐさまポケットから取り出し画面を確認するとそこには「都築家」の文字が。


 今は講義中ではあるが、電話の内容が重大である可能性は高い。

 英人は申し訳なさそうにやや中腰になりながら教室から出、外で軽めにひと呼吸をした後、画面に表示されている「通話」ボタンをタップした。


『もしもし。八坂です』


『あっもしもし。私です。青葉です!』


 電話してきたのは青葉だった。

 しかしその声色はかなり焦っている様子であり、どうもいつもの青葉らしくない。


『はい、お世話になっています。

 それでご用件はなんでしょうか?』


『お嬢様は……美智子様は、ご一緒ではないでしょうか?』


 当初想定していた内容とは完全に違う事を聞いてきたので、誤解はないと安心しつつも少し面食らってしまった。

 そんな事を聞くってことはまさか……と頭の中に悪い予感がよぎる。


『いえ、一緒ではないです……もしかして都築さんの行方が分からないということでしょうか?』


 英人の質問に対し青葉も最初は返答を戸惑ったが、少し間を置いた後、

『……はい』と渋々肯定した。


 悪い予感は的中した。

 あのお嬢様、昨日に引き続き今日もかと英人は心の中で悪態をつくが、捜索に協力する為すぐに頭を切り替える。

 昨日のことがあったからだろうか、そうすべきだと本能が感じ取った。


『分かりました、私の方でも探してみます。

 何か手掛かりはありますか?』


『ええ。一応どのあたりにいるかの目星はついてます』


『でしたら、今からそこに向かいます』


『すみません。こちらの都合で……』


 電話口からは、青葉の声が弱々しく漏れる。


『いえ、アルバイトとはいえ生徒であることには変わりないですから。それで場所はどちらに?』


 少しでも慰めになればと、英人はできるだけ自信に満ちた声で答える。


『はい、今申し上げます――』


 青葉から場所を聞き出した英人は通話を切り、急いで教室に置いてきた荷物を回収してそのまま校舎を出た。

 講義中の時間帯だからか、校舎外に人はほとんどいない。


 ……ここなら大丈夫か。


 英人はそそくさと校舎の陰へと隠れ、視線を左右に振って周囲に人がいないことを確認。


『――エンチャント・ライトニング!』


 心の中で呪文を唱え、自分の体に電気を纏わせた。

 さらに「脚力強化」の魔法を重ね掛けし、その場から勢いよく跳躍する。ストーカー事件と同じパターンだ。

 英人は「脚力強化」によって大幅に飛距離が延びたジャンプで大学の敷地外へと飛び出し、着地した後すぐさまチーターのように跳ねながら公道を走り始める。


 いつもの通り、通行人の誰一人としてこちらに気付く様子はない。

 英人はそのまま最短距離を最高速度で駆けた。



 ………………

 …………

 ……



 走り始めてからしばらく経ち、英人は青葉から教えられた場所の周辺へとたどり着いた。


 ひとまず周囲の状況を確認するため足に魔力を溜めて渾身のジャンプをする。

 風を切り、重力に逆らい、急上昇する身体。

 跳躍が最高点に達して無重力になった瞬間、英人は頭を振って周囲を見渡した。


 何か手掛かりになりそうなものは……あった!


 視界に見覚えのある黒い車を見つけた英人は、着地したあと一気に駆け寄る。

 もちろん直前で『魔法』を解除することも忘れない。


「瀬谷さん!」


「ん? あなたは確か……」


「はい、美智子さんの家庭教師をしております八坂英人です! 美智子さんの件は青葉さんから既に聞いています」


「なるほど、そうでしたか」


 そう答えつつ、瀬谷は手のひらの上にあるキーホルダーと思しき人形を大事そうに眺める。それは白い布でできた、小さい猫の人形だった。


「瀬谷さん、それは……?」


「ええ、お嬢様の持ち物です。ここに落ちていたものですから」


 それは好都合、と英人は心の中でガッツポーズをした。

 本人に所縁のある物があれば捜索は数段容易になる。


「すみません瀬谷さん! そのキーホルダー少し借ります!」


「え? ああ……どうぞ」


「ありがとうございます!」


 英人は勢いに任せて瀬谷さんからキーホルダーを借りる。 

 こういう時、英人は「借りてもいいですか」と言うよりも「借ります!」という話し方をして要求を押し通すことがままある。異世界で覚えた悪知恵みたいなものだ。


 ともあれ無事キーホルダーをゲットした英人は少し走り、向かって次の角を曲がって瀬谷の視界から出た。そのまま周囲に人がいないことを確認し、「エンチャント・ライトニング」と「脚力強化」を再び発動する。


 そして――


右目(ライトアイ)再現情報入力(インストール)――再現変化トランスブースト・オン・『千里の魔眼』!」


 右目に『千里の魔眼』を『再現』した。


 馬越と同様に、英人もまたこの世界に僅かに存在する『異能者』の一人である。

 その『異能』の名は『再現』。

 異世界へ転移した際に開花した能力であり、一度見た技術や技、魔法については自分の体を通して完全に『再現』、もとい真似することができる。

 もちろん自身の能力を超えた技や魔法を100%『再現』するには相当な反復練習が必要となるが、それでも体の動きや魔力の流れをトレースできるため通常の修練に比べて修得時間を大幅に削減することが可能。

 まさに「体で覚える」ということを実践できるというわけだ。


 また、この『異能』の副産物として英人は完全記憶能力を持っている。

 これは「物事を完璧に再現するなら、その物事を完璧に記憶できているはず」という逆説的な概念に基づいた能力だ。

 難関である早応大学の試験に半年で受かったのも、この力がおかげと言って過言ではない。


 そして最後にこの『異能』の真骨頂、『再現変化(トランスブースト)』。

 この技は他者の肉体の一部を自分の肉体に『再現』する。

 つまり他者の肉体を己の肉体に反映して自由に使うことができるのだ。今回は右目に『千里の魔眼』を『再現』した。


 因みにストーカー事件の時に『再現』したのは、相手のステータスを見ることができる『看破の魔眼』。

 これによって馬越の『異能』の効果を知ることができたわけである。


 英人は『千里の魔眼』を使い、美智子を探索する。

 この魔眼は数十キロ先まで見ることができるが、そんな広い視野で人間一人探すのはまさに砂漠の中で一つの砂粒を探すようなもの。

 しかし探したい対象に所縁のある品物を持っていれば、ある程度の絞り込みが可能だ。

 英人は借りたキーホルダーを握りしめ、探索範囲を絞っていく。


 (さてどこにいるかなっと…………いた!)


 視界を美智子周辺に一気にズームさせる。

 『千里の魔眼』は探したい対象を見つけると、対象の斜め上から見下ろすような視界になる。

 広がる光景はおそらくファミレスの内装だろう。テーブル席の真ん中には美智子が座っている。

 とりあえずは無事みたいでひとまず安心したが、一つ気になる点があった。


 テーブルの反対側に、見知らぬ男が座っているのだ。

 美智子と向かい合う形で座っているのは、大体50歳くらいの壮年の男。スーツのジャケットで隠れているとは言っても、それなりに体格がいいのが分かる。


 『千里の魔眼』では音声まで拾うことはできないが、少し眺めてみた様子だと男がひっきりなしに美智子に向かって話しかけている様子が見える。対して美智子はそれを適当に受け流している、という感じだ。


 見たところすぐに何かが起きる、といった状況ではない。

 しかし英人の中では胸騒ぎが起こっている。


 このままだと、美智子が危ない。


 異世界で培った経験則と直感が、英人に美智子の危機を知らせていた。

 ファミレスの場所は……どうやらまたしても横浜。ここから多少時間はかかるが、泣き言を言ってる場合ではない。


 英人は夕暮れに染まる空へ向かい、再び跳躍した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 英人が美智子を魔眼で見つけてから、時間は少し遡る。


 美智子が裏門から駆け出して一時間ほど経った頃、当の本人は横浜に来ていた。


 瀬谷から逃げるために結局はひと駅分も走る羽目になり、疲れた体で電車に転がり込んだ美智子は何故かまたこの横浜に来てしまったのだ。

 昨日のことが尾を引いているのだろうかと考えたが、確たる結論は疲れ切った脳からは出てこない。

 そして今現在、あてもなく横浜駅周辺をさまよっている状況だ。


 電車賃に関しては交通系ICカードにある程度チャージしてあるから心配はないが、現金の持ち合わせがほとんどない。

 というのも都築家の方針として、余計な寄り道を防ぐために最低限度のお小遣いしか渡されていないのだ。具体的に言えばジュース一本買えばそれで殆どなくなってしまうくらいの。

 だからICカードが使える店以外では時間がつぶせない。そして使える店はごく少数。


 考えれば考えるほど、今の状況は絶望的だ。


 疲労からか足取りはいつになく重い。沈みかけの夕日が一層この状況の悲壮感を盛り立てる。


「やあ。

 君、今一人かい?」


 途方に暮れながら歩いていると、突然声をかけられた。

 美智子は伏せていた目を声がした方に向けてみると、一人の男が立っている。

 年齢は大体50歳くらいの、スーツを着た中年男性だった。


「な、何かな」


 普通なら、無視して通り過ぎていたに違いない。

 しかし今は疲れていたこともあって、ついその呼びかけに反応してしまった。


「いやぁ、お腹空いてないかなと思ってね。もしよかったら一緒にご飯食べないかい? おじさんも一人で食べるのは寂しいからさ……どうかな?」


 やはりというかなんというか、案の定ナンパだった。美智子も内心呆れる。

 いくらなんでも年が離れすぎているでしょ……いや待てよ、これが世に言う『パパ活』というやつなのでは?

 最近ニュースで話題になっていたワードを思い出し、美智子は改めて目の前の男の姿を眺めてみる。


「もちろん食事代はこっちが持つから心配しないで。これでも結構お金持ってるから」


 額に汗してこちらに話しかけてくる姿は、完全にどこにでもいるしがない中年サラリーマンだ。体格はそこそこがっしりしているが、その物腰の低いへりくだった態度にはあまり脅威や危険性を感じない。


 昨日は若い男三人だったから怖かったが、今回はおじさん1人だし気を付けていれば大丈夫かな……。

 美智子は怪しいとは思いつつも、最後は何でもいいから早く体を休めたい、という欲が勝った。


「ん~。おごってくれるなら行くよ。ただしそれ以上はナシ! それが条件!」


 決心した美智子は少し悩む振りをして返答した。一応予防線も張っておく。


「ほ、本当かい!? いやー誘ってみるもんだね。じゃあ早速行こうか」


 こうして美智子はこの男について行くことになった。



 ………………

 …………

 ……



 男に連れられて近くのファミレスに入ってから、早一時間半。

 食べ終ったハンバーグの皿はとっくに店員が回収し、テーブルにあるのはドリンクバー用のコップのみ。


 う~ん、困ったなあ、と思いながら美智子はメロンソーダをストローで吸った。


 (お腹もいっぱいになったし、正直そろそろおさらばしたいんだけど……)


「いや~最近の若い子の流行りに乗ろうと思ってスマホゲーム始めてみたんだけどこれがむずかしくてね~。良かったらやり方教えてくれない? 美智子ちゃん、そういうの詳しそうだし!」


「い、いや。私もよく分かんない」


「あれ~そう? 意外だなぁ。いやでもしかし困ったなぁ。う~ん」


 相手がひっきりなしに話しかけてくるので、美智子は切り上げるタイミングを掴めないでいた。一応おごってもらう身分な以上、無理やり抜け出すのもなんだか申し訳ない。


「あっそうだ。デザートとかいる? 全然遠慮しなくていいよ」


 男はそう言ってメニューを差し出してくるが、美智子はそれを手で制して断る。


「大丈夫。もうお腹いっぱいだし」


 すると男は再び一方的な会話に戻った。


 こっちが食いつくわけでもないのによく話題が尽きないなあ……と思いながらも、ただひたすら時間だけは過ぎていく。

 いくらタイミングが掴めないといってもこのままズルズルいくもの良くない。


 ……よし! このメロンソーダ飲みきったら切り上げよう。

 そう決心した美智子はさりげなく帰る準備を始める。

 そして椅子の上に置いてある自分のカバンを横目で確認すると、あることに気付く。


 父から貰ったキーホルダーが、ない。


 あるべきはずのものが鞄に付いていない。美智子は慌ててカバンをまさぐる。

 別に高級品でもなんでもないキーホルダーであるが、美智子にとっては唯一『家族』というものを感じさせてくれる宝物。

 こんな時に無くすなんて、と焦りつつ美智子は鞄をまさぐる手を強めた。


「ん?どうしたんだい? 忘れ物?」


 異変を察した男が美智子に声を掛ける。


「う、うん。キーホルダーなんだけど、どこかに落としちゃったみたいで……」


 美智子は返答しつつ、引き続き鞄を探す。


 もしかしたら、裏門から走った時にどこかに引っ掛けてしまったのだろうか。

 だとしたら早く探さなければ。

 なくしたキーホルダーの事を思うと、もういても立ってもいられない。


「それは大変だ、早く探さないと。長く引き留めちゃってゴメンね。そろそろここから出ようか」


 男は心配そうに身を乗り出しながら声を掛ける。 


 その一言は美智子にとって渡りに船だった。

 美智子は中年男性に向き直り小さく頭を下げる。


「こちらこそごめんね。せっかくご馳走になったのにこんな形で……」


 美智子はキーホルダーを探すのを一旦中断すると荷物をまとめ、席から立ち上がろうとする。

 キーホルダーをなくしたおかげで今は気が気じゃないが、人生初のパパ活(?)も終わってみればこんなものかとひとまず安堵する。


「いいのいいの。おじさんにとってこういう機会は中々ないから」


 男は笑顔を崩さずに喋る。というより終始笑顔のままだった。それがむしろ美智子にとっては怪しさ満点だったが。

 しかし喋り終わった瞬間、その笑顔が気味悪いくらいに歪んでいくのに美智子は気付く。


「お、おじさん……?」


 その得も言われぬ不快感に、美智子は少したじろぐ。

 しかし男はそんな様子を気に掛けるそぶりも見せない。

 そのままゆっくりと口を開き、


「でもね……ここから出る前に少し『眠ろうか』」


「えっ」


 そのニヤついた笑顔を最後に、美智子の意識は途切れた。 


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